sf小説・体験版・未来の出来事7

 湖畔はヤシの木が並んでいる。黄金の湖面は波がない。太陽は何と空に二つ並んでいる。横並びの太陽だ。空を見上げた流太郎は鮫肌輝美子に、
「この星には太陽が二つ、あるんですね。」
「ええ、一つの太陽の光が弱くなると、もう一つの太陽の光が強くなる。それで地球みたいに四季は、ないのよ。つまり冬は、ないのね。」
「夏も、それほど暑くない訳ですか、この星は。」
「そうね、よく分かるわね、それが。」
「なんとなく、ですが、ハハハ。」
その黄金の湖は日本の琵琶湖より広いらしい。キアー、キアーと鳥の鳴き声が空から聴こえた。流太郎が見上げると、そこには金色のカラスが空を飛んでいた。二つの赤い太陽のもと、飛翔するカラスは椰子の木陰に姿を隠した。
 やがて二人はレストランのような建物の横に、ヨットのようなものが何艘か停泊している前に辿り着く。
ヨットに乗るための料金所みたいな場所は、自動券売機みたいなものが立っている。鮫肌輝美子はスマートフォンのようなものをミニスカートのポケットから取り出して券売機に、かざす。二人分のチケットを買ったようだ。券売機の横に警備員らしき男性が立っていた。流太郎が、その警備員をよく見ると彼はロボットらしい。波止場に似た湖畔のヨットに輝美子と乗り込む流太郎。輝美子がヨットを湖に出す。黄金の湖面の色は流太郎に異世界に来ている事を強く感じさせた。二人は並んで座っている。流太郎は口を開かずには、いられない。
「この湖からでも純金は取り出せるんでしょう、すごく多くを。」
輝美子の瞳には金色の湖面が映っている。彼女は答える。
「ええ、でも我が国の金は地球の砂みたいなものよ。地球の何処でも、こんなに恵まれている場所は、ないわ。わたし達から見れば、地球は貧しい国。南出裳部長の上の人は日本で株取引をしているけど、それは景気の流動性のない国で景気をよくするために取引をしているんだそうよ。」
「そうですか、この星では株取引は、ありますか。」
「もちろん、あるわよ。我々もUFOで地球に行くけれど、移動中に株取引をする場合もある。UFOの中の宇宙人って何をしているか、地球の人は考えないでしょう。じっとしていても、つまらないしね。地球の日本でも新幹線に乗って、あるいはリニアモーターカーに乗車中にスマートフォンで株取引は、できる。それと同じですよ、UFO内での株取引は。」
輝美子はヨットの船べりに両手をつくと、空を見上げるようにした。
湖ではヨットは他には見えない。それについて流太郎は、
「今日は、この星も日曜日なんでしょう。この辺は人もあんまり、来ないんですか。」
と質問する。ヨットの揺らぎが、彼には心地よかった。
「この辺は日本で言う田舎なのよ。もう少し暑く成れば人も来るわ。少し富裕な人達は他の惑星へ旅行しに行きます。地球にあるパスポートは、この星にはない。この星の国に軍隊はなくて、他の惑星からの攻撃を想定した軍備が、あるだけよ。だから国は、いくつかあるけど、この星にはパスポートは要らないし、他の惑星に行く際もパスポートは不要よ。いいでしょ、こういう国、星って。」
二つの太陽は均衡した輝きを見せていた。流太郎は夢のような国だ、と思い、
「地球も、いつか、そうあるべきだとは理想論として言われてきましたよ。でも、現実は・・・国の状態は二十世紀と同じですからね。救世主なんて結局、現れなかったし。」
輝美子は投げやりな微笑みを見せると、
「この星では地球は野蛮な星だという事に、なっているのよ。地球を指導している宇宙人なんて、いないわ。地球は観光に適しているとは思われていない。太陽は一つしかないし。むしろビジネス目的なら行ける。わたしも南出裳部長から沢山の報酬を出すから、と言われて地球に行ったわけ。宇宙なんて、とても広すぎるから地球人は、ほんの砂粒みたいな部分しか知らない。太陽が三つあって、夜のない星もあるわ。観光に適した星は、そこね。その星は人類は、何故か存在していなかった。核戦争で絶滅したのかしら。トウモロコシ畑みたいな所のそばにバナナが実っている。高い山に登れば林檎の木があるという素敵な星よ。」
流太郎は眼をギラッとさせ、
「食べ物には困らないんですね、鮫肌さん。」
と合の手を打つ。
「食べ物は、この星でも困る事はないわ。このヨットは水の中にも潜(もぐ)れる。」
鮫肌輝美子はヨットの側面にあるボタンを押した。するとヨットの両側から鉄の壁が突き出して、それは先端が斜めになり両方が接合した。つまり、その鉄の板はヨットの屋根になったのだ。
流太郎は驚いて、その鉄の壁を見ると潜水艦にあるような丸い小さな窓が両側の壁にあり、まだヨットは湖の中に潜っていないようだ。
 輝美子は別のボタンを押す。するとヨットは湖中に潜行し始めた。
丸い窓に見えていた湖上の風景は湖水に変わり、ずんずんと湖底に潜水艦へと変貌したヨットは降りて行っているらしい。
 流太郎は熱心にガラス窓を見ている。それは地球にあるガラスとは違う物質で出来ていて、地球のガラスより硬い。それはガラスにして鋼鉄のように硬いものなのだが、流太郎には透明度の高いガラスに見えた。そこに映ったのは湖中を泳ぐ大きなフグ、さらに深くなると巨大なサメのような生物。それも通り越すと潜水艦ヨットは湖底に着床したらしい、振動もなしに。輝美子は、さらに別のボタンを押すと次にヨットは自動車のように湖底を走り出した。ヨットにして潜水艦、次は自動車に変わる。なんという多性能な乗り物だろう。こんなものが、さりげなく湖に繋いであったなんて。
さぞや高価なレンタル料と思い、流太郎は訊いてみる。
「鮫肌さん、すごい乗り物ですね。随分、高いんでしょう、これ。」
「いいえ、そんなに高い物じゃないわ。地球の日本の煙草、ひと箱位かな。それで一日、乗り回せるわ。」
「そうそう、動力を聞いていなかったな。この乗り物の動力は何ですか。」
「最初は風で、次は調整重力よ。」
「調整重力。って何でしょう、それは。」
「この星にも重力がある。それを多方向に変えられるし、重力の強さも変えられる。はるかな太古に、この星で重力調整機が発明された時は、それはとても高価なものだった。でも生産が進めば価格は下落するもの、今では湖上のレンタルヨットにも使われているのね。」
「はあ、地球でも電化製品は似たような価格の変動ですね。」
「星の重力は下へ引っ張るけど、それを逆にしたり横にしたり出来るから、その力で、この乗り物は動く。UFOタイプは星間重力を応用しているものも、あるわ。」
「セイカン重力?精悍な男性とかの・・・。」
「星と星との重力ね。月と地球は引っ張り合うし、太陽は太陽系の惑星を引っ張っている。でも月や地球も太陽を引っ張るから、拮抗した力が惑星と恒星の距離を生み出して二つは衝突しない太陽系となっている重力を応用するのが、この星の一つの科学。地球人類には想像もできないものね。」
流太郎は沈黙してしまった。湖底を走っていたのが停車したらしい。流太郎は見た。ガラス窓に映っているのは金色の五重塔みたいな建物だ。湖水は金色とはいえ、薄い金色で湖中の中も見えるのである。だからフグもサメも、さっき流太郎は目撃した。
でも五重塔が湖の中に、あるなんて。しかも金色の五重塔だ。その五重の塔の一階の部分が左右に開いた。だが、その中に湖水は流入しない。流太郎が乗ったヨット型多性能乗り物は、その五重の塔の一階に入っていった。
 そこに入ると壁が閉まる。湖水は一滴も入り込まなかった。そこは地下駐車場みたいな場所で、常駐の男性の中年男の警備員がいた。
輝美子はボタンを押して鉄の屋根をヨットの両側に降ろす。
二人の姿を見た警備男性は、
「やあ、いらっしゃい。鮫肌さんでしょう?」
と日本語で聞いた。輝美子は、
「ええ、湖底日本人労働施設って、こちらですか。」
「はいはい、そうですよ。私も、ここで働くには地球の日本語を話せる方がいいと思って勉強しました。施設長から今日、鮫肌さんと日本人が来ると聞きましたから、二人が来たら中へ通すように言われています、施設長からね。さあ、入り口を開けますから。」
と話す、鼻の下に髭を生やした警備員だ。
鮫肌輝美子はヨットの座席を立ち上がると、
「さあ、時君、行くわよ。」
と声をかける。
日本人労働施設に入る?のだろうか、自分が?というより自分も?なのだろうか?
「行かないと、いけないんですか?あそこに。」
「入ってみないとね、貴方も日本人だし。さあ、さあ、お代は要らないから。」
流太郎は動かずに居座っても、いずれは連れて行かれると考え、それなら仕方ないと立ち上がった。
 五重の塔の内部ではあるが、そこは古風なものではなく白い壁の、白い廊下に白いドアが、廊下の両側に並んでいた。ドアが地球のものと違うのはドアノブがない、というところか。どうやって開けるんだ?と流太郎は思ったが、その一つのドアは横に開いた。警備員が手にしたリモコンのようなものでドアを開けたらしい。
そのドアの内部の部屋は大きな図書館ほども広く、本棚みたいなものも並んでいた。図書館にあるような広い机があり、そこに十人ほどの日本人が椅子に座って大きなパソコンに向かっていた。
流太郎は(労働施設って図書館の中でパソコンで仕事をする事か)と、思う。見たところ労働という雰囲気でもない。図書館で司書が座るようなところにいた若い男性の人物が立ち上がると、鮫肌輝美子と流太郎と警備員に近づいてきて、
「ようこそ。施設長から聞いています。鮫肌さんと日本人が来る事は。」
と気軽に話した。流太郎は自分も労働させられるのか、と思い、
「どんな仕事をしているんでしょう?彼らは。」
と尋ねてみた。
若い男性はニッと笑い、
「マイニング(採掘)ですよ。」
と説明する。彼らのしている仕事はマイニングなのか。
「マイニングって仮想通貨のマイニングのような事ですか。」
「そうです。この星の仮想通貨のね。人手が足りないから地球から来てもらったんです。日本人で仕事にあぶれている人は多いから、喜んで来てくれましたよ。UFOから現れて、ハローワークに並んでいる人に声をかける。その時、UFOは人間の肉眼では見えない、それと監視カメラにも写らないように、ある光線で保護膜を掛けておきます。人間の目に見えなくても監視カメラに写っていた、となると後で大問題でしょう。ハローワークにUFOあらわる、なんてね。それは一大センセーションです。そうならないように、していますからマスメディアなどは、もちろん、誰も我々に気づく事はない。それから話しかけて手ごたえのある人には喫茶店に誘って、話をしてみる。
「お仕事を探していますか?いい仕事が、ありますよ。」
とね。そしたら、
「本当ですか。ハローワークでも中々、いい仕事が見つからなくって困っています。」
と中年の男性などは、言いますね。
「四十代、課長クラスの首切りが人件費の軽減には、とてもいいから会社は躊躇うことなく実行するんですよ。もしかして、貴方も、そうですか?」
そうしたら、その男性、首を前に曲げて、
「ええ、上場企業で働いていましたけど、首を切られました。会社で何十年も働いた末に、それです。ハローワークで仕事を見つけていますが、私の前職の会社が、それなりのもので給与面でも、それに該当するものが中々、ないというのもありますね。」
「なるほどね。四十で転職も難しいのは日本では当たり前ですね。ヘッドハンティングは、もう少し年齢が上の人達を狙うものです。四十代が一番、転職しにくいものかもしれませんね。」
「そうですかね、やっぱり。コンピューターエンジニアだったんですが、大昔に比べると人材も多くて、若い人ほど最近の技術に詳しく、ともすると私のような年配は負けてしまいます。それで課長のような仕事をしていたんですが、特に要らないからと肩叩き、で依願退職させられました。退職金は貰ったんですが。毎日、することもなく自分で企業を立ち上げる力もなく、週に三度はハローワークで職探し。しますが、大手企業はね、ハローワークに求人を出さなくてもいいわけですから。で、ネットで職探しも叶いません。
第一、大卒者の仕事がない時代に又、なっているでしょう。」
「ええ、そうみたいですね。」
「何処の企業も人手不足はないです。ベビーブームなんて日本には再び、なかった。だから、そういう世代が辞めて会社は人手不足になる、という、ずっと大昔のような、そう、あれは平成とかいう頃でしたかね、そんなのもなかったでしょう?今までの日本では。」
「ああ、そうですね。人口も減り続けてますよね。又。」
そう答えた私の顔を見て、彼は、
「あなた日本人では、ないんでしょう?やはりヨーロッパの人、ですか。」
と聞いてきたので、
「ええ、北欧ですよ。」
と答えておくと、
「へえー、そうですか。そしたら、あ、そうだ。北欧に仕事があるんですね、だから声を掛けてくれたんだ。」
と嬉しそうです。
「そう、そんなものに近いですかね、ええ、ええ。」
彼は両手を胸の前で組んで、
「お願いします。コンピューター関連なら、一通り出来ますから。」
と私に頼み込む。
「おお、それは、こちらも希望していたところですよ。ご家族は、いらっしゃいますか、貴方。」
「いや、それが独身です。女房はいたんですが、私の給与が彼女の思うように上がらないせいか、イケメンのホストと同棲しているらしいですよ。取り戻すつもりは、ないし。」
「お子さんは、いらっしゃいますか?」
「いえ、ちょっと女房が不妊症らしくてね、ええ。」
「それでは気軽なものじゃないですか。」
「でも北欧でしょう、あなたの会社。」
「ん、まあね、遠いですけど、すぐ行けますよ。心配ないです。」
「パスポートとか作らないと、いけません。それは、県庁に行けば、いいから。暇だから、いいけど、北欧の言葉は何も知りませんよ、私。」
「語学は心配いりませんよ。日本語の分かる人達の部署が、あります。それに、そこは他にも日本から来た人達が働いていますから。」
彼の目は暁の星のように輝きました。
「それは、いいなー。すぐにでも、行きますよ。お国は、どちらですか?」
「行けば分かります。すぐに乗り物を用意しますから。」
と喫茶店を出て、会計は私持ちで。
近くにある広い公園。平日の午前なんて誰も、いません。私は空に向かって指を鳴らす。即座にUFOが私達の目の前に着陸。四十代の元、課長の男性は、
「な、な、なんと空飛ぶ円盤では、ありませんか。あなたは、もしかして、宇宙人?」
と幾分、顔が青ざめています。
「そう、その通りです。でも、ご心配なく。大昔のSFみたいに侵略目的で来ているのでは、ありませんから。」
「そ、そうみたいに見えます、が・・・・。」
「どのみち日本にいたって仕事は、ありませんよ。いい思いの出来るのは一部の日本人だけです。又、そういう社会になっているんです。こんな国に未練が、ありますか。」
と諄々と私は説きました。
「そう言われれば、その通りです。いや、ありがとう。あなたは日本語が巧い。それで声だけ聞いていれば日本人と思ってしまう程です。国際社会というより宇宙社会の時代かもしれませんね。私は運が、いいのかもしれない。行きますよ、貴方の星へ。」
という事で、彼にも宇宙船に乗ってもらえました。」
と、その若い男性は揉み手をして話した。
流太郎は、
「マイニングって地球では電気代が、とても、かかるという事らしいですが。」
と質問すると、その若いレプティリアンは、
「この星ではフリーエネルギーです。電力は無料なんです。」
と即答しました。
流太郎は次に、
「それでは電力会社の給料は、どうやって調達しますか。」
と尋ねると、
「それは、もう、税金ですよ。ですから電力税は、ありますね。」
「電力を使った分の税金、ですね?」
「ええ、そうです。おっしゃる通り。」
「それでは、やはり電気代、ならぬ電力税を多く払うという事になりませんか。」
「それは、その、国家的プロジェクトですから。我々の給料も税金ですから。」
「ああ、なるほど。それなら分かります。」
「仮想通貨のマイニングは我が国の国家予算で支払われます。いずれ、地球の仮想通貨と連動させなければ、ならないと思います。」
壮大な計画だ、と流太郎は思った。
やはり、まずはビットコインとの連動か。でも、他の惑星、それも何万光年も離れた星と仮想通貨を連動させる、には?流太郎は、
「どうやって、連動させますか?」
と聞いてみた。
「あ、それは簡単です。取引所を開設して新規コインを発行する。大昔、月の土地を売買している会社がありましたが、あんな風にするのもいいでしょう。もっとも、月には先住者がいるから本当には月の土地は勝手に売買は、できませんけど。真実を知る国は月から撤退しているでしょう。中国の探査船は、しばらく泳がせておくらしいですが。」
日本が月面に宇宙探査船を着陸させなかったのは経済的にも、よかったのだろう。流太郎は、
「仮想通貨で地球でも大儲けですね。」
と言ってみる。
「ええ、そうですよ。ここでマイニングの仕事に従事しませんか?」
と流太郎は誘われた。
「労働時間は、どの位でしょうか。」
「一日、六時間ほどです。」
なんと短い。それでは労働とは、いえない。地球の感覚としては。
「そんなに短くて、いいんですか。」
と流太郎は訊き返す。
「わが国の平均労働時間は三時間ほどですよ。週休三日制ですね、それに祝日もあります。」
「そんなに休みが、あるんですか、へえー、。」
「ゴールデンウイークは希望する人には二十日休めますよ。」
「二十日も。そんなに休んで、収入の方は大丈夫なんですか。」
「もちろん。そうでなければ休めませんよ。ね、鮫肌さん。」
管理者らしい若い男は輝美子を見て云う。
「ええ、そうです。わたしも今度、十日休む予定ですから。」
それに対して管理者曰(いわ)く、
「鮫肌さん、働きすぎですよ。彼氏と別れたの、いつでしたか。」
「三十年位前かな、ふふふ。」
管理者は流太郎を一瞥すると、
「地球人と、付き合うのもいいかもしれませんね。その人も、でも仕事がないんでしょう?鮫肌さん。だから、ここへ連れて来た。」
と身を乗り出す。
流太郎は慌てて、
「ぼく、仕事はあります。今日は日曜日だから、休みでした。鮫肌さんも、この星が今日は日曜日だと言いましたけど。」
と遮るように口を出す。鮫肌輝美子は落ち着いて、
「この人にはマイニングを見学してもらいたかったのよ。働いてもらう気は、わたしには無いけど。」
と解説した。
若い管理者は両肩を落とすと、
「それは申し訳ありませんでした。ここのマイニングは労働者の自由意思で休日も働きたい人は、働いてもらっています。その分、貰える報酬が増えるからです。現金の他に仮想通貨も支給しますから、株のストックオプション制度に似ていますね。」
と、それでも、まだ流太郎にマイニングしてもらいたさそうだった。輝美子は流太郎の視線を追うと、彼はもうマイニングの作業を見ていなかった。それなので、
「そろそろ、ここを出ましょうか?時さん?」
「は、ええ、出たいですね。」
「それじゃ、若き管理者さん、さようなら。」
「お疲れさまでした、お気をつけて。又、よかったら、この日本人労働施設に、お越しください。」
残念そうな、その管理者の視線を振り払うように流太郎は身を翻して輝美子に続いた。
 潜水艦ヨットに戻った二人は、さっきの警備員に門を開けてもらう。扉というより、その階の壁の全てが開いても湖水は流入してこない。輝美子は右足を押してエンジン、それは重力調整装置だが、を発進させた。潜水艦ヨットは湖水に潜った時、すでにヨットの帆は鉄の屋根の中に降ろされている。流線型の船体を再び、黄金色の湖水の中に辷(すべ)らせていく。
 それにしても、と流太郎は思う。今日は地球では日曜の午後だった。だが、もう、だいぶ時間が経過したから日没へ向かっている筈だが、湖水の中とは言え明るすぎる。時差?なのか。それを聞いてみよう。
「鮫肌さん、今、午後なんでしょう、この星で。」
「いいえ、まだ午前中よ。もうすぐランチタイム。貴方は何を食べる?」
「ぼくとしては夕食になります。何があるか知りませんから、何を食べられるんですか。」
「あら、ごめんなさい。そうだったわね。地球人のあなたが知る由もないわよね、この星の食べ物を。あ、そうそう。お腹がまだ減っていないのなら、このキャンディーをあげるわ。」
潜水艦ヨットの中央にあるテーブルのようなものの中から、輝美子は丸い包みの小さなキャンディーを流太郎に差し出す。それを受け取り、流太郎は両手でキャンディーの包装を開けると、メロンの色をした丸いキャンディーだった。
口に入れると流太郎は、地球のメロンより更に甘い味覚を味わった。
 輝美子は大きな丼のようなものを手にしている。丼の中は空だ。彼女はヨットのパネルの一つのボタンを押すと、
「xqw88::::」
とでも聞こえる、その星の言語で何か話した。何かを注文しているようだ。その話しを終えると輝美子は流太郎に、
「今、食事の注文をしたのよ。」
と話す。
彼女が持つ銀色の丼の中にクリームシチューのようなものが底から湧いてきた。丼の上部に細長いフランスパンが二つ、並んだ。輝美子は流太郎にフランスパンの一つを手渡し、
「食べてみてよ、おいしいよ、これ。」
と勧める。流太郎は、
「ありがとう。いただきます。」と礼を言うと、それを口の中に頬張ると、そのパンの中に細長く切られたメロンが果実として入っていた。(これが本当のメロンパンだな)と流太郎は、舌先の心地よい食感を堪能した。輝美子はフランスパンを食べ終わって、ドンブリの容器を手に持つと右手で丼の側面にあるボタンを押す。すると丼の中のクリームシチューのようなものが噴水のように沸き上がり、彼女は、それを口の中に入れてしまった。
不思議な事に丼の底まで、綺麗にクリームシチューらしきものが無くなっていた。輝美子は、
「それでは、と。上昇するわ。」と宣言する。潜水艦ヨットは湖面に向かって急上昇した。黄金の水の上に現れたヨットは潜水艦の鉄の壁を降ろし、その代りにヨットの帆を広げた。爽やかな、そよかぜが二人の頬を心地よく撫でる。
輝美子は計器盤のようなものを見ると、
「地球の日本では日没のようよ。時さん、ここから帰りなさい。」
「えっ、ここから、どうやって帰るんですか?考えられない事です。」
「貴方を光線に分解して、瞬時に地球へ戻すから。」
輝美子は計器盤にある一つのボタンを押した。その近くから流太郎に投射された黄色い光は、彼を包むと小さなスピーカーのような物の中に吸収された。流太郎の姿は、もう、その星には見えなくなっていた。

 流太郎は気が付くと、地球の日本の自分の部屋にいた。(あれ、今までの体験は夢だったのか・・・)と思ってみる。が、しかし、口の中に残っていた地球のものより甘いメロンの小さな果肉が、舌先に触ると、(やはり、あれは本当にあった事だったんだ!)
部屋は薄暗かった。太陽が沈んでも、しばらくは闇にはならないものだ。それでも部屋には照明が必要だ。流太郎は携帯電話で照明をつけた。これは部屋の外からでも、できる。インターネット接続で可能なもので、別に不思議なものではない。
不思議なのは鮫肌輝美子に連れていかれたレプティリアンの星だ。黄金の湖に、その中にあった五重の塔のマイニング施設。この事を誰かに話したい。今はまだ19:00PMだ。よし、電話を掛けよう。
流太郎はノートパソコンから通話する。パソコンの画面に株式会社夢春の籾山社長の顔が現れた。籾山も自分のパソコンを見ているようだ。籾山は口を開くと、
「日曜の今頃、どうしたんだ?時。」
と聞く、流太郎は、
「社長、今日は、とても不思議な体験をしました。五万光年先のレプティリアンの星に連れていかれたんです。」
「ほ、お。有り得るかもしれんな、そういう話。」
「潜水艦ヨットにも乗せてもらったんです。我が社でも開発できたら、いいと思います、潜水艦ヨットを。」
「そんなものは無理だな。資金なし、技術力なしだ。それより時、営業に行ってもらいたいんだ。明日、会社で話そうと思っていたが、丁度いい、今、話そう。」
「は、どこへ行けば、いいので。」
「あるUFO関係の団体が福岡市内にある。そこのホームページのサイバーセキュリティの依頼が、今さっき突然来た。会社に誰もいない時は、おれの携帯に転送される。日曜だけどな。だから、時。おまえも働いてくれ、とはいっても、そこに訪問するのは明日でいいよ。」
社長の籾山はパソコンの画面の中でニヤッと笑った。流太郎は、
「分かりました。明日、朝一番に行きます。」
「ああ、頼んだぜ。楽しみにしているよ。」
パソコンの画面から籾山社長の顔は消えた。向こうの方で電話を切ったのだ。
 翌朝、流太郎は早朝に出勤した。社長の籾山は、それより早く出社していた。さすがは社長か。籾山は社長の椅子から立ち上がると、
「やあ!早く来てくれると思っていたよ。先週より今週の我が社の株価に期待していい。それよりなによりも、まずサイバーセキュリティの営業に行ってもらいたい。出先は昨日パソコン電話で君に話した福岡市内のUFO関連団体だねー。中央区薬院にあるのさ。とあるビルの一室らしい。私はまだ行った事が、ないビルだ。ビルの名前はパインアップル・ビルらしいよ。地図も渡して置く。君の机の上に置いてあるから。」
籾山は貫禄の出て来た体格になっている。少し、腹も出て来た。流太郎は未だに線のように痩せた体だ。
「分かりました。行ってきます。」
「がんばってくれよ、ね。」
流太郎が部屋を出ていく時、籾山は右手を振った。

 福岡市中央区薬院は福岡市の中心部の天神より南にあり、私鉄の駅としては天神駅の南にある。この天神という名称は、小さな天満宮が祀られているところがあるところから、だ。今ではビルの谷間の中に、ひっそりと存在する。高度なテクノロジーの時代になっても、日本には、このような社が存在し続ける。
それは、かつて羽田空港を建設した際にも起こった、社を取り除けようとすると怪事が起こるからでもあろう。
私鉄の薬院駅を降りると、ビルが乱立している。国道から南へ五分も歩くとタワーマンションが、いくつも見えた。流太郎の小学校の同級生も、あのタワーマンションの中に妻子と住んでいると彼は聞いている。
この薬院ではタワーマンションが増えすぎて、小学校の教室に生徒が入りきれなくなった。それで、どうしたかというと小学校の建物も上に増築していったのだ。タワー小学校みたいに見える建物が流太郎の瞳に反映した。彼は歩道の区分のない道を、のんびりと歩いていく。UFO関係の団体か。福岡市では珍しい組織。いや、組織では、ないのかも。会社でも、ない団体だろう。流太郎にとってUFOとは見慣れて、乗りなれたものなのだが。だが、二十二世紀の今日でも一般的な日本人は空飛ぶ円盤に接触する人は少ない。そもそも明治の前の江戸時代は、もちろん、大正、昭和の初めまでUFOなどというものは誰の口の片隅にも上る話題ではなかった。それは世界的にも、そうではなかろうか。世界で最初にジョージ・アダムスキーがUFOを目撃したのみならず、中から現れた金星人と会話をしたのが1952年で、その会話は、もちろんテレパシーだったそうだ。流太郎の場合、異星人は日本語を知っていた。どころか流暢に話してくれたのだ。地球では外国に行く場合には外国語を知らなければ、いけない。日本に来る外国人は、おぼつかない人もいるけど大抵、日本語は勉強して、来る。地球に来る異星人は地球の言語を学習しているのだろう。それよりも、これから会う団体の主催者は日本人ではないらしい。
メールド・ヨハンシュタインという名前らしい。長年の活動で会員名簿も増え、クレジットカード決済もホームページ上に載せているためサイバーセキュリティが必要だ、そうだ。というのは電話で聞いた話。と頭の中で流太郎は思い出しつつ、目の前に見えたのはキリスト教の教会のような建物だ。
UFOアプローチ・ジャパンと横書きの表札があった。鉄条門のため庭らしきところも見えるが、入れない。と思ったら、スルスルと鉄条門は横に開き、流太郎が通れるくらいの隙間は空いた。(どうしようかな)と流太郎が思っていると、門のところにあるインターフォンのスピーカーから、「時さん、お入りください。」と若い女性の声がした。メールド・ヨハンシュタインは女性だったのか。流太郎は遠慮なく門内に入る。西洋風の庭園を横切ると玄関があり、そこでもチャイムを鳴らす前に玄関のドアは開いたのだ。
 玄関のドアの中にいたのは若い女性で、透明のような白さの肌の若い女性だった。緑色の瞳で、黒く長い髪は彼女の肩の下まで伸びている。流太郎は会釈すると、
「株式会社夢春の時と申します。サイバーセキュリティの件で今日は、お伺いしました。」
その女性はニコリともせず、
「ヨハンシュタインは不在ですが、わたしが応対します。さあ、中へ。」
と明瞭な日本語で話した。
西洋館らしく、靴は脱がなくてもいい。その女性がドアを開けた部屋は事務所らしかった。机は二つあって、ノートパソコンが置かれている。サイバーセキュリティが必要らしい。流太郎は、それらのパソコンを見ながら、
「ハッカーが欲しいのは、お金よりもUFO情報じゃありませんか?」
と尋ねると、その女性は、
「ええ、何度か狙われました。情報の一部はファイルごと持ち去られたものもあります。幸い、それらのファイルは、それ程、機密の高いものではなかったのですが。申し遅れました、わたし、ジェノア・フランシスといいます。」
彼女の瞳は深い湖のような静けさを漂わせている。流太郎は、
「こちらこそ、申し遅れまして、すみません。先ほどは苗字だけでした。時流太郎と申します。」

sf小説・体験版・未来の出来事6

 それで流太郎は、
「テスラ波で何の情報を送っているんだろう、地球から。」
と綸蘭に聞いてみた。
「バリノさんの話では、地球の全人口とかも送られているらしいわ。」
「そんな事まで!他には、どんなものを?」
「世界各地の気温とか、湿度とかなどもね。スフィンクスの目を通して世界各地を撮影しているらしいけど。」
「エジプトのスフィンクスは、そのために、あったのか!」
 なるほど古代に現れた宇宙人は粋なものだ。美術品的な建造物に実用的な目的を潜ませる。それでエジプト人は何ら怪しみもせず、又、現今までスフィンクスの本当の目的を人類は知らずにいた。綸蘭は続けて、
「その情報は火星にではなく、プレアデスに送られているとも言われています。プレアデス星人は大体において善なる存在だそうだから、地球は安全なのよ。そうでなければ地球人は奴隷以下の存在として扱われていたでしょう。」
流太郎は、善なる宇宙人だからこそ地球人は宇宙人に対して無知でいられたのだろうと思った。数限りなく多くの人達、特にメキシコやマレーシアで目撃されたUFOでさえ、他国のアカデミックなところでは黙視されてきた。それは自分達の拠り所とされる地球の幼稚な科学的根拠が崩壊するからである。そもそも地球の宇宙に対する科学の程度は群盲がゾウの体をあちこちと撫でているのと同じで、ある者はゾウの尻尾を象だと言ったりしている。いずれ天動説が崩れていったように地球人は自分達よりも数万年か数千年進歩した宇宙人の存在を認めなければ、ならなくなるが、天動説を当時の教会が固執したように現代においても地球オンリー説に固執するところが存在する。
一つは頭がいいと己惚れている大学教授らが断固として宇宙人の超科学を否定し、太陽は爆発し続ける星だという今の地球の科学で説明可能なものにしていなければ、更に無知なる大衆の失笑、非難を買うこと必至であるがため、新しい正しいものを否定し続ける。それを旧来のメディアは追随してきた。ところがガリレオ並みの勇気ある人たちが動画共有サイトで火星の真実なども暴露、リークし始めたのは随分前からだ。
博多湾の上に浮かぶ愛高島も世界第一の不思議と称えられても、その原理は今の地球の科学では解明できない。ヘリコプターや飛行機、さらに高度な地点での人工衛星などによって愛高島の島の上を実際に見ることができるのだが、それらのものが出来ていない時代には愛高島は地上からしか見ることが出来なかったのだ。
真上綸蘭は一息つくと、
「一つ下の階で映写室があります。そこで何か面白いものを放映しているみたいだから、行きましょう。」
と若い女性らしく流太郎を誘った。
下の階へ行くエスカレーターのところにいくと、綸蘭は、
「どちらかの手を手すりにかけると、体が浮くわ。見て。」
と説明し、エスカレーターに乗ると右手を手すりに掛けた。すると不思議!綸蘭の体は足の下が数センチは浮き、右手で支えた形になる。
昔、いたイギリスのマジシャン、ダイナモがロンドンを走るバスに片手で手のひらをバスの車体の側面につけ、空中に浮いたままの姿勢でバスが走っていく、という動画共有サイトで見られた光景を思い出してもらえば、分かりやすい。
綸蘭の場合はエスカレーターの手すりに右手で、それを行っている。流太郎は、
「すごいなあ、僕にもできるのかね、それ。」
と後ろ姿の綸蘭に訊くと、エスカレーターで下りゆく綸蘭は、
「誰でも、このエスカレーターでは出来るわ。やってみて。」
と返事をしてきた。
流太郎も右手を手すりにおくと、エスカレーターの上で流太郎の体は数センチ浮上した。
「うわああっ、浮いたよー。」
と叫ぶ流太郎は先にエスカレーターで降りて、その近くに待って立っている綸蘭の睫毛を伏せている笑顔を、下降しながら見た。
 不思議な映写室とドアの上に表示されていた。そこへ入ると、まだ観客はいなかった。やがてブザーのような音がして館内は暗くなる。綸蘭と流太郎は最前列の中央で並んで、映写幕に映るものを見ていくことになる。
大きなスクリーンに石器時代の地球が映し出された。次に現れたのは古代人。簡単な服を着て、手に石の斧を持っている。
次にマンモスが現れる。その時、この古代人が巨人、である事に見ている二人は気づいた。
身長四メートル以上だ。彼はマンモスと戦い、石斧でマンモスを倒した。
ドスンッ!と倒れるマンモスの肉を石斧で切り刻み、巨人は、その肉を抱えられるだけ、抱えて森林の中の洞窟に持ち帰った。その洞窟は巨大なもので、そうでなければ巨人は暮らせないだろう。中には若い女性、おそらくは巨人の妻であろう、これも又、巨人の四メートルはあろうという体を洞窟の中で座って待っていた。
その巨人の女性は胸は、なにも纏わず、白い乳房を露出している。巨大な胸だし、乳首や乳輪も巨大だ。現代の普通の女性の二倍以上の乳房だ。顔や腕、足もその位の大きさで、巨人の女は腰の周りに白い布を巻いている為、陰毛や尻は見えない。
スクリーンに但し書きのような文字が現れ、
これから行われる会話は日本語で字幕として、画面下に現れます。
古代巨人夫妻は会話を始める。妻が、
「わあ、すごい!マンモスなの?今日は。」
と両手を叩いて乳房を揺らせた。
「ああ、簡単に倒せたよ。」
洞窟の中では小さな焚火が燃えている。妻は夫が置いたマンモスの肉の一部を手に取ると、焚火で焼き始めた。彼女は、
「炭も置いているから炭火焼きなのよ。おいしくなるわ、今日の焼肉。」
と古代人にしては知恵がある発言、それとも巨人として当たり前な文化の度合いを示す発言なのか、それを楽しそうに話した。横から見える彼女の姿は尻の膨らみも凄く、百八十センチはヒップサイズとして、あろう。バストも百八十センチほど、あるらしい。ただ洞窟の中では彼女の体と対比するものが、ない。スクリーンで見ていても、黒い長い髪の、白い肌の、目も黒色の成熟した女性としか見えない。
焼肉の二枚目を火にくべようとした時、美巨人女性の腰の布が落ちた。巨人の男は寝そべって、妻を正面から見ていたので、彼女の大きな股間の黒い恥毛と、その下の女の縦の溝を見てしまった。
「おうい、焼肉より、おまえのその足の付け根の穴の方が、おいしそうだなあ。」
と涎を垂らしながら巨人は立ち上がる。その時、巨人のペニスも隆々と勃起していた。勃起すると男の腰の布は落ちるようになっているらしい。巨人の男のペニスサイズは五十センチは、あるだろう。妻は、それを見ると、
「いつみても逞しいわ。早く、ほしい。」
と話すと、二メートル近い白い両脚を広げて寝そべった。
画面に
学術的に作成された映像ですので、真摯に観察しましょう
という但し書きが出た。
巨人の男は妻に、のしかかると五十センチを妻の細長い、現生人類の二倍強の女性器に挿入していった。
巨人であるから荒々しいセックスかというと、そうではなくてスローセックスともいわれるもので、映像は二時間も二人の巨人の性交を描いていた。流太郎は綸蘭の横顔を見たが、彼女は真剣に古代人の性行為を眺めていた。
文章での記述では会話は日本語で表記したが、映像の中では古代語と思しき言語が交わされ、性交中に美巨人女性が発する声も古代語らしく、
「ええあっ。」とか、「あうあうあうんっ。」と聴こえる快感の言語的表現もあった。
二人の身長が四メートル以上という事を頭に入れておかないと、ただの古代人の性交映像と見られてしまうだろう。
性交は終わった。巨人の男は焼けた肉を手に取って食べると、
「よく焼けすぎたな。まあ、ウェルダンだから、いい。」
と焼肉の焼け方の評価をした。
美巨人女も焼肉を食べ、
「おいしい、ね。お腹もいっぱいになると、又、セックスしたくなったわ。今度は外で、しましょう。」
と男の三十センチに戻ったペニスを右手で掴んで立ち上がる。
「おっとっととと。急いで立つと、ちんこ切れてしまうぜ。」
巨人男も慌てて立ち上がる。スクリーンに
野外セックスも学術的興味を持って御観覧ください

