害人三十面相と春川智明
昔の犯行予告は、新聞や雑誌の文字を切り取って紙に貼り付けて郵送されたりした。その場合、郵便局は儲かったことになっていたわけだが。又、電話にしてもそうだ。逆探知を避けるために、公衆電話を使った事もあっただろう。だが、携帯電話が普及した今日、公衆電話の姿は地方都市の福岡県福岡市内からも消えていっている。
それでは、どのようにして犯行予告をするか。これは、有名な掲示板を使ったものもあるが、すぐに書いた人間は特定されてしまうのだ。で・・・
福岡市の博多区、東公園七番七号にある福岡県警察本部にメールが届いた。
警察の馬鹿諸君、我輩は害人三十面相である。名前は、害人三十面相だ。我輩は南区の富豪を狙おうという所存じゃ。
これは、犯行予告なのだよーん。南署の馬鹿どもに伝えておいた方が、いいぞ。どうせ、殺されてからしか動かんおまえらだけどな。
この犯行予告メールは、福岡県警察のホームページにある相談・問い合わせコーナーのメールフォームを使って送られたものだった。読み終わった担当者は、
「課長、これはいたずらなんでしょうか。」
と部署の長に尋ねた。課長は立ち上がると、パソコンに近づき顔を近づけて一気に読むと、
「どちらともいえないが、一応、南署にメールを送ってくれ。」
と、どうでもよさそうに指示した。
「はい。一応、南署に送信します。」
クリック、OK・・・・・・という間に、南署のパソコンは、県警本部からのメールを受け取った。
・・・・以上のようなものが、送られてきましたが、一応、警戒してください。
それを読んだ担当者は、南署の二階にある刑事第三課にメールを回した。刑事第三課とは、財産犯や窃盗事件などを担当している。
東京都千代田区霞ヶ関2-1-1にある警視庁刑事部捜査第一課から福岡県警に配属された今井警部と平田刑事は、何故か福岡市南署の刑事第三課に博多署よりこの春、移動していた。
刑事第三課のパソコンを担当している署員が、
「今井警部。面白いのが来ましたよ。害人三十面相なんて、頭おかしいんでしょうね。」
今井は、立ち上がってパソコンに近づくと、顔を近づけて、
「おわーお。遠張り(遠くから監視するという警察の隠語)するわけにも、いかんしな。おれたちゃ、警備会社じゃないぞ。いたずらを相手にしていたんじゃ、きりがない。人着(犯人の人相と着衣。ニンチャク)も分らないものを、どうしろってんだよ。」
今井は、自分の椅子に戻って顎を右手で掻きむしった。平田刑事は、
「最近、ネットで偽の犯行声明も多いですからね。」
と、溜息をついた。今井は顔を改めると、
「南区の富豪って、結構いるのかな?」
平田も改まって、
「割と、いそうですね。ただ、はっきりと掴めるわけもありませんよ。」
「そうだなあ。この害人三十面相とやらのメールで、税務署が応じてくれるとは思えないしなあ。」
「第一、富豪という言葉は曖昧ですね。」
「狙うというのも、曖昧だな。」
「盗むのか、殺すのか、でですね。」
「そうだな。両方かも、しれんし。」
今井警部は、腕組みをすると眼を激しく動かした。
その頃、春川智明は出張で熊本に来ていた。ネットで開業していると、気軽に他県から問い合わせがある。春川は予定が福岡市でいっぱいだったが、その依頼者は熊本から電話をかけてくると、それも気軽にかけられる携帯電話からだったが、
「福岡の人より少し上乗せします。1.5倍払いますけんで、よろしく頼みます。」
「それでは、承りましょう。」
と春川が返事をしたために、熊本市まで行く事になった。依頼は、相談者の妻の浮気調査だった。春川は、福岡市内の仕事が増えてきていたので、有志の青年を募り、青年探偵団なるものを形成しつつある。団長は、大森という不動産会社の社員の勤務終了後にしてもらうことになっていた。大森という青年は、不動産会社といっても井尻駅近くの駅前不動産に勤めていたので、割と暇だった。ネットで春川智明を知り、ブログからの助手募集の呼びかけに応募していた。六時過ぎに、春川の事務所に現われた大森青年に春川智明は、
「熊本に行く事になったよ。留守をよろしく頼むね。」
「はい、おまかせください。依頼は承っておきます。」
大森青年は、身長百九十センチもある。加えて肉付きのいい体だ。単純にこれだけで探偵には向かないわけだが、春川は志望して来た大森青年の熱意を踏みにじる事はできなかった。大森好男(おおもり・よしお)は、二十一才の高校卒業の青年だ。不動産業三年目だが、将来独立の希望はなくて春川探偵事務所で働きたいと思っている。
福岡市南区には、敷地の広い家がいくつかある。南署としては、その広い家を中心にパトロールしてみる事にしたが二、三日は何も起こらなかった。富豪といっても広い家に住んでいるとは、限らないものだ。
