【短編小説集】体験版・面白い小説

面白い小説 
タクシーの行く先は
  私は五十五歳のサラリーマンの男性です。勤めた会社は不動産会社ですが、今、退職すれば退職金も多く出すという事で、あと二ヶ月したらやめる事にしました。妻は五十歳、娘は二十二歳で今年の三月に四年生の大学を出て、一流企業に就職しました。
ここ数年、景気がよくなってきていましたから職に就けたんでしょう。福岡市の支店だから、割りとうまくいったのかもしれません。娘ひとりだけの私は、何かほっとしました。福岡市は支店だらけの都市です。私の不動産会社は地場の会社ですけど。それで、社長が会長になって、その息子が社長になるという図式でして、自分より若いその男を社長として働いていく、というのも何だかいやだと思っていた矢先の早期退職募集だったんです。
それに私、社内の新入女子社員と恋愛をしてしまって、会長にも白い眼で見られ始めていた。その女子社員は四年生大学出ですから自分の娘と大して変わらない年齢で、名前を栗山若子(くりやま・わかこ)といいます。
若子には私のパソコンのメールアドレスを教えていました。携帯電話も持っていますが、携帯電話は妻がよく休みの日なんかに机の上に私が放置しているのを取り上げて、あちこち見て回るものですから、携帯電話のメールアドレスは教えられません。その代わり、妻はパソコンオンチですから立ち上げ方も知らないのです。それにパソコンは一応、ロックしているので立ち上げても中に入れません。
それで、若子のメールを妻は見れないし、娘は会社の近くにあるマンションに引っ越しました。
若子は背の高いスラリとした体で、胸はそれほどない代りに尻の大きな女の子です。紺色の制服がよく似合います。睫毛が長く、ぱっちりとした眼をしています。どこか陰気な感じがするのは、大学生時代に葬儀屋でアルバイトしていたせいでしょうか。聞いてみると、父親は癌で彼女が二十歳の時に死んでいるそうです。
父親の死後、葬儀屋のアルバイトに面接に行ったら正社員として働かないかと誘われたそうですが、まだ大学に在学中だし彼女は経済学部だから葬儀会社にはそれほど興味もなく、アルバイトとして働いたそうです。
この栗田若子に私は不動産仲介のやり方を一から教えたのですが、そのうち私に頼るようになって何でも私に聞くようになりました。私は秋場春雄(あきば・はるお)というのですが、若子は、
「秋場さん、契約書のここが分からないのですが。」
とか事務所では聞きます。仕事が終わって私が、
「中洲に飲みに連れて行ってあげよう。」
と誘うと、
「嬉しいー。行きます。」
と喜んだので、タクシーで中洲にあるビルの三階のバーでビールを中心に飲んだ事が度々でした。中洲というのは、福岡県福岡市の中心近くにある飲み屋が主に多いところで、ビルの中にはスナックばかりが各階ごとに違った店であるのです。
世界的不況にも中洲は潰れませんでした。かえって東京の銀座の方が、どうにかなったところも多かったらしいですが。
そうしているうちに若子は仕事が終わってからは、私を春雄さん、と呼ぶようになりました。
娘と同じくらいの年齢の社内の女性と付き合う。昔の定年退職の年齢になった私を社内では誰も非難しませんでしたが、会長の耳に入ったらしく、会長は苦々しい目で私を見るようになりました。が、長年会社に貢献してきた私には会長も直接、小言は言わなかったのです。
それに私と若子はキスくらいで、それ以上の肉体関係はなかったのです。中洲のビルの間の細い誰もほとんど通らないところで、飲み屋を出た後でキスしました。ですから短いものです。口を離すと、若子は、
「春雄さん、結婚してくれますか。」
と聞きました。
「いや、僕には女房と子供がいる。といっても、子供は一人娘でもう就職して家を出たけど。」
若子は私の両肩に両手を置いたまま、
「それなら奥さんと別れたら、いいでしょう?」
と言うのです。
「そうしようかな。」
と笑顔で私が答えると、
「そうしてくださいよ。」
と念を押して、若子は両手を私の肩から外しました。
若い若子の唇は滑らかでした。妻とはもう八年も夜の交渉が、ないのです。若子とのキスだけで自分の分身が元気になりそうでしたが、裏路地とはいえ街中ですので押さえました。
その夜、家に帰ると、といっても一戸建てではなく分譲マンションですが、妻に、
「熟年離婚って、はやっているらしいね。」
と持ちかけると、
「なんですか、あなた。わたしたちも、そうなればと思っているんでしょ。」
と抗議する眼をして返答します。
「そういうわけではないけど、登喜子(ときこ、娘の名前です)もここを出たし、」
「じゃあ、わたしにもここを出ろ、というのね。」
「そうじゃなくてさ、おれが出ようか。」
妻は嘲りの目で私を見ると、
「若い女でも、できたんでしょう。図星じゃないの?」
わたしは、ぐっと喉に詰まるものを感じました。さすがに長年連れ添った妻です。まだキスしかしてないのに。
黙っている私に、
「やっぱり、ね。いいわよ、別れても。その代わり、この分譲マンションと年金の半分は、貰いますからね。」
と妻は宣言するように声を出しました。わたしは、きつい条件と思いましたが、
「そうしてくれるなら、考えてみる。」
と答えてしまいました。
 