 二人は晴天の森の中で、長い木の枝の下で立ったまま結合すると、二人は両手を伸ばして木の枝に掴まり、ブランコで揺れるように性交時の結合のまま、空中を揺れた。
二人の巨人を同時に支える木も巨木で、枝も太い。巨人の女は両足の裏を巨人男の尻に絡めている。
サーカスで男女が揺れるものが、あるが、古代の巨人の男女は性交したまま、それも二人が向き合ったままでの結合状態で大きく揺れているのだ。
巨人の男は、
「おお、たまんねえ。次は位置を変えよう。一度、木の枝から降りるべえ。」
と妻に話すと、
「そうするわ、うええ、あうううっ。」
二人は木の枝から離れると、地面に着地し、体を離す。次に巨人の美女は背中を夫に向けて、両脚を大きく開く。夫の巨人は再び五十センチになった、巨大な男根を妻の巨大な女性器に深く挿入、そのまま二人は巨木の枝に手で掴まり、ぶらさがると前後に結合したまま体を揺らせていった。
ここで映像の一部は終了した。
流太郎は、
「続きは、あるんだろう、これ?」
と綸蘭に訊くと、頬を染めた綸蘭は、
「この映写室、まだ一般には公開されていないの。続きは製作中という話よ。」
「あれさー、俳優がやっているんだねー。」
「いいえ、CGによる古代人の再現映像です。」
「それにしては、よく出来ている、凄すぎる。」
「現存の人類の記憶には、ほぼないものをアカーシック・レコードから採取して火星の映像制作会社が作ったものなんです。」
「アカーシック・レコードって、なに、それは。」
「人類の発生から現在までの全ての出来事を記録しているのがアカーシック・レコード。」
「映画は終わったから、出ないといけないんじゃないか。」
「入場者は他に今日はない、というより、まだ一般的に未公開だし、わたしの権限で、いられるのよ。」
「それなら安心だ。僕のアカーシック・レコードも何処かにある、という事だね。」
「誰のも平等にある。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の分まで、あるかは、わからないけど。」
「神話の神様の伊弉諾尊だろう?神界は深い海の深海のように理解できない。」
「それよりも今日は何か動くって、バリノさんが言ってたわ。」
「何が動くんだろう?」
「さあね、それは、わたしにも分からないわ。出ましょう、ここから。」
綸蘭はスラリ、フワリと立ち上がった。映写室を出ると、例の片手で手すりに摑まると足が宙に浮くエスカレーターに乗って、二人は一階に降りた。そこにレストランがあった。
綸蘭はガラスの向こうに見えるメニューを見ると、
「食事にしましょう。時さん、お腹、空腹じゃないの?」
「そういえば、昼になったね。ここのレストラン、変わっているな。」
「最先端のレストランなのよ。牛鰻定食って、面白そう。高いけど、わたし、これにする。」
「僕も、それにするか。真上さん、中に入ろう。」
二人は、その店の前に立つとガラスの扉が開いた。のみならず、二人の立っていた床面が店の中に移動したのだ。それで、二人は歩かずに店内に入っていた。
店内は牛丼屋みたいで、チェーン店とかと違うのは座敷がある。店内は誰もいなかったのだ。店主らしき中年男が、
「いらっしゃい。四人が座れる座敷にどうぞ。うちは高いのか、あまり、お客さんが来ないので貴方達は大歓迎です。」
と声をかけてきた。板前風の白い和服の上下を着た店主は、座敷に向かい合って座った綸蘭と流太郎に、おしぼりと、お茶を持ってきて、
「なんにしましょうか。とりあえず、ぎゅううな定食は、おすすめです。」
と話す。綸蘭は、
「鰻と牛肉が入った丼ものね。」
と訊く。店主は、
「そうだけど、これが御客さん、牛の体の一部が鰻になっている牛を使っているのですよっ。」
と説明する。綸蘭と流太郎は同時に笑うと、流太郎は、
「そんなー、また、また。」
と受け答える。店主は真顔で、
「本当なんですよ。この島の管理者はバリノさん、ていう火星人だけど、」店主は綸蘭を見て、
「話しても、いいのかな真上さん。」
と訊く、綸蘭は、
「ええ、この人になら、いいわよ。」
店主は、うなずき、
「火星で牛と鰻を合成したんだって。」
と言うではないか。流太郎には、よく理解できなかった。
「牛と鰻を、どう合成したんです?」
店主は、
「雄牛の精液に鰻のDNAを混入して、牝牛と交合させたら、できた子牛には腹から鰻のようなものが垂れ下がるそうですよ。それが牛の肉と鰻の肉の混じったモノらしく、おいしいんですよ、とっても。」
流太郎は、
「その鰻には頭は、あるのかなあ。」
店主「頭は、ないそうです。ぎゅううな定食に、しますか?」
二人は、うなずいた。
早くもないが遅くもない出来上がりで、二つの丼が二人の前に置かれた。
流太郎は丼に並んでいる肉に驚く。それは牛肉にウナギの蒲焼きが二つ、くっついたものだ。店主は自慢そうに、
「なるべく牛が生きている時の姿に、したくってね。鰻だけ蒲焼きにするのは面倒ですけど。」
と説明してくれた。
流太郎は食べてみて、鰻と牛肉のくっついた肉の味わいを感じた。
レストランを出て、ピラミッドも出た二人は空に浮かぶ雲を見た。雲の動きから流太郎は、もしかしたら、この浮かぶ島は今、動いているのではないか、思ったのだ。
「真上さん、愛高島は動いているんじゃないの?」
「そうね。東に向かって移動しているみたいよ。」
「浮かぶ島が動くなんて。」
「浮かんでいるだけじゃ物足りないわ。」
島が動く速度としては速いのか遅いのか、流太郎には分からなかった。
だが地上にいる人達は空を見上げて、島が動いているのを見た!
「おい、愛高島が飛行を始めたぞ!」
「ほんとだ!空を飛んでいる!」
博多湾の沿岸から愛高島を眺めていた人達は、東に向かって飛んでいく愛高島を驚嘆のまなこで見つめ続けた。
 愛高島は瀬戸内海を渡り、伊勢湾を通り過ぎ、駿河湾へ到達すると、そこで一時、停止した。
駿河湾は日本で一番深い湾で最深2500メートル、ある。日本一高い山の富士山と対照的だ。
雲を見つめていた綸蘭は、
「止まったわ。腕時計にある位置情報を見るわね。」
彼女は突風が吹くと折れそうな左腕を上げると、多機能腕時計のガラスの面を見る。
「今、愛高島は静岡県の駿河湾の上空よ。」
と笑顔で流太郎に告げる。流太郎は驚くと、
「そんなにも移動したのか。並みのジェット機より速いじゃないか。」
「推進力が反重力だそうだから、自由自在に燃料なしで速度を上げられるらしいわ。」
「反重力とは偉大だね。」
「あなたと、わたしの間にも重力は働いているけど体重の重さの方が勝っているから、自然にしていたら体がくっつく事は、ないの。」
綸蘭と抱き合えれば、それは幸せな重力だ。康美との間には反重力が働いたのだろうか、と流太郎は思った。
愛高島の他の人達は、この移動に気づいていないのかもしれない。地上にいる人々も日曜日に空を見る人は多くはない。釣りをしている人はウキを見ていて、空は見ないものだ。
偶然にも空を見て、駿河湾の上に巨大な島が静止しているのを目撃した人は、UFOを見るよりも驚いた。
やがて愛高島は相模湾へと移動を開始した。相模湾も水深が深く、駿河湾に次いで日本で二番目の深さだ。水深1500メートルの深さのある場所がある。
この相模湾の上でも愛高島は停止した。相模湾の深い場所は小田原より西であるのだが、愛高島は更に江の島の真上に飛行を続け、そこで飛翔を突如、停止した。
日曜日だけに観光客も多く来ていた江の島が、いきなり曇り空のように暗くなった。空を見上げた観光客の若い男が、
「うわあっ、あれは何だっ!!」
と大声を上げたので、周りの人々も一斉に空を見上げる。そこには、江の島よりも大きな円形の巨大な白い物体が浮かんでいるのだ。巨大なUFOに見える。愛高島の底部は火星の白金で作られている。
「UFOか?あれはー。」
「いきなり現れたぞー。」
多くの人は携帯電話でカメラに撮影し始める。へたへた、と座り込む女性も見られた。そこから逃げようにも浮かぶ物体は江の島より大きいのだ。走っても、その白い円から抜けられない。それに過去、大きなUFOはメキシコやマレーシアで多くの人々に目撃された。その時、その人たちは逃げもせず現れた円盤を見ているのだ。
それらの事実から今、江の島にいる観光客も逃げ出そうとする人は、いない。
ただ、あの巨大な江の島より大きな物体が真っ逆さまに落下すれば、そこにいる観光客は全員、圧死するだろうし、江の島神社も全壊する。
とはいえUFO落下事件は、滅多に起こらない。それもあってか人々は冷静でいられた。
学者風の中年男性が口を開き、
「もしかして、あれは福岡市の博多湾に浮かんでいた愛高島ではないか、と思う。」
と右手を自分の顔の眉のあたりに翳(かざ)しつつ、意見した。周りの人達も、
「そういえば、そうだな。あれ位の大きさだった。」
「でも博多湾の上に静止していたんだろう。」
「最初は何処からか、飛んできたはずだよ。」
「何処から、飛んできたんだろう。」
「もしかして地球外から、か。」
「そんな事は、ないさー。あれ位、大きな物体が地球外から飛んで来ればNASAなら気づく。」
「そういえば、そんなニュースもなかったなあ。」
それで愛高島は世界中から注目されている。日本の方からも愛高島の出現をうまく説明できる人物は出てこない。
カメラに撮影しない人達は真っ先に携帯電話で誰かに話していた。
十分もすると愛高島は移動を始める。その速度は一瞬にして江の島を離れ、下にいた観光客らは次の瞬間、愛高島を見失ってしまった。
次に現れた愛高島は東京湾上だ。それから皇居の真上、そしてJRの山手線に沿って東京都区部を一周する。
愛高島のピラミッドの近くの野原にいる真上綸蘭と時流太郎は、携帯電話でバリノの説明を受けた綸蘭が、
「今、東京の山手線に沿って、右回りで動いているそうよ、この愛高島が、ね。」
と話すと、流太郎は、
「信じられないな。動いているのが感じられない。」
「愛高島の周囲に目に見えないバリアを作っているんですよ。それで風も吹かないし、揺れも感じないの。」
「ジェット機よりもリニアよりも揺れないね。」
「この島自体が巨大なUFOなんです。これでも小さな方で、木星の大きさのUFOも火星のものではないけど、存在するんだそうよ。」
「木星と同じサイズのUFOか。それも信じられない話だ。それじゃあ木星もUFOか、という話になるね。」
綸蘭は、それに対して生真面目に、
「月は人工物でUFOのようなもの、という事らしいわよ。」
「またー、そんな事は、ないだろうー。」
「月だって地球より遠くから飛来してきて、地球の軌道と一つになって回っているけど、月の内部は宇宙人が住んでいます。それに月は地球に多大な影響を古来から与えているわ。女性の月経にも月は影響を与えているし、満月に事故がおおいとか、月の重力が海の波を起こすし、これらは宇宙人が人類を実験するために月を送り込んだそうです。火星では小学生でも知っているんですって。」
「月には女神じゃなく、人類をモルモットのように調べる知的生命体がいるのか・・・。」
「神隠しって日本でも古くからあるけど、あれの一部は月に連れられて行っているんです。アポロの乗組員も月の裏側で幽閉されている地球人を見たそうよ。木星や土星の衛星も人工物があるらしいってバリノさんの話ですわ。」
綸蘭の携帯電話が鳴る。
「はい、もしもし、真上です。あ、バリノさん。こんにちわ。え?今、東京都庁の建物の上に、愛高島は停まっているんですか・ええっ?島の底部から、いくらかの下水を出して都庁のビルにかける・・・おしっこ、とか・・アハハッ、面白いわっ、本当ですか?」
「本当だとも。火星から遠隔操作しているんだ。今、都庁のビルの屋上に愛高島の下水を十リットル放出しておいた。」
と愉快に話すバリノの声は綸蘭の横にいる流太郎にも聞こえた。
都庁のビルの屋上には人は誰もいなかったが、第一本庁舎の45階展望室のガラスの窓には愛高島からの下水が流れ落ちて行った。そこの展望室、地上から202メートルの高さにいた人達は、それを見て、
「雨が降って来たよ。」
「それにしては黄色いなー。」
「黄砂の影響だろう、きっと。」
「黄色の雨降る新宿都庁、か。」
と楽しそうに話した。

 自衛隊は愛高島の飛行に気づいていたが、敵機でもないので出動はできない。東京都民は空を見上げる人も少ない、というより、いなかったので愛高島は都民の誰にも気づかれずに新宿から池袋へと飛ぶ。
 池袋ハイスカイトウキョウという八十階建ての高層ビルの真上を愛高島は目指す。そこの展望室は全面のガラス張りだ。
停止した愛高島は底部より下水の放出を開始した。
若いアベックの男女が、その展望室のガラスに流れる黄色い液体に気づいた。女が、
「黄色い雨、かしら。」
「黄色い雨、だろう。」
「幸せの黄色い雨よね、きっと!」
「幸せの黄色いなんとか、とかいう今は太古のような昔の映画に、そういうタイトルあったさ。」
「幸運の前触れっ。わたしたちの、これからの幸福を祝福してくれているのね、神様が、きっと。空から降らせてくださっているのよ、黄色い雨を。」
「ああ、シャワーのように浴びてみたい雨だね。」
若いカップルは愛高島からの下水を飽きる事もなく、眺め続けていた。

 その時、ハイスカイトウキョウの真上にいる綸蘭と流太郎は、携帯電話で綸蘭がバリノの話を聞く。
「えっ!?池袋のハイスカイトウキョウの真上から、又、あれを・・・・。」
「ああ、今度は多めに20リットルのサービスで。よし、終わった。」
「東京の今日の天気は一部、雨だわ・・・ふふふっ。」
と綸蘭は小さな声で呟いた。

 東京都では今、百階建てのビルが建築中だが完成した暁には愛高島の下水放射をバリノ氏は計画中であるという。
 赤羽を過ぎ、上野から東京駅の真上に到着、停止すると、バリノは携帯電話で綸蘭に、
「今から光速で運転して地球を一秒で七回り半してもいいが、別に面白くないから福岡に帰ろう。」
それは光速で行われた。
一秒未満の時間で愛高島は福岡市の博多湾上空の定位置に戻ったのだ。

 城川康美は愛高島に住んでいるわけでは、なかった。マンゴーは売り切れるのが早く、三時には在庫がなくなる。店で置いておける量には限界がある。次の日の早朝に火星から新たにマンゴーを運んでくるのだ。
康美は午後三時過ぎに店を閉めて帰宅する。ヘリコプターで福岡市の地上に戻るのだ。その代り、朝は早い。午前八時には火星から来るマンゴーを受け取りに愛高島には昇っている。
 今は午後三時、康美は愛高島が東京まで移動したのも知らないまま、店を閉めてヘリコプターで地上へ降りて行った。

 康美は自宅へ直行する。暇だからネットサーフィンをする。元々、康美はインターネット関連会社に勤めていた。マンゴーの販売は接客であり、聊(いささ)か疲れたのだ。
誰かに任せたい。そうすれば三時で終わることもなく、若返るマンゴーは販売される。
求人など自分のブログに書けば、いい。
マンゴー販売責任者募集します
 福岡市の愛高島でマンゴーを販売してくれる方、資格、経験は問いません。二十五歳までの女性の方を募集しています。
そうキーボードでパソコンを打つと、康美のブログは更新された。
(これで、誰か来るわ。)康美は「株 投資顧問 福岡」で検索した。すると一番目に出たのが、株カイヤスカーという福岡市にある顧問会社だ。
そのサイトで無料会員登録を康美は、したのだ。彼女は貯金ばかり、しても、しょうがないと思った。それで株式投資を始めようと思ったのだ。すぐに返信が来た。

 ご登録、ありがとうございます。株カイヤスカー代表取締役の蕪山で、ございます。弊社では南区高宮にて株式セミナーなども開催しております。お時間が、ございましたら是非、お立ち寄りください。
明日の午後、四時もセミナー開催の予定です。

 そのメールには、その他に無料推薦銘柄としてマザーズの株式会社夢春も取り上げられていた。
康美は、それを見ると、
「明日の午後四時なら愛高島の仕事が終わって、すぐ行けるわ、よし、決めた!」
と独り言を呟く。
その時、康美の携帯電話が鳴り出した。
「はい、城川です。」
「初めまして、こんにちわ。相出(そうで)澄香(すみか)と申します。」
「ええ、初めまして。それで、ご用件は何でしょう。」
「社長のブログ、拝見しました。わたし、ぜひ、働きたいんです。マンゴー販売の仕事です。」
「ああ、見てくれました。もちろん、募集中ですし、あなたが第一番目に応募してくれましたわ、相出さん。」
「そうですか。わたし、曾曾祖母の名前は相出スネといいます。余計な事だと思いますけど。」
「まあ、面白いわ。フルネームを名乗ると同意した事になりますね。」
「ええ、そうです。わたしも社長の仕事の募集に同意します。」
「ありがとう。面接には、いつ、来ますか。」
「今からでは、どうでしょう。」
「いいわよ。会社は愛高島にあるけど面接場所は、わたしの自宅に来てね。」
そこで相出澄香は康美の香椎のマンションに面接に来る事になった。
十分もすると、康美の部屋に玄関チャイムが鳴る。玄関前が映像で見れるので康美は玄関の中にある小さなパネルに映った相出澄香の可愛い顔を見ることが出来た。十代のような美少女、未成年なら雇用するのは難しいな、と康美は思いつつ玄関を開けた。
相出澄香は笑窪を浮かべて、
「こんにちわ。相出です。」
「待ってたわ。上がって、中に。」
「はい、お邪魔しまーす。」
元気な相出の明るい声は康美の心も明るくした。
 少しでもマンゴーを置けるように康美は住居を変えて、3DKのマンションを借りている。その一室は事務室のような役目にしていた。応接テーブルと椅子も揃えていた。人を雇いたくなったのでネット通販で購入していた。康美は澄香に、
「そこに座って。面接を始めます。」
澄香は着席、康美は彼女に相対して座ると、
「履歴書もPDFファイルで送ってもらったもので、いいです。あれで貴女の履歴は見ましたよ。ですから、それについては合格ね。」
澄香は嬉しさ満面になり、
「では、わたし採用ですね?」
「あなたの明るい笑顔と声も、いいわね。明日から働いてもらいます。」
康美は印刷した澄香の履歴書を自分の机から持ってきて手に取ると、
「えーっと、短大卒業後、サイバーモーメントの子会社である中国料理レストラングループ『食べチャイナ』に入社。そこでは、どんな仕事を経験したの?」
「レストラン業務全般と、主に接客です。マンゴーのデザートも客席に、よく運びました。」
「ああ、それでは慣れたものですね。お客さんにマンゴーを売るのは。」
「わたしサイバーモーメントの黒沢社長が接待する貴賓室にも、よく料理とマンゴーを運びました。」
「貴賓室って、レストラン内にあるの?」
「サイバーモーメントの本社にあります。」
「『食べチャイナ』にも個室は、あるわよね?」
「それは、ほとんどの店にあります。わたしが研修を受けたのは、『食べチャイナ』高宮店です。ちょっと高めの価格設定でも、お客さんが来店してくれます。」
「若返るマンゴーも高いけど、買ってもらえるから、あなたには適人適所だわ。」
「わたし、まだ若いから若返っても、しょうがないですけど(笑)。」
「いずれ貴女も歳は取るわ。二十五歳より上に行っても、若返るとしたら・・・いいと思わない?」
澄香は両眼を斜め上に向けて宙を見るような顔をして、
「いい、と思います。社長も若く見えます。それはマンゴーの影響ですか。」
「そうなのよ。若返ってしまったの。実は、このマンゴーはね・・・。」
康美は思いとどまり、
「秘密があるけど、いずれ教えてもらえるかと思う。」
「へえ、そうなんですか。知りたいです、社長。」
「許可がいると思うから、その話は、ここまでで。面接は終わりですよ。明日、朝八時前五分までに、ここへ出社よ。」
「はい、社長。それでは失礼します。」
相出澄香は積極的に立ち上がると部屋を出る。康美も玄関まで見送った。

 翌朝、指定された時間に澄香は出社してきた。
「おはようございます。」と挨拶する彼女の上着は黄色でスカートは赤。黄色と赤で、よく目立つ。スカートは膝まである長さ。昨日と違って澄香は胸のふくらみが良く分かる上着を着ている。康美は、
「相出さん、お早う。貴女の胸、大きくて、いい形よ。」
「うふ。接客には必要ですもの、女なら。」
と可愛い声で澄香は答えた。
康美は、
「屋上に行くわよ。このマンションに。」
と指示して二人はエレベーターに乗る。屋上に着いた二人はエレベーターを出ると、すぐにヘリコプターの爆音がして降下してきた。
後部座席に二人が乗ると、運転手は若い男性でパイロット風な外見だ。彼は何も言わずに、二人が着席するとヘリを上昇させた。
愛高島まで十分も、かからなかっただろう。ヘリコプターを降りた澄香は、
「うわあ、すごいな。これが浮かぶ島、愛高島なんですね。社長。ヘリコプターは専用ですか。」
「毎日乗るから、私のマンションの屋上に来てくれるの。」
深緑色のヘリコプターは爆音を立てて、上昇して島を出ていく。又、そこから下降して二人には見えなくなった。
康美は続けて、
「今から、あのヘリは他の人達を載せて又、愛高島に来るわ。さあ、店に行くわよ。」
康美の歩調に合わせて澄香も歩く。澄香は康美より少し身長は低いが、胸の大きさは同じくらいだ。 
 シャッターの降りた店舗の前に立つ康美は、ハンドバックからリモコンを取り出してシャッターを上げた。
康美は澄香にマンゴーの在庫の場所や、レジスターの扱い方などを教え、その他の業務も習得させた。十時の開店時には接客を任せた。九時には今までも来ているアルバイトの女性に澄香を紹介した。
新人ながら店舗の責任は澄香に康美は一任して、その日は後ろで見ているだけで、店舗業務は滑らかに流動した。

sf小説・体験版・未来の出来事5

メレニは、
「パーティには他のクラスからも来るわ。流太郎が見た事もない人も来るから。楽しみね。」
と教唆した。

 そんな楽しさを想像したりと、流太郎が期待にも似た気持ちでいると時間が経つのは速いものだ。そのパーティ会場に流太郎は、いた。立食パーティみたいな会場であった。飲み放題、食べ放題。百人はいる大きな会場だ。流太郎は黒い背広を着たハンサムな若い男性に、
「こんにちわ。日本から来ましたね、あなたは?」
と声を掛けられた。
「はい、そうです。ぼくは講師の助手です。初めまして。」
「ぼくも初めまして、ですが、あなたは学校で見た事ありますよ。」
「そうですか。気が付きませんでした。」
「地球の日本にいるのですが、ちょっと二か月ほど、ここで日本語を更に学んだのです。」
「わざわざ火星へ?日本にいたのなら、日本語は学べませんか?」
「それがねえ。私本来の姿に戻れないでしょう、日本では。長い時間ね。」
「はあ、あなた本来の姿・・・それは人間誰しも、人前では幾分、取り繕った顔をするものですよ。そういうのがストレスが溜まる、って事もありますよね。分かります、分かります。」
その男は歯を見せて笑うと、
「ははははは。その程度のものなら火星に来るものですか。私本来の姿、とは、こうですよ。」
流太郎が見ているハンサム男の顔は、みるみるうちに蛇のような顔になった。歯は牙が尖って見えた。
流太郎は驚きと恐怖で、
「なななな、それが貴方の本当の姿・・・。」
「ええ、レプティリアンとも地球で呼ばれているタイプの宇宙人、正確には火星人なのでね。」
男の顔は蛇のような顔のまま、ニッ、と笑う。流太郎の背中はゾクゾクしたが、
「シェイプシフトとかいうアレですね。メレニさんや僕が会ったソリゲムさん、ダリモ部長やセロナさん、それに、ここの校長先生もみんな地球の北欧の人を神秘的にした感じの人間なのに、あなたは・・・。」
「国が違えば火星人も異なるのさ。僕は、この国に留学する事を認められている。地球で謂えばビザも持っている。それがねえ地球も、いずれそうなると思うけど、僕らのビザは君達のスマートフォンに類似した、それより進化した携帯の中にね、ビザを持っているんだ。だから入国審査官には、それを火星のスマートフォンで見せれば、いい。見せてあげよう。」
蛇男はズボンのポケットからスマートフォンらしきものを取り出して画面を操作すると、流太郎に見せた。
そこには火星のアルファベットと数字らしきものが表示されていて、ビザらしきデザインのものが見えた。流太郎は、
「これは初見です。ほー、すごいですね。カードのビザなんて紛失する事もありますよね。そしたら大変ですもん。」
「だから地球は遅れている。僕は月への入国ビザも、このスマートフォン、火星ではスマートフォンとは呼ばないけど、君への便宜上、そう呼ばせてもらうが、この中に収めてある。」
「月、というと月面の月ですか。アメリカのアポロが行かなくなって百年以上、経ってますけど。」
蛇男はスマートフォンらしきものをポケットにしまうと、
「月はね、地球に見えない裏側には億単位の宇宙人がいる。円盤の基地や建物、その他、文明を示すものは地球からは見えないんだ。」
その蛇男、レプティリアンの顔などは近くにいる火星人にも見えるはずだが、誰も驚いたりしないようだ。驚きの顔は流太郎だけで、流太郎は、
「それで月には何もない、と思われていたんですね。」
と相槌をカン、と打った。
「月の裏側を探査しようとしたアポロは、彼らの円盤に攻撃された。命からがらのアポロの乗組員達を知ったNASAは、二度と月への宇宙計画を行わなかったんだ。まあ、その方が身の為だね。インターネットの動画共有サイトでは、少しリークされているよ数十年前から。」
「そうなんですか、では竹取物語の、かぐや姫の話しも本当とか。」
「月に帰るとか、そうだろう。昔の人間が想像だけで、そんな事を想いつかない。それは、ともかく、僕は日本で株取引をしている。」
「ああ、デイトレーダーの方ですか。僕も株には興味があります。」
「今度、教えてやろう。日本では蕪山得男(かぶやま・とくお)と名乗っている。戸籍なんて上野に行けば失業者から、いくつでも買えるからね。」
流太郎は蕪山から名刺を貰った。そこには福岡市の蕪山の住所が載っていた。流太郎は嬉しそうに、
「福岡市に住んでいるんですね、蕪山さん。高宮・・鴻巣山の上の方みたいですね。」
「ああ、電話かけてから訪ねて来いよ。デイトレーダーだと外に出る時間も短いから人間の外観になっている時間も短くて、いいからな。」
蕪山の手は指は長くて爪も長く、肌は鮫肌でウロコがあった。
株をやっているから蕪山か、と流太郎は思った。本当は火星のレプティリアン、爬虫類型宇宙人なのだ、蕪山さんは、と流太郎は思うが火星人の株取引を知りたい、と思い、
「蕪山さんは、明日からでも日本へ、福岡市へ戻るんですか。」
「ああ、今日から戻るよ。君は、いつまでも火星にいるのか?」
「そういうつもりも、ないです。火星では日本語講師が関の山ですから。」
「だろう?だったらさ、早めに地球に帰って何かした方が、いい。」
「そうします。蕪山さん、マンゴープリンが、お好きのようですね。さっきから、そればかし食べてますよ。」
「うん、地球人にシェイプシフトすると暑いんだよ。それでマンゴーが、おいしいのさ。」
「ちょっと失礼します、蕪山さん。」
「ああ、いいよ。次は地球でな、会おう。」

 流太郎は少し離れた場所で立食しているメレニのところに行くと、
「メレニさん。ぼく、地球に帰りたいんです。」
と心境を打ち明けた。
「まあ、そうなの、いいわ、あなたは日本語講師助手として数年勤務しているから、国の円盤で地球に送ってもらえるわ。その代り、この火星での仕事は地球では秘密にしておいてね。」
「分かりました。というより、火星での体験を話したって誰も本当だとは思ってくれませんし、頭が狂っていると思われるに決まっていますから、話はしませんよ。」
「そうね、でも秘密を強いる訳ではないから、話していい、と思える人がいたら話してもいい。何故なら、火星に来ている地球人って結構、多いからね。」
なんだ、そうなのか、と流太郎は思った。