それに富豪で自宅に不安があるのなら、警備会社にすぐ通報できるようにしているはずである。福岡市に本社のある警備会社も少なからずある。全国的に有名な警備会社もあるので、お好みのままだ。
今井警部は、
「やはり、いたずらの線だろうな。金持ちは、自分で身を守れる。警察は、そこまでする必要はないのじゃないかなー、平田。」
「そうですね。でも、金持ちは多く税金を払ってますから。」
「そりゃね、そうだけど。署の方では昨日で、屋敷周りのパトロールは辞めたぞ。えーい、春川智明に頼もうか。」
「結局、それが一番いいかもしれませんね。」
平田は、嬉しそうな顔をした。今井は、デスクの電話機から電話した。
「もしもし、は・・・。」
と今井が話しかけると、録音テープに春川智明の声が吹き込まれたものが、
「はい、春川探偵事務所です。ただ今、留守なのでご用件は発信音の後にどうぞ。」
ピー。
「南署の今井です。福岡県警に犯行予告がありました。この事で、相談したいのでご連絡ください。」
今井は、送受話器をガタンと置くと、
「留守だってさ。忙しいんだろうね。今のところ、殺しも盗みもまだないから警察としては何もする必要はないけどね。」
ははははは、と今井警部は力なく笑った。
下の南署の一階に宅配ピザの兄ちゃんが入ってくると、受付の婦人警官にピザのチラシを渡した。四十代の肥満した婦警は豚のような眼をして、
「ありがとう。でも、ダイエット中だからねー。」
とチラシのおもてを眺めながら話しかけると、すでにその青年はいなくなっていた。豚婦警は、
「すぐ帰ったのかしら。警察署にピザのチラシなんて、珍しい。」
よく見ると、そのピザの写真には値段がついていなかった。豚婦警は、あら、と思い裏をひっくり返して見る。すると、そこには・・・
ピザの宅配は、しておりません。警察署からは何も盗みません。
害人三十面相より
と青い文字で印刷された言葉が、あるだけだった。豚婦警は飛び上がって、
「やられたー。あいつは、害人三十面相だったー。」
と豚が首を絞められた時に出すような、声を上げたのであった。
その日のうちに
害人三十面相あらわる
の見出しで全国的な報道もされた。ネットを通じても大騒ぎとなった。それは、熊本にいる春川智明も携帯サイトのニュースで見ていたのだが、
(警察の管轄には、関わりたくない。害人三十面相なんて、金にならないしな。)
と熊本のラーメンを食べながら思っていた。熊本のラーメンは、油濃くて福岡のラーメンとは少し味が違っている。熊本の人で博多のラーメンは、まずいという意見の人もいるから風土の違いはかなりあるわけだ。それでも、福岡県と熊本県は隣の県同士で北が福岡、南が熊本である。春川智明の入っているラーメン屋でも、
「害人三十面相っていうのが、福岡に現れたらしかぞ。」
「そんなら、熊本にも来るかなあ。」
「来るかもしれん。」
「ガイジン三十面相って、外人か?」
「いや、その外人やなくて害虫の害たい。」
「へー、害虫の害。被害の害。」
「そう。人を害するつもりらしかよー。まずは、宅配ピザの配達する人の格好で警察署に現われたらしい。」
「へーえ。それなら、ピザ屋にご用心せないかん。」
「害人三十面相の変装だったんだ、それは。三十面相だから、次は何かな。」
店にいる子供たちは、
「害人三十面相だー。」
と口々に、囃し立てた。
福岡県警察本部にも、害人三十面相の出現は衝撃と緊張を与えた。福岡県警本部は、福岡県内の警察署すべてにメールで、
害人三十面相は宅配ピザ店員の変装で現われた。警戒をされたし。
と通達した。
ニュース番組は街を行く人に街頭インタビューを試みる。若手男性レポーターが、
「すみません、害人三十面相について、どう思われますか。」
と通りすがりの三十代の買い物帰りの丸顔の主婦に聞いた。
「あら、害人三十面相って、お金持ちを狙うんでしょ。うちは、関係ないですからね。アベノミクスで、少しよくなったけど、ね。」
次にレポーターは、帰宅中の六十歳の男性に、
「害人三十面相って、ご存知ですか。」
「ああ、知っとるよ。金庫の前に日本刀を置いて、寝ているから何とかなろう。」
と答えると、その社長らしき人物は歯を見せて笑った。
南署は、近くの宅配ピザ店を虱潰しに調べたが、どの店もあの時間にチラシを南署に届けた店員はいなかった。
さて、福岡市といっても実に広いものなのだ。又、福岡市など田舎だと思っている人々も日本の中には、いらっしゃいます。どうして、どうして、福岡市が田舎めいていたのは実に2013/05/06の現在からすれば、四、五十年前の事だ。実際、北九州市より人口が少ない時期もかなりあった。北九州市には、競馬、競輪もあるし競艇もある。しかも、競艇は数箇所あるのに対して福岡市には競艇場は一箇所だ。福岡市には、競馬も競輪もない。それは、人口が少なかったためと思われる。
推理小説・害人三十面相と春川智明