若子との新しい生活、つまり新婚生活を私は夢見ました。エプロン姿の若子を思い描きながら会社に出勤しました。若子とは向い合わせの席でした。不動産会社は割りとゆったりしているので、妻の顔より若子の顔の方を見ている時間の方が長くなります。
(これだけ長く見ている顔の方が、本当の妻のようだなー)と私は思ったこともあります。
忙しい時には忙しくなる不動産会社で、休憩の時間とばかりに若子はボンヤリとして私の眼をじーっと見ているのでした。娘と同じ位の年齢とはいえ、一人の成人女性として目の前に座っている若子は、今すぐにでも裸にしてしまいたいほどセクシーなのです。
確かに娘に性欲を感じる父親もいません。妻とも長い間、没交渉で、それが極点に達した時に若子が現れたのです。
運命の神様は、最後に私にプレゼントしてくれたのでしょうか。これから妻と離婚して、若子と所帯を持つ事が私の希望でした。あの若々しい尻の大きな若子を毎晩抱けると思うと、仕事にも力が入りました。
定年退職のその前日、若子からのメールが届いていました。
 
春雄さん、いえ、秋場さん、定年退職、ご苦労様です。わたしも、あなたとお別れしたいと思います。実は、好きな彼ができたの。歳は彼がひとつ上です。
秋場さんは、なにか、お父さんみたいでよかったけど、キスだけでよかったです。わたしは、今の彼ともうホテルにも泊まったし、避妊もしていません。つまり、よくあるゴムは使ってないという事です。
春雄さんのキスより、いいです。
 