 翌日、メレニの話通り、時・流太郎は国のUFOで地球へ帰った。火星人とはいえ、公務員らしき態度の船員に、
「あれが君のマンションですか?」
と香椎駅前にあるマンションの上空から尋ねられたので、
「そうです。屋上で降ろしてもらえませんか。」
「ああ、そうするよ。火星での勤務、ご苦労さん。」
と、ねぎらわれて流太郎は自分のマンションの屋上に降りることが出来た。
(もう、二年にもなるのか。でも一応、分譲マンションだから家賃滞納の心配はなし、管理費と修繕積立金は安いから銀行口座の引き落としで、なんとかなっている筈だ。)
と回想した。
 屋上から自分の部屋に戻ると、電気もガスも止められないでいた。水道も、ちゃんと出た。それらも銀行引き落としだったのだ。パソコンはWINDOWS37が、まだ使えた。起動させてオンラインバンキングの自分の口座を見ると、まだ貯金があった。次にビットコインの口座を見る。
(やはり騰がったな。ビットコインは。火星ではビットコインに似たもので光熱費は払える、とメレニさんは話していたけど。)
日本株は、と見ると上がったのもあれば、下がったのも、ある。ほぼほぼ、同じ株価のものも多い。
ネットニュースを見れば、リニアモーターカーが鹿児島に向けて建設を計画中だそうだ。
リニアより揺れない、というより、全く揺れない火星の空飛ぶ円盤に乗った経験からすると、リニアなんて、と流太郎は考えてしまう。
鹿児島では桜島が爆発したらしく、それの被害に会わなかったところにリニアを通す計画らしい。
とにかく今は昼間だ。会社に電話しよう。携帯電話で流太郎は籾山に連絡を取る。籾山が出て、
「もしもし?おう、時じゃないか。どこに行っていたんだ。」
「ちょっとした事情がありまして、その訳は追い追い、話しますから、今日から出社します。」
「ああ、いいけど君の席は、もうないから、明日までに机とか椅子は何とか、しよう。今日は、そんな状態だけど、来るなら来いよ。」
「はい、行きます、今すぐ。」
という事で、今はマザーズ上場企業の株式会社夢春に流太郎は出社する事になった。

 籾山も今は社長室を使っている。そこに入った流太郎は元気そうな籾山を見て、
「お早うございます。お元気そうで何よりも素晴らしい。」
と挨拶した。籾山は鷹揚に頷くと、
「君も元気で何よりさ。一体、何処に蒸発していたのかい。」
「蒸発だなんて液体ではないんですから、僕は。火星に連れていかれたんです。信じてもらえないと思いますけど。」
籾山は好奇の目を光らせると、
「信じるも何もだね、僕も火星には行ったよ。それどころか、-これは内緒の話だがね、うちの大株主の一人は火星人なんだ。」
流太郎は、そういう時代なんだと思ってみた。だから納得顔で、
「そうでしょう、うちも、そこまでいかないと発展しませんですものね。」
「ああ、技術屋の会社としてはね。火星人からの技術供与は、我が社の向上には必要欠くべからざるものだな。パリノさん、彼が大株主だけど、その人は火星の医師で、エレクトロニクスの方面は得意じゃないらしい。」
「医学でもコンピューターを使う事は、あるのではないですか?」
「あるらしいけど、パリノさんはプログラムを作ったりできる人じゃないから、直接的にはパリノさんからの技術協力は無理だけど。十歳若返るマンゴーが火星にあるらしいよ。」
それを聞いた流太郎は、
「それを輸入販売すれば、絶大な販売業績が出ますよ、籾山さん!!」
「でも、それはパリノさんの兄さんの領域らしいけどね。」
と籾山は嘆息した。

 パリノ・ユーワクの兄、パリノ・ユーワクは、十歳若返るマンゴーの果実を地球に輸出する事に決めた。
販売場所は何と、博多湾上空に浮かぶ巨大な島、で行われる。この巨大な空中に浮かぶ島は、巨大な反重力によって支えられている。そもそも重力などは地球が消滅しない限り、永久にあるものだから、反重力も同じく存在し続ける。太陽光発電でさえ、太陽が沈んだ後にはエネルギーを採れないが、反重力は夜にも、その力を保ち続けるのだ。
 パリノは城川康美に、
「この若返るマンゴーは高価な値段で売りたい。あの浮かぶ島、それは愛高島(あいたかしま)と福岡市からの愛称募集で決まった名称だがね、そこで一個、百万円辺りで売ろうと思うよ。」
康美は、もはや自営業者となっていた。その愛高島にはヘリコプターで時々、訪れた事もある。観光ヘリコプターが空に浮かぶ島へ飛んでいる。島の大体は火星で作られたものだが、そこに宿泊施設などは地球側、というより日本の企業側で作らなければ、ならない。
パリノは康美の事務所で、マンゴー販売を持ち掛けた。康美は社長の椅子に腰かけて、
「それは賛成です。妹の貴美は行方不明になりましたし、何か有意義な事をしたいんです。妹が、いなくなって張り合いがないところもありました。若返りは実証されているのですか、そのマンゴーで?」
パリノは部屋で康美の前に立ったまま、
「もちろんさ。火星人に効くものは地球人にも効く。まず、君に試してほしいね。」
康美は期待で胸がワクワクと雲が湧く思いになって、
「やりますわ!わたしも二十六、若返りたいな。」
と心境を吐露した。
 パリノは上着のポケットの中からマンゴーを取り出すと、
「これが、その十歳若返るマンゴーだ。果実のままだから、皮をむいて食べてごらんよ。」
康美は立ち上がると手渡されたマンゴーを受け取り、事務所の片隅の調理の出来る場所に行って、ナイフでマンゴーの皮を剥き、食べられるように切り分けた。そのひと切れを口にすると、ビタミン剤の強力な味がして、全身に電流が走ったような感覚がした。何か体が軽い。五歳、若返った感じ。鏡のある所に歩いて、自分を鏡で見ると確かに自分は二十一に戻ったようだ。康美はパリノを振り返ると、
「若返りましたわ、パリノさん。でも、五歳だけみたいですよ。」
と嬉しそうな声を出す。パリノも喜ばしい顔で、
「それで、いいんだ。君が十歳若返ると十六になる。それでは未成年者に逆戻りだからね。君はもう自営業、会社に行かなくていいから、会社の人達に見られて奇妙がられることもないよ。」
「そうですわ。でも、父には時々、会います。だから、びっくりしますわ、父は。」
「彼は科学者だし、その火星のマンゴーの事も話していい。だが、他の地球人には秘密にしておいてくれ。若返るマンゴーはネットショップで売り出す。だけど取りに来る場所は浮かぶ島に来てもらうんだ。」
こうして若返るマンゴーは日本初、発売となった。
十歳、若返るマンゴー
なんてインターネットで見ても、すぐ信じる人は、いない。お試しサンプル、無料というので試しに送ってもらった人が、
「確かに少し若返った。よし、買いたい。でも百万円じゃあ・・・。」
とネットで呟いたので大反響を竜巻のように巻き起こし、その噂は旋回して日本中を駆け巡ったのであった。
 購入場所は博多湾に浮かぶ海抜五百メートルの浮かぶ島。観光ヘリで訪れる事が、できる。一日に浮かぶ島に飛ぶヘリコプターも限られている為、日曜祭日には予約が殺到している。
康美はパリノがUFOで浮かぶ島まで朝晩、康美のマンションから送迎した。人間の目には見えないUFOにすれば、誰にも気づかれない訳なのだ。そのUFOでは香椎駅前の康美のマンションから浮かぶ島「愛高島」まで一秒以内に到達できる。標高五百メートルの愛高島は、冬の今、とても寒い。
観光客が来る前の販売所の室内で、パリノは康美に、こう話した。
「今日は寒いね。太陽の表面温度は実は、たったの26℃なんだから。」
何の冗談かと康美は思い、聞き返す。
「なんですか、その話。太陽の表面温度は6000℃だと習いましたが。」
「ワハハハハ。それが天動説と同じで、科学的という間違った迷信、いや迷推測によるものなんだ。太陽が高温を発しているのなら地表から五百メートルも離れて高い、この愛高島が何故、こんなに寒いのだね?」
「それは寒気団が来るからではないですか?」
「それは、あるだろうけど富士山やエベレスト山は頂上付近は、いつも雪で覆われている。実は、かなり昔、アメリカのNASAは太陽の表面温度を計測し、それが26℃である事を突き止めたが発表しなかった。だがインターネットでは漏れ伝わっている。」
「では、太陽熱とは一体何でしょう?」
「T線と呼ばれるものが太陽から出ていて、それが惑星の大気に触れて気温が上昇するのだ。だから太陽に地球より近い金星にも高度な文明を持つ人達が、存在する。」
「金星!??金星って、とても高温で・・・でもないんですね、太陽は平穏な平温としたら。」
「そうだ。金星には厚い雲もある。そもそも太陽は燃える塊ではない。なのだから金星には快適に住める空間は、あるんだ。NASAも太陽の温度を知っていながら、探査船を金星に飛ばさないのは科学的常識、それは大昔の天動説と同じだが、太陽は爆発している燃える星、というものに敬意(笑)を表してだろう。」
康美は新たに金星の謎の一つを少し知った気がした。随分昔、金星に行った、と主張した人々は世間から冷笑されていったものだ。地動説と違ってガリレオ裁判みたいなものは、ないけれど世の中の人間は自分で体験しないものは、世論に動かされる。それで大衆操作は可能だ。百パーセント近くの人間は月にさえ行けないのだ。どうして金星に行けるだろう。
その自分が体験不可能な事に就いては、マスコミュニケーション、マスメディアの打ち出す説を正当なものとする、というのが大衆心理なのだ。康美はパリノに、
「若返るマンゴーも火星からの輸入、という事は知らせない方が、いいんですね?」
「無論の論だよ。愛高島にしたって科学者共は隕石の巨大なもの、と結論付けた。山や川もあるのにだ。(笑)、我々が愛高島を地球へ運んでくるスピードは、巨大な隕石が地球に向かう速度と同じにした。停止も我々がしたのであって、自然現象ではない。
若返るマンゴーは火星の赤道直下で栽培された、品種改良のものだ。これも自然発生のものではない。自然は偉大だ、と思われるところもあっても、人工的手段がなければ快適な生活は望めないのは火星も地球も同じだよ。」
「冬は服を多く着ますものね、人間は。」
康美は首に巻いたマフラーに手を当てつつ、そう言う。
パリノは、うなずくと、
「医学も又、人工的な手段そのものだな。ところで若返った康美君、君は恋人に何か言われなかったかね?若くなったね、とか。」
「いいえ、恋人はいませんし、付き合っている人もいませんから。」
パリノの目に希望の光が滲み出ると、
「おお、そうかね。では私の第三夫人になるかい?」
「それは今少し、考えさせてください。火星で生きていくかどうか、もう少し考えたいんです。」
「ふうむ、いいだろう。君は、いつまでも二十一歳で、いられるよ。」
「え?え?え?どういう事ですか、それは。」
「又、二十六になったら、若返るマンゴーを食べれば、いい。」
「それなら二十五歳になったら食べると、二十歳に?」
「いや、それは無理だろう。最初に若返った年齢までしか戻れないみたいだ。火星での人体の治験で分かっている。だから君は二十一歳までしか戻れない。それでも、いつまでも二十一歳に戻りつつづけられるかと言うと、それは無理なのも火星の治験で分かっている。とはいえ、何回かは戻れるからね。」

 時・流太郎は、博多湾に面した少し高い山、愛宕山から浮かぶ島、愛高島を一人で眺めると、
(すごいなあ、あれは。大きな島が海の上に浮いているようだ。)と思う。ジャンパーのポケットから精度のいい双眼鏡を取り出すと、目に当てて、愛高島を見る。
なにか販売所のような所があって、おや?康美が、いるではないか!!何で、あんなところにいるんだろう。それに若返ったような康美ではあるみたいで。二十一歳ぐらいに見えるぞ。おれが教えていた専門学校を卒業して、すぐの頃の康美に似ている。それなら妹なのだろうか、康美の。
康美には双子の妹、貴美がいたが。その貴美の行方が分からなくなっている。もしかしたら、あそこにいるのは貴美?なのだろうか。それに彼女の隣には北欧の白人男性らしき人もいる。彼は何者、だろう。
愛宕神社の境内の北側から双眼鏡で愛高島を眺める流太郎の両肩に鳩が二羽、飛び乗ってきて一緒の方向を鳩たちも眺めている。

 愛高島のパリノに携帯電話が鳴る。店先にいたパリノは店の奥に引っ込むと、
「もしもし、どうしたんだ。」
「ダレダカ、ワカリマセンガ、ソウガンキョウデ、ソコヲミテイル青年が、います。」
「ああ、人工ロボット、カンシー君、お勤め、ご苦労さん。そのロボット風の話し方も、やめたらどうだ、もう。」
「分かりました。でも、プログラムされたワタシです。最初の喋り方は、この方が、いいのかも、と。」
カンシーはパリノが愛高島の近くに停止させているUFOに乗せているロボットだ。そのUFOは人間の目やレーダーにすら!映らない透明な保護光線で円盤の船体を包んでいる。
パリノの身辺警護をカンシーは受け持っている。
パリノは気になって、
「話し方は君に任せよう、カンシー君。双眼鏡で島を見ている人々は多くいるだろう。私に危害を加える地球人は、いない筈だが。」
「ソウデハ、アリマセンガ、パリノさん、あなたより城川康美さんに、その青年は双眼鏡の焦点を当てているみたいデス。」
「ふうむ、そうか。でも、いいじゃないか。康美は美人だし、双眼鏡で見ていて美人が見えたら、そう、眼鏡をかけても見たい時もあるさ。」
「ソウデスネ。で、ワタシは、その青年に向けて探査光線を発しました。帰って来た光線波を分析装置の画面で見ると、
『元、恋人』と、なっています。」
「康美の元・恋人だって?それは、ありうるだろう。何人も、いるかもしれない。ご苦労さん、それだけかね?」
「ソソレダケデス、閣下。」
「閣下は、言わなくてもいい。」
「ハイ、ワカリマシタ。サー、パリノ。」
「サーも、どうでもいいけどサー。では、引き続き頼むよ。」
「リョウカイ、リョウカイ。日本の領海内に於いて監視を続けます。」
携帯電話は通話を停止した。パリノは康美の元、恋人を知りたいとも思ったけど、どうでも、いい気はする。何せ、康美は今、つきあっている彼氏は、いないと云ったのだ。おれの第三夫人にする日も近いだろう。二十一歳の彼女の肉体、横から見ていても大きな彼女の乳房は服の下で揺れていた。ああ、あれこそ、おいしそうなマンゴープリンだ、とパリノは思うと店先の康美の横に歩いて行った。

 双眼鏡で見ていた流太郎は、康美の横に北欧の白人らしき男性が立ったので、康美が見えなくなる。
(ちぇっ、ああ、そうだ。観光ヘリで愛高島に行けば、いいんだ。まだ店舗施設も少ないから、すぐに康美は見つけられる。というか、あれは康美ではないかも知れない、というより若返りでもしないと、もう二十六のはずだから。)
 携帯電話で「愛高島 観光ヘリ」と文字を打ち、検索して電話番号が出たので、そこへ指を置いて通話する。若い女が出て応答した。
「はい、愛高島観光ヘリです。」
「来週の日曜日、予約が取れますか?一人なんですけど。」
「ええ、午後からでしたら、大丈夫です。お名前と御住所、電話番号をお願いします。」
流太郎は、そのオペレーターに個人情報を伝えて、
「福岡空港から飛行機でも愛高島に行けるんでしょう?」
と訊いてみた。
「ええ、来月から開通予定です。観光ヘリの方が、いくらか安くて、お得ですよ。」
と女性オペレーターは答えてくれた。
流太郎が今いる愛宕神社境内は小さな山の頂上で、そこから東北の方を見ると博多湾の上に巨大な浮かぶ島の愛高島が見える。世界第一の奇妙な景色としてギネスにも登録認定されたし、日本観光の一番の名所になった。それだけに観光ヘリは愛高島へ飛ぶ回数を増やし、一機だけでなく五機は常に飛んでいる。日本に観光に来た外国人は必ず、愛高島を訪れる。流太郎は地元の人間なのに、まだ愛高島には昇っていない。観光客で、いっぱい、というニュースをネットで見ると、少し人出が少なくなって行こう、と流太郎は思っていたのだ。
 コンピューターグラフィックスのような眺めの浮かぶ愛高島だが、海からの潮風を頬に流太郎は感じると、あれは現実だ、と我に返る。
愛高島 画像、で検索すると島の外側は松林になっている。一番外側はコンクリートの壁が三メートルほどの高さで、愛高島を囲んでいるようだ。画像を見て三メートルと分かるわけもないが、紹介しているブログを読むと愛高島の最も外側の壁の高さについて説明してあった。
愛高島にある大きな山は、愛高山だそうだ。滝も流れているらしい。そんな島が博多湾の上に浮かんで静止している。
 ともあれ、流太郎は来週の日曜日に愛高島へ行くヘリコプターを携帯電話で予約した。
 先週の日曜日に発売された*若返るマンゴー*も、たちまち評判となった。愛高島でのみでの販売なので、康美のいるマンゴー販売所には立ち並ぶ人たちで、三時間待ちもある。ただ、*若返るマンゴー*は高価なため、最初の爆発的な売れ行きは幾分、おさまっていた。
もちろん、その他の美味なマンゴーも販売されている。♪地球には、ない美味しさ♪まるで火星のマンゴーみたい、というキャッチフレーズで売り出されているが、それは、その言葉通りの事実で、火星から直輸入されている。でも、本当だと思う人は誰も、いなかった。
そもそも愛高島に行くヘリに乗るだけで、かなりの出費なのだ。流太郎は持っているビットコインの一部を売って、愛高島へ向かうヘリに乗っている。
博多湾に浮かぶ島、そこにヘリでは、すぐに到着した。島の中央近くに着陸すると、地平線が見える訳もなく、かなり遠くは松林が小さく見えた。
それで海抜五百メートルという感覚は流太郎には、掴めそうにない。空港も建設中らしいが、小型の飛行機の離発着のみに限られるような小さなものらしい。
この島にしたって積載重量は無限ではないのだ。それでパリノ氏の国で愛高島の反重力による浮揚を調節、維持している。
 福岡市では、この愛高島の正体をパリノからの申し出で理解していて、浮かぶ島に着陸するヘリの重量、人の数などを毎日、パリノに報告する。火星で作られた人口島である事は世間に公表しない、日本政府や福岡県にも公表しない事をパリノ氏に厳密に約束させられた。もし、その約束を破った場合、パリノ氏は福岡市役所の市長室で福岡市長と助役に、
「愛高島を福岡市役所の上に移動させた上で、反重力をゼロにして落下させる。」
と宣言したのだ。震え上がった福岡市長と助役だった。市長は、
「どうか、それだけは、しないでください。福岡市役所は天神という福岡市の一番の繁華街の東南にあるんですよ。我々だけでなく多くの人が・・・。」
「死ぬだろう。そのためにも愛高島が火星で作られ、運ばれてきた事を秘密にするんだ。」
市長と助役は姿勢を同時に正すと、口を合わせたように、
「はい、パリノ様。」
と同時に服従の意を表明した。

 流太郎はヘリから降りて、そこはヘリポートみたいに小さい場所だが、そこから見える市場のような場所に歩いて行った。島の直径は十キロメートルらしい。北の方には百メートルの高さの山が見えた。ヘリポート周辺にはビルが立ち並び、車道と歩道が同じ幅で続いている。車は観光タクシーらしいものが時々、走る程度で、歩道には多くの人達が歩いていた。
世界中から観光や若返るマンゴーを買う目的で訪れた人々。その多くは富裕層らしい、と外見でも分かる。
世界各国の航空会社は愛高島に空港を建設して欲しい、と要請しているが福岡市としては、
「只今の所、旅客機は受け入れておりません。」
と断る一方通行だった。
 流太郎は火星から帰る時にメレニから貰った携帯電話で、それは火星にいるメレニに通じるというもの!しかもメレニが通話に出れるか、出れないかを示す表示まである、それをポケットから取り出して見ると、メレニは通話に出れるようだ。ホットラインを使ってみよう。ルルルルルル、メレニが出た。
「はい、おや、流太郎、お久しぶりね。」
「福岡市の海の上に浮かぶ島が出来ているんですが、こんな不思議なものを見るのは初めてです。メレニさん、何か御存じでは、ありませんか?こんな現象を。」
「それねー、我が国で関わっている国家的プロジェクトだそうよ。地球へ話を持ち込んだのはパリノっていう実業家ですけど、いくら火星で金持ちと云っても、あの大きさの島を浮かばせるには、それなりのお金が必要だわ。国の予算で作られています。パリノは使い走りのようなものね。」
流太郎は(ああ、そうだったのか、不無(ふむ)。)と大納得した。
「なるほど、よく分かりました。メレニさんも見物に来ませんか?愛高島、という愛称でよばれていますよ、この浮かぶ島は。」
「そうね、いつか行くでしょうけど。火星にも浮かぶ島は、あるの。スウィフトのガリバー旅行記に飛行島が出てくるけど、あれは火星にある浮かぶ島の事よ。なお馬の顔をした火星人も昔いたし、巨人も小人もいたの。それをスウィフトは体験しただけ。彼の想像ではないのよ。」
「スウィフト・・・ガリバー・・ああ、あの子供向けにもある本ですね。」
「そうです。では、又ね。」
忙しいらしいメレニは通話を切った。流太郎は物産展が開かれているような市場らしき場所へ足を運び始める。もしかしたら、あそこに康美がいるかもしれない。
 行列が立ち並ぶ店先に顔が見えるのは、確かに!康美だ。その隣にも若い女性が立っているが、彼女は*若返るマンゴー*は販売していないらしい。高価な若返るマンゴーは康美が売っている。噂に聞く、その高額なものは流太郎が買えるものでは、なかった。
康美と顔を合わせるために百万円ものマンゴーを買うなんて。なんか方法は、ないのだろうか。なさそうだ。
康美は遠くにいる流太郎に気づいていない。気づいても康美にとって流太郎は過去の人物なのだ。もはや康美はネット関連会社の仕事ではなく、マンゴーの販売で巨万の富を得ていると流太郎は聞いた。
自分とは違った人生を歩いているようだ。それが分かっただけでも、いいではないか、と流太郎は思い、せっかく来た愛高島、観光をしていこうと歩き始める。観光を敢行するのだ。

 歩道を歩いていると、やがて橋が見え、大きな川が流れていた。空に浮かぶ島に流れている川。地上の川は海へ、やがて流れていく。この川は、何処に?その橋のところに若い観光ガイドのような女性が、紺色の制服で立っている。流太郎は聞いてみずには、いられない。
「こんにちわ。この川は何処に流れ着くんでしょう。」
「こんにちわ、観光者さん!この川は島の外縁に流れて、そこから霧のように博多湾に落ちていきます。」
なるほど、そうだったのか、と流太郎は納得する。観光ガイドは両眼の大きな黒い瞳で、二重瞼、頬はふっくらとして、背は女性にしては高身長で、制服の上からでも胸と腰の張りは隠せない。しかもミニスカートで、強い風が吹くと彼女はスカートの端を抑えなければならなかった。流太郎が次の質問をする前にも突風が彼女のスカートを捉えたので、彼女が両手で抑える前に捲れ上がり、それで黄色い彼女のショーツが半分ほど流太郎の視線に入った。それはショーツの下半分であったので、女性器に食い込んだ形も見えたのだ。
流太郎は唾を飲み込むと、
「スカートを気にしないといけないなんて、大変ですね。」
と話すと、彼女は、
「でもミニスカートは制服なので、長いスカートは履けないんです。」

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 2013年の現在、首都・東京などでは特に気軽な男女のキスが一目も憚らずに行われる事が少なからずあるらしい。これは今からもう少し前から見られる現象で、欧米の影響だといえるのだろう。
それと並行するように日本では、少子化が進んでいった。
2098年の現在、日本でそのような行為、すなわち、人前でキスをする事は公然わいせつ罪として逮捕されるようになった。その理由は、おいおい述べていく事とする。
他の現象としては、映画やテレビドラマなどは見る人も極めて稀となっているのだが、キスシーンはアダルトなものとして取り扱われ、テレビからはキスシーンが姿を消すなどしている。
ここまで取り締まられるようになったなどは、2013年に生きているあなたがたには時代の逆行のように思われるに違いない。
さてさて、そういう時代となっているから2098年現在、女性は外出時にはマスク着用が一般となっている。日本政府としても、マスク着用を義務付けようかという検討もしたが、中東の女性とは違う伝統のためにそこまではやらない方がいい、ということになり、法的に規制はされない。
それでも、大抵の女性は外出時、のみならず勤務時間帯もマスクを取らない。
ある平凡なサラリーマン家庭を見てみよう。女性は、その辺を歩いているような、よくみかけて顔も覚えられないようなありきたりの三十代の主婦、凡子は帰宅した夫、沙羅男(さらお)にマスクをしたまま、
「会社の方は、どうなの?」
と聞く。
「ああ、なかなか出世できそうもないよ。」
「じゃあ、わたし、まだパートに出た方がいいのね。」
「うん、すまない。でも、キスぐらい、おまえ・・。」
凡子は目で抵抗して、
「簡単に、させてあげられるもんですか。2000年初期の頃とは、違うんだから。」
沙羅男は、ふーっ、とため息をついた。それから独り言のように、
「あーあ。おれも2013年頃に生まれていればなー。そうしたら、もっと簡単にキスもできたし。」
「そんな、いやらしい事、夫婦だからって気楽に話さないでくださいな。その頃のキス映像は、すべて成人指定のアダルトになってるでしょ。今は。」
「そうだけどね。昔の人達は、気楽だね。」
「ずいぶんと昔だわ。公務員も勤めていれば、給料が上がったそうじゃない。」
「そうだったらしいね。役人天国だったんだろうな。でも、今はそれも違うね。おれの同級生も地方公務員になったけど、リストラされてね。」
「大変ねー。」
「風俗産業に入って、今は安定した生活を送っている。」
凡子は眼をきらめかせると、
「そうだ、あなた。風俗関係の仕事に転職なさいよ。自動車の会社なんているから、だめなのよ。何十社もあるでしょう、車の会社。」

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近未来の不動産会社OL

 美山響子(よしやま・きょうこ)は、三十歳、不動産会社勤務、独身、身長百五十八センチ、88>59>89のサイズで、通勤はフェラーリで通勤している。
満員電車では必ず、痴漢された。美山響子は男性の好みは限定されていたので、多くの男に触られるなど気分のいいものではない。もちろん、大抵の女性なら痴漢は気分が悪いものだが。それで、二千万円クラスの黒のフェラーリを現金で購入した。
インターネット検索で、フェラーリの販売店を探し出したのだ。フェラーリの公式ホームページから探せる。響子は福岡市なので、福岡の販売店を探すと、一つしかなかった。
2013年も一つだったが、2033年の今もフェラーリの販売店は福岡市にしかない。なにせ、トヨタがレクサスなどの高級車の販売に力を入れたため、高級外車は昔ほど売れなくなっていた。

響子は帰宅すると高級マンションの最上階で、宅配ピザを注文する。
「春吉の美山です。」
「毎度ありがとうございます。」
名乗った後に、間を置くのはピザの店の人間がパソコンから美山の情報を呼び出すためで、これはもう随分昔から行われている。
Sサイズのピザを二枚、注文した響子はフカフカのソファに座った。それから向こうの部屋にいる彼の体を思い出す。彼は料理、洗濯なんてやってはくれないばかりか、自分で歩行するのもままならない体だ。
それでも一昔前の彼のタイプの・・・
ピンポーンと、何十年と変化のないチャイムが鳴った。携帯電話の着信音なんて様々なものがあるのに、ドアのチャイムは何処も同じ、およそ建築関係の人間は発展性がないのだ。それが証拠とはいえるかどうか、日本の大手建設会社の起源は江戸時代の頃で、保守一点張りといえるのかもしれない。
玄関ドアを開けると、男子大学生アルバイトらしい青年が顔を出した。背も高く百八十センチはあり、フットボールでもやっていそうだ。響子は(ピザよりも、この青年の方がおいしそうだわ。)と思ったが、学生では面倒な事も多い。
「お待たせしました、ピザビッグです。」
ズボンと上着が繋がっている、いわゆるツナギの白い制服を着た大学生は
ピザビッグ!おいしさ二万倍。
と文字が印刷された白い箱を響子に手渡した。受け取って玄関脇の棚のところに置くと響子は、代金を払った。その宅配員の視線を胸に感じながら響子は、その男の股間を見ると白い制服に大きく張り出した格好になっている。(勃起しているのかしら)
「丁度、いただきました。ありがとうございます。」
深々と頭を下げた青年の股間を響子は注視していたが、ドアが閉まるまで張り出したものは、引っ込まなかった。

ピザビッグはSサイズも他の宅配ピザより、大きかった。響子の好きなメニューの一つがウインナーピザで、長さ二十センチのウインナーを先に手にとって、男性のペニスを頬張るように口に入れる。
このウインナーピザの注文は独身女性からが最も多かったので、ピザビッグの経営者は、含み笑いをしながら、
「裏メニューを開発しよう。簡単だ。ウインナーを男性器の形にするんだ。それをバイブ版、という形でメニューに載せる。メニューには、未成年のお客様は、このバイブ版は御注文できません、と但し書きは入れるようにする。さっそく、取り掛かってくれ。」
という発案に、開発スタッフが取り組み、できたものはバイブというより食べられるだけに松茸という感じの黒い大きなウインナーだった。
今、響子が口に入れたのは、この裏メニューのバイブ版だった。
(まるで、男の大きなアレみたい・・・。)
響子の舌は、その男性器と同じ形に作られた、というより勃起時の男性器と同じに作られたウインナーの亀頭の部分を舐め回していた。亀頭のカリも舐め回していく。
TANNERの第五段階、の男性器をモデルにしている。すなわち、最終的に成熟した男の性器である。
響子は上着を脱ぎ、シャツも脱いでブラジャーを外すと、TANNERの第五段階である自分の乳房を揉みながら、ウインナーをまるで男性の勃起したペニスにするように舌を這わせていった。
広い食卓に一人で座って、響子はウインナーにかぶりつく、のではなく、しゃぶりついている。
響子の白い大きな乳房はTANNERの第五段階のため、乳輪は後退して見えない。
世間的に見られるAVなどでの乳輪の大きな女性は、TANNERの第四段階であり、完全成熟とはなっていないのである。
空腹は、響子の想像を打ち破った。カリカリとウインナーは、響子の口の中で噛み裂かれる。胃袋から伝達される感覚が、彼女を現実に戻したのだ。
(彼は、寝室にいたわね。ダブルベッドで寝てるけど。わたしがピザのウインナーで、こんな事をしているのは知らないでしょう。)
そもそも、その彼との性生活に不満があるから、ウインナーもビッグサイズのものを求めるようになる。でも、それは彼のモノのサイズが小さいからではない。
ウインナーを食べ終わると、ベッドに寝ている彼のビッグなモノを想像して響子は笑顔を浮かべた。

