娘の命はお気軽に
発端
四十代位の女性の声で警察署に通報が、されたのは十月も初頭の頃で、その声には迫力があり、
「娘が誘拐されました。」
対応したのは警察署内の四十代の婦人警官で、
「お名前と住所を、お願いします。」
「福岡市博多区・・・・。」
「・・・博多駅南・・・レッドオーシャン1011号の・・・?」
「財高琉見火(るみか)と申します。」
「係に、つなぎますので、そのままで、いてください。」
電話は特殊犯捜査係へと回された。
「はい。変わりました。隅木(すみき)です。娘さんが誘拐されたのですね?」
「ええ。今朝、マンションのポストに切手の貼っていない封筒が入っていました。
それを部屋に持って帰って開けてみると白い便箋に
おまえの娘を預かっている。だがな、利子は払わないぞ。日銀の金融政策で
決定されたように、こちらもマイナス金利だ。
人の命は高くつくし、利子は凄く高いわけだが、おれたちも商売だから
最初は安くしておく。
とりあえず、三千万円にしておこう。
あんたの旦那の資産からするとティッシュペーパーほどだろ?」
「それで終わっているんですか、脅迫状は?」
「いえ、現金を取りに来るから紙に包んで用意しろ、とか他も色色ありますけど、・・・。」
「わかりました。それで娘さんは今、どうなんですか?」
時刻は現在、夜の八時だ。
「それが、帰ってこないんです。いつもは夜、遅くても七時に帰るんですけども。」
「おいくつですか、娘さんは。」
「十八です。高校のクラシックバレー部に入っています。」
「来年卒業、ですか。」
「ええ。」
「携帯電話を持っていないのですか、」
「娘も持っています。アイホンシックスです。」
「娘さんに連絡は、しましたか。」
「もちろんです。すでに監禁されているようですわ。どうしたら、いいのか・・・。」
「わかりました。すぐに署まで来てください。」
「わたし、警察署がどこにあるのか知らなくて。」
「それでは、こちらからパトカーで行きます。」
財高琉見火(ざいこう・るみか)は、聞かれるまま、住所を答えると電話を元に戻す。
すると符丁をを合わせるように玄関が開いたのだ。
「あら、あなた?」
琉見火は玄関に呼びかけると、そちらへ歩き出す。
「おお、遅くなって悪い。会社の会議が長引いてね。」
居間のドアーをガチャリと開くと背が高く恰幅のいい六十代の粋な背広姿の男性が
右手に寿司の折詰を持って入ってくる。
琉見火の夫の財高和道(かずみち)だ。
「大変なのよ。恵美代(えみよ)が誘拐されてしまったの。」
「なんだって、それは、・・・いつ、わかった?」
和道は寿司の折詰をテーブルに置くと仁王立ちになる。
「マンションの集合ポストに犯人からの脅迫状が入っていたわ。だから、今、警察に届けて
いたのよ。」
「それは大変だ。恵美代はモデルもしているよなあ、アルバイトで。」
「今日が、その日だけど帰ってこないし、携帯で連絡を取ったら、
ママ、わたし、こわい!男の人が今、上半身裸で立っているの!て、いうのよ。」
「乱暴されるかもしれない。恵美奈は、ここ一年で胸も大きくなったし。」
「お尻もよ。母のわたしが見ても男なら黙っていないと思うようなスタイルなんですものね。」
「それで、犯人と話したのか。」
「いえ、誰かに携帯の通話を切られたの。」
「身代金は・・・。」
「三千万円ですって、高いわね。」
「その位なら安いけど、」
「でも、脅迫されて払うのなんて・・・。」
「恵美代の命、いや、純潔のためだ。なんてことは、ないさ。」
妻の目は希望に輝いた。
「あなたが承諾してくださるのなら、それで解決できるかしら。」
「ああ。するとも。」
ピンポーン、と響く玄関チャイムで琉見火はインターホンに向かうと、
「はい、財高です。」
「ああ、奥さん、警察です。」
「お待ちください、下に行きます。」
妻の背中に夫の和道が手を置いて、
「警察に連絡するのはマズイのじゃないかね。」
「あ、そうだわ。そういえば、そうかも・・・。」
「こちらでカタをつけたら、それで、いいんだ。犯人の気を荒ぶらせかねない。」
「でも、もう連絡したんですもの。警察には内密にって、いいます。」
「そうしてくれ。」
和道は丸い目をして妻の琉見火の瞳を見て、うなずく。
集合玄関を琉見火が出ると、ラフスタイルの刑事みたいな男が二人、待っていた。
二人は身長は高めで一人が、
「財高さんですね?」
「ええ、お電話しました財高です。」
「では、パトカーへ。」
財高和道は妻の琉見火が出ていくと笑みを浮かべた。どういう、ことなのだろう。
彼は自分の娘が誘拐されて楽しいのだろうか。
いや、そうではないのだ。実は娘の恵美代は和道の実の子ではなく、琉見火の連れ子
なのである。
福岡市中洲のバーで働いていた琉見火は和道と、そのバーで出会った時はシングルマザー
だったのだ。それは十年ほど前で、琉見火も三十代、和道も五十代だった。
琉見火は結婚していたわけではなく、相手の男は海外に行ってしまったらしい。
その一人の男性だけが琉見火の相手だったので、彼女はどうにかすると処女にも
見えるほどだったし既婚女性にはまず見えなかった。
意外な過去
だから和道は琉見火を見た時に、まさか彼女に娘がいるとは思わなかったのだ。
いよいよ和道が結婚を申し込む事になったその日、和道は居酒屋の個室で、
「琉見火。おれは五十代だけど、まだまだ男として溌剌としている。
君が三十代だと年齢を明らかにしてくれた時は、とても嬉しかったよ。」
そういうと個室座敷みたいな狭い空間に、二人の間にある木製テーブルを
はさんで和道は笑顔を浮かべたものだ。
琉見火は恥じらいつつ、
「そんな、女として年齢を偽るなんて、わたしには出来ませんわ。和道さんこそ四十代の
男性だとばかり思っていましたもの。」
「ほっほー、そうかね。若作りはしていないけどさ。精力のつくドリンクなんかは
よく飲むからね。」
「まあ、そうなんですね。昨晩も、だからあんな風に・・・。」
「ふふっ。君を満足させるためなら何でもするさ。琉見火、結婚してくれ。」
「まあ、嬉しいわ、和道さん。わたし、男の人からまだ一度もその言葉を云われたことが
なくって。」
それから二人で琉見火のマンションに行ったときに和道は娘の恵美代を見た。
恵美代は和道を見ると、
「こんばんわ。ママから話に聞いています。財高さんでしょう。」
と礼儀正しく挨拶した。
「ああ、そうだよ。これから、おじさんと君のママは結婚することになった。」
「本当ですか、財高さん。」
「本当だとも。おじさんはね、子供がいないから最初から君みたいな子供がいるのは
嬉しいんだよ。」
「よかった。いじめないでね、財高さん。」
「何を言うんだい。その逆に可愛がってあげるよ、出来る限りね。」
三人は居間のクッションに座って、琉見火はオレンジジュースを持ってくると、
娘に、
「よかったね。恵美代、財高さんは、お父さん。娘として親孝行しなさいね。」
「はーい。がんばるわよ。」
和道は、
「まあ硬くならないで。恵美代。」
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