さようなら
 
若子より
 
これを読んだ私の頭の中は、ブラックホールのように暗くなりました。運命の神様は、プレゼントなんかしてくれていなかった。ねえ、わたしと同年代のあなた、若い娘には捨てられるんです。だから、深入りしない方がいい。生理のあがった女房と死ぬまで過ごすのが、いいんだ。どうしてかって、いうと捨てられたショックは大きいからです。
私は生きる希望もなくしました。定年退職の日、若子は休みの日で会社に来ていませんでした。
帰るとマンションの集合ポストには、一通の封書が入っていました。差出人を見ると
栗田若子
となっています。なんだ、メールで告白してきたのに又、手紙ででも、と思いながら背広のポケットに入れ、妻の待つ部屋には戻らずに、マンションを出て日の暮れた車道に近づくとタクシーを停めました。
私より年らしい痩せこけた男性の運転手は、
「お客さん、どちらまで。」
と聞きますから、
「油山まで。」
と言ってみました。油山とは福岡市の西南にある標高六百メートル弱の山で、連山みたいに連なっています。連山は標高はまちまちですが、六百メートル以下のものが多い。タクシーの運転手は、
「わかりました。油山のどの辺ですか。」
「近くに来たら、説明するよ。」
「はい。それでは、しゅっぱーつ。」
と威勢よく声を出しましたが、自分の耳には死への旅路に出るようなものとして聞こえました。そんな私をバックミラーで見たのか、運転手は、
「お客さん、やけに沈んでますね。その雰囲気じゃ、自殺しそうだ。」
「ふふん、そうかな。それほどでもないよ。」
「いやー、実は先日乗った人が実に暗くて、うつむいたままでしたがタクシーを降りてから、ビルに登って飛び降り自殺ですよ。」
「ぼくは飛び降り自殺なんか、しないよ。」
「そうですねー、それを聞いて安心しました。飛び降り自殺だと下の通行人も巻き込まれる可能性も、ありますからね。
死ぬなら死ぬで、ひとさまに迷惑をかけない方が、いいでさあ。」
自殺、と私は考えた。そう、この失恋の苦しみを胸に抱いたまま、これから生きていくのは辛い。そういう体験をした事がない人からすると、おかしく思えるだろうけど、歳を取ってからの失恋の苦しみは若い時以上だ。若いときなら、これから先があると思えるけど、歳を取ったらもう、先はない。
「そうだな。自殺は人に迷惑をかけたら駄目だね。」
と私が話すと、
「同感ですよ。実は、私も死にたいと思ってますからね。キャバクラの若い女の子に貢いでしまって、気がついたら貯金はゼロです。それどころか借金までしてブランド物のバッグなんて買ったのに、若いエリートサラリーマンと結婚しました。それでわたしゃ、ポイ捨てです。
今の消費者金融は昔ほどではないにしろ、結構私の借金は大きくて、数百万円はあります。それでキャバクラのその女とは、店外デートでキスだけです。それで借金数百万なんて、ひどいもんだと思いませんか、お客さん。」
「そうだなー、でも、よくある話かもしれないよ。」
私は自分の場合と似ているのに、共感していたが返事はそっけなくした。
「よくある話だなんて、そんなー。私、女房とも別れましたよ、そのキャバクラの女のために。そこまでしても・・・。」
そういう職業の女は、そんなものだ。でも、私の場合、まともな職業のしかも社内の女性に捨てられたのだ。まあ、ブランドバッグなどは買ってやらなかったが。
「お客さん、聞いてますか。」
「あ、ああ、聞いているよ。」