ピザが入っていた紙の容器をゴミ箱に捨てると、響子は寝室に向った。ドアを開けると、ダブルベッドの片隅で全裸の彼が寝そべっている。響子は彼の股間に真っ先に、眼をやる。ビッグ!ただ、それはまだ固くなっていない。
その彼は、同じ不動産会社の同僚だった。年齢も同じで、三年前に結婚した。半年ほどは薔薇色の結婚生活だった。何が楽しいといって、仕事から帰って夕食を食べ、そのあとにすぐするセックス以外にあるだろうか。彼は大学時代、ラグビーをしていたのでタフだった。
響子を手早く全裸にしてくれて、先に全裸になっていた彼は、すでに怒髪天を衝くという言葉を変えて、怒棒天を向くという趣の姿態だ。
お互い立ったままの彼らは、響子が尻を向けて彼に寄り添う。彼は高く突き出した彼女の尻の間に見える大きな割れ目に、太く長いイチモツを突き入れると、響子の両脚を膝の後ろから両手で抱えて、空中に浮かせた。
駅弁体位の女性が、逆を向いた姿勢になる。駅弁体位の場合、女は男の肩に掴まったりするが、響子の今の体位は背中が彼の胸に密着して両手は空いている。
彼が響子の体を高く持ち上げるようにして、おろすという動作は騎上位を空中で行っている気になり、
「あっ、あっ、あっ。」
という悶え声を響子は止められなかった。空中に座ったまま、彼の雄大なペニ棒が出入りしている。それが、新婚生活で響子が最も好きな時間だった。
響子のマンコは締め付けが強く、セックスを終わった後、彼のペニスを観察するとその皮膚が締め付けられて赤くなっていた。
それ位の締め付けだから、彼も五分と持たないことが多かった。
不動産会社も多種あるのだが、響子の勤めているところは主に賃貸物件の仲介だ。福岡市の中心に近いところにあるので、家賃の高い部屋が多く、したがって仲介を頼みに来る人達も少ない。
平日の昼間など、午前中もだが、客は一人も来ないことが多い。高い家賃を払ってまで福岡市の中心に引っ越したい人達は、東は神戸まで見当たらない巨大商業地の天神でビジネスとか店を考えている人達なのだ。
響子は一人で店にいる事も、しばしばだったので、逆駅弁の夫とのセックスを思いながら指はスカートの中に入れて、パンティの上からマンスジを強くなぞって楽しむ事もある。
不動産の仲介店に行けば、どこでも座っている女性の下半身は見えないようになっている。だから、万一、客が入ってきても響子は指を素早くパンティから離せばよい。
大手建設会社の受付も暇なことが多いし、人も通らない時間が多いと受付の女性はオナニーに耽る事もあるらしいが、響子は店のドアが開く瞬間に手を離して来客用笑顔を向けるので、気づかれた事はない。
響子の夫は営業に回されていたので、部屋も違い、顔を会社で合わせる事もなかった。
それでも、二人が付き合っている事は社内では知れ渡っていた。それは狭い世間というところだろう。響子と彼が、会社の休日にラブホテルに入ったのを見た社員がいたらしい。
休みの少ない不動産会社の休日に、二人はホテルで朝から晩までセックスした。
昼の食事も、そこそこのホテルに泊まるようになってからは、部屋に持って来てもらうようにした。その昼食を受け取る時だけ、彼が衣服を身につけた。大抵は若いホテルマンが、台車で昼食の上に布をかけて持ってきた。その時には、一発は響子の尻の中に射精していたし、入り口から見えないベッドで響子は全裸で寝そべっていた。
不動産会社の休日だから、水曜日、響子の会社も水曜日が休みだ。昼食を食べ終わった二人は、再び全裸で抱き合う。窓のカーテンも締め切っているけど、その外の下の空間では忙しそうに白いカッターシャツを着たサラリーマンが、歩き回っていた。
正常位で挿入しようとした彼に響子は、
「昨日のお客さん、案内した部屋の中で、さりげなくだけど、わたしのお尻をむにゅーと掴んだのよ。」
と告白する。彼の勃起したイチモツは、響子の膣口の前で停止した。
「ええーっ、それだけか。」
「うん、それだけ。」
「よーし。おれがもっと、おまえの尻を愛してやる。」
彼は響子を、うつ伏せにした。大きな二つの乳房が、プルンと揺れる。尻を高く上げた響子の股間には、大きな淫裂の線が彼の眼にイヤラシく映った。潤んだその長い割れ目に、彼は長大なモノを根元まで突き入れた。響子は尻を震わせて、顔を横向けにすると、
「あああ、すっごく、いい。マンコ、気持ちいい。こすって!」
と淫らに悶えた。頬が紅色に染まっていた。不動産会社で働いている時の顔とは、別人のようだ。恐らく、AVに出ても分からないのではないかと、思われる。
この頃のAVはマンネリ化して売り上げも落ちてきていたのだが、テレビに出た、もしくは出ていた芸能人を出演させるという企画で、どうにか持ちこたえていた。狙い目は昔、大人数で歌っていたあの数十人単位のメンバーをどれか一人でもAVに出せば、昔のファンが必ず買うという現象がある。メンバーの二人を同時に出演させて、男優四人と絡ませる。そういう企画ものは、四十万枚もの大ヒットとなった。AVは昔からレンタルされるのが普通で、十万枚も売れれば大ヒットだった。
昔のファンには、たまらないシリーズだった。握手をしたファンは、一人で二枚は買った人もいる。
傑作なのが、この元アイドルグループのシリーズものを三十枚買うと、誰か好きなメンバーとホテルで、しかも高級ホテルで一泊できるというものだった。そのシリーズのDVDに付いている応募券を集めて郵送すれば、東京のホテルまでの往復の旅費まで旅行券がついて好きなアイドルとの夜が過ごせた。大抵は三十過ぎになっていたメンバーが多いけど、その高級ホテルの従業員の話では、そのアイドルと泊まっている客の部屋では一晩中、灯りがついていて、その元アイドルの悶え狂う下品な悶え声が四、五時間続いて聞こえた、とか、朝、その元アイドルが蟹股でヨタヨタとホテルの通路を歩く姿が見られるという。
やはり一晩中、大股開きにさせられて、熱くなったファンのモノを受け入れていると股ずれが起きる事もあるらしい。
元メンバーの中には、結婚しているものもいたけど、旦那公認でそのAVに出ている場合もある。その場合も、応募できるのでシリーズ累計二百万枚の売り上げを記録しつつあるAVのミリオンダラー箱である。
オンデマンドという言葉があるけれども、これ以上に客の要求に応えたシリーズは過去には、なかったろう。
これらのシリーズものの売り上げは、低迷しているCD業界などには垂涎の的ではあったが、彼女等の悶え声だけを収録したCDも大した売り上げには、ならなかった。
彼女達が出るAVをAVB24と称していた。アダルトビデオ部隊24の略だった。

結婚が決まるまで部屋に入れてくれなかった響子の彼、だったが、結婚が決まって、
「おれも包み隠さず、部屋を見せる。」
と男らしく公言するように話すと、薬院という福岡市の中心に近い場所の二十階立ての十五階に住む、彼の部屋に響子は連れて行ってもらった。
神戸の人口を抜いて、名古屋に迫ろうという福岡市でも高層マンションの建築はボツボツだ。それは郊外にまだ、土地があるからである。神戸の人口より少ない頃も、高層マンションを多く作るという発想は福岡市内では、あまりなかった。東京のように完売できるかという心配もあったと思われるが、新築のマンションはすぐに満室になったり、分譲マンションは建築中でも完売御礼が出るのが福岡市である。

sf小説・体験版・未来の出来事4

 福岡市の東区にある人工島!、アイランドシティに野球場ほどの広さを持つゲームセンターが、ある。平日の午前中は人は少ないかというと、そうでもなく年金生活者の老人が、屯していた。このゲームセンターには未成年者立ち入り禁止のコーナーがある。
福岡市にプロ野球球団が無くなったのも、ただ野球を見るよりも、その成人向けゲームに人気が出たため、とも言われている。そこに、貴美はバリノを連れて行った。入り口でバリノの前に立った貴美は、
「クレジットカードで成人か、どうかは認証判断されます。バリノさんはクレジットカードを、お持ちですか。」
と聞く。バリノはズボンのポケットに手を入れ、
「ああ、持っているよ。世界共通のをね。ビットコインじゃ、ダメなのかね。」
「そう、ビットコインカードでも大丈夫ですわ。説明不足で、御免なさい。ビットコインは世界共通の通貨ですものね。」
仮想通貨は日本でも、相当数の種類が出ていたが、それらの大半はビットコインと連動している。
貴美とバリノはビットコインカードで、そのゲームセンターの成人向け入り口を通過した。
二人の目に留まったのは、ダッチワイフのような女性の姿だった。とても人形とは思えない。着ているものは下着だけ。目もダッチワイフや人形のそれとは違う。常に動いているのだ。瞬きもしている。肌の色は白く、両手はダラリと下がっている。透けた下着で乳首と陰毛は浮き出ている。これで入場料を払った甲斐がある、というものだ。身長は百六十センチほどの美女のダッチワイフ、又、ラブドールとも呼ばれるものが進化している。立札には、
この奥には部屋があります。そこに、わたしを連れて行って下さるとドアを閉めて、貴方の好きにしてください。その前に十万円はカード払いで、どうぞ。
と書いてあるではないか。バリノは日本語を読むことも出来るので、
「これは、すごいな。貴美さん、貴女も一緒においで。」
と貴美を誘う。
「ええ、行きます。バリノさん、何処まで、この人形と、されるのか、見たいですわ。」
と貴美は答えた。
バリノがビットコインカードで十万円を支払うと、なんと、そのラブドールは先に立って歩き、部屋のドアを開けたのだ!驚きつつ中に入る二人の後から、ラブドールは入ると部屋のドアを閉め、ウインクした。
その部屋はダブルベッドのあるラブホテル風の部屋だった。ツインの部屋の広さ。窓には赤いカーテンが、かかっている。ラブドールは臀部を左右に振りつつ歩いてくると、バリノの前で立ち止まる。バリノは、
「君はレズは好みでは、ないかね?」
と、そのラブドールに話した。すると、
「いえ、わたしは男の人を好きになるように作られました。女性には興味は、アアリマセン。」
という自動音声の女性のような声でラブドールは答えると、次に、
「わたし、キミ、といいます。」
と話したから貴美は、ビックリした。自分の名前も貴美だからだ。バリノは、
「ほう、貴美さん、同じ名前だね。でも、よく答えてくれるなあ、このラブドール。」
と感想を漏らすと、ラブドール・キミは、
「だってワタシ、大学まで出てますもの。」
と話したではないか!バリノは、
「何処の大学かね。」
「福岡で作られたから、九州大学に通いましたの。福岡市の西の方にあります。文学部でしたのよ。」
と、スラスラっと流れる水のように答えた。
ラブドールが大学に行く時代なのだ。只の夜の愛玩人形と思ってはいけない。でも・・・?バリノは、
「君は歩けるのかね?」と簡易な質問をする。微笑んだラブドール・キミは、
「フルマラソン、できます。福岡市で大昔から行われている福岡市民マラソンにも、毎年出ますから。」
「順位は、どれくらいかね。」
「真ん中より上くらいです。そんなに早くは、ありません。」
「そんな時は、燃料補給をする人が、いるんだろう?」
「いえ、朝、出る前に、わたしのオーナーが充電してくれます。電気自動車と同じ原理なんです。もしもの時は、道路沿いの電気自動車用スタンドに寄って、給電します。セルフなんです、大抵、利用するのは。」
すごいスタミナだ。むしろ、燃費というより電費のいいラブドールなのだろう。バリノは、これを作った日本の技師に感動して、
「火星にはラブドールは、ないんだよ。必要ないからね。」
と貴美に話す。貴美は、
「そうなんですの。ありそうで、ないのですね。火星には。女性が沢山いるから、とか。」
「そう、いう事かな。ラブドールは地球では女性に不足する場合のためにある。長期航海の船員とか、だけど火星では長旅は、ないといってもいいから。」
バリノはラブドール・キミの前に立つと、ブラジャーを外した。美形の、揺れ動く白い乳房が現れた。
貴美とバリノの目が、キミの桃のような胸部へ移動する。バリノは、それを揉んでみたかったが、貴美がいるので放擲した。キミはバリノの手が自分の乳房を掴まないので、
「あれ、私の胸、魅力ありませんか?」
と聞いてくる。驚くべき事は、キミの表情に悲しみの色が浮かんでいる事だ。つまり、このラブドールは表情筋を持っているかのように作られている。バリノは貴美に、
「驚いたよ。一体、この精巧な人形を誰が作っているのかね?輸入物なのか、貴美君。」
「これは黒沢のサイバーモーメントの子会社、『ラブドールメーカー』が作っています。そこは勿論、福岡市にありますわ。西区の森林地帯に、です。」
ラブドール・キミは返答しないバリノの前で、上半身を屈めると股間を覆う白いショーツを立ったまま、脱ぎ始めた。最も魅力的なのは彼女の表情よりも、その女性器が存在する部分、それを隠すかのような性毛の密生の分布状況、および縮れ具合、大陰唇の成熟したふくらみ、など二十歳の女性が持つものをキミは持っているのだ。
バリノは貴美が、いなければ勃起したかもしれない。貴美はバリノの反応を見ている。時々、バリノの股間に貴美は視線を走らせていた。だがズボンの中心は愛を叫ぼうとは、しない。それで貴美は(自制心が強いのかしら、それとも性的不能?)と思う。
バリノはキミに何もしようとは、しない。ただ、彼の視線はキミの股間を注視している。そして、
「見事なものだ。ラブドールは地球のものを色々と集めていたけど、これは最高級品だよ。顔の表情が動くものは、見た事がない。このラブドールは、小さなコンピューターを内部に持っている筈だ。私が反応しなかった場合も、それに対応するデータを打ち込まれている。今のショーツを脱ぐ行為もね。」
小さなスーパーコンピューターを、キミの頭部の内部に、入れてあるのかもしれない。
そのように説明するバリノを見て、貴美はバリノが自分の性欲を抑えようとしているのではないか、と思ったりもするが、
「ラブドールメーカーでも最高級品を、ここに納品しているのですわ。わたしは女性ですので、それほど興味が、ありませんけれども。」
受け答えする。そして大胆にも、
「バリノさん、ここで、このラブドールを抱かれては、いかがですか。」
と提案した。
「うん、いや、それほど性欲に飢えていないんだ。このラブドールの使用料は中洲のソープランド、よりも安いな。」
「まあ、そうなのですか。わたし、中洲のソープの相場は知りませんわ。それでなのですね、ここは平日の夜とか、休日には行列が出来ているって聞きましたけど。」
突然、それに、キミが答えたので、或る意味で気味が悪いわけだが、
「でも、わたくし、一日に五人までしか相手を勤めませんの。大陰唇の摩耗を防ぐためです。そのようにプログラムされています。機械は何でも、そうなのです。過度な負荷は故障に繋がります。バイクや自動車の制限速度も、そうです、ですので六人を相手にすると、わたくし、動作停止となり、ラブドール技師を呼んでもらわないと、いけなくなります。女性器と乳房の損傷を防ぐためです、一日、五人までの性交相手の人数制限は。二時間も、わたしの、おっぱいを吸い続けた人もいたわ。それで、わたしの乳首は立ちっぱなしでした。」
バリノは興味深そうに、
「一人につき二時間は相手をするのかね。」
と聞くと、ラブドール・キミは、
「そうです。だから十時間の性労働ですけど、わたしには処女膜は、ありませんでしたし、そう、最近、わたしを製作したラブドールメーカーは、処女膜付きのラブドールを開発中だとか。それで、その完成後の商売に於ける得失について検討中なんだそうです。それは人間の女性が処女膜を失う際に感じる苦痛、それが喜びに変ずるため、その現象を引き起こした相手の男性に対する心理的な従属意識を起こす、とはいえ、女性により、処女膜を捧げた男性に生涯の貞潔を誓う女性の圧倒的な減少が、かなり前の日本で起こっていた事なども研究課題となっています。要はヒーメン(処女膜)をラブドールに付帯させる事が、顧客サービスの向上になるか、という事らしいです。」
それを聞いてバリノは、
「なるほどね。昔、というより大昔の日本人女性が、大半、そうであったような処女性のラブドールなら、一人の顧客に従属してしまうという懼れだな。だが火星にはラブドールは、ないから、私には良く分からないな。君の体は十分に鑑賞した。それでは。貴美さん、行こうか。」
「はい、そうした方が、いいみたいですわ。」
二人はラブドールには見えない女性(!)を、そのままにして、部屋を出た。
火星人バリノとしても、ラブドールよりは目の横にいる城川貴美の方に興味がある。貴美も処女である気がする。さすれば、わが男根を貴美のヒーメンに貫通なさせしめば、彼女は我に従属せん、とは前時代的な発想であろうか。さは、さりながら、かなり昔の日本のAVですら処女喪失をAV男優と、という例はある。それはバリノも日本の歴史として火星の学校で、『日本AV史』の講座で受講した。
そうだっ!とバリノは考えつく。今まで日本のAVは火星に密輸という形が黙認されてきたが、関係各庁に連絡して許認可事業として始めよう、火星での日本のAV販売を始めるのだ。
だが餅は餅屋、AVはAV屋だ。それに火星には地球にはない、すごいものがある。それを輸出してみよう。それは、そのうち明らかにするが。
AV屋については、すぐに解決する。バリノの知り合いの若い医師は日本のAVを持ちうる限り、持っている。とはいえ、ほぼ、ほぼ、過去のものになってしまうのは致し方ない。貴美はバリノを見て、
「ぼんやりしていますわ、バリノさん。あそこの長椅子に腰かけると、無料で花火が見れますわ。」
「あっ?ああ、そうだね。ゲームセンター内に大きな池があるなあ。あの池の向こうに花火が見えるのか。」
二人は並んでソファのような長椅子に座って、疑似夜空を眺めた。バリノの思考は先ほどのAV好きの医師、ミタリーに戻っていく。
火星ではAVなどは作られていない。それは火星人男性が聖人君子だからではなく、火星人女性の数が多いのだ。それで一夫多妻を認めているが、それでも、そう何人でも妻には出来ない。そのような事情から火星では性産業は皆無に等しい。
そういう中で独身医師ミタリーは地球の医者と違って経済力もない。そのため、結婚もしてない、それが百五十年も続くとなると地球の、それも特に日本のAVに興味をエベレスト山のように持っても不思議な事では、なかろう。
そんな医師ミタリーをバリノは、自分の医院で働くように誘ったが、ミタリーは、
「独立開業医の方が自由だから。それに親の遺産で、あと百年は自分の食い扶持なんて持っていますよ。暇な時は日本のAVを見て右手を動かしていますし。」
とスッキリした顔で答えるのだった。ミタリーは美形の男性、日本の格言に「色男、金と力は、なかりけり」に該当するわけだが、火星には女性が多いため、プレイボーイでもある。それに飽き足りずに、余暇は日本のAVで、というわけだ。少々古いとはいえ、日本のアダルトビデオ、アダルト動画に該博な知見を所有する医師、ミタリーである。妹がミタリーにはいて、ミタリーナという。関西弁の「見たりーな。」とは発音が似ているとはいえ、英語と日本語の発音以上に相違はある。だから関西弁で「ミタリーナ」とミタリーの妹に云っても通じないであろう。
ミタリーナも独身の美女だ。西欧の美女を百倍位綺麗にすると、ミタリーナとなる、そういう形容で想像されたい。目の色は緑色、それは兄のミタリーも同じだ。
バリノはスクリーンに映る花火を見つつ、
(ミタリーにラブドール・キミの事を教えてやりたい。)と思うのだった。
 花火は立体的なものとはいえ、火星の映像技術に比べれば、つまらないもの、なのでバリノは、アレを日本に火星から輸入する事を考える。(ミタリーは妹も一度、使った事がある、と言ったな。それについてはミタリーに聞くことにしよう、帰星後に。)数分で火星に戻れるので帰星という表現も何かと思われるが。
 貴美に連れられて美少女ゲームの大型版など、あったがロリコン趣味のないバリノには興味が、なかった。それで、
「もう、いいから、出よう。」
と貴美にバリノは語った。
それでも時間というものは早く過ぎていた。外は冬空で雪が降りそうだ。バリノは空を見上げて、太陽の位置を見ると、
「貴美さん。昼食に行きなさい。私は、あの森林みたいな公園で待っているから。」
と自分の意思を伝える。貴美はバリノをチラリと見ると、
「寒くないですか、バリノさん。アイランドシティ地下街は暖房が強いですわ。それに食事・・・。」
「火星から携帯食を持ってきているよ。地球の食べ物は日本に限らず苦手だ。」
「栄養価が、あまりないからですねえ。」
「それは、そうだな、味覚の違いさ。火星の農作物も進んでいる、という事だ。地球では農業は何千年の昔から、あまり変わりがないだろう。それより、ひとまず君は食事へ行きなさい。」
「はい、一時には戻りますわ。」
 バリノは遠ざかる貴美の背中を見送ると、森林のような公園に入った。火星の樹木より生育の悪いものだ、とバリノは思う。火星では砂漠と森林と、はっきりと対比できる樹木の生息頒布なのだ。
バリノにとっては殺伐とした風景なので、木製ベンチに腰掛け、コートの中からタブレットパソコンのようなものを取り出し、操作する。画面にミタリーの顔が映る。ミタリーにもバリノの顔が見えるらしい。バリノは火星語で、もちろん火星語といっても複数の言語があるのは地球と同じだ。むしろ、地球の言語が火星と同じように複数ある、と言うべきかもしれない。周囲に人もいないので、
「やあ、ミタリー、寝るところじゃなかったのかい?」
イタリア人みたいなミタリーの顔が答える。
「まだまだ、これからだよ。さっきまで急患を執刀していたからね。これから遊ぶんだ。」
「それは、この場合、よかった。地球まで来ないか?」
「空飛ぶ円盤は所有していないんだ。まだまだ富裕層とは言えないからね。」
「私のを貸すよ。私の家へ来て、私の執事に連絡してくれ。執事には私から電話しておくから。」
「そう?それなら、行くよ。バリノさんの地球位置情報は、今もぼくの携帯に出ているよ。日本、かな、それも福岡市東区のアイランドシティの公園だろう?」
「そうだ。日本時間の午後一時までに来れるかい?」
「やってみるよ、行けそうだ。それでは。」
バリノは携帯を切ると、火星の自宅の執事に電話した。
「ああ、ラソー君か。今から私の後輩のミタリーという男が来るから、円盤のカギを渡してくれ。」
「かしこまりました、旦那様。それだけで、よろしいので?」
「それだけだよ。よろしく、な。」
「夜食前の仕事、でございます。速やかにミタリー様、御到着後に実行いたします。」
バリノは携帯通話を止め、ズボンのポケットに入れると、ゆったりとしたコートの中から携帯食を取り出すと、乾燥マンゴーと牛肉、豚肉、鶏肉を混ぜ合わせた乾パンらしきものを食べる。火星にも牛や豚は、いるのだ。ただ、地下で飼育されている為、決して地球からの探査船では見つけられない。火星の地表から大量の水が無くなる前に、火星人は家畜を地下に移動させておいた。それにより、地上で生活する者は地下の家畜の肉を購入する事になる。
もっとも野生の牛、鶏に近い鳥、その他の動物は火星の少ない水と緑のある地帯で生息している。
一時前、五分になる頃、貴美が小走りに公園に戻ってくると、
「バリノさん、お待たせしましたか?」
とベンチに座ったバリノに聞いた。
「いや、待ったほどではないね。」
その時、空から白色の円形UFOが貴美の後ろに降り立つ。バリノには見えたが、貴美は気づかない。それほど音もなく着陸したのだ。
バリノは、にやつくと、
「火星から、後輩が来たよ。後ろを見てごらん。」
と貴美に呼びかける。
振り返った貴美の目に反映されたのは、イタリア人みたいな顔の若い男性と、その背後の着地した空飛ぶ円盤だった。その男、ミタリーは貴美を見て右手を挙げると、
「はーい、初めまして。僕も火星人なんだ。バリノさんと親しいのかい?」
と流暢な日本語で話しかけて来た。貴美は、
「え、ええ、割とですけど親しくさせてもらっています。でも、それはビジネスでの、お付き合いですわ。」
「それなら僕も、そのビジネスの仲間入りをさせて欲しい、いいかい?」
「ええ、もちろんですわ。わたしが力になれれば。」
それにしても、ミタリーの円盤は、あのまま公園に待機させておくのだろうか。ミタリーは、
「あの円盤を空中で待機させておこう。地球人の不可視の光線領域に円盤を置けば、いいから。」
と貴美に分かるように説明すると、ズボンのポケットからリモコンを出してボタンを押す。すると円盤は垂直に上昇して、貴美の目には見えなくなった。2017年頃だって日本の上空には沢山の空飛ぶ円盤が飛行していたはずだ。地球人には見えない形で。
軽やかに動くミタリーを見てバリノは、
「地球の重力は火星の三倍なのに、元気がいいね。」
と感心するから、
「時々、地球に来てますよ。日本は初めてだけど。アメリカでなら、何人もの女と一晩で肉体関係を持てたけど。ん?日本語のモテるっていう言葉、肉体関係を持てる、という意味なのかな。女にモテるというけど。まあ、それより、日本は楽しみだね。日本語は話せるように家庭教師に来てもらったから。日本人のね。」
ある日本語教師の話
 私、東京で外国人相手に日本語教師をしていました。三十代、独身、当たり前ですか、大学の文学部を出ましたけど仕事がなくて。それで日本への留学生やら、外国からの商社マンなどに語学教室で雇われて、日本語を教えていました。給料は高くなく、サイバーセキュリティとかの仕事が花形の世の中、文学部出なんて、せいぜい学校の国語の教師がオチとされています。
マンションの屋上に出て、私は夜空の星を眺めながら、
「どこかに、いい仕事が、ありませんか、神様。」
と懇願するように願ったのです。すると、私の頭の中で、
(いい仕事あるよ、私が連れて行こう。)
と声がするではありませんか。
「えっ、どこです?貴方は神様ですか。」
と尋ねると、
「ここだよ、目の前に現れるから。」
と声がしたと同時に、私の目の前に小型のUFOが出現して、マンションの屋上に着陸しました。
中から現れたのはイタリア人みたいな男性で、
「火星で私の日本語の先生になってくれ、そうしたら、うまいものを食べさせてやるし、いい女も抱かせてやる。」
と励ますように話してくれます。信じられないし、夢かなと思っていると、
「私は神様ではないよ。火星にはね、人間の思考を拾い上げる機械がある。それでUFOの中から、マンションの屋上に一人でいる君を見た。そこでだ、その思考解読機の照準を君に合わせたら、君が(どこかに、いい仕事が、ありませんか、)と願っている事が分かったのさ。」
明快な答えです。それで、
「それなら、どうか、私を火星に連れて行ってください。日本語を教えます。」
と頼むと、
「よし、決まりだよ、円盤に乗ろう。」
と誘われ、火星に行きました。そこで豪華な食事を食べさせられ、いい女、といっても地球の日本人でした、と毎晩、夜の楽しみを満喫して、朝と昼、その火星人が仕事がない時に日本語を教えました。
何か月もかからず、その人は日本語を覚えてしまい、私が教える事は、なくなりました。国語の辞書も八割は暗記していました。
ですから私は、
「ミタリーさん。もう、日本語で貴方に教える事は、もうありません。」
と結論づけると、
「ありがとう。私も礼を言いたい。報酬はビットコインが、いいと思うので、そうしたいんだが。」
と優しく話します。
「ええ、ぜひ、そうしてください。ビットコインが一番、いいです。」
と私は答えました。
だってビットコインが世界の貨幣の時価総額の中で一番なのは、文学部出身の私でも知っていますから。
日本も動物園や植物園の入場料も、ビットコインで払えるようになっています。こんなの小学生でも知っている事で、私は、これを歴史的な文献として残すために書いています。
もう少ししたら税金もビットコインで払えるように、なるかもしれないのです。今、国会で審議中らしいですよ。日本銀行が株をすべて売り払い、ビットコインを買い始めたのも日本経済新聞の電子版に出ていました。アクセスランキングの一位、は日銀のビットコイン買い、だったんです。
何故、文学部を出た私が日経電子版を読んでいるかというと、ある商社に面接に行ったら、
「うちは文学部を出た人は採用しない方針だが、日経電子版を一年読んだ後で、もう一度、面接する。」
と、そこの社長さんに言われたからです。で、それから半年して、火星での家庭教師でしょう。ミタリーさんもビットコインは、相当持っているし、アルトコインも集めているらしいですね。
その会社で採用されたら、火星との貿易も可能になるんですがねー、ミタリーさんを通して。
今度の面接で社長さんに話してみようかな。気が狂っている、と普通なら思われるでしょう。なので、どうしようか迷っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
貴美はミタリーに、
「その家庭教師の人、今は地球にいるんでしょう?」
と聞く。
「ああ、いるだろう。月には、いないだろうね。東京に帰しておいた。その間の電気料金、水道料金、その他の家賃とかも、火星から納付しておいたから。彼の授業料の中から天引きしてね。それもビットコインだった。彼が授業を始める前に、『生活の心配が、あります。公共料金は銀行引き落としなんです。』と言うから、
「それは心配しなくて、いいよ。こちらで、何とかする。」
と答えた。私一人では難しくても、地球との金融取引、銀行取引をしている友人は多くいるから、私にはね。」
とのミタリーの答えに貴美は、
「すごいですわ。何か月も家賃滞納なら強制退去ですもの。」
と称賛した。
バリノは貴美に、
「ミタリー君は独身だから、独身者が好むところを案内してくれないかね。」
と話す。貴美は思案顔を三秒したが、
「それでは行きましょう。タクシー!」
彼らは公園を出て車道に面した歩道にいたので、貴美が右手を挙げると桃色のタクシーが三人の横に停まったのだ。

 貴美がタクシーに指示して火星人を連れて行ったのは、福岡市博多区中洲一丁目。大昔からソープランドの密集している場所だった。バリノは、
「地球用シューズを履いてきているよな、ミタリー君。」
と足を自分で動かしながら、聞く。ミタリーも足踏みをして見せて、
「勿論ですよ。地球の重力は火星の三倍、でも、筋肉を鍛えるには、いいですから。」
それだから火星人は地球上に姿を現しにくいのかもしれない。逆に地球人が火星に行けば、地球の三分の一の重力なので、スキップしながら歩く事も簡単だ。バリノは歩きながら、
「それで地球は太陽系の刑務所的存在なのだよ。重い、というのは労役だからね。地球の女を抱けば、三倍の重さというところ。」
ミタリーは笑顔を夏の太陽みたいに浮かべた。そして、
「重力は左程の問題ではありませんよ。固体の質量は重力とは別のものです。我々の身長と体重は地球人とは変わりませんから。それに重力とは、そもそも天道説的地球人の頑迷固陋な妄念ですよ。鉄下駄でさえ地球人は履くと、そのうち慣れます。靴と鉄下駄の質量の違いは、どの位、あるか。それでも、重い、というのは、やはり天国とは正反対の概念にあるようですね。」
バリノは歩きつつ、
「私は地球上では女は抱きたくないなー。」
と話すが、彼らはソープランドの看板ばかり目にしている。背広を着た男性が入り口で待っている。或いは店の玄関を開けて待っているソープの、お店も昔からだが、違うのは五階建てのソープビルディングも、ちらほらと見受けられることだ。中洲は一丁目だけにソープランドがあり、他は飲み屋が占める事が多い。五丁目ともなるとワンルームマンションも見られ、会社のビルもある。しかし、ソープは中洲一丁目のみ、という暗黙の規制があるようなので、しかも、それは福岡市全体でソープは中洲一丁目だけが許可されている為か、上へと伸ばさないと、いけなくなったのだ。
それと併設される、お泊りソープもある。ホテルとソープランドを同時に機能させるという建築物。大変好評で福岡市の観光名所になっている。ミタリーは好色な目をギラッ、ギラさせて、
「ほほうー、こんなに女を抱ける場所があるなんて、知りませんでしたよ。夜のために、今、入るのは遠慮して。中洲って、ソープランドばかりなの?」
と歩きながら話すミタリーに、貴美は、
「大通りの信号を渡れば、中洲一丁目では、なくなりますわ。そしたらファッションヘルスの店以外は、酒場か食堂です。」
と答えるから、バリノは、
「私は中洲以外の別の場所に行きたい。何処かあるかい?」
貴美は車の流れを見つめつつ、
「観光タクシーが時々、通りますわ。それに乗れば福岡市の観光が出来ます。あっ、来ましたわ。タクシー!」
その観光タクシーは車の上に山笠の山車の小さなものを置物のように乗せて走っているので、すぐわかる。
バリノは、それに乗ると貴美たちの視点から遠ざかって行った。

 ミタリーは、しめた、と思う。貴美は中々の美女で胸も大きめ、冬服の上からでも見える胸部の曲線は、火星の男性の性的発動を促すような様々な変数となる曲線を展開するからだ。歩く彼女を横目で見ても、胸だけでなく、臀部の容積の魅惑的な事、および、その左右に揺れる女性の尻的なゆらぎの曲線の変数の変化にミタリーは、強い性的な痺れも感じる。おまけに、これは、と医師であるミタリーは思う。(処女のモノだ)と。
 貴美を誘おうか、とミタリーが思った時、貴美の携帯電話が鳴った。「はい、え?バリノさんは観光タクシーに・・・帰社?ええ、それでは、今すぐに。」
貴美はミタリーに向くと、
「ミタリーさん、さようなら。わたし会社に戻らなければ、なりませんのよ。」
貴美はタクシーを止めて、乗り込み、ミタリーの可視範囲から消失する。
一人になったミタリーは、さっきの中洲一丁目に戻る。一人で歩くミタリーは、すぐに声を掛けられ、とあるソープランドに入っていった。

 福岡市観光をタクシーで終えたバリノは、宿泊料の安い地下(!)ホテルに泊まった。それは福岡市中央区にあり、天神地下街から直結している。地上が建物で埋まっている天神地区の再開発として地下街を広げるという計画と共に、宿泊施設を建設しようという構想ができて、いくつかのビジネスホテルが出来ている。
その地下ホテルも観光タクシーの運転手からバリノは、
「お客さん、ヨーロッパからでしょう?」
と聞かれたので、
「ああ、そうだよ。(火星からとは、いえるものではない。と思いつつ)。」
「だったら安いホテルあるよ。天神地下街の南の方にね、地下ホテルだけど。朝起きた時、太陽が見えないだけさー。すぐ、ホテルを出れば、いい訳でしょ。」
と教えてもらった。
「それは、いいね。知らなかった、ありがとう。ホテル名は?」
「いくつか、あるから。南の果てまでいけば、ある。」
それで、天神地下街を歩いているバリノだ。二百メートルも歩いたら、両腕のない女神のブロンズ像が見えて、その後ろにホテルの玄関らしきものがある。ドアボーイらしき背広の男性が中からドアを開けてくれた。「ホテル・チカフクオカ」という表札が見える。
若いドアボーイはバリノをフロントへ導き、白の背広のフロントの男は、
「地下五階のツインは、お風呂が天然温泉です。そちらが、おすすめですよ。」
と揉み手をして笑顔で勧める。バリノは軽く頷くと、
「それに、してくれたまえよ、それが、いいね。」
カギを貰ったバリノはエレベーターで地下五階へ。部屋に入るとツインでも六畳の広さ、だからビジネスホテルらしい。部屋には、備え付けのノートパソコンがあった。起動してみると、ブラウザが出てくる。ネットタッチなる新しいブラウザらしい。操作は簡単で、最初に出てくるページが動画共有サイト、それでバリノは火星で検索してみると、色々出てきたが、
「やはり日本人は、いまだにUFOトンデモ論を信じているらしい。おめでたい民族だ。だから私も西洋人と思われて、ホテルに泊まる事ができるわけだがね。」
と一人呟く。
旧式の卓上電話機が呼び出し音を鳴らす。バリノは受話器を取ると、
「フロントです。お休みの所、すみません。お客様が見えられたようです。お部屋に向かっておられます。」
「分かった。どうも。」
と答えたバリノ。でも、訪ねてくる人など、いないはずだ。貴美もミタリーも、ここに自分がいる事など、知らないはずだからだ。誰にも教えていないのに、誰かが来るなんて。そんなのミステリーだ。
トントン!バリノの部屋のドアはノックされた。
バリノは息を呑むと、「空いてますよ、どうぞ。」と答える。

sf小説・体験版・未来の出来事3

 流太郎は康美と会えるのを忘れていた。服を全部脱いで、湖面に飛び込む。バシャーンと音がして、全身、流太郎は湖水に浸(つ)かった。
その音に気付いたのか、あの白人美女人魚が水中を進んで流太郎に近づいてきた。白い両手を伸ばして流太郎に抱きつき、キスをした。
三十秒も水中でキスをしていると、流太郎には息が苦しい。それを見た人魚は上へと進む。湖面の上に顔を出した二人は、まだキスをしていた。それを見たソリゲムとセロナは、ニコニコとする。
やがて人魚は唇を離し、くるっと背中を向けた。流太郎が右手を伸ばすと彼女の女性器に触れてしまったのだ。
美女人魚は右手を後ろに伸ばして、流太郎の上を向いた男性自身をつかむと、自分の肉厚の女性器へと引く。流太郎は後ろから彼女を抱く。二人は水中で結びついてしまったのだ。
流太郎が、ぎこちなく腰を動かすと美女人魚は背中と頭部を反らし、せつなげな声を洩らした。
流太郎が液体を放出するまで三十分は持った。
ソリゲムとセロナは黙って、それを見ていた。
流太郎の両手は湖水の下で彼女の乳房を、揉んだり、掴んだり、又、彼女の白い大きな尻を掴んだりもしたのだが、湖上のソリゲム達には、それは見えない。
人魚美女のピンクの乳首が硬く尖るのも、見えなかった。
流太郎の小さな分身が勤めを終えて、元の大きさになると美女人魚は彼を離れ、裸身を反転させて流太郎にキスをする。唇を離すと、
「アナタ、ステキデス。アナタノ、ジュニアモ、カタクテ、イイ。モシ、ヨケレバ、アナタモ、ニンギョニナッテ、ワタシト、クラシマセンカ。マイニチ、ココデ、イマイジョウニ、タノシメルカラ、ネ?」
と日本語で話した。流太郎は彼女の白い肩を抱いて、
「日本語が話せますね。アメリカの人でしょう?」
「そう、わたし、日本に留学したのよ。おじさんが日本からアメリカに帰化した人。」
流太郎は、でも、・・・と躊躇する。それは、そうだろう。人魚になるには勇気が、要(い)る。それで、
「人魚になるのは、できるか、どうか。でも、ぼくには今のが初体験でした。」
と告白すると、青い瞳で美女人魚は流太郎を見つめ、
「そうだったの。チェリーボーイを卒業させてあげられて、わたしも嬉しい。わたしの住むところ、洞窟の中にあります。来ない?」
「どうかな、」
と答えてソリゲムの方を向き、
「ソリゲムさん、まだ、時間、ありますかー?」
と聞くと、ソリゲムは、
「残念だけど、別の場所も君に見せたいんだ。男にも、なったし、又、ここに来ることもあるよ。美人さんには、そう言って、って、聞こえましたか?日本語、分かるでしょう。」
美女人魚は微笑むと、ソリゲムの方を向いて、
「それでは、しばしの、お別れです。又、会いたい。」
名残惜しげな顔をして、湖水の下に姿を消した。
 
 車に戻った流太郎は、服を着る。セロナは冷静に流太郎の股間のモノも眺めていた。
白鳥の車は湖面から飛び立った。今度は、何処へ行くのだろう。
 
 流太郎が連れられて来た火星の国は、広大な国土を持つようだ。それが、どうも地球からは見えない火星の裏側にあるらしい。白鳥の車は地球で謂えば赤道直下の地帯に飛行中となったらしく、熱気が漂う。山の中腹に温泉らしいものが見えた。ソリゲムは流太郎に、
「さっき、裸になったけど、今度は温泉だよ。又、脱いでいいから。」
と無責任そうに呼びかける。
眼下に見える温泉は直径二十五メートル程の、大きな温泉だが、誰もいないようだ。流太郎は、それを眼にして、
「誰もいないようですね。」
と声に出すと、ソリゲムは、
「だって、今日は平日だからね。それに交通は不便なところだし。というより最寄りの道路からでさえ、徒歩三時間だよ。乗り物なしに来る火星人は、いないよ。」
と事情を語った。
白鳥の車は、その温泉のすぐそばの野原に降りた。車を出れば一メートルで温泉に入れる。ソリゲムは流太郎に、
「疲れただろう、この温泉は体に、いいよ。」
と運転席から振り返って言う。
「さっき、湖に入ったばかりだし・・・。」
と、ためらう流太郎。温泉というよりプールみたいだ。セロナが勇気づけるように、
「誰もいないし、わたし達の目は気にしなくていいから。」
と云うので、流太郎は、
「それでは失礼しまして、裸になります。」
と答えると車を降りて服を脱ぎ、温泉に浸かった。
ザポーン、と音を立てて湯の中に入ると、膝を曲げて尻が湯の底の土に届く。
地球の温泉より、ぬるめの湯加減だろう。硫黄の匂いみたいなものは鼻に感じられた。火星で温泉に入るなんて・・・と空を見上げた流太郎の目に小さな円盤が見え、それはグングングーンと大きくなると白鳥の車の横に急降下して着地した。
ソリゲムとセロナは少し驚いた風だったが、円盤内から初老の老人の火星人が出てくると、口を並べて、
「ダリモ部長!」と呼びかけた。その人物の後ろから、地球の日本の京都の舞妓の衣装を着た若い女性が、日傘をさして降りてくる。
ダリモ部長はセロナとソリゲムに、
「おはよう、もうすぐ昼だがね。ああ、ロケハンか。あの青年だろ、今回のドキュメンタリーの主役は。」
とニヤニヤっとしながら、流太郎を見る。流太郎はドギマギビクリ、とした。ソリゲムは、
「そうです。今日は部長は、お休みと聞きましたが。」
「ああ、休みさ。だから君達に指示は、しない。日本の芸者を連れて来ている。」
それは流太郎には見るだけで、分かる。京都の舞妓に見られるような髪型、に簪、白粉に口紅、で彼女の目は黒目が大きく人形のように均整が取れて、紫の着物を着ている。彼らも温泉から一メートルの距離だ。流太郎は湯の中とはいえ、透けて見えるかもと股間を両手で隠す。ダリモ部長は、それを見ると、
「霧乃、おまえも温泉に入りなさい。」
と舞妓に話す。霧乃と呼ばれた、その舞妓は嬉しそうに、
「はーい。脱ぎますわ、全部。」
と答えて、シャン、シャン、サラサラ、と着物をすべて外した。雪景色のように白い裸身に、簪も外して長く垂れている黒髪、それと同じ色で少し縮れた足の付け根の陰毛、丸く、横から見たら上を向いたような乳房と乳首、が印象的で彼女は全身、どこも隠さないままで流太郎の近くに、パシャ、パシャ、と湯の跳ねる音をさせて近づく。
流太郎は舞妓の全裸など見た事もなく、彼女の体から、ほんのりと甘い香りもしてきて陶然となるのだが、霧乃は流太郎の正面に脚を横にして座ったのだ。透明な湯なだけに、霧乃の乳房は透けて見える。流太郎は勢いよく自分の股間の分身が立ち上がるのを感じた。それを見る霧乃は微笑むと、
「手で隠さなくても、いいでしょ。わたしも何も隠さなかったんだから。わたしの下の毛まで見たくせに。」
と、甘く詰(なじ)る。
流太郎は観念したように両手を離した。雄々しい竿が湯の中に立つ。霧乃は眼を更に大きくして、
「太くて長いわ。早く頂戴。」
霧乃は両目を閉じて、両手を流太郎の方に差し伸べた。流太郎は彼女に、にじり寄り抱き寄せて接吻を開始した。霧乃の柔らかい手の指が流太郎の背中に回される。
霧乃の白い太ももは、湯の中で大きく開かれていた。流太郎は霧乃の大きな白い尻を抱えると持ち上げて、胡坐(あぐら)をかいた自分の太ももの上に降ろす。二人の性器は湯水のなかで結びつく。
口を開いた霧乃は自分で腰を動かしている。ぴったりと抱き合った二人は、流太郎が自分の胸の上で霧乃の大きな乳房が乳首と共に、形を崩すまで押し付けられているのを感じるほど密着している。
太陽は灼熱の光を二人に注いだ。それをエネルギー源としたのか、二人は一時間も結合していたのだ。
セロナは火星語でソリゲムに、
「すごいね、あの二人。」
と話す。ソリゲムは、
「カメラは、もう回し始めているから大丈夫だよ。」
「この部分もノーカットでいくのね。」
「そうしないと面白くないだろ。さっきの美女人魚との性交もカメラに入れているから。」
「時って童貞じゃ、なかったのかしら?」
「その分、エネルギーがあるね。」
ダリモ部長も感心して二人の結合後の動きを見ている。ダリモ部長、ソリゲムとセロナ、と横並びで温泉の中の二人の愛交を見ているのだ。霧乃の方が積極的に動き、自分で赤い舌を出して流太郎の唇の中に挿し込んだり、流太郎の両手を導いて自分の大きな柔らかい乳房を揉ませたりしている。
流太郎も火星人三人に近くで見られている事も、忘れてしまった。霧乃の方は見られても平気なようだ。それは・・・
 
 ダリモ部長が京都の舞妓、霧乃を身請けして火星に連れてきて半年になる。その間、ダリモ部長は霧子に指の爪先すら触れない。広い邸宅内から霧乃を出さない。娯楽の映像ですら男性の写っていないものを見せる。
京都で毎日のように男性に接していた霧乃は、性的に臨界点に到達していた。年齢は二十二歳、経験した男性は三人ほどだが、その男性は、それぞれ霧乃の旦那の時、毎日、朝と晩、霧乃と性交していた。
一人の旦那と終わっても、三日もすれば次の旦那が出来る。舞妓として座敷に出て、家に帰る、そこは旦那が購入した2LDKの高級マンションだ。だから十九の歳から、盆も正月も休みなく旦那が霧乃と愛交するほど彼女の裸身は素晴らしかった。
三人の旦那から、あらゆる体位で交わられ、時には二時間も続く事もあったのだ。二十二歳になった時、旦那の事業が不振になった為、霧乃は妾というか愛人をやめた。そこに現れたのが火星人のダリモ部長だったのだ。
愛人契約と云っても二人の間で決める事で、斡旋者が、いるわけではない。
古風な日本建築の広い座敷で、ダリモ部長は傍にいる霧乃に、
「君を不思議なところに連れていきたいんだがね。」
と持ち掛けた。
「不思議なとこって、どこどすの?」
「日本じゃないとこさ。」
とダリモ部長の日本語はセロナやソリゲムより巧い。
「ほな、アメリカどすか?」
「さあねえ、眼をつぶって、ご覧。」
「はいな。」
霧乃には既に一億円ほど渡してある。座ったまま眼を閉じた霧乃の横を抜け、ダリモ部長は座敷の庭園に面した廊下に立つと、携帯電話のようなものをズボンのポケットから出すと、
「準備完了。来てくれ。」
と命じた。すると三秒後には庭園の真上、十メートルの高さに空飛ぶ円盤が現れ、青い光がダリモ部長と霧乃を包むと上空の円盤内に引き上げた。見る人がいたとしても、青い光だけだろう。現れた円盤といっても人間の目やレーダーには映らない防護波で守られている。おまけに青い光ですら人間の目には透明に見える。
かくして円盤内に移動したダリモ部長と霧乃だが、ダリモ部長が、
「もう、眼を開けて、いいよ。」
と云うのでパッチリと眼を開いた霧乃は、
「ま。宇宙船みたいやわ。もしかして、空飛ぶ円盤どすか、ここ。」
思ったまま、を云う。ダリモ部長は、
「ああ、鋭いね。そうさ、私は実は火星人なのだよ。」
霧乃はクス、と笑うと、
「そんなの冗談ですねー。でも、誰も、うちの体、触らんのに不思議やわ。」
と真顔になる。ダリモ部長は笑顔で、
「火星に着けば、信じるよ、霧乃。」
と話すのだった。
 
 火星に着いて、あちこちに連れていかれれば、霧乃も信ぜざるを得なかった。夜になっても空には地球は見えないのでは、あったが、それは地球からは見えない裏側の火星だからだ。
三人の旦那に愛撫され続けた霧乃の体は、どうしても男性を求めてしまうのだが、ダリモ部長の気を引こうとしても通じなかった。
そんな時、温泉に連れていかれて裸の流太郎を見た時、彼に抱かれたいと思い、行動したのは不思議ではない。
三人の旦那は避妊具を着けていたが、流太郎は、そんなものは着けていない。それだけに強烈な快感を霧乃は覚え、(ここが火星の温泉だなんて)、と思いつつ、流太郎が終わった後でも、両脚を流太郎の腰に挟んで、しばらく離さなかった。そして流太郎に自分から接吻した。
長い二十分の口づけが終わると流太郎は三人の火星人に気づき、霧乃から離れて立ち上がると、ソリゲムに、
「このまま、いたら、お湯で府焼けてしまいそうです。」
と少し恥ずかし気な顔を見せる。両手で股間は隠しては、いるが。ソリゲムは、
「もう昼だから食事にしよう。日本風に弁当を持ってきている。ダリモ部長!部長は、どうされますか。」
ダリモは、
「わしらは円盤内で食べるよ。霧乃、着物を着なさい。」
と娘に話すように湯の中に座っている全裸の彼女に話しかけた。
彼女の顔は性の陶酔を味わった後の顔だが、
「はい、ただいま。」
と舞妓らしく答えると、ザブンと音を立てて白い裸身で立ち上がって、温泉を出ると着物を着ていった。
 
 白鳥の車の中で弁当箱を貰った流太郎は、その弁当が日本の四倍もある大きさなのに驚いた。開けてみて、更にびっくりしたのは、蓋のあるカップの中で小さい魚が泳いでいた。流太郎は、
「この魚、生きていますよ。食べられますか。」
と声を発した。セロナは、
「その液体にも味付けがしてあるし、魚は生きたまま食べるのが一番栄養があるのだからね。」
と説明すると、彼女はスプーンみたいなもので、その小魚を掬(すく)い、食べてしまった。流太郎も、それに倣(なら)う。うまい、喉の中を生きた魚が下っていくのは、白魚を想起させた。
流太郎は何とか食べ終わり、
「ご馳走様です。四食食べた気がします。」
と謝意を発言したら、ソリゲムは、
「よーし。少し休んで、これからゲームセンターに行くよ。」
と話した。流太郎は、
「屋根なしの車だと、いきなり雨が降ったら困りませんか。」
と訊いてみる。ソリゲムは、
「火星のこの地方は、滅多に雨が降らない。降ってきたら屋根は出せるよ。そうでない時は日光浴にもなるし、車の屋根は出さないね。そろそろ、行くか。」
セロナは、うなずき、
「行きましょうよ、ゲームセンターに。」
白鳥は羽根を羽ばたかせ、車は上へと上昇した。
 
 やがて郊外のゲームセンターみたいな所の駐車場らしき場所に、白鳥の車は降り立った。平日のゲームセンターらしく、人、というより火星人の客は、何処にも見えない。
入場する時もセロナが会社から貰っているというクレジットカードのようなものを改札口みたいなところに通して、三人が入った。もちろん、改札口で三人分とボタンを押す。では、五人でも三人分を押せば、と考える人間は火星には、いないが万一、というより億一、そんな場合のために入り口にはセンサーがあり、地球の自動ドアが開くように、三人分は三人しか通れないようになっている。
ゲームセンターの中は、華やかな照明で地球の野球場の広さはあるゲームセンターとしては、広大なものだ。
何と宿泊施設まである。火星の連休ともなると、泊りがけでゲームをしに来るらしい。
セロナは流太郎にクレジットカードのようなものを手渡し、
「これをゲーム機の前で改札口のように入れれば、いいから。一人で遊んでいて、いいわよ。」
と日本語で話した。
流太郎はキラキラとした照明で気分が高揚していたので、ボーリング場のようなところへ入る。一人ずつ入る広さのもので個室ボーリング場らしい。そこに入ると、地球のボーリング場そっくりだが、レーンの先に立っているのは美女人魚が十人、もちろん人形だが並んでいる。しかも上半身は全裸なので乳房も顕わだ。
流太郎はボールを取って、人魚ピンに向かって転がした。よく見ると金髪の陰毛まで見える。当たった!ストライクだ。全部の美女人魚が仰向けに倒れた。スコアを点ける人が、いない?そんなものは、デジタル画面に記録されて表示されている。
火星のボウリング場は、その点でも地球とは比べ物にならない。因みに、であるが流太郎は男性専用ボーリング場に入った。女性専用のボウリング場は、どうなっているのか、というと、全裸の金髪男性の人形がピンで並んでいる。しかして、その美男男性の股間のモノは堂々と、ぶらさがっているではないか!
しかも、それは女性が投げたボウルに当たると、ブラブラと睾丸及び陰茎が揺れるのだ。倒れないピンも美男金髪の性器の揺れを眺めて、女性ボウラーは満足する。
倒れてしまっては性器も横倒れになるので、すべての金髪全裸男性のピンを倒さず揺らすように試みる女性まで、出てきている。このようなボウリング場ではあるが、地球とは違って未成年者も出入りできる。
流太郎は、それほどの結果は出せなかったが、全部のピンが毎回倒れるより、全裸の金髪美女人魚の人形が残っている方が、面白かったのだ。
ボウリング場内には案内の火星人女性が、受付にいるが、それ以外は無人の施設だった。
そこを出ると、ゲームセンター内に戻る。歩いていると、地球のプリクラ撮影機のようなものに気づいたので、流太郎はクレジットカードらしきものを入れて料金を払い、中に入った。中はプリクラ撮影機の倍は広い。火星語は分からないので、緑色のボタンを押すと、流太郎の頭にシャワーのように光線が降った。すると!
座っている流太郎の横に幽霊よりは鮮明に、亡き父親が現れたのだ!
横にいる気配に流太郎は、横目で見て、
「父さん、父さんじゃないかっ。」
と横を向く。
三年前に死んだ父親の流一が、そこに立っていた。
 時・流一は機械工学を専門とする技術者で、コンピューターを専門領域としていた。流一は息子の流太郎を見下ろすと、
「ああ、そうだよ。霊界から来たんだ。その機械はね、今、会いたい人、それも死んだ人を呼び出せる機械なんだ。今のところ火星と金星にあるんだが、地球には勿論、ない。そこで、我々地球人には無縁だった。霊界にいてもね。今回、私が初めてだろう、火星に呼ばれた日本人の霊界からの登場は。」
と語る。
流太郎は、かねてから訊いてみたかった事を尋ねる。
「父さんの死は謎めいていた、と母さんから聞いたけど、本当は、どうなんだろう。」
流一は回顧する。
「ああ、私は殺されたのさ。それも私の友人に。」
「ええっ、それは一体、誰なんだよ。僕は知らないと思うけど。」
「そうかもな、ただ、名前は言うよ。城川康一という会社の社長だ。」
電撃が流太郎の脳内を駆け巡る。
「城川・・・康一。もしかして娘の名前が康美とか・・・。」
「そうだよ。知っているのか、彼を。そして、彼の娘を。」
「ああ、もしかして同一名で違う人達かも、しれないけど。」
「北九州の人間だよ、彼は。」
「それなら、間違いなさそうだ。でも、どうして・・・。」
「それは城川康一の妻である女性はね、元は、私の恋人だったのだよ。城川は、それを自分の彼女にしたがった。が、なびかない彼女を諦めさせるために、私を殺した。」
そんな事・・なら城川康美は殺人者の娘、なのか。
「ひどい話だけど、父さん、城川を恨んでいないか。」
と流太郎は聞く。
父の流一は穏やかな顔で、
「いいや、もう、どうでもいい話だよ。父さんはね、あの世で豊かな暮らしをしているんだ。それに送ってくれたのが友人だった城川さ。だから、もう、いいんだ。」
「うーん、そんなものかね。」
「そんなものさ、他に何か聞きたい事は、あるか。」
「そうだなあ、何もないわけではないけど、聞けばショックを受けそうだし。」
「そうだなあ、霊界の事は知らない方が、いいよ。では元気で頑張れよ。」
「ああ、そうするよ。では、又、いつか。」
父の流一の霊体は消えた。
 流太郎は座席を立って外へ出る。ソリゲムとセロナが並んで立っていた。ソリゲムは、
「君に渡したクレジットカードには、位置特定機能がある。地球のGPSより優れたものだけど、このように広い場所では役に立つね。時刻は夕方になった。もうすぐ日没だから、ここを出よう。」
と話す。
ゲームセンターを出て、白鳥の車に乗ると再び空に舞い上がった。
 
 空から見てもホテルのような建物の屋上に、白鳥の車は降りる。屋上駐車場、という外観だ。ソリゲムを先頭にセロナ、流太郎の順でエレベーターのようなもので階下に降りる。階数表示は火星の数字のため、流太郎には見当がつかなかった。
直ぐに開いた扉から出たら、そこが、そのホテルのラウンジだ。受付のホテルマンも二人、背広に似たものを着て立っている。ピンク色の背広だ。地球の白人より色白の肌で、身長は二メートルほどだろうか。流太郎は自分が小さく感じられた。ソリゲムとセロナも二メートルはある背丈だ。
ソリゲムは火星語でホテルマンに何かを話した。するとホテルマンは、うなずき、流太郎に、
「お部屋、案内しまっす。」
と外国人訛りのような日本語で話した。セロナは、
「このホテルのフロントの人は、日本語がなんとか出来るからね。困ったら、この人を呼んで。」
と伝える。
その火星のホテルマンに連れられて、流太郎は廊下を歩き、一つの部屋に通された。ダブルベッドが置いてある。窓際の椅子に座る。赤いカーテンが閉められていたので、手で左に開くと、荒野が見えるかと思いきや、そこは緑の樹木の多い場所がホテルの周辺では目についた。
さっきゲームセンターで出て来た亡き父によると、城川康美の父親の康一が父を殺したという。流太郎は暗然と、その場面を想像してみるのだった。
 
 地球では康美は父の康一と共に、火星のマンゴーを全国的に売り始めていた。まずは福岡市に販売拠点を置いたのだが、それが、うまくいくと福岡市郊外の空き地に大規模な倉庫を作った。その倉庫へ火星から深夜、UFOが出現してマンゴーを置いていく。この空飛ぶ円盤は人間の目に見えないよう保護光線を出している。
さて、UFOが消えるのはワープだとか言われてきたが、実は地球人の視覚やレンズに映らなくなっただけ、というのが真実なのだ。タイムワープなどSFとしては面白いかもしれないが、実際の話として既に終わった過去には行けないし、まだ始まっていない未来にも行けないのだ。であるからして、パリノ・ユーワクの所有する空飛ぶ円盤は福岡市郊外の倉庫に着陸しても付近の住民には知られなかった。
深夜の作業を終えた康美にパリノは、
「至急、火星に来て欲しいんだ。君に会わせたい人が、いるのでね。」
と話す。康美は少し驚いて、
「わたしに会わせたい人が、いるのですか、火星に。」
と問い返す。
「そうだ、だから円盤に乗り給え。」
「はい、そうします。よく分かりませんけど。」
それで康美は火星まで運ばれた。
 
 パリノは流太郎が宿泊しているホテルの屋上にUFOを移動させた。フロントまで康美を連れて行き、
「頼んでいる部屋まで、この地球人女性を連れて行ってくれ。」
とホテルマンに火星語で話した。
「合点でサー、お連れします。」
と答えるピンクの背広のホテルマンに、康美が連れていかれたのは、ドアにインターフォンが点いた部屋で、ホテルマンは、
「時、さま。女性の方が、いらっしゃいました。」
と日本語で告げる。
「ああ、どうぞ。ドアは開いていますよ。」
と声がした。
開かれたドアから康美が見たのは、時流太郎のパジャマのような姿だ。
康美を見た流太郎は、
「やあ、君が来るのは聞かされていたよ。」
と、何処か、そっけない。
ホテルマンがドアを閉めた。康美は少し以上、驚いて、
「わたしは何も聞いていなかったわ。時さん、どうして、ここに、いるの?火星のはずだけど、ここ。」
「何か分からないけど、連れられてきた。君こそ、なんで火星に来るんだ?」
「それは火星の人とビジネスでも交流があるからよ。その人に連れられてきたわ。会わせたい人が、いるからって。」
「そうだった訳か。ぼくは君には、もう、会いたくない。」
「えっ、どうして?そんなに態度が変わるなんて。」
「訳は言えないが、人殺しの・・・いや、やめておく。」
「なんのこと、なのかしら?」
康美には今まで違って、流太郎が魅力的に見えた。金髪美女人魚と京都の舞妓と性の行為を行った後なのだから。流太郎としても康美と二人きりの部屋の中に、霧のような彼女の香気が自分を包むのが感じられたし、先般の二人の女性、人魚は女性といえるかは別としての話、その二人よりも康美は美人だし胸も魅力的だ。だが、彼女の父は自分の父を殺したのだ。そう思うと、
「残念だが、部屋を出て欲しい。そうとしか言えない。」
「わかったわ。わたしも、これきりで貴方とはサヨナラね。」
康美は流太郎に背を向けると、ドアのボタンを押した。自動ドアのように、その扉は左に開き、ハイヒールの靴音高く、康美は部屋を出て行った。
 そのホテルのラウンジにはパリノ・ユーワクが豪奢なソファに腰かけて、康美が歩いてくるのを見ると、
「どうしたたのかね?あの男に会いたかったのでは、ないのかな?」
と日本語で話す。
ラウンジにいる火星人達は好奇心のある眼差しで、康美を見ている。康美は(地球人だと分かるのだわ。やっぱり珍しいのね。)と思い、パリノには、
「会いたいとは思っていませんでした。昔、ほんの少しだけ、つきあったのですけれど゛。」
「あの男の気持ちは、どうだったのかね。」
「とても、わたしの事を嫌っているようでした。前に知っていた彼では、ないみたいです。」
「そうか、他に地球に男は、いないのか。」
「ええ、いませんでしたし、今も、いません。」
パリノは安堵の表情で、
「それなら火星で、私の第三夫人に、ならないか。今より贅沢させてあげるよ。マンゴーの仕入れなら、私の部下が代行する。」
と求婚を言い表したのだ。
康美は少し戸惑いながら、
「少し考えさせてください。いきなり、そんな事、言われても。」
と答えた。
「まあ、いい。それでは、私の家に帰ろう。」
パリノは、そう云うと康美の肩を抱くようにしてホテルのラウンジを出て、屋上の駐円盤場にエレベーターで移動した。
 
 空飛ぶ自家用円盤なら、火星のその国の中なら何処でも分、あるいは秒単位で移動できる。康美にしては、えっ、という間に円盤は小さな城を思わせるパリノの自宅に戻っていた。
 康美には広い個室が与えられている。その部屋には大きなスクリーンのようなものがあって、女中さんらしき火星人の若い女性の説明(その女性は日本語が話せる)によれば、そこに映像が映るという。そのためのリモコンの操作も女中、というかメイドに教えてもらった。それで、とにかくスクリーンに何かを出して見た。
火星のボクシング、のようなものが映し出される。しかし、驚くべきなのは、その二人の拳闘選手はパンツを履いていない。つまり男性二人が全裸でボクシングしているのだ。
それも火星人ではなく、地球から連れられてきた人間のようで、スクリーンに映し出されているのは日本人のようだ。
康美は(キャッ、)と思いつつも、部屋には自分だけだし、リモコンを操作して立体のボタンを押した。簡単な火星語ならメイドに習って覚えて始めた康美なのだ。
スクリーンから裸のボクシング選手の立体映像が浮き出て来た。
両足を二人とも巧みに動かし、ジャブを打ち合う。その時、彼らの股間のモノは体の動きに連れて、ブラっ、ブラッ、と激しく揺れている。地球では決して見れなかったボクシングの中継だ。
それも、この試合は観客がいる場所での試合で、カメラは観客も映し出した。最前列は女性で占められているのは、うなずける(?)ものかもしれない。
一人の方が鋭いストレートを相手の右顔面に放ち、それを受けた選手はノックダウンした。マットに倒れた時、股間のモノが大きく揺れたのは言うまでもない。
勝利した選手はグローブを嵌めた右手を高く上げて、勝利の笑みを浮かべた。パンツを履いていないので股間のモノは全観客に見えている。
康美はスクリーンから浮き出した映像が、選手の股間まで立体化しているのに驚いた。間もなく勝利選手インタビューが映し出される。火星のアナウンサーが火星語でインタビューすると、日本人らしいボクシング選手も汗を流しながら火星語で答える。それは地球でも見られるものだが、違うのはカメラが時々、その全裸の選手の股間を映し出すことだ。
(火星では、こんな映像が流れているのね)と康美は感心した。
 次のチャンネルに飛ばしてみる。すると大相撲だ!しかも力士は褌をしていない。土俵入りから四股踏み、はっけよい、のこったからの取り組みまで二人の力士は全裸なのだ。取り組んで横からの撮影では力士のモノは映らないが、四股を踏むときに大きく足を上げる時に、そのイチモツが映像に映る。(褌をしていない力士が見れる)と康美は、はしゃぐ。
取り組み中は横からだけでなく、土俵の下からも撮影するので、力士のイチモツは下から写されていた。力士は矢張り日本人だ。外国人力士も、いるみたいである。康美は次のチャンネルへと操作する。次は全裸のプロレスだった。
火星人ではなく、出てくるのは地球人ばかりである。四角のマットに戦う巨体のレスラー、それも全裸。あ、相手のレスラーの股間のモノを一方のレスラーが掴んだぞ!レフリーが止めに入る。なんと、そのレフリーは上半身だけ服を着て、下半身は裸なのだ。
反則レスラーを制止しに駆けて来た、レフリーの股間のモノも激しく揺れ動いていた。
場外乱闘では全裸のレスラーが、机や椅子を投げ飛ばして暴れまわっていた。
 
 その頃、流太郎はホテルの部屋で康美の部屋にあるスクリーンと同じタイプのものに映像を流していた。
まず映し出されたのが、全裸女性のサッカーの試合だった。陰毛も乳房も顕わに十一人の女性チームが走る。ボールを蹴る、シュートを決める、ゴールキーパーが横跳びに飛ぶ。これらの試合風景が全裸女性で行われているのだ。女性器も映し出されている。
流太郎は固唾(かたず)を飲み干して、見てしまう。
それが立体化して見えるので、迫力は平面映像とは異なる。流太郎もメレニに火星語を少しと、この映像装置のリモコン操作法を習っているので、易(やす)々と動かせる。
チャンネルを変えるとシンクロナイズドスイミングの立体映像だ。日本人女子選手ばかりだが、やはり全裸だ。水中で逆立ちして股間まで浮上させた女子水泳選手の黒い股間の縦のスジまで、クッキリと見えている。それが三人並んでの水中からの演技だけに、同時に三人の女性の性器を楽しめるのだ。
流太郎は自身の股間を固くさせていた。女子選手は逆立ちだけではなく、両脚を前後左右に動かすから、女性器はそれに連れて切れ目を変形させる。流太郎は、
(あのプールで、あの三人と結合出来たら)と考えてしまう。
まず、プールの中で一人と立った姿勢で結合、その左右に逆立ちをした女子選手が性器を水面から上に出す。流太郎は、それを左右の手で触ることも、指を入れることも出来る、というわけだ。
立体映像の三選手は水中逆立ちから、両脚を上げたまま、一回転していった。

sf小説・体験版・未来の出来事2

 火星の美女検査官エスノの前に、天井から一人の全裸の美女が降り立った。エスノと、ほぼ同じ身長なので流太郎にはエスノが見えなくなり、全裸の金髪の美人を見てしまうのだ。
白い肌、豊かな胸、体の中心にある金色の恥毛の下には縦のスジ、が、ありありと流太郎には見えた。女神のようだが、生身の人間で、しかも彼女は微笑を浮かべて流太郎に近づいてきた。
流太郎は抵抗できずに立ったまま、自分の男の肉筒も天井に向けてしまったのである。
エスノは、うっとりと流太郎の突起したものを見て、
「合格よ。その女性は天井から投射された映像なのね。」
と解説すると、パネルのスイッチをひねる。
すると、すぐに流太郎の目の前の金髪の全裸美女は幻のように消えてしまった。
それでも流太郎の勃起状態は持続していた。エスノは備え付けのマイクに向かって、
「メレニさん、お入りください。」
と呼びかける。
ドアが開いてメレニが入ってきて、流太郎の全裸、および元気横溢した股間の男の棒を眺めると、
「まあっ、素敵だわっ。」
と火星語で思わず叫んだ。メレニは両手を自分の両頬に当てて、しばらく流太郎を見ていたが、一向に衰えない彼の勃起に感心して両手を両頬から外すと、流太郎のそばに寄り、彼の長くなったものを優しく握ったのだ。
流太郎は自分の硬直したものに触れたメレニの右手の柔らかさに、射精してしまいそうになったが、その流太郎の歯を食いしばった顔をメレニは見て、
「こんな事で、出したら駄目よ。」
と話すと手を離す。
メレニはエスノに、
「彼のものを元に戻して。」
と催促する。エスノは、
「はい、それでは。」
とパネルの他のボタンを押す。
すると今度は天井から、筋肉ムキムキっとした海水パンツ一つの男性が降りてきた。
と、途端に流太郎の勢いよく天井を向いていたものは、だらりと萎えてしまったのだ。
メレニは満足げに、
「これで流太郎はゲイではない事も証明されたわ。ありがとう。」
と白衣の美女検査官エスノに感謝して、その検査は終わったのだった。
 あとは下着と服を着た流太郎はメレニに連れられて、区役所の戸籍受付みたいなところへ行き、登録用紙にメレニが火星語で所定の項目を記入すると係にカウンター越しに渡す。
それを受け取った中年男性らしい火星人は、用紙と流太郎を見比べて火星語で、
「ああ、結構です。逞しい男性ですね。検査の結果は未婚男子で性的経験は、なし、となっています。」
メレニは少し驚いて、
「まあ、完璧な童貞なのね。まあ!」
「今時の地球人には珍しいでしょう。それだけに精子の状態も良好のようです。」
「そんな事まで、分かるのかしら。」
「ええ、最初に浴びせた光線から判定できるのですよ。もちろん、地球人女子の判定もできますが、メレニさんは今回は、この地球人男子だけを所有希望なのですね。」
「はい。今のところ、地球人女性まで手に入れられるか、どうか・・・。」
「よろしい。それでは手続きに入ります。」
中年火星人は用紙を機械に入れた。二秒もせずに別の所からプラスチックに似たカードが出てきた。それを役人は手に取ると、メレニに渡して、
「地球人所有証明書です。万一、この地球人が誘拐されでもした場合、あるいは行方不明の場合は、この証明書を近くの捜査機関に提出してください。」
「分かりました、ありがとう。」
メレニは流太郎の所有証明書を手にすると、ズボンのポケットに入れた。火星では女性はスカートは履かない。それは火星の重力の関係だ。つまり、風が吹いてスカートが、めくれ上がった場合、そのスカートの元に戻る時間は地球の三倍は、かかるためである。
 
 地球では。南極の火山、エレバス山(標高3794m)が大噴火した。それと同時に周辺の火山も山の頂上から火柱を噴き上げ始めた。
南極を覆う厚い氷は解け始め、海面の水位は上昇した。
それらの海水は、世界の海辺の都市を目指して流れて行った。
ニューヨーク、東京、その他、多くの都市では津波が襲った。
「うわあ、津波だあぁぁぁっ。」
「逃げろー、というより逃げている。」
この南極の火山爆発は世界中にニュースとして、たちまち広まったので世界の臨海都市の住民、ビジネスマンらは一早く、逃亡して避難していた。
その日の世界の株価は大暴落した。
 
 火星では、パリノ・ユーワクがパソコンに似た画面を見て、
「よおし、大成功だ。地球の康美に電話するか。」
と独り言を云って、携帯電話を手に取ると、耳に当てて、それから手を離した。すると不思議や、不思議!携帯電話はパリノ・ユーワクの耳元で空中に浮いているでは、ないか!!!
 