「そんな苦痛から逃れたいと思いましてね。個人タクシーだから、この車は私のものです。長年乗った愛車のこの車と、どーんと心中すれば、せいせいすると思いますよ。」
「早まらなくても、人生はいい事もあるよ。」
「嬉しい事を言いますね、お客さん。でもね、私、やせてるでしょ、それで検査にいったら癌だったんです。余命三ヶ月です。」
「それならそれで、三ヶ月を楽しんだらいい。」
「ええ、楽しみましたよ。パチンコに毎日行ったりとか。でもね、虚しかったんです、なにか。だから、又、車に乗って、お客さんを乗せて走ると生き甲斐を感じました。
人間、仕事ですよ。普通、余命何ヶ月とか言われたら遊びを考えますけど、遊んでも生き甲斐はないんですね。働くって事が、これほどいいものだとは気づきませんでした。
最近、女子大生二人で乗り込んできて、後ろでイチャいちゃしてました。バックミラーで見ると、長い間、キスしていましたよ。最近は、レズが流行っているんでしょうね。映像やなんかで見なくても、後部座席でしてくれますから。」
「見たいね。それは。」
「でしょう?だったら、タクシーの運転手におなりなさいよ。旦那、職業はなんです?」
「不動産業だったけど、定年で辞めた。」
「ああ。それなら土地勘がありますよね。忘年会とかで不動産会社の人達をよく車に乗せましたけどね。」
うちの会社でも忘年会は、あった。その時の若子は私の横の席でよくビールを注いでくれたものだ。彼女の指先と私の指先が触れ合う事もあった。
外は暗くなっている。油山に近づくほど、気温が下がるのだ。
「お客さん、油山に近づいて来ましたけど。」
なるほど、山は大きく見えている。
「ああ、本当はね。この辺をドライブしたかったんだ。車も維持費が掛かるから、この前、売ったんでね。」
「ガソリン代も、上がりましたからね。日本は中東から九割も輸入してるんでしょう。アラブの富豪に貢ぎっぱなし、ってとこですから。わたしゃ、キャバクラの娘に貢ぎ倒れです。えーいっ。」
タクシーは速度を猛烈に上げた。スピードは六十キロから七十キロは出ているようだ。私は、
「スピード違反で捕まるよ。スピード出しすぎだ。」
と注意した。
「いやもうね、それも気になりません。何故なら。」
「何故なら、なんだね。気になるな。」
「これから死ねば、点数もつけられませんよ、警察でも。」
私は、青ざめた。
「死ぬ気なのか、君は。」
「ええ、よかったら降りてください。その代わり、料金は只にします。」
うーん、と私は考え込んだ。実は、油山で木に首をくくって自殺するつもりだったのだ。見晴らしのいい標高で。それで天国に昇れるなんて、考えてもみたが。
「お客さん、降りませんか?」
「実は、ぼくも自殺しようと思っていたのさ。」
「それなら、話は早いですよ。生命保険に入ってますから、最後の女房孝行になります。」
私も、生命保険に入っている。
「ぼくも、入っているよ。娘も社会人だし。」
「一人娘さんですか。」
「ああ、そうだよ。」
「なら、安心ですね。引き寄せの法則って、やっぱりあるんですね。」
ニューエイジとかオカルトとか、ああいうものか。ワクワクする事をやりなさい、だそうだ。今、私にとってワクワクする事は自殺なのに。
「あるともさ。きっと神様が引き寄せてくれたんだろう。」
「神様、ありがとうございます、ってね。」
幸い(?)パトロール中のパトカーはいなかったようだ。タクシーは、油山の山道を猛然と登って行った。
私は、死ぬ前に若子の手紙を読んでみる気になった。どうせ、落ち込むなら徹底的に、だ、と思って。