これは反重力に、よって浮いているのだ。ちょっと火星でも高価な携帯電話では、あるのだが富裕層のパリノは手にできる代物だ。
空中に停止している携帯電話のボタンを押すと、一つ押すだけで康美に電話は掛けられた。
地球の康美は携帯電話が鳴ったので、手に取って、
「もしもし、パリノさん?」
「おーう、康美か。きのう、日経平均を売っただろう、私に言われた通り。」
「はい、パリノさんの株式取引口座の三百億円分、売りましたけど。」
「今朝から世界中の株価が暴落中だ。日経平均も下がっているはずだが・・・。」
「見てみますわ、パリノさん。」
康美は自室のパソコンを起動させ、未来証券のパリノ名義のオンライン講座を開いた。
株価ボードには日経平均が五万円から四万円に向かって暴落中だ。ストップ安、なのだ。康美は、
「日経平均はストップ安です、パリノさん。」
「それは火星からも見えるよ。買戻しは、まだ先だ。儲けの三割は康美君、君に上げるから。」
「うわあ、それで一生、暮らせます。嬉しいな。」
「何々、これしきはね、序の口という奴さ。今後も、私の株式口座で取引してもらいたい。ついでにFXも。」
「そうだわ、FXも、やってみたかったんです。」
「通貨は、こんな天災では変化は、ないんだが。他の要因では大いに変動する。一ドル50¥だろ、今。」
「そうですね、あ、今、49円になりました。」
「ううん。ニューヨークも津波だからね。退避的に円が買われる。」
「でも、パリノさん、何故、南極からの津波が事前に分かったんですか?」
「ははははは。それは、火星から南極の火山を爆発させたのさ。」
ぎょっ、と康美の胸は反応した。
火星から南極の火山を爆発させるとは。なんと恐ろしい火星の科学だろう。それに合わせて日経平均の指数連動ものを売っておけば、いいのだ。特に日本人は臆病だからニューヨーク・ダウより、はるかに株価は下がっていく。
黙ってしまった康美にパリノは、
「なに、僕が爆発させたりは、しないよ。そういう情報が伝わって来た。我が国の機密情報だからね。実は我が国には、株取引省というものが、あって、火星各国の株だけではなく、地球各国の株も口座を数千は開いて持っているのさ。」
なんだか夢の又夢みたいな話だと、康美は思った。
 
 火星のバリノ・ユーワクは会議室めいた部屋で三人に話す。
「既に随分昔から、火星の他の国では主にアメリカ人を地球から連れ去って奴隷として教育し、使っていたりするんだが。他国に干渉しないのが火星の国家間の取り決めで、我が国としては一応、火星に地球人を連れて行くのには同意がいる。それは連れて行った後、でもいいんだ。
我々もロボットを開発は、してきたが、やはり、地球の人間にはロボットにない良さ、がある。ロボットに感情を生み出させるのは、我々、火星の文明でも難しかった。というより、いまだ、できていない。それが地球人の奴隷使用として他国では、行われることにより、ロボット以上の使用感を得られるというわけだね。」
ここでバリノは、三人を見渡した。
黒沢は、
「では、私達も奴隷になるので?」
と聞いてみた。するとバリノは暗闇のランプのような笑顔で、
「いいや、君達にはビジネスパートナーとして働いてもらう。私は医師として、希望を失った日本人に未来への光明を与えたいんだ。」
と地球の方を見るような謎めいた目をバリノは示現した。
籾山は、
「確かに大格差社会となった日本です。世界の工場は中国から東南アジアを経てインド、それからアフリカへ移っています。日本の工業製品は北アフリカで製造され、地中海を渡ってヨーロッパに輸出されています。日本国内は人口が増えたが、就職氷河期どころか冬眠期のようです。ロボットが作業の大部分を奪い、人工知能AIは株式相場のアナリストを失職させました。
証券各社は不必要なストラテジストなる単に口先で生きて、証券取引をしない無能な輩に人件費を払わずに生き延びようとしました。それを行わなかった証券会社は倒産しましたよ。」
黒沢は、うなずくと引き継いで、
「確かに証券会社の解説屋は無能の阿呆ばかりですよ。今ではどの証券会社は人工知能AIに株式市況の解説を、やらせています。」
と力説した。
バリノは目を日の出のように輝かせると、
「ほお。確かに日本の証券不況は証券会社にいた無能な人間によるものも大きいと、火星の日本経済史学講座では教えている。うん、だが、そんな事は、いい。立体スクリーンで君達に見せたいものが、あるんだ。」
バリノはテーブルに置いてあった、リモコンのようなものを手にすると、スイッチを押す。すると映写スクリーンもない彼らの横に、動物園のようなものが映った。
部屋は地球で映画を見る時のように、暗くしているわけでもない。それなのに、まるで部屋の中に動物園が現れたような現出感がある。
しかも、それは映像には見えず、実物かと思えるような立体感のあるもので、馬が映ったが、それは、そこに馬がいるかのようだ。
だが!地球の三人は自分の目に疑問符をつけた。その馬の顔は、なんと!!人間の顔ではないか!
しかも、四本の足のうち、前足の二本は人間の手をしている。とはいえ、その前足の太さは後ろ脚と同じ馬並みの太さだ。その体重を支えるために進化したのか、人間の手とは言え、人間の手の二倍はある。
その馬がヒヒーン、と、いななく代わりに、
「あ、どちらさまか知りませんが、映してもらって、ありがとうございます。」
と人間の顔、それも日本人の顔の口を動かして室内の四人に、話しかけた。
黒沢は心の動揺を制止すると、
「これは一体・・・?!」
とバリノに問いかけた。
バリノは愉快そうに、
「これは日本人の動物園だよ。」
と解答するではないか。続けて、
「もちろん本人の希望と了解のもとに、火星の技術で地球の馬と日本人を合成したのだ。それはウマく、いった、などと洒落にはならんがね。そうそう、なんでも、うまくいくよ。」
籾山は不気味な感慨を持ち、
「人間と馬・・・どういう日本の人でしょう。」
バリノは、
「失業して派遣で働いて、そこも仕事のない男だった。中年前の若者だよ。顔が馬に似ていたので、私が、火星でウマい話があるよ、と誘ったんだ。・・・・・
 
 は派遣労働で働いていたが、ある日、派遣の仕事もなくなってしまった。東京の私立大学を出たが、就職できなかった。彼より優れた人工知能は、いくらでも開発されていたのだ。
営業職は、あるにはあったが彼は話下手で、面接に行けば全て不採用となった。
なにがしかの貯金は、どんどん減る。そんな日曜日に真井は埼玉県秩父地方の山の方へ旅に出る。それは何故・・・彼は、とうとう自殺を決意したのだ。
(生きていても仕方ない。親からの仕送りなんて・・・)真井の両親はブラジルのコーヒー農園で、生涯を終わるまで労働する予定だ。それは日本で借金をして、返済できなくなり、ブラジルで奴隷的に働くことで借金をなくしてもらう契約をしたからだ。
こういった借金返済への救済措置は日本では、進んでいる。特に若い女性の借金返済不能者は、むしろ業者によっては歓迎された。そういった女性は、中国の富裕層が女中として使用する。
 ブラジルの奴隷的労働より、ましのように見えるが、中国人の女中というのは表向きで、彼女たちは夜の労働もある。それは性労働であるのだ。
それが無しには高額な金額を払ってまで、日本人の若い女性を女中として雇うなど、しないだろう。
真井の妹、は両親の借金のために中国の富裕層に売られた。日本の金融業者は契約書に、静未の署名をさせている。
第六条
 雇用主の夜の生活も拒絶せずに、性的要求にも従う事。これに同意なき場合には、雇用者の通告により、南極基地の某所にて複数の男性の性の要求に従事させる。
一定の期間、雇用者との夜の性労働が存立していた場合においては、その拒絶の意思を表示せる場合に於いては、南極へ送致することは軽減され、遠洋漁業者の性生活に労務すれば、宜しきを得る。
 
 静未は二十歳の男を知らない処女だった。男を知っている処女、という言葉があるとすれば奇妙なもので、女子大の三年生の時に親の破産に遭い、金融業者がマンションの彼女の自室に来た。
「真井静未さんですね?」
玄関のインターフォンが午後の六時に、彼女に呼びかけた。
「はい、そうですけど、どなたですか。」
「こちらは債権の回収をしています。日没金融という会社です。」
「ええっ?わたし、借金なんて、していませんよ。」
「へへへ。あなたがねー、お嬢さん、してなくても、おたくの御両親が借金をしているんだ。」
「そっ、そうなんですかー。でも、返せば、いいでしょ。」
「ふふふふふっ。返してもらっているとか、返せる見込みがある、とかならね、お嬢さん、うちらの仕事は、ないんです。」
「という事は、・・・・。」
「ドアを開けてもらいますよ、早く。」
「でも、・・・・。」
「我々と話をしないなら、あなたの両親は全身を臓器提供して死ぬことに、なるんだけど。」
静未は大きな胸の中を動転させて、
「今、開けますから。」
と答えると、玄関を開けた。
日没金融の男はサングラスをしていた。彼の目に映った静未は、均整が取れて豊かな胸のふくらみと、くびれた腰、少しミニの赤いスカートの大きな横の広がり、肉感的で濡れているような赤い唇、男を蠱惑するような大きな瞳、肩まである長い黒髪を見た。
(こいつは、いけるぜ。上玉、というより超玉だ。おれが先に、いただきたいが商品に傷をつけられねえからなー。紳士的に説得しよう。)
静未は日没金融の男の話を聞き、両親に電話して、その話が本当なのを知ると、自分の身を売る決意をした。
 は妹の静未から携帯電話で、
「お兄ちゃん、わたし、中国の金持ちに売られる事になったの。」
と話を受けた。
「えっ、どうしてだあ。」
「だって、お父さんが返せない借金が、あるんですもの。」
「それで、お前の学費は今まで・・・」
「わたし、キャバクラとモデルをやって稼いでいたの。でもね、体は売らなかったわ。芸能事務所と違って、モデルの事務所は枕で営業は、しないから。」
「そうだったのか。それなのに・・・中国の金持ちに売られるって、体まで要求されるんだろ。」
「そうみたい。でも、仕方ない・・・。」
兄の新太は超絶句した。
「すまん。俺も、何とかしてやりたいけど・・。」
「いいのよ。どうせ、いずれ、わたしも男に抱かれるんですもの。」
電話は切断した。
その日、真井新太は自殺を決断したのだ。
埼玉の山の中ともなれば、人通りもなく、木の枝にロープを巻いて首を吊ろうと新太は考えたのだ。
夕焼けの空が赤い。新太は牧歌的風景の秩父地方を見下ろす山の中腹辺りの大木に、ロープを巻き付け、首を入れた。
その時に!
「待てよっ!」
と男の声がした。新太は、ぶら下がるのを止めて、
(誰だろう?)と、周囲を見渡したが、誰もいない。
と、突然、目の前に直径二十メートルほどのアダムスキー型円盤が、キラキラと輝きを放って出現した。それは停止すると、地面から三十センチのところに浮いている。円盤前部の扉が開いた。それは、そこに扉があったようには見えなかった。
中から日焼けした医者のような人物が、新太の前に少し重そうに歩いて来ると、
「やあ。驚かなくてもいい、といったところで驚くのが当たり前だよな。私はね、火星から来たんだよ。冗談では、ないんだ。地球の重力は火星の三倍は、あるからね。まあ、そのための筋力トレーニングもしているんだがね。地球を歩く時などの。で、だな。とにかく自殺は、やめた方が、いい。」
火星からの男性らしき人物は、新太の首からロープの輪を外すと、
「自殺したかった理由は、円盤内で聞こう。さあ、おいで。」
新太は有難いやら、衝撃的な驚愕などで心を振幅させつつ、その火星人の後に、ついて行った。
新太が円盤内に乗ると、扉は閉まり、そこには扉があったとは見えない灰色の壁が、あるだけだった。
テーブルと椅子が多人数、座れるものが見えたが、なんと!椅子もテーブルも、その脚部の先端は円盤の床面に接していない。つまり、二十センチは浮いているのだ。
火星人はニヤリと笑みを湖水の、さざ波のように浮かべて、
「まあ、かけたまえ。浮いた椅子も初めて見るだろう?」
「ええ、それでは、お邪魔します。」
と答えて新太は火星人の前に腰かけた。テーブルを挟んで、向かい合ったのだ。火星人は先に椅子に座っていた。
円盤の天井から盆に載せられたコップと菓子皿が、スルスルスル、と降りてきてテーブルに載せられると、それを支えていた金属製の手のようなものは上に上がり、天井の中に消える。
新太は、うわあ、夢の中にいるのか、と思ってしまう。しかし、夢でないのは目の前の火星人が明確な日本語で、
「私の名前はバリノ・ユーワク。日本語風に発音している。火星語では君の耳には聞き取れないからね。さっき、円盤内の拡大カメラで地上を見ていた時に、君が自殺しようとしているのを見たんだ。」
と話しかけてくるではないか。
新太は感謝の気持ちで胸を充たして、
「ありがとう、ございました。でも、状況てのは変わらないんですよね。」
「ふむふむ。これを頭につけてくれ。」
バリノはヘッドフォンのようなものを、新太に手渡した。
「ええ、つけます。なんですか、これ?」
と問いつつも、新太は頭に、それを装着した。
「これは、うん。今、見てみるよ。」
バリノはテーブルの上の閉じたノートパソコンのようなものを、開いて起動させた。
そして、その画面を見ているバリノは、
「おお、分かったぞ。君の自殺しようとした原因が。」
と落ち着き払っている。
新太は、
「何故、分かったんですか、バリノさん。」
「いやね、君の頭につけているものは、君の脳内思考を、この地球のパソコンに似たものに電波のような形で転送する。
それで、ここには日本語で、妹は、もうだめだし、自殺したい、という君の考えが出て来たんだ。」
「へえええ?なんという機械でしょう。確かに地球上には、ありませんよ、そんなもの。円盤の中に、僕はいるし、火星の超科学ですか、これは?」
「うん、これはまだ、昔の発明品なんだ。今は、もっと、すごいのが出ているよ。医師の私にも手が出ないものも、ある。それにね、地球でも麻酔薬なんてのは、医者にしか扱えないように、使用許可のいる機械もある。そうしないと火星人にも稀に、悪い奴が、いるしね。
で、という事は、うう?妹さんは、売られるのか?金持ちの中国人に?」
「ズバット当たりです。今晩辺り、抱かれるんじゃないかと思います。妹は肌も白人並みに白いのに、海水浴が好きで、割と日焼けしています。秋には白くなるんですけど、それでビキニを付けたところだけが陽に焼けずに白いんですよ。」
「ほ、ほ。いやに詳しいな。」
「ええ、妹が中学一年生まで風呂に一緒に時々、入ってやったものですから。」
「ははあ、そうだろうな。何、女子大の三年生か。中二ぐらいから、生理が始まるものね。それで恥ずかしくなって、兄の君にも裸を見せなくなったんだな。」
「そうなんです、って、妹に生理が始まったのか、なんて聞けませんけど。それに十八までに妹の胸は、大きくなっていたし、近くを僕が家の中で通っても、ぷるん、ぷるんと胸を揺らせて妹が通り過ぎたりしました。
それに、お尻も大きくて、それを左右に揺らせて歩くんですよ。妹は男と、付き合った事がなくて。それで。」
「処女だというのかね。」
「ええ、多分、そうでしょう。高校三年の夏の終わり、つまり夏休みが終わって学校に行った帰りに、自動車が妹に、ついてきて、車の中から、
『おい、一緒に乗らないかー。』
と暴走族風の若い男に声を掛けられたそうです。妹は走って家に帰ると、ぼくに、その事を話して、
「お兄ちゃん、一緒に帰ってよー。」
と頼んだんです。
妹は部活動をしていたし、僕は部活動はしないで家に帰っていましたから、時間を合わせて妹が校門を出たところで待ってやって、一緒に帰っていたんです。」
「なるほどねー、それで、処女で、いられたのかなー、おお、妹さんの顔と全身が、もちろん大学生の姿で、この火星のパソコンのパネルに映っているよ。ほれ。」
バリノは、画面を新太の方に向けた。
そこには妹のが笑顔で自分に手を振っているではないか。つまり動画だ。バリノは、
「これは君の脳内思考を映像化したものさ。確かに綺麗な妹さんだね。」
「凄すぎますよ。でも、これでは妹は救えません。」
「そうだねー、でも、これから、つまりだ、この映像から、君の妹さんの現在の居場所を、つきとめられるのさ。」
「そそっ、そうなんですか。カーナビより、ものすごいです。」
「ああ、いくよ。よし、と突き止めた。」
バリノはパソコンのパネルとは別の場所にある、自分の目の前のキーボードを何か所か押すと、新太が見ている画面には静未が中国の列車に乗って、その周りには屈強な男に囲まれている姿が見えた。
新太は、長く嘆息すると、
「やはり、連れられて行っていますね。もう、駄目だ。」
と呟くように話すと、顔を下に向けた。
やがて静未を乗せた列車は停止し、男三人に囲まれて駅の改札口を出ると黒い車の後部座席に乗せられて、しばらく走ると豪華そうな邸宅の門の前に停まる。一人の男が車を出て、門衛みたいな男に話すと、大きな門は左右に開く。
車は中に入り、中国の家らしい玄関を入ると、男の執事みたいな人物が静未と三人の男を案内する。
廊下の奥まった部屋のドアを開けると、執事は日本語で、
「中へ、どうぞ。」
と静未に促す。
静未がドアの中に入ると、ばた、と音をさせて執事がドアを閉めた。
そこは寝室らしい。大きな窓からは邸宅の庭が見え、池に金魚が泳いでいるのが見える。が、静未には庭の景色など目に入らない。
目の前の椅子に腰かけて座っているのは、六十前の太った男で、その横にはダブルベッドが白いシーツと白い枕を二つ並べているでは、ないか。
好色そうな、その男は、
「よく来たあるよ。あなたのお金、もう払ってるね。それで、あなたの両親、ブラジル、行かないで済む。」
静未はホッとしたが、しかし。男は続けて、
「あなた、ぼくに抱かれるあるよ。そうでないと三億円も払った意味ない。いい女だね、あなたは。」
金持ちらしき男は静未の体を頭の黒髪から、踵のあたりまで舐め回すように見回した。
静未は顔を赤らめて、うつむく。男は、
「服を脱ぎなさい。裸を見たいよ。」
と命令するように言葉を投げる。
静未は、まだ九月の初めらしい薄着を脱ぎ、白いブラに包まれた胸を見せた。男は涎を垂らさんばかりに、
「あー、いー、ある、さんすー、ね。続けて。」
静未は短めのスカートも脱いだ。白いショーツは薄いので、彼女の黒い茂みを映している。
太めのビキニをしていたのだろう、だから静未の下着の上と下には、そのビキニに隠れて日焼けしなかった白い肌の部分が残っている。
男は舌なめずりして、
「日焼け、だったのか、あるよ。焼けてないところ、白い。顔も日焼けしているから、ほんとは、白い肌、いいね。もう、ぼく、むずむずする。その下着も、取って。」
男の声は興奮しているせいか、かすれた。
静未は両親のためなら、と強く思い、ブラを外す。白い果実のような胸が二つ、ぷるんと揺れた。ピンク色の乳首も美的だ。
静未は両手を白いショーツの両端に当てて、すーっ、と膝の下まで降ろし、片足ずつ交互に上げて、ショーツを脱ぎ捨てた。
男の目に見えるのは、日焼けしない静未の胸の部分と、ビキニをしていた下の腰の周り、その白の肌に反して密林のような黒い草のような茂みで静未の大事なものを覆っている全裸だ。
顔をピンク色に染める静未に男は立ち上がると近づいて、抱き寄せようとした、その時!
大きな窓の外には空飛ぶ円盤が現れた。その前部から発された赤い光線は、静未に近づいた金持ちの男に命中し、男は、
「うぐ、」
と声を上げて倒れ、そのまま、起き上がらない。
窓の外を見上げた静未に見えたのは、円盤の窓に顔を見せている兄の新太の顔で、だから思わず大声で、
「お兄ちゃん、円盤に乗っているの?!!」
と声を出してしまった。
不思議なのは、それからマイクみたいなものを持った新太が、
「服を着ろよ、静未。それから窓を開けて、庭に降りて!」
というのが窓が閉まった室内の静未にも聞こえた事だ。
ハッとすると静未は、自分はクモの糸すら纏わない全裸を兄に見せているのに気づき、それでも兄だから少しは落ち着いて下着と服を素早く身に着け、靴を履くと、脚の下まである大きな窓を開け、広い庭に降りた。
円盤は庭に着地していた。前面のところが開いて、兄の新太が立って手招きしている。静未が円盤内に駆け込むと、円盤の開口部は閉じ、兄は、
「助かって、よかったな、静未。これは火星の円盤なんだ。」
驚きすぎたような静未は兄を見上げて、
「どうして、お兄ちゃんが火星の円盤に乗っているの?」
と可愛らしく尋ねる。
「色々な訳はあるよ。さあ、この円盤の主に顔を見せに行こう。」
「火星人なの?その人。」
「そうらしいよ、礼を云わなくちゃ。」
「そうね、なにか、とても不思議だわ。」
兄妹は、バリノ・ユーワクのいる部屋に行った。
ドアが開いたので二人が入ると、静未を見てバリノは、
「おおー、妹さんだね。あの男は死んではいないよ。ただ、半日は気絶している。」
と、なごやかに話す。静未は深く頭を下げると、
「どうも、助けていただいて、ありがとうございます。」
と礼を言うと、バリノは、
「なーに、あんなのは間食前の仕事さ。でもね、兄さんには三億円分の仕事をしてもらいたい。それに金で君を買ったとはいえ、本当にあの中国人は、三億円を支払っているのを、こちらで確かめたので、それは日本にいる私の仲間に連絡して、私から三億円をあの気絶している男の銀行口座に送金は、しておくから。」
静未と新太は、唇も同じ動きで兄妹らしく、
「ありがとうございます。」
と、礼を言った。・・・・
と、ここまで話した火星のバリノだった。
籾山は、
「それが、あの立体映像に映った馬になった新太さんですね。」
と複雑な顔をする。
バリノは気軽に、うなずく。貴美は、
「妹さんは、どうしたんですか。」
バリノは、
「円盤で日本に連れて帰って、降ろしたよ。だから兄が馬と合体した体に、なったのは知らないだろう。」
と、何事でもないように話してみせるのだ。
黒沢は、
「それが三億円の値打ちなんですね?」
と口を挟む。バリノは、
「ああ、でも動物園には五億で売ったしな。二億の儲け、火星の貨幣価値的な額の話だけど。」
と平然としている。
貴美は子供が、はしゃぐみたいに、
「さっきの動物園の続きが、見たーい。」
と言い出すのでバリノは、
「そうだな。続きを見せよう。実は、あの動物園は私の所有なんだよ。」
貴美は、
「すっごーいなー。超、超素敵だわ。」
と合の手を入れる。
自尊心を、くすぐられては火星人も、やはり人間だ。バリノは嬉しそうに、
「次はね、こんな動物は、どうかな。その前に、ここからがビジネスなんだが、真井新太のような人物を日本で、見つけて欲しいのだよ。それを君達、三人に提案する。」
黒沢は、やる気に満ちた顔で、
「いいですとも。福岡には、そんな人間は、いるはずです。見つけて連絡すれば、いいんですね。」
と聞き返すと、バリノは、
「そうそう、君達には火星の携帯電話を、あげよう。それで火星まで届くからね。」
テーブルの下の引き出しの中から、バリノは三台の地球の携帯電話に似たものを取り出して、三人に渡した。
 
 こうして三人は、地球に戻った。絶望した人間を救うために。だが、救われる人間は、その代償として動物との合成を要求される。人畜合成学は特に火星でもバリノ・ユーワクの国で盛んに研究され、医師の副業として人畜園を持つ事が許されている。
DNAの点において、不可能であると地球では考えられている人と動物との合成だが、火星の人畜学では、このDNAを変化させることができる。
医師は医学部卒業までに人畜学を受講する事は、必須ではなく希望によるものである。人畜学概論から始まり、実践法を学ぶ。その際に、医学部では治験者が必要だ。当然のことながら、火星人と動物との合成は法律で禁じられている。
もし、これを破れば医師の免許は剥奪され、冥王星の外側にある地球では未だに発見されない小さく暗い星で、生涯、労役に従事させられるのだ。人畜医師法第六条に明確に規定されるように、火星人と動物との混成は法律違反だ。だけれど、地球人については、
これを問題とせず。と火星の十法全書に記されている。
地球人狩りについても、地球でも狩猟の届け出が必要なように、バリノの国でも許可は必要だ。バリノ・ユーワクは人畜合成のために、地球人を捕獲する事を国から許可をもらっている。
 
 福岡市に戻った三人は、火星で動物と合体させられる人物を探し始めた。
 貴美はホームページを作り、悩み相談、無料で受け付けます、と銘打ったら、メールで応募してきた人物が現れた。
 もう、死にたくなるほどです。彼氏に騙されました。彼の職業はホストをしていましたが、わたしから騙し取った十二億円で、今は海外で遊んでいるらしいです。
 わたしも海外に逃亡したいんです。大企業の福岡支店で経理をしています。不正経理で十二億、彼の指定した口座に振り込みました。
そのうち、必ずバレルと思うの。

推理小説・無料体験版・盗まれた名画の秘密

 春川智明、年齢は三十歳、160センチの小柄にして体重は60キロというと太めの体かと思いきや逆三角形の上半身で背広を着ると着やせするタイプなのだ。
彼は福岡市に探偵事務所を開き、インターネットによる集客で大いに金を稼いだ。ホームページは何という有能なセールスマンだろう!
おかげで春川は宣伝広告費は払わずに済んだのだ。ウェブサイト制作を業者に頼んだのが宣伝経費と言えなくもない。業者の男は、
「春川さん。スマートフォン向けのサイトも作りませんか。お安くしておきます。」
と携帯電話に連絡してきたが春川は、
「それは今のところ要らないよ。顧客は金持ちでないといけないわけだ。年齢もそれなりにいっている男女からの依頼によるものだからね。
ぼくのところにはアクセス解析ではスマートフォンから来ていないんだ。」
「そうでしたか。そういえば、そんな気もしますね。又、よかったらメール下さいな。」
「ああ、何十年先になるかな。」
それを聞いた担当者は絶句したようだ。携帯電話は唐突に切断されたのであった。

 春川は(ああ、浮気調査ばかりだ。しばらく休みたい)事務所の外に見えるのは福岡市南区井尻の湯気の立つような風景だ。それにも彼はウンザリした。
もともと春川は探偵小説に感銘を受けて探偵を志したのだ。しかし、殺人事件を日本の探偵、いや、どこの国の探偵も取り扱うことはないといっていい。
携帯電話にメールが着信された。
開いてみると、差出人は害人三十面相だった。

 ご機嫌いかがかな、春川智明君。
君は浮気調査に飽き飽きしていると思う。だから、吾輩が君を刺激してあげようと思う。福岡市東区にある埋め立て地に新しく美術館ができたのは、ご存じだな?
そこで日本画の巨匠 幻界灘男の展覧会が行われている。吾輩は幻界画伯の名画を見事にいただくつもりだ。
警察に通報するもよし、地方新聞に教えるなり、いや、それよりもはるかに強力な手段、ネットで情報を流すのも結構。
楽しみたまえ、それでは。

害人三十面相より、だよー。
(ふざけた話だが、本当かもしれない。)
と春川は思考した。
幻界灘男は日本画といっても白黒の枯淡な水彩画などではなく、現代日本を描く画家で年齢は七十にもなり、一部の熱烈な崇拝者によって高額な値が美術オークションなどでつき、海外、特にイギリスの美術愛好家の資産家連中の購入意欲を誘う数少ない日本人なのだ。
その絵は神秘的にして宗教的な作品もあり、東京のスカイツリーの上に立つ観音菩薩の姿などが見られたりする。
幻界灘男は福岡県福岡市の出身で東京在住、分譲マンションの最上階に住む。旅行好きで自宅を開けがちなため、以前、戸建て住宅に住んでいた時に盗難にあい描きかけの作品を持ち去られたことがあった。それで今は二十四時間警備付きの分譲マンションに住んでいるのだ。
それ以来、盗難事件は起こっていなかった。幻界灘男の絵は福岡市でも来場者が多く毎日盛況な東区の美術館であるが(田舎というほどではないにしても福岡の美術館だから警備は手薄かもしれない。害人三十面相も目の付け所が、さすがなのかもしれないなあ、うむ。)と春川智明は思うのだが、しかし彼は私立探偵、こんな犯罪予告には興味はなかった。

幻界灘男の展覧会は一階の展示室で行われていた。午前九時から午後五時までの間だが、その日は春川智明に予告された日から一週間経った月曜日、つまり美術館は休日の日。
美術館は警備会社に委託して警備にあたっている。展示会が始まって十日、何事もなく過ぎて、大抵の美術展はそうなのだが、警備員の気も緩んでいる時だった。
警備員は控室でモニターの画面を見ている。二人の警備員は三十代の若い男性、二人とも独身だ。
「退屈だなー。」
「こんなもんだよ。ドラマか映画じゃないから何も起こらないのが普通じゃないか。」
と彼らは話し始める。
「柔道をやってきて女なしの青春、就職難でこの警備会社には入れたけど、事務員は四十代のおばさん。大学は男がほとんどの東京の大学でね。」
と武山は話す。
「そうか、おれも同じだよ。俺の場合は空手だけどな。瓦は二十枚くらい重ねて割れるけど。」
と滝道は答えた。武山は、うなずくと、
「おれもだ。」
「このまま一生を終わるんだろうか。」
「仕事は、それでいいけど。女との出会いはないとねー。」
「空手って女でもやっている人が、いるだろう?」
「それは柔道だって、同じだろう。」
「ああ、でも、あまり好みじゃない。」
「それは、おれもそうさ。」
その時、ドアが開くと若い女性が顔を出した。武山と滝道が武道家らしい目で、その女性を見たが何という美しい顔立ち、長い髪と赤い唇は笑顔を作り、両の瞳は涼やかに黒目が大きい。
「失礼します。わたくし、今日から入館しました江浦(えのうら)みさきといいます。これから、よろしく、お願いします。」
甘く透き通る声だ。身長は百六十センチ弱というところ、当美術館の制服を着ているし胸には館員証をつけている。
二人は武道家らしい構えを解いて雇われている警備員らしき態度に変わると、
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
と口々に挨拶した。
江浦みさきは一歩、部屋の中に進み出ると、
「さっそくですが、幻界灘男画伯の展示中の絵のうち、「観音菩薩の慈悲」を持ち出すことが必要なんです。それは今日一日ですが、画伯からの要請なのです。
ですから、警備の方に了解いただきたいと思いまして。」
「観音菩薩の慈悲」は時価、三十億のもので、東京のある宗教団体から美術館がレンタル料を払って展示会のために借りているもので、今回の展覧会では最高の日本画だ。
アメリカの自由の女神の頭上はるかに高いところに観音菩薩が空中に現れて、右手でオーケーの印を作り、左手は手のひらを上にして前に差し出している構図である。
青紫の靄が観音菩薩の周囲に漂う神秘的な感が見る者の気持ちを惹きつける。

武山と滝道は互いの顔を見合わせると、武山が答えて、
「わかりました。どうぞ、我々はモニターで見ておりますから。」
と笑顔になる。
江浦みさきは胸のポケットからキャンディーの包みの様なものを取り出すと、
「とても香りのよいキャンディーを幻界画伯から戴きましたの。警備の方に、あげてほしいとのことでしたから。」
と話しかけて優しい手つきで二人に差し出す。二人は右手のひらを差し出して、
「いただきます。」
とうれしそうな顔で、そのキャンディーを受け取った。江浦みさきは
「鮮度が大事なキャンディーですの。すぐに召し上がってくださいね。」
ニコリとうなずくと、部屋を出て行った。

江浦みさきは香水とは違う若い女性の持ついい匂いを警備室に残していた。武山は、
「新しい館員さんらしい。毎日、楽しくなりそうだな。」
「うん、このキャンディーも、いい匂いがするな。」
「食べよう。鮮度が大事なんだって、言ってたな。」
「ああ、そうしよう。」
二人はキャンディーの包みを解いて大粒のそれを口に入れた。甘く広がる洋風な味、二人はモニターに向き直った。

二人とも「観音菩薩の慈悲」が展示されている場所のモニター画面を見入る。そこに、もうすぐ江浦みさきが現れるのだ。だが、二人は美人館員の彼女を二度と見ることはなかった。

夕方の六時になった。警備員交代の時間だ。武山と滝道と交代する夜勤の警備員二人は警備室に入ると、
「おい、起きろよ。交代だっ。」
「なんで寝ているんだぁっ。」
と口々に大声で叱咤した。
だが、椅子の上でぐったりとしている二人は目を覚まさなかった。
「しょうがないなあ。おい、起きろよ。」
「いつから寝ているんだよう。」
二人は武山と滝道の肩を揺さぶった。
「死んでいるのか。」
「まさか、まだ体温はある。」
「そうだな。脈もある。」
「救急車を呼ぼう。」
一人が携帯電話で救助の連絡を取った。

武山と滝道は救急車で運ばれていった。
「館内に異常はなかったか、見回ってくるからな。」
「おれは、ここでモニターを見ているよ。」
見回りに出た警備員は真っ先に「観音菩薩の慈悲」を確認しに行った。大丈夫、盗まれていない。壁面に高額の名画は鎮座ましましている。幻界灘男のほかの作品も点検しに回った警備員は何も異常はないのを確認した。

近くの病院に運ばれた警備員の武山と滝道は深い昏睡状態から医師の手当てで五時間後に目を覚ました。二人は意識を取り戻すと、
「なんで眠ってしまったのか。あのキャンディのせいじゃないか。」
と武山が隣のベッドの滝道に慌てて問いかける。
「ああ、そうだ。他に思い当たらないぞ。あの女が・・・大変だ。絵が盗まれているんだっ。」
滝道は右手のこぶしを握り締めた。滝道はベッドわきの携帯電話を取り、会社に電話を掛けた。
「もしもし、滝道です。あ・・・今、気を取り直しました。」
「そうですか。それは、よかった。部長に変わります。」
電話の相手は警備部長に変わった。
「おう、滝道君。とにかく、よかったよ。」
「大丈夫なんですか。絵が盗まれていませんか。」
「いや、異常はなかった。それは直ぐに確認しに行ったそうだ。」
「それは、よかった。ほっ、としました。」
「完全に治るまでは寝ているように、な。」
「はい、でも、もう出勤できます。」
「武山は、どうなんだ。」
「武山も大丈夫みたいですが。」
「それなら、いつ来てもいいぞ。」
電話は切れて、そばで聞いていた武山も安堵の胸をさすっていた。

 翌日の午前、幻界灘男展は平日とはいえ、そこそこの人が入場していたが、目玉の「観音菩薩の慈悲」の前に立ちすくんでいる一人の中年の太った男性が、
声を出した。
「違う。これは本物の「観音菩薩の慈悲」じゃない。」
少し大きな声だったせいか、近くに座っていた女性美術館員が近づいて来て、
「どうか、しましたか。」
と尋ねてくる。
「これは贋物ですよ。私は幻界先生のこの絵を宗教団体に売ったのです。その時、注意深く、まあ、どの絵でもですが、見ていたので贋物は分かるのですよ。」
四十代の女性美術館員の顔は、みるみる青ざめた。眉を寄せると、
「館長に連絡します。」
と言うや近くの警備員に走り寄って話をした。

五分もしないうちに六十代初頭らしき眼鏡を掛けた紳士然とした男性が背広姿で、その場にやってきた。口を開くと、
「≪観音菩薩の慈悲≫が贋物だと、おっしゃるのですね?」
と画商らしき男性に話しかける。
「ええ、間違いありません。」
「よろしい。警察に届ける前に確認した方が、よさそうですな。幻界画伯に連絡しますよ。そうすれば、なによりも確かですからね。」
館長の眼鏡の奥でギロリと丸い目玉が光った。美術館の館長として大事な絵が盗まれたとあっては恥辱の極みとなる。すぐに警察に連絡するのは、とにかく避けた方がいい。
 それに美術品の盗難など警察は何処の国でも本腰をすぐに入れてこない。館長の目から見て本物か贋物かは実は分からなかったのだ。
ということで幻界画伯の登場となるわけだった。

その前に美術館長は警備会社に今一度、館長室に戻ってから電話で警備のことで尋ねてみた。
「最近、特に不審なことは、ありませんでしたね。」
警備部長は即座に、
「ええ、ありませんでした。防犯カメラには不審な人物は映っておりません。江浦みさきさんという新人の館員さんが幻界画伯の【観音菩薩の慈悲】を持ち出されるのは映っていますが、その後、ちゃんと戻していますから。」
館長の表情が変わると、
「江浦などという館員は、うちには、いないのですよ!」
「えええっ、では、その女が・・・でも、戻してはいますよ・・・。」
「うむ。それは・・・。」
贋物だ、と言おうか言うまいかと館長は迷ったが、
「うん、絵はあります・・一応、確認のためです。以後も、よろしく。」
急いで電話を切ると、
江浦みさき、か・・・と館長は心の中で呟いた。
そんな館員は、かつて、いたためしはない。自分が館長になってからは、そうだ。それに新人の館員さん、と警備会社の部長は言っていた。そんな新人は、この美術館には存在しないのだ。

 翌日の朝早く、美術館が開館になると同時に幻界画伯が木製ステッキを携えて現れた。
館長室に職員に案内されて入った幻界に館長は揉み手をして、
「これは、幻界さま、お越しいただき恐縮です。」
と云うと立ち上がり、
「さっそくですが、「観音菩薩の慈悲」を見ていただきたいのです。どうもわたくしの勘では贋物とすり替わっているような気がします。」
「なんだと!ちゃんと管理しておるのかっ。とはいえだな、あの絵は既にワシの所有物ではないのだ。画商に売っておるのだからな。」
ステッキを振り上げて仁王立ちの画伯は、怒りの顔の後は平静に戻った。そしてポツンと、
「連れて行ってもらおう。ワシなら、すぐに分かる。」

館長と女性職員、そして幻界画伯はまだ客のいない「観音菩薩の慈悲」の前に移動した。
名画の前に近づいた画伯は、
「おお?これは贋物じゃ。よく似せて描いておるが、紫の光は微妙に違うし、観音様の目などワシほど丁寧に描写しておらん。館長さん、あんたのご指摘通り、これは贋物じゃよ。」
幻界画伯は呆れた顔をした。それから、
「つまりは盗まれたのだね、君。」
「ええ、そうなります。」
「そうなるとは、なんだ。警察に届けたのか。」
「いえ、まだでございます。」
「どうするつもりか。」
「警察に届けるのは却って危険かもしれません。まだ犯人からの要求も、ありません。」
「犯人の要求通りにしないと、む、燃やされるかもしれんな。」
「そういうことも考えられます。」
「では待つか。要求を。」
「そうするしか、ないでしょう。」
そこへ警備員が駆け付けると、
「館長、犯人らしき人物から警備室のパソコンにメールが来ました。
なんでも害人三十面相とか名乗っているのですよ。」
「なに?害人三十面相、前に高宮の宝石店から宝石を盗み出した事件が、あったのを覚えている。」
警備員も、
「それは私も覚えております。あの事件の後、うちの警備会社で営業に行って今ではそこをうちで警備しております。」
「ふふん。そこも大丈夫かな。ここは、やられたではないか。」
警備員は返答に窮した。
幻界画伯は不満そうに、
「とにかくな。この贋物の絵は外してくれ。これがワシの絵だと思われれば目のある人たちは奇異に思うからな。」
と抗議したので館長は、
「は、直ちに取り外します。おい君、この絵を取り外すんだ。」
と駆け付けた警備員に指示した。

展覧会の一番の注目品は取り外されて、そこには
「調整中」
という張り紙が張られた。

その日の午後一時に美術館に電話があった。それは盗まれた絵画の建材の所有者である宗教団体の幸福霊会からだ。
四十代の男性の声が事務室の電話に、
「幻界さんから聞きましたがね。おたくに貸している「観音菩薩の慈悲」が盗まれたそうですな。」
電話に出た女性事務員は、
「館長に、おつなぎします。お待ちください。」
それで電話は館長に、
「もしもし、お電話変わりました、館長の・・・。」
「絵が盗まれたそうですねえ。」
「はい、申し訳ありません。必ず、取り戻しますので、ご心配なく。」
「あの絵が展覧会終了後にないと、ちと困るのですよ。ニューヨーク支部に持っていく予定なのでね。」
「あと十日あります。必ず取り戻します。」
必死に懇願する館長の言葉に何の反応もなく電話は一方的に切られてしまった

体験版・sf小説・未来の出来事1

 20xx年の春、福岡市の博多区東那珂(ひがしなか)にある自社ビルの最上階にある社長室に一人の青年が訪問してきた。室内には男性社長で年齢は五十代、が一人、ノートパソコンに向かっていたが、
「や、そこに掛けてくれたまえ。いい話って、どんな内容なのかな?」
と、にこやかな笑顔をその背の高い痩せた青年に振り向ける。
(なんだ、フルフェイスのヘルメットじゃないか。顔が見えない・・・)
が、しかし、そのうちにそのヘルメットを外すだろうと思うと、
「社長の鬼沢(おにさわ)です。名刺を差し上げましょう。」
白色の大きなデスクの上にある名刺入れの中から金色のカードを取り、応接テーブルのソファの近くに立っていた青年に近づくと、
「座っていいから。」
と着座を勧めると同時に金箔の名刺を青年に手渡した。
それを両手で丁寧に受け取ると青年は、
「社長から、お座りください。」
とヘルメットの中から柔らかな声を出した。
社長の鬼沢金雄は気分よく、
「今時、珍しいね。じゃあ、お先に、失礼して、と。」
弾力性のある茶色の革の高級そうなソファに深々と腰を降ろした。
青年は貰った名刺を胸ポケットに入れると、ガラスのテーブルを挟んだ社長の前のソファに、ゆっくりと座った。その座り方が、というか動作が機敏で直線的な感じだと鬼沢金雄は感じたものだ。
(運動神経がいい活発な若者なのだろう。まだ、ヘルメットを外さないようだが、それに気が付かない筈はないと思うが・・・ハテ。)
ヘルメットをかぶったまま、青年は行儀よく両手を両膝の上に並べて置いて、かしこまっている。鬼沢は少しイライラして、
「君さあ、頭の上のものを取りなさいよ。それ。」
「え?頭の上には何もありませんけど。」
「かぶっているものが、あるだろう。忘れてしまったのかね、それ。」
「何でしょうか、それは。」
鬼沢の眉間に針が刺さったように見えると、
「フルフェイスのヘルメットだ。それに、君。僕が名刺を渡しのだから、君の名刺も貰えないかな。」
と努めて落ち着いた感じで説諭した。
「名刺は、お渡しします。申し遅れました。わたくし、株式会社夢春(むしゅん)の営業一課、時・流太郎(とき・りゅうたろう)と申す者で御座います。」
と申し出ると、財布から名刺を出して鬼沢に渡した。その名刺にはメールアドレスとウェブサイトも記載されている。
時・流太郎は頭に手をやると、
「すみません。ヘルメットをかぶったままでした。失礼しました。」
と慌ててヘルメットを外すと、隣のソファに置いた。
美青年、時・流太郎であったのだ。と鬼沢は思った。彫りが深く鼻が高く目は二重瞼にして黒目も大きくて色白なのだ。彼は営業マンらしく続けて、
「このヘルメット、とても軽くて、それにプラスチックが透き通って、よく見えるんです。それで、ついかぶっているのを忘れてしまって、すみません。言い訳にしか、なりませんけど。」
「そうだったのか。フルフェイスのヘルメットは重そうに見えるから。まあ、いいよ。株式会社夢春(むしゅん)・・・ああ、あのサイバーセキュリティの会社。だったよね。」
「はい、ご存知だとは思いませんでした。当社は、それほど知名度もありませんから。」
「サービス内容をウェブで見させてもらったよ。うちも顧客の情報を管理しているものだから、セキュリティ対策が必要なんだ。」
「それでは弊社のサービスに関心を持っていただけたわけですね。」
「ああ、だから来てもらったんだ。」
「ありがとうございます。こちらはロボットと人工知能の製品の開発と販売をしておられる、のですね。」
「ああ、そうだ。ロボットといっても昔のように大きなものじゃなくて、手のひらサイズのものもある。妖精、まさにそんな感じだよ。
明日、発表するけど。」
その話に時・流太郎は嬉しそうに驚いた。つやのある若い唇を開いて、
「革命的ですね。手のひらサイズのロボットなんて見たこともないです。」
「世界初だよ。これを発表すると注文が大殺到するはずだ。」
鬼沢金雄のデスクの上には、その妖精ロボットとも思われるものが置いてあるように見えた。可愛らしい少女と老人の妖精が、それぞれ一体ずつある。そこに時・流太郎の目線は移動していたのだ。
時・流太郎は考えるのだ。この会社は今より遥かに巨大になる。ならば・・・。しかし落胆気味に、
「御社サイバーモーメント様は非上場でしたか。」
「そうだね。そのうち、したいと思っているがね。ロボットは開発に時間が掛かるんだ。それまで株主の方に迷惑をかけることになるからね。」
 「そのためにもサイトのセキュリティーは必要で、ございます。」
「なるべく金は、かけたくないんだが?」
時・流太郎の頭の中にはサイバーモーメント社長、鬼沢金雄の資産額が頭の中に入っていた。その額は何と、今の時価にして三千億円はあるのだ。なんとケチな男だろう。ま、金持ちは大抵、ケチなものだが。
「もちろん、最初の三か月は無料に、させていただきます。」
「なんと、三か月も!」
「ええ、それと今回のご契約記念に外付けHDDをプレゼントします。」
時・流太郎はビジネスバッグの中から小さな箱を出して鬼沢に差し出した。鬼沢は満足げに受け取り、
「ありがとう。あ、お茶も出していなかったな。」
携帯電話を取り出すとプッシュして、
「美月(みつき)クン、お客さんだ、ブラック・アイボリーを持って来なさい。」
「はい、社長。いますぐ、お持ちします。」
と若い女性の綺麗な声がした。
時・流太郎はブラック・アイボリーって何だ、と思っていると、社長室の部屋の奥のドアが開いて、高級な金属プレートに湯気の立つコーヒーカップを二つ乗せた若いスラリとした美女が笑顔を浮かべて出てきた。
二人の前のテーブルに、しなやかな手つきでカップを並べると、深々と頭を下げて向きを変えて元の所へ戻っていく。
時・流太郎にはコーヒーの香りより美月なる秘書らしき女性の美フェロモンのような匂いが頭に痺れをもたらしそうだった。時は平静に戻ると、
「ブラック・アイボリーって、コーヒーだったんですね。」
「そうだよ。さ、飲みたまえ。」
はい、いただきますというと時はコーヒーカップを口に持っていき、おいしいですね、と舌で味わう感触を楽しみながら答えたら鬼沢は、そうだろう、それもそのはずさ、ゾウの糞からつくられるのだから、ブラック・アイボリーは、と受ける。ええっ、そんな・・と時は一瞬、吐き気を感じてしまうかと思いきや、それは起こらなかった。しかし、なんとなく眠くなってきたような気がする、おかしいな、昨日はよく眠れた筈だが、どうした・・・ううん。
 
 時は、やっぱり眠ってしまったのだ。仕事に来て眠ってしまうなんて、と頭に思いがするが何と、ベッドの上に寝ているではないか。鬼沢の前に座って寝てしまったのではなく、それに、嗚呼!眼の前にはなんと赤いマイクロビキニの美女が長い美脚を見せて時のベッドの傍らに百合の花のように姿を見せていた。
そんな、これは夢だろう、ベッドはともかく水着の美女なんて。サイバーモーメントに、おれは営業に来たんだ、社長室で高級な牛の、いや、ゾウの糞のコーヒーを飲んでいたのに、うむー、まだ、夢の中なのか、これは、もしかしたら、そうかもしれない、いや、そうだ、夢の中だ、試しにほっぺたを抓ってみよう、
と右手を持っていくよりも早くビキニ美女の右手が伸びてきて時の頬を細長い人差し指と親指で軽く抓ったのだ。
痛い、でも軽い痛みだな、としたら、夢ではない。
美女は時に顔を近づけて、
「今、右手の指でほっぺたを抓ろうとしたでしょ?だから、あたしが代わりに抓ってあげたの。痛くなかった?」
と心地よい美声で問いかけてくる。
「少しね。でも、気持ちいいな。こんな風景は。」
「何が気持ちいいの?」
「心、でしょう。体も、そうかな。」
「だったら、起きたら?あなた、仕事をしにきたんじゃ、ないのかしら。」
「そうだったね。あなたは美月さん?」
「いえ、違うわ。舞山舞子って、いいます。これでも、ここの女子社員なの。」
「その格好でえ?何の仕事をしているの?」
「接待です。」
「はあ、枕営業もするのかな。」
「失礼ね。そんなこと、芸能人じゃないし、するわけないでしょ。サイバーモーメントでは、そんな事は、していません。」
「失礼いたしました。」
時は起き上がるとベッドから立ち上がり、
「ゆっくりさせていただいて、申し訳ありません。やっぱり、コーヒーを飲んでから寝てしまいましたか。」
「それは知りませんけど美月さんに呼ばれて社長室に行ったら、ソファに眠っているあなたが、いた。鬼沢が、この部屋に寝かせておくようにと命じましたので、わたしがあなたを担いで、このベッドに寝かせたんです。」
「すみませんねえ。急いで社長とお話の続きをしなければ、いけません。」
「あら。もう夜の十二時だわ。鬼沢は退社しました。午後六時に。」
時の心臓は中心から矢が突き抜けたようだった。
「それなら、ぼくもここを失礼しないと・・・。」
「あなた、車で来たの?」
「いえ、タクシーですよ。」
「タクシーは呼べば来るけど、鬼沢は時さんを会社に泊まるように勧めてくれって、言いましたの。」
「で、へー。泊っても、いいんですか。ここに。」
「社長が勧めているんだもの。泊りませんか。」
部屋はビジネスホテルのツインぐらいあり、会社の中の部屋というより、そう、ビジネスホテルの部屋みたいなのだ。おまけにカーテンは赤いし、ベッドは・・・おーう、ダブルベッドなのだよ。
時は床を見た。すると床の絨毯も赤色のふさふさした高級感が床から湧いてくるみたいな色をしている。カーテンは閉じられていて、時が部屋の中を見回すと風呂もトイレもビジネスホテルの部屋のようにあるらしい。顔を少しこわばらせた笑顔で時は、
「確かに泊まれそうですね。」
と、うなずいてみせた。
「なら、泊まって行ってください。」
赤いビキニの舞山舞子は両手を豊かな腰の上の細いクビレにあてて、誘うのだ。
彼女も女性にしては背の高い方だが、時の頭より低いところに彼女の頭はあるし、見下ろす形になるとマイクロビキニだからメロンみたいな白い大きな胸のふくらみが大きく視界に飛び込んできた。
舞山舞子の両目は大きく睫毛は長い。それも上から見下ろすから、よくわかる。彼女の濃いピンクの唇は両端が上に向いて、右ほおに笑窪が出ている。
 髪の毛は細い肩の下まで長く、苺のにおいがする。それに二十代前半のような彼女は、色白だ。細面の顔にしてはビキニは破れそうなほど膨らんでいる。
 ソレニ夜の十二時ナノダ。時は考えた。もしかして、これは接待で、しかも・・・しかし、彼女はさっき、枕営業はしないといったなあ。鬼沢社長は、そんなことをしないと思う。社長の家族関係は愛妻と娘が二人、息子が一人のはずだ。いや、それは妻が、いようといまいと枕営業を戦略的に用いる社長もいるだろう。そうではなくて、鬼沢氏の家庭は円満で浮気もしたことがなく、又、この会社に関わった人たちの話では枕営業らしきものは浮かび上がってこないのだ。
でも、だ。こんな赤い水着の美女を差し向けるなんて、一つの誘惑であって、おれがそれに乗るのを待っているのかもしれない。
そうだとしたら、そうしたら、鬼沢氏にどういう得があるのだろう?
値引き?無料の延長、株式会社夢春(むしゅん)との関係を有利にする、
まさか、女と一晩を過ごしたおれを脅す・・・、そうなのか?それなら舞山舞子は、ここに泊まって行くために来たのか。
「舞山さん、でしたね?舞山さんも、これからここに泊まってくれるのですか。」
舞子は、ふふ、と小さく笑うと、
「あら、誤解だわ。でも、ここは五階ですけど。わたしは、あなたが眠るのを見届けたら、出ていきますわ。さっきも申したでしょ、わたし、枕営業はしません、と。」
「そうでしょうね、そうですよ、いや、そうに違いないと思っていました。でもねー、いまさっきまで寝ていましたから、なんだか眠くないんですよ。どうしたら、いいのかなあ。だってさー、舞山さん、あなたはー、ぼくが眠るまでここを出ていかない訳じゃないですかー。だとしたら、舞山さん、ぼくが眠らなければ、あなた、ここに、ずっといる、わけ、で・す・ね。」
 舞子は謎めいた微笑みで、でもそれはモナリザの微笑とは全く違う分かりそうな謎めいたもの、
「そうなりますわ。社長命令ですもの。わたし、入社して二年。二十歳です。」
「ほ。はたちですか。そいつは、いいなー。新鮮ですよ。」
「あなたも、お若いのに、ね。」
「ぼくは三十超えていますよ。」
「奥さんは、いらっしゃらないのですか。」
「いません。独身です。」
「まあ。モテそうですね。色男そうですし。」
「いえいえ、全然、モテません。ですから、仕事一筋で。」
「彼女も、いないのかしら?」
「いるには、いるんですが。今、東京に行っています。」
「どんな、お仕事をされていますか。彼女。」
「やはり、同業ですよ。しかもライバル会社だったりして・・はは。」
「それは、それは。まるでロミオとジュリエットね。」
「そこまでのことは、ないと思います。」
はっ、と気づいたように舞子は勧告した。
「少なくともベッドに、おかけになって。時さん。」
「では、失礼します。」
その時、部屋の照明が白色からピンク色に変化した。それは時の視覚に舞子をより魅惑的に見せる効果が多大なるものとなったのは、いうまでもない。
でも、ベッドに腰かけた時は、
「舞山さんも、腰かけませんか。立ってばかりじゃ、きつくありませんか。夜の十二時ですよ。」
と言ってみる。
「わたしは立ったままで、いいのですよ。仕事ですものね。」
時は困惑したが眠くならないので、この女子社員の前で寝てしまうことはないだろうと思った。
「ぼくは、これから一晩中眠らないかもしれない。そしたら、あなたは一晩中、立っているのですか。」
「そろそろ疲れましたわ。交代できますもの。うちは、こういうことのための社員が大勢、いるんです。サイバーモーメント接待課に所属しているんです、わたし。課長は社長秘書の美月美姫(みつき・みき)が拝命しておりますの。」
時は株式会社サイバーモーメントには、そんなものまであるのを知らなかった。
薄い水着の舞山舞子は何かを聞いている顔になった。彼女の左の耳にはイヤリングがついているが、それは骨伝導の携帯電話で通話のみのものである。が、時はそれに気づかない。舞子は姿勢を正し,両美脚を膝をくっつけて立つと、
「はい、わかりました。すぐに、やります。」
と誰かに答えている話し方だ。
時は不可思議そうに舞子を見ると、
「独り言かな。今のは。」
「違うわよ。耳のイヤリングは携帯電話なの。美月課長から電話があって、・・・それじゃ、わたしはこれで。」
美的誘惑的曲線を持つ柔らかな赤いビキニの尻を舞子は時に見せると、そのビジネスホテル風の部屋を静かな風の様に退出した。
一人にされてしまった時は、社長室にコーヒーを持ってきた美月が夜の十二時の今でも働いているらしい事や接待課などを考えてサイバーモーメントは凄い会社なんだなと思ったのだ。それでもだ、明日は休みではないし出社しなければならない。とは言っても自分の会社、株式会社夢春(むしゅん)は福岡市東区にあるから、それほど慌てなくてもいい。
誰もいないと時の頭の中に交際中の彼女、城川康美(しろやま・やすみ)二十一歳、身長158センチ、ロングヘアでBWH(バスト・ウエスト・ヒップ)は、84、58、87の姿態が浮かんでくる。今どきの女性としては固いというか手を握らせてくれただけでキスもまだ時は彼女にしていないのだ。それというのも務めている会社がライバルであるという要因もあるわけだが、専門学校ではクラスは隣りで同じではなかったのだ。卒業するまで時は度々、彼女を見た。それも時は学生ではなく専門学校の講師として、である。舞子に三十過ぎと話したように、その頃の時・流太郎は二十代の終わり頃で城川康美が卒業するころに学校の講師を辞めて株式会社夢春(むしゅん)に入社したのだ。城川康美が学校で見れなくなるのが寂しいというのも、その理由の一つではあるのだが、株式会社夢春の社長も時が教えていた学校の卒業生で、時よりも三つ年上の男性で新しくサイバーセキュリティの会社を打ち上げる、というか立ち上げるので人材を募集していたのだ。専門学校に訪れた株式会社夢春の社長、籾山松之助(もみやま・まつのすけ)は講師・時・流太郎に教員室で話しかけてきた。
「ぼく、今度サイバーセキュリティの会社を作るんだけど、人材不足なんです。興味、ありますか?」
いきなりなので時は心にさざ波が立つのを胸に覚えたが、
「興味ありますよ。とっても。」
と即答したのである。籾山松之助は線の様に細い体に優男(やさおとこ)の面立ち、平均身長に少し届かないくらいの背丈、灰色の背広を着てネクタイをせず、髪は短く七三分けで、その時の答えに満面・虹の様な笑顔を浮かべると、
「よかった。仕事が終わったら中洲に行って飲もうよ。又、来る。いつ、終わるのかな、仕事は。」
とソフトな感じで聞いてきたので時は退校時間を籾山に伝えると、
「分かった。それでは、その時に。」
右手を挙げると籾山松之助は静かな教員室をカツカツと秒刻みの時計のように出て行った。
そのインターネット関連も教えている専門学校はJR博多駅の北側にあり、近くには広い森林の公園があってサラリーマン及びサラリーレディの昼の憩いの場でもあるその公園の専門学校の玄関に面したポプラの木の下で籾山松之助は退校してきた時・流太郎に又、右手を挙げると、
「おーい、時くーん。」
と親しげに呼びかけたのだ。
「あ、籾山さん。お疲れ様です」
時も知らず知らずの、そのまた知らずのうちに笑顔になると籾山のところに行くために駆け足で学校の玄関前の白い階段を下りて行った。
博多駅から中洲までは福岡市営地下鉄を使うのだ。随分前だが、博多駅の近くの道路が工事中に陥没したことがあり、修復が早いということで世界中の話題となったことがあったのは二人が歩いている場所から、そんなに遠くはないところにあるのだが、博多駅付近は低地帯で御笠川という川が博多駅の東側に流れている、これが氾濫すると通行人は膝近くまで冠水した道路を通勤しなければならなくなる、その事態を改善するべく御笠川の川底の土を掘り、それを除去する工事なども行ってきた。
それらは今では遠い昔というほどでもないが、今、乙な事にその御笠川に降りて水上バスともいえる乗り物が頻繁に出ていて、そこから北に向かって博多湾に出ると西に向かい、天神という福岡市の最大のショッピング街の東側を流れる那珂川の河口に辿り着くと、それから水上バスといえる船は南下して左手の川沿いに並ぶラーメンの屋台が見えると、そこはもう歓楽街・中洲だ。そのあたりに水上バス船が停泊する場所がある。次の停泊地は対岸が西中洲で、ここからは西に歩くとデパートの立ち並ぶ天神に歩いて五分ほどで到着する。
 二人は、その御笠川に浮かぶ水上バスに博多駅の東から歩いて行って乗船したのだった。平日は祝日より乗船客は少ない。快晴の空は雲一つない。真青な空の色は一色だけで誰があの青の色を決めたのだろうか。神様なのか、そんな馬鹿なことはない単なる自然現象だから、それは偶然にそうなったのだと答える人も多いだろう。でも、本当にそうだろうか。人生に起こることは全て偶然のなす業、なせる業なのか。時・流太郎もインターネット関連の専門学校に入学し、そこの講師となっていたから籾山松之助との出会いがあった。それで今までの生き方を変えて専門学校の講師からIT関連会社に身を進めようとしている。空の色は、そんな彼を祝福しているかのように見えた。
水上バスは御笠川から那珂川に移り、まだ営業を始めていないラーメンの屋台が見える船着き場へと滑り停まった。
籾山松之助がサイバーセキュリティの世界に興味を持ったのは「情報モラル・セキュリティコンクール」だった。彼は標語部門で最優秀賞を取ったわけではないが、いいところまで行った。これが重要であるのだ。最優秀賞を取ったら籾山は満足してしまって、それ以上進まなかったかもしれない。
小学校五年の彼は同学年の男子生徒が最優秀賞を取ったのを知ると、
よーし、標語なんかよりセキュリティーを勉強してやる、と一念発起、発奮したのだ。NISC,IPA、の事も知った。NISCとは内閣サイバーセキュリティセンターで、IPAとは独立行政法人情報処理推進機構のことだ。アメリカが日本の同盟を破棄した時、アメリカの某機関が日本のインフラを破壊するべく、そのようなウイルスをセッティングしていると暴露した元情報部員の人が、その人はロシアに亡命した。だが、現在、それは20xx年に至っても行われていない。
もし、そのようなことがあったとしたらIPAは、それを防げるのだろうか???
サイバーフォース、これは警察庁にあるサイバー攻撃対策の部門でサイバーフォースセンターは昼も夜も警戒中だ。
サイバー防衛隊、これは自衛隊にある部署。防衛省と自衛隊のネットワークを守っている。
NICT、国立研究開発法人情報通信研究機構は東京都小金井市にある。
コンピューターシステムNICTERでサイバー攻撃を分析、研究等々を行っている。2014年には日本へのサイバー攻撃は256億件にも昇っていた。
JPCERT/CC、一般社団法人JPCERTコーディネーションセンターはサイバー攻撃が起こったという報告を受けて対応している。インターネット上にセンサーを置いて観測する組織だ。
 籾山はセキュリティ・キャンプ全国大会に参加しようと中学生の時に思ったのだが家庭の事情でその望みは叶わなかった。これも後になって籾山のサイバーセキュリティに対する情熱の炎に一層の油をそそぐことになったのだ。
NICTERのウェブサイトでは動画としてサイバー攻撃が日本に対して世界のどこから向かってくるのかを公開している。ATLASでは沢山の小さな切れた線の形で攻撃が日本に向かってきているのが目で見える。
CUBEという形でも見ることが出来る。拡大、縮小、回転させて見ることも可能だ。ダークネット、即ち到達可能で未使用のIPアドレス空間のこと、ここにパケットが送信されていて、これらにマルウェア感染をねらったものなどが存在する。
これも少年時代の籾山には刺激を与えた。
 
 中洲にある二十階建ての雑居ビルには飲食店や居酒屋、スナック、バー、が入店して深夜まで人の出入りの流れは止まることがない。商談にビジネスマンが利用するので日曜、祝日より平日の方が、こちらは水上バスよりも混み合っている。籾山松之助は時・流太郎を最上階にあるインターネット居酒屋「ネットで、お酒を」に連れていく。ここは個室、二人部屋、四人部屋、宴会広間と部屋が豊富でインターネットを見ながら酒が飲めるというものなのだ。日本風の入り口を開けると着物姿の若い美女が一人、立っていて、
「いらっしゃいませ、ようこそ、おいでくださいました。どちらのお部屋になさいますか。」
とニコヤカな笑顔を二人に差し向けた。籾山は、
「二人部屋に案内してください。」
「かしこまりました、こちらへ、どうぞ。」
二人は六畳間位の洋室に、廊下も日本風だったが、中は洋風で緑のカーテンが閉じられずに窓の両側に対峙している、その窓は曇りガラスだ。部屋は小さな照明だけで十分に明度の高い環境となっている。横長の高級オフィスデスクのエンベロップデスクの上には二台のノートパソコンが距離を置いて並び、その前には座り心地のよさそうな高級チェアが存在感を二人に訴えた。どちらもヘッドレスト付きのハイグレードなものだ。頭まで椅子に寄りかかれる訳だ。
そのデスクの右端にスピーカーがあって、二人が椅子に座ると、
「メニューの御注文は、スピーカーの青のボタンを押してから、お話しください。」
と、さっきの受け付けてくれた女性の声がした。
成程、デスクのスピーカーの横にはメニュー表が、あった。籾山は、メニュー表を取ると左に座っている時に、
「注文は何か好みが、あるかい。」
「いえ、特にありません。社長が決めてください。」
「よし、わかった。う?海老と蟹、和牛に鯛の鍋と最高級うなぎの蒲焼きにワインのセットにしよう。」
「ワインなんて、とても高価なものがありますね。それは社長だけにしてください。」
「ハハハ、DRC・ロマネコンティなど頼むのじゃないからね。ワインは安いのにしておくよ、だから君も飲め。」
「はい、安心しました。いただきます。」
籾山はスピーカーの青のボタンを押して注文した。応答は、又さっきの女性の声が籾山の注文を復唱して、
「それでは、おまちくださいませ。」
 
籾山は時の方を椅子を回転させて向くと、
「この店も大手明太子メーカーの子会社で、だから海産物は安く食べられる。その明太子メーカーのサイバーセキュリティを受け持つことになったんだ。それで商談の時、この店に連れられてきてね。
契約が成立した。まずは一年、よければ、ずーっと、という回答だった。嬉しかったね。」
「それでは、それが初仕事というわけなのですか。」
「そういう事になる。この一社だけでも、凄いものがある。当然ながら、その明太子メーカーのホームページには、この店のウェブサイトもリンクされているから、それにこの店もネット通販対応で顧客情報もあるわけだろう。クレジット決済にも対応している。もっともクレジットカード決済は決済会社に任せれば、いいわけだけど、
顧客の住所、氏名、電話番号、それに任意ではあるが年齢、職業、好きな食べ物、好きな飲み物、誕生日まで情報を記録している。
特に誕生日を記入してくださった、お客様には誕生日にポイントをプレゼントするというから、誕生日まで記入する顧客も多いそうだ。」
「それは大変な情報ですね。狙われるのですか、その情報が?」
「何度かDOS攻撃は、受けたらしい。が、情報は盗まれなかった。それでもサーバーはダウンしたらしいから。サーバーダウンでウェブは見られなくなるし、その隙に顧客情報を盗み出そうという魂胆なのかもしれないが。
それでサイバーセキュリティの会社を検討していた矢先、白羽の矢を僕の会社に立ててくれたのさ。」
「よかったですねー。運より実力ですよ、社長の。」
「まあ、そう、おだてなくてもいいよ。少年の頃からの夢だったからね、こういう会社を作るのが。」
「僕の様な人間でも、お役に立てますか?」
「もちろんだよ。君も学校でサイバーセキュリティについて教えているじゃないか。どんな新人よりも頼もしいものだ。」
その時、二人の耳に、
「お待たせしましたー。」
と受付の時の女性が細い両手に大きなプレートを持って高級料理を持ち来ったのだった。
 
 
 時・流太郎が籾山社長と会食している時に、時が恋人だと思っている城川康美は別の会社の社長と時達がいる同じ中洲のビルの最上階の別のレストランで会食していた。
その会社は、やはりサイバーセキュリティの会社であり、株式会社夢春より古参の大手、株式会社ネットダイヤモンドだ。
 社長は六十代初めの太った男で赤ら顔の汗が出やすいタイプ、城川康美を前にしても時々、背広の上着のポケットからハンカチを出して汗を拭いてる。こちらの会食は種類はなしで、その日のサービスメニューのものというからケチな社長らしい。その社長が城川康美にテーブル越しに名刺を渡して、
「今月大治(いまつき・だいじ)です。城川さんはシステムエンジニアとして採用しますが、サイバーセキュリティの方も頼むかもしれない。」
城川康美は渡された名刺を覗くと、顔を上げて、
「わたし、インターネット関連の仕事なら何でもやります。」
とキッパリと答えた。
「ほう、それは頼もしいな。そういう人を待っていたんだ。わたしの秘書にしたい位だが、秘書は福岡市内の某大学のミス・キャンパスだった女性が、まだ辞めないのでね。城川君は、その秘書と比べても美しいよ。」
「まあ、わたし、自分では美しいなんて思った事、ないです。」
「そういうもんかな。大体、世間の奴らは間違っていて、美人は能がないなんて思っているのがいるらしいが、そんなことはない。実際、ワシの人生でも美人社員がどんなにワシを助けてくれたことか。ま、わたしのカミさんは普通の下膨れの女なんだけどね。
だったりするから、わたしが城山君を美人と褒めたからと言って警戒する必要はないんだよ。
仕事が出来る有能な社員だと思うんだな。」
「がんばります、わたし。」
青春の希望が溢れた答え方だった。
 
 この株式会社ネットダイヤモンドと株式会社夢春は同じ福岡市東区の埋め立て地、アイランドシティにその居を構え、建物もお互いすぐ隣にある。
であるが、時・流太郎と城川康美は入社して一か月、まだ顔を合わせていないのだった。それは通勤途次の事であるけど休日も出社となった二人は、休みの日も会っていないのだった。
 勤務場所に近い西鉄香椎駅前のマンションに城川康美は引っ越して一人暮らしを始める、というのも彼女の実家は福岡市ではなく北九州市というから電車通勤する人もいるし新幹線で通勤、通学する人もいるけれども、株式会社ネットダイヤモンド社の寮というそのマンションに入り、家賃はタダという特典付きだ。その代り、というわけか休日出勤、サービス残業はありで社長の今月大治は、それなりに元を取る男なのだ。そのマンションの名称がダイヤモンドマンションといい、所有はネットダイヤモンド社のものとなっている。
七階建てだが城川康美の部屋は一階でベランダの外は狭いアスファルト舗装の道だから西鉄香椎駅で乗り降りする乗客が多く足を運んでいく。
臆することのない彼女は洗濯物もベランダに干すのだが、下着は内側に掛けて通行人には見えないようにした。
 さて、そのダイヤモンドマンションの隣のマンションがモーメントマンションという。
ここは五階建てで、その三階の部屋が・・・と駅前の不動産会社の女子社員が空室物件を探しに来た時・流太郎に、
「空室がありますよ。」
と笑顔で紹介するので、
「見に行きたいです、その部屋。」
と時は身を乗り出して、うなずくのだ。
「それではご案内しますわ。車で行きましょう。」
その不動産会社の裏に駐車場があり、数台並んでいる不動産会社の社名が自動車の側部に記されているものの一台に女子社員は近づくと時に、
「後部座席に乗ってください。」
と促して、自分は助手席に乗る。
時は自動で開いた後部座席に乗り込むと、運転手は後から来るのかな、と思いきや、後部のドアが閉まると同時に自動車は発進したのだ。
自動運転車だったのだ。いまだ普及は進んでいない自動運転車後進国の日本であるから時は驚いた。助手席に座った不動産会社の女子社員はフロントパネルのスイッチを押すだけだった。時は、
「目的地はカーナビですかねえ。」
と聞いたら、
「IOTですよ。さっき車内からパソコンでモーメントマンションを目的地に入力したんです。この車は無線ランが搭載されていまして、インターネットも繋がります。
ですからカーナビは要らないのですわ。」
と余裕綽綽(しゃくしゃく)と後ろを向いて話すではないか。
少し唖然とした時ではあったが、モーメントマンションでは更なる驚きが待っているのだ。
モーメントマンションも駅前にあるのだから車では五分も所要時間を要さないものであるわけで、モーメントマンションの広い駐車場には外来用の車を停める空間も広くあるから時達の自動車は縦列駐車も自動で行われた。
 モーメントマンションの外壁は緑色という珍しい色だ。玄関から入るとオートロックの集合玄関があり、右手に管理人室があって、
時が見るとその管理人は、どう見てもロボットだ。
これも全国的には普及は遅く、福岡市で、いち早く始まっている。それでもロボット管理人はモーメントマンションが第一号だろう。
実はロボットは作られていても購入費用が高額なため採用を見送っているマンションオーナーやマンション会社が圧倒的だったのだ。
ロボットとはいえ長い髪の毛で女性型ロボットなのは、このモーメントマンションはワンルームマンションで独身男性が多いためだろうと思惟できるのではないだろうか。
 時がロボットと見抜いたのは彼が鋭い観察眼を持っていたからで、一見するとマネキンかと見える雰囲気もある。さすがに人間の若い女性と見間違わないのは、その静止した様子にある。人間なら座っていても何処となく動いているもので、機械にはそれはないのだ。
ところが、である。
 その若い女性、に見えるロボット管理人は玄関のガラスの第一の扉を手で開けて入ってきた二人の方を顔を向けて見た、のである。
 その目たるや人間のものと変わらない外見で、義眼などは昔から優れたものがあったので、さして驚くにあたらないが秀逸なのは顔の振り向け方が優美でF分の一の揺らぎのような直線的ではない若い女性らしい顔の向け方であった。
更に、だ。管理人室の前に立った二人を見て、そのロボットは微笑みまで浮かべたではないか!
不動産会社の女子社員は、
「空室を見たいお客さんです。303号室のカギをお願いします。」
と申し込むと、その女性ロボットは、
「かしこまりました。」
と自動音声の女性の様な声を出して、管理人室内から鍵を持ち出して来て女子社員に手渡した。
見事な動作であった。行き届いているというか、不要なようにも思われるのは、その女子ロボットがカギを室内に取りに立ち上がり、歩いていく動きの中で豊かな尻が色っぽく左右に揺れる事なのである。
前面から見ると立ち上がった時には豊満な胸のふくらみが揺れ動いた。そこまで作らなくてもいいようには思えるのだが、製作者の、ゆとりも思われる。
その胸のふくらみも、かなりなものだ。男性入居者へのサービスの一環であろう。おまけに、その女性ロボット管理人からは若い女性の芳香みたいな匂いがした。肌はすべすべで、よく作ったものだと時は思う。
 貰った鍵でマンション内に入り、二人はエレベーターで三階に行き、303号室に入る。
 玄関では靴を脱ぐのは大昔から同じで、ワンルームマンションとしては普通のものだったが、六畳の部屋で女子社員は、
「大昔にはオール電化などが、ありましたけど、このマンションではオールIOTを目指しているらしいんです。インターネット・オブ・シングスの略はIOT、というのはご存知ですね?」
「ええ、一応は知っていますよ。インターネット関連の会社に就職したものですから。」
「まあ、それは本当に、お客様にはピッタリですわ、このお部屋は。」
「そうみたいですね。というか据え置きの電子レンジや冷蔵庫まで、ありますね。」
「ええ。それらは、外から携帯電話で操作できるものなんです。」
「電子レンジなんて外からじゃなくても・・・。」
「いえ、帰宅後にすぐ温まった料理が食べれますよ。なんと冷凍、と冷蔵が兼用でできる電子レンジなのです。ですから、冷蔵庫から出して、その電子レンジを冷蔵庫の状態にして何かの食べ物を耐熱性のお皿に乗せてレンジに入れておけば、いいのですわ。
そしたら下の玄関に着いた辺りで携帯電話からインターネットで電子レンジを操作したら、いいのですわ。
冷蔵庫の冷凍室から冷凍ものを取り出して入れる場合には、電子レンジを冷凍室の状態に切り替えれば、いいんです。
チン妻なる人達が、いましたけど、自分で出来ますよ、今の独身男性の方は。冷蔵庫は冷凍室が大きめに作られています。電子レンジ用の冷凍食品を大量にネット通販で購入して保存しておくために便利ですから。」
「なーるほど。僕もネットショッピングの常連ですよ。これは、いい。」
ということで時・流太郎は三日後には、そのマンションで生活するようになった。隣のマンションの一階に城川康美が住んでいるとは露、いやミトコンドリアほども知らずに。
 
 夜遅く帰ってきて時・流太郎の趣味といえばインターネットラジオの株式投資の番組を聞くことだった。彼も少々は株式投資をネット証券経由でやっている。それを聞いて思うのは昔のように証券アナリストが喋るのではなく、人工知能を使って解析された結果を証券会社の若い女子社員が話しているという事だ。
既に一部の将棋の対戦は人工知能同志の戦いとなっていて、ネットでは将棋AI王戦が行われている。
 その将棋のAIの一方は株式会社ネットダイヤモンドが開発したものだ。開発方法としては過去の将棋の棋譜をすべてAIに記憶させて、勝利の定跡を読み取らせる。最新の棋譜まで打ち込むため、日本将棋連盟の棋士は戦々恐々とした状態だ。 
 
時・流太郎はノートパソコンを開いて、そのネットラジオを聞いていたが、それを閉じるとメールチェックした。城川康美から返信が来ていないだろうか。いや、来ていない。お互いの入社後、一通の返信も届かないのだ。忙しすぎる、のだろうか。しかし、自分ほどではないだろうと思う。返信がないのにメールを送るなんて、あまりよくないと思って遠慮している。
その時、隣のダイヤモンドマンションの一階に住む城川康美は洗濯物をベランダで干していた。こちらのマンションは集合玄関のオートロックではなく、オールIOTではない昔のマンションと言える。
 
 ハッ、と時は回想から現在の居場所に意識が戻った。というのは、若い女性の声がしたからだ。
「ぼんやりされていますが、大丈夫ですか?」
ベッドに座った位置から上を見上げると、さっきの舞山舞子とは違う美女が出現していた。いや、なんとその顔は城川康美 !!!
時は驚きのあまり口をポカンと開けてしまって、慌てて閉じると、
「康美ちゃん!君が入社したのは確か株式会社ネットダイヤモンドだったよね。」
「康美?わたし康美じゃありません。貴美(きみ)ですけど。」
時の脳内は目まぐるしく動いた。
「そうか、もしかして君の名前は城川さん、でしょう。」
「そうです。よく、ご存知ですね、わたし、自己紹介していませんけど。舞山さんから、お聞きになられたの?」
「いや違うんだ。ぼくの彼女の名前がさ、城川康美 でね、君にそっくりだから、もしかして双子じゃないかと思ったんだ。」
「ご名答です。わたしの姉は康美ですけど、でも、本当は他人の空似かもしれませんよ。それに、わたし姉とこの前、携帯で話したけど彼氏はいないって言ってましたわ。」
ガキーン!と時の頭にハンマーが刺さったような音が聞こえた。
「それはね、それは照れ隠しかもしれないじゃないか。」
「かもです、ネギがあったら、おいしいかな?」
なんか変な奴、生真面目な姉の康美とは性格が違うようだ。貴美は一歩、時に近づくと、ミニスカートの両端を両手で持って、
「康美姉さんだと思って抱いてくださらない?」
「そ、そんな・・・事は、できない。」
と固く断る時ではあった。
「そう、お堅いのね。そういう人が、わが社の社長は好きなんですって、ですよ。」
「それは光栄です。契約の方は明日にでも、お願いできますか。」
「そうするって、社長は言ってましたわ。ねえねえ、今度、姉さんとデートする時、これ、姉さんにプレゼントしたら?」
貴美は肩に掛けていた赤いショルダーバッグからレンズが青色の眼鏡を取り出して時に手渡した。
「これ、なんだい?受け取るかな、彼女。」
「面白いメガネよ。かけてみたら、わかるらしいわ。」
「そうか。それなら貰っておくとするか。」
「それじゃあ、これで失礼いたします。」
白いミニスカートの貴美は深く美髪の頭を下げて部屋を出て行った。
時はゴロリとベッドに寝そべると、部屋の照明が消えた。
(あれ?電気消してないのに。監視されているのか・・。でも、親切なのかもね。)
いきなり部屋の壁に付いているらしいスピーカーから社長秘書、接待課長の美月美姫の声が響く。
「こちらで照明を消したりしませんわ。そのベッドは寝転ぶと部屋の明かりが消えるんです。それも我が社の開発したもので、間もなく売り出します。」
と笑みを含んだような声で丁寧に説明した。又もギョッとした時は、
(どっちみち監視しているんじゃないか。でも、すごい発明だ。自動消灯ベッドか。高すぎても売れそうだなー。)
又も美月の声がして、
「眠れるような音源を流しましょうか。」
というから、
「はい、お願いします。」
と時が答えると波の音が繰り返される響きがスピーカーから流れるように聞こえてきて、時は一分もすると眠りの世界へ移行していった。
 
 時・流太郎が睡眠に入った時、サイバーモーメント社長、鬼沢金雄に秘書の美月から携帯電話で連絡があった。
「社長、時さんは、お休みになりました。」
「そうか、よくやった。ご苦労さん。」
鬼沢の表情は満悦へと変わる。
 
 
翌朝早く起きた時・流太郎の耳には壁のスピーカーから、
「おはようございます。只今、時刻は7時です。朝食をお届けしますので、洗面などをどうぞ。」
と昨夜の秘書の美月とは違う女性の声だ。
洗面所に行って顔を洗い、歯を磨く。そこから出たら、入り口のドアが開いてメイド喫茶にいるようなウェイトレス風の衣装の若い女性が銀色のプレートにカステラの様なパンとコップに牛乳、カップにコーヒー、グラスにオレンジジュース、ちいさな皿にヨーグルト、バナナ一本という朝食メニューを載せていた。
メイド風のその若い女子社員は、
「お食事がすみましたら社長室まで、ご案内します。」
「連絡は、どうすれば・・・モニターカメラで見ていますね、さっきの目覚めの時も。」
「ええ、しっかりと監視させてもらってまーす。大事なお客様ですもの。」
「客って、そちらこそ、お客さんですよ。」
「株式会社夢春様には当社の製品をご購入いただいています。」
「あー、そうなんですか。知りませんでした。」
「それでは、お召し上がりください。わたしも、お召し上がりますか?うふふ。」
呆気にとられた時の顔を微笑で眺めたメイド女子社員は、軽く一礼して軽く部屋を出て行った。
 
 朝食も済み、そのあとの社長室での契約も済んだ時は颯爽とサイバーモーメント社を後方にした。
 
 
 株式会社ネットダイヤモンドはサイバーモーメント社とも覇を競い合う関係にあるのは今年に始まったことではない。なにしろサイバーモーメントの鬼沢金雄は、かつてネットダイヤモンドで働いていたことがある。その頃はネットダイヤモンドは格安のレンタルサーバーが主なる事業だった。潤沢な資金を元に社長の今月大治はロボット産業に乗り出していったのだ。その時、研究開発の一人として今月は鬼沢を指名した。社長室に呼びつけると、
「鬼沢君。今度はウチでロボットを作ろうと思ってな。君を開発担当主任に命ずる。」
「は。やらせていただきます。」
と電子レンジの終了音のような機敏な応答の鬼沢は、その時、三十代だったのだ。
その時の経験が鬼沢の独立後に作っていくロボット製造の原点だと、いってもいいだろう。
それから二十年、時が退出してから次の日にパソコンを開いてネットニュースを見て事件が発生しているのを知った。
 
 福岡市内の春日市に近いところの銀行の支店である。昼の一時、同支店に背広を着て、フルフェイスのヘルメットをかぶった男が入り口から入ってきた。スタスタスタと預金の窓口に来ると、
「五百万円ほど、このアタッシュケースに入れてください。」
と丁寧な口調で持参した銀色のアタッシュケースを開いて窓口のカウンターに置いた。受付の女子銀行員は、
「通帳を、お出しください。」
と答えたが、その男は胸元のポケットからピストルらしきものを出し女性行員の額に銃口の照準を合わせると、
「このアタッシュケースが通帳です。警察に連絡したら、すぐにこの引き金を引きますよ。カウンターの下にあるボタンを押すのが見えても撃ちますからね。この銀行のみなさん!」
と男は大声を上げた。「あなたがた、みんな同じです。わたし、目がいい。遠くのあなたもよく見えます。だから、この銀行の誰が警察に連絡しても、この窓口の女性の命はなくなるのでーす。」
女子行員は後ろの席にいる支店長を振り向いた。初老の男性支店長は、要求された金を出すように目で促す。女子行員は要求された金額をフルフェイスのヘルメットの男のアタッシュケースに、詰め込んだ。
それを見た男は、
「よろしい。それでは、みなさん、さよナラ。」
と言うなり全力に近い速度でその支店から出て行った。
 
 鬼沢は、これを読んで(時・流太郎じゃないのかな)と思ったりした。
その男は銀行の駐車場に停めてあった車で逃走した。刀装していたわけではないが銃装していたのだ。
犯人が喋った口調から外国人ではないか、と行員たちは話していたが。
銀行の防犯カメラに写っていた画像から犯人は何と!ロボットだと分かったのだ。
 最近では無人の自動運転よりタクシーの場合、ロボットの運転手が座席に座っているところが多くなった。というのは自動運転車よりもロボットと自動車を購入する方が安くてタクシー会社にとっては経費が削減できる。
会話をするロボットは値段も上昇するため、無言のロボット運転手が大半なのだが、タクシーの側面にロボットで話せませんと表記されている自動車が走っているのをよく目にするものだ。
ということでロボットは大勢いる、という三人称を使っていいのだか、日本で製造されるロボットは人口ならぬロボット口は正確な数度が把握されていない。自動車が陸運局に登録されるのとは違うからだ。
鬼沢は(こういった銀行強盗は福岡市では初めてだろう。)と推察する。
(なるほど、ロボットでは、どんな警備員だって勝てないだろう。よくやれても壊せるぐらい、その前に警備員の命が壊されるはずだ。)
(では、)
そこで鬼沢はニヤリとする。それなら警備員のロボットを作ればいい、と思うのだ。突然、秘書の美月がドアを開くと、
「社長。ネットダイヤモンドの城川康美さんです。」
と紹介すると、ロングヘアの康美が春風のように顔を出す。鬼沢は、
「やあ、お待ちしていましたよ。さあ、どうぞ。おかけになって。」
「城川と申します。以後、お見知りおきを。」
「ああ、覚えておきますよ。今日は、サイバーセキュリティの話ですか?」
と鬼沢は言いながら康美の前に座る。康美は長い髪をかき上げると、
「ええ、そうです。既に他社さんで御使用になられていると思いますが。」
「ええ。昨日、来た人がいてね、もう、契約してしまったんだけど。」
「どちらの会社でしょうか。」
「株式会社夢春だったかな。」
「夢春さんよりも、わたくしどもの会社の方が、お安くできます。」
「そうかー。でも、昨日契約したばかりだから。」
「それなら、その契約が終わってからは、どうですか。」
「そうだね。それなら、いいかもしれない。」
「それでは、そういう事で、お話を進めさせていただきます。」
鬼沢は康美の話は天空はるか、かなたで聞いていて視線は彼女の胸から腰のあたりを見つめている。(とても、いいプロポーションというか、)
「・・・ということで、よろしいですか。」
「あ、ああ。いいよ。次回契約でしょう。」
「来月から、ということで。」
「来月?一年契約だったと思う。」
「違約金は当社で、お支払いします。」
鬼沢はテーブルの自分の前に広げられている案内書を手に取って見ると、
「確かに安いね。じゃあ、そうするか。」
「ありがとうございます。それでは、こちらの契約書に署名と捺印を、お願いします。」
鬼沢は自動筆記ペンを取り出した。マイクロコンピューター内臓のもので、自分の名前を記憶させてある。その場合、ペンの頭にある赤の部分を押せば、いいのだ。スイスイ水のようにペンは動いて鬼沢金雄と署名する。
康美は、そのペンをじっと見て、
「まあ!自動で筆記するんですね。まるで宗教のお筆先みたいですわ。驚きました。」
「うん、これも販売予定だけど経費が、かかりすぎて一般に販売するのは無理だと思うね、当分。」
「わたし、購入したいです。」
「そうかね、嬉しいね。だけど、今は、これいっペン、いや、一本しか作ってないんだ。申し訳ない。」
「あら、それでは待ちますわ、いつかは次のものを作るのですね。」
「そうだね、そのつもりだよ。」
「楽しみですよ、そのペン。」
「楽しみにしていてくれたまえ。ところでだ、どうかね、君は彼氏は、いるのか。」
「うーん、いますけど、だらしない感じで。生活力なくて。という人ですけど。」
「ふーん。それなら、その彼氏を君はあまり好きではないのだろう。」
「そうなりますかしら。あっちが積極的なだけとおもいます。」
「あっち、というと、もしかして。」
「いえ、あっちって彼のこと。」
「うーむ、それなら、どうかね。今度、食事でも。」
康美の瞳はキラ、と輝いた。彼女は、ずっと年上の男性が好きなのだった。というのは康美の父親は事業家で精力的に働く男、だから父親をとても尊敬している。一種のファザーコンプレックスみたいなものは外の男性に振り向けられる、ということだろう。だから康美は、
「いいです、今度、休みがもらえたら、ですけど。」
「なに、休みなしかね、今は。」
「ええ。でも、そのうち、もらえると思います。」
「そうか、そうか。では、私の携帯の番号を教えておくから。」
と鬼沢は自分の番号を康美に教えた。
それをメモする康美、もちろん携帯電話にメモしたのだ。
 
 マンションに夕方帰った康美は部屋で携帯電話が鳴るのを聞くと、
(もしかして鬼沢さん?)と思い、
「もしもし。」
「あー、流太郎だよ。」
「時さんか。」
「時さんではダメなのかしらん。」
「駄目じゃないけど、何用なの?」
「何用って、明日、水曜日が休みになったんだ。君は?」
「仕事ですけど。」
「いつ会社は終わるんだ?」
「明日は定時よ。」
「定時は五時半?」
「ええ、五時半だわ。」
「じゃあ、おれ迎えに来るから。君の会社の前まで。」
「うん、そうしても、いい。」
「じゃあ、そうする。」
「お休み。」
「もう、寝るの?」
「まだ寝ないけど。」
「君の住所を聞いてなかったね。」
「まだ教えたくないわ。」
「それじゃあ出会い系みたいじゃないか。」
「そのうち、教えるわ。」
「そうして欲しいね。それじゃ、ね。」
携帯電話は切れてしまった。
 
 翌日は夕方から曇り空になった。午前中は快晴の空が、少しずつ薄い雲が現れ始め、今は墨色の空模様の午後五時半になった。時・流太郎の心の中も、その天候と同調するかのような動きとなりながらも城川康美を迎えに行く約束なので、行かなければ、と立ちあがっていた。
 
 西鉄香椎駅近くの時のマンションから康美の会社までは歩いて四十分ほど、さっき時が立ち上がったのは五時半より五十分前だった。だから康美のいる会社ネットダイヤモンドの前には康美の退社時刻より十分前には立っていたのだ。
五時半になり、ネットダイヤモンドから出てきたのは康美一人だけだったので、
時は彼女に手を振って、
「おーい。」
と呼んでみた。
「約束を守る人なのね、時さん。」
鬼沢には時のことを、だらしないなどと説明したけど、やはりキチンと待ち合わせてくれた彼を嫌いには、なれないらしい。
二人が立っている人工島のアイランドシティには広い公園があって、
アイランドシティ中央公園といい、その外側を一回りすると1.6キロにも及ぶ長方形の樹木の多く林立する潮風が来たから訪れる場所だ。
休日には人も多く来るけど、平日はあまり立ち寄られることはない。
雨が降りそうな今日は、時に連れられて康美が入ってみると誰もいない緑の空間だったのだ。康美は可愛い唇を開くと、
「こんなに広い公園が割と近くにあったのね。静かで、いいわね。」
「君の会社が僕の会社の隣りにあったなんて知らなかった。」
「あら、そうだったの。わたしも知らなかったわ。」
「これなら会社の帰りに駅まででも帰れるよ、一緒に。」
「退社時間が同じだったことは、今まで一度だって、なかったわね。」
「そうみたいだ。僕の方が遅いんじゃないか、と思うよ。」
「わたしだって夜遅いことも、あるわ。今日は入社して初めて、こんなに早く帰れるの。」
そんな康美の顔は可憐で、いじらしいと時・流太郎は思った。そういえば、と時は思い出した。自分のズボンのポケットに青色レンズの眼鏡を持って来ていたのだ。これはサイバーモーメントで康美の妹と名乗る貴美(きみ)から貰ったものだ。
それを取り出すと康美が目を錐(きり)のようにして、
「なんなの、それは。気味が悪いわ。」
「君の妹さんから貰ったんだ。」
「妹を何故、知っているの?」
「貴美さんだろう?」
「ええ、そうだけど。」
「サイバーモーメント社に社用で行った時に、貴美さんが出て来たんだ。」-まさか、夜にとは、いえない。
「そうだったの。貴美がサイバーモーメントで働いていたなんてね。」
「えっ、知らないのかい。実の妹さんだろう。」
「そうだけど、異母の妹よ。母が違うの、実は貴美は父の愛人の子なんです。」
「そうだったんだね。それなら何処の会社に勤めているかも知らなくって不思議ではないさ。この眼鏡、掛けてみる?」
「ええ、掛けてみるわ。」
康美は青いメガネを時から受け取り、その時、時の手に少し触って、自分の耳に乗せてみた。
すると!時のどちらかといえば好男子風の顔が邪悪で淫猥な男の顔に見えてきたのだ。康美は(こんなこと。これが時さんの本当の顔、なのかしら。)時は黙りこくった康美に、
「どうかしたのかい。変なものを見ている感じだな、君の顔は。」
パっ、と碧いメガネを外すと康美の目は一直線に時の面相を眺めるのだ。すると、眼鏡を通してみた時とは全く違う、いつもの時の優しそうな笑顔が、そこに厳然、泰然、健全として存在を示現している。
(あら不思議、さっきのは錯覚?幻覚?だったのかしら。)康美は、そう思う。
「なんだか変な顔に見えたのよ、時さんの顔が。」
「天候のせいじゃないのかな。雨が降りそうだし、ね。」
確かに炭色の空模様、軽い塩の匂いのする微風、青色は人の顔を歪めてしまうのか。青色は食欲を減退させるという実験結果もある。
食欲の減退は同じように異性間の興味も冷めさせる力が、あるのだろうか。
見よ!雨が降ってきたから二人は、それぞれ持ってきた傘を広げた。
康美は傘の下から雨天の空を見上げて慨嘆する。
「今日は台ナッシング、だわ。」
「外でばかりが会う場所でも、ないんだ。屋根の下なら、傘もいらない。」
「君の部屋に行きたいね。」
「いや、それはまだ駄目です。うちの父は厳しいの。」
「良家の子女らしいね。そうしよう。ネットカフェとか、どうかな?」
「それ、いいわね。時さんはサイバーセキュリティの?会社に勤めているのよね、今。」
「君も同業の会社で働いている。」
「だったらネットカフェなら満点デートね。行きましょう!時さん。」
康美は先んじて歩を進めた、それは帆を張った小舟がスイスイと進むように。時は慌てて、
「康美ちゃん、ネットカフェを知っているのか、先に行くけどさ。」
土砂降りになりだした滝の雨の中で呼びつなぐ。
「知ってるわ。一緒に来て。」
 
 雨に少し濡れた城川康美の後ろ姿は、その流線型の美というものに満ちている。株式会社ネットダイヤモンドでは、制服というものがない。康美のスカートは膝より少し上の長さで、ぴっちりとした臀部が、西瓜のように左右に揺れ動いている。まだ、時太郎は、そのスカートの中身を見た事が、ないのだ。灰色のスカートに、上着はクリーム色の長袖で、傘は桃色の自動で開閉する、そう、閉じるのもボタン一つで、その傘は閉じるのだ。
 かなり昔、2017年頃でも自動で開く傘は販売されていても、自動で閉じる傘は発売されていなかった。彼女に後ろから追いつきかける時は、康美が、その傘を開くのは初めて見たが、閉じるのは未だ見ていないのだ。
彼女の右側に追いついて並んで歩く時・流太郎は、傘をさしている為に彼女に近づける距離も普段より遠くなる。康美の右から見た横顔も、鼻も少し高くて睫毛の長いのが時の左の目に映写される。
 少し彼女の髪が濡れているのも普段とは違って、時の感覚に弱い電流の様なものを走らせるのだ。
嗚呼、ネットダイヤモンドは自分の会社とはライバル関係に、あるではないか。その彼女と、交際してもいいのか、という思いも彼の頭を時々、ちぎれた黒い雲の断片が空を行くように、かすめていく。
 
 並んで歩けば時の方が背が高いし、足並みは彼の方が彼女に揃えなければならない。時は、時々、康美の美脚を素早く見下ろしては、視線を元に戻す。白い肌の、おみ足だ。それがリズミカルに魅惑的に動いている。彼女の肩幅は彼女の腰の幅よりも、ずっと狭く、女らしさに溢れていた。
(おれが、なんとかするから、会社なんて辞めてしまえよ、康美ちゃん。)そう言いたい、時・流太郎なのだが、康美が鬼沢に言うように経済力に乏しい。それでは、共働きでは?とすれば、お互いライバル会社なのだ。これこそ現代の悲劇で、あろうか。
 おお、ネットカフェが見えてきた。二十四時間営業のネットカフェ、「美しすぎるネットカフェ」と赤い文字で看板には書かれている二階建ての白い建物が信号を渡ったところに、二人を待っていたかのように、その姿を、その店を見せている。
 信号は青だ、渡ろう、康美、君なら福岡市議会議員に立候補したら日本一、美しすぎる美人市議になれるぞー、と心の中で思う時・流太郎であるが、彼女は黙って横断歩道を黄疸という病気など無縁そのもののように渡っていくから、時も胸を茹でられるような感覚を覚えつつ、耳の中に彼女の指を入れても痛くない彼は、それは、おれひとりだろう、いや、他にもいるか、美人すぎるから、そう、美人すぎて彼女を狙っているのは、おれ、一人ではないはずだけと、デートできるのは今のところ、おれだけさ、だから、この今の位置を、そう、この優位な位置を利用して、なるべく早く、彼女と身も心も下着も同じ全自動洗濯機の中に入れて洗うような生活がしたい、それは即ち、結婚というものでなくてもいいから、そう、同棲というもので恋の動静を探りつつ、ライバルがいたら薙ぎ倒す、同棲出来たら、おれの一人勝ちだ、康美ちゃん、何も言わないのに、ここは、もうネットカフェの中だね。