【短編小説集】面白い小説 あの世からのメール

推理小説・体験版・娘の命はお気軽に

娘の命はお気軽に
発端
四十代位の女性の声で警察署に通報が、されたのは十月も初頭の頃で、その声には迫力があり、
「娘が誘拐されました。」
対応したのは警察署内の四十代の婦人警官で、
「お名前と住所を、お願いします。」
「福岡市博多区・・・・。」
「・・・博多駅南・・・レッドオーシャン1011号の・・・?」
「財高琉見火(るみか)と申します。」
「係に、つなぎますので、そのままで、いてください。」
電話は特殊犯捜査係へと回された。
「はい。変わりました。隅木(すみき)です。娘さんが誘拐されたのですね?」
「ええ。今朝、マンションのポストに切手の貼っていない封筒が入っていました。
それを部屋に持って帰って開けてみると白い便箋に
おまえの娘を預かっている。だがな、利子は払わないぞ。日銀の金融政策で
決定されたように、こちらもマイナス金利だ。
人の命は高くつくし、利子は凄く高いわけだが、おれたちも商売だから
最初は安くしておく。
とりあえず、三千万円にしておこう。
あんたの旦那の資産からするとティッシュペーパーほどだろ?」
「それで終わっているんですか、脅迫状は?」
「いえ、現金を取りに来るから紙に包んで用意しろ、とか他も色色ありますけど、・・・。」
「わかりました。それで娘さんは今、どうなんですか?」
時刻は現在、夜の八時だ。
「それが、帰ってこないんです。いつもは夜、遅くても七時に帰るんですけども。」
「おいくつですか、娘さんは。」
「十八です。高校のクラシックバレー部に入っています。」
「来年卒業、ですか。」
「ええ。」
「携帯電話を持っていないのですか、」
「娘も持っています。アイホンシックスです。」
「娘さんに連絡は、しましたか。」
「もちろんです。すでに監禁されているようですわ。どうしたら、いいのか・・・。」
「わかりました。すぐに署まで来てください。」
「わたし、警察署がどこにあるのか知らなくて。」
「それでは、こちらからパトカーで行きます。」
財高琉見火(ざいこう・るみか)は、聞かれるまま、住所を答えると電話を元に戻す。
すると符丁をを合わせるように玄関が開いたのだ。
「あら、あなた?」
琉見火は玄関に呼びかけると、そちらへ歩き出す。
「おお、遅くなって悪い。会社の会議が長引いてね。」
居間のドアーをガチャリと開くと背が高く恰幅のいい六十代の粋な背広姿の男性が
右手に寿司の折詰を持って入ってくる。
琉見火の夫の財高和道(かずみち)だ。
「大変なのよ。恵美代(えみよ)が誘拐されてしまったの。」
「なんだって、それは、・・・いつ、わかった?」
和道は寿司の折詰をテーブルに置くと仁王立ちになる。
「マンションの集合ポストに犯人からの脅迫状が入っていたわ。だから、今、警察に届けて
いたのよ。」
「それは大変だ。恵美代はモデルもしているよなあ、アルバイトで。」
「今日が、その日だけど帰ってこないし、携帯で連絡を取ったら、
ママ、わたし、こわい!男の人が今、上半身裸で立っているの!て、いうのよ。」
「乱暴されるかもしれない。恵美奈は、ここ一年で胸も大きくなったし。」
「お尻もよ。母のわたしが見ても男なら黙っていないと思うようなスタイルなんですものね。」
「それで、犯人と話したのか。」
「いえ、誰かに携帯の通話を切られたの。」
「身代金は・・・。」
「三千万円ですって、高いわね。」
「その位なら安いけど、」
 「でも、脅迫されて払うのなんて・・・。」
「恵美代の命、いや、純潔のためだ。なんてことは、ないさ。」
妻の目は希望に輝いた。
「あなたが承諾してくださるのなら、それで解決できるかしら。」
「ああ。するとも。」
ピンポーン、と響く玄関チャイムで琉見火はインターホンに向かうと、
「はい、財高です。」
「ああ、奥さん、警察です。」
「お待ちください、下に行きます。」
妻の背中に夫の和道が手を置いて、
「警察に連絡するのはマズイのじゃないかね。」
「あ、そうだわ。そういえば、そうかも・・・。」
「こちらでカタをつけたら、それで、いいんだ。犯人の気を荒ぶらせかねない。」
「でも、もう連絡したんですもの。警察には内密にって、いいます。」
「そうしてくれ。」
和道は丸い目をして妻の琉見火の瞳を見て、うなずく。
 
集合玄関を琉見火が出ると、ラフスタイルの刑事みたいな男が二人、待っていた。
二人は身長は高めで一人が、
「財高さんですね?」
「ええ、お電話しました財高です。」
「では、パトカーへ。」
 
財高和道は妻の琉見火が出ていくと笑みを浮かべた。どういう、ことなのだろう。
彼は自分の娘が誘拐されて楽しいのだろうか。
いや、そうではないのだ。実は娘の恵美代は和道の実の子ではなく、琉見火の連れ子
なのである。
福岡市中洲のバーで働いていた琉見火は和道と、そのバーで出会った時はシングルマザー
だったのだ。それは十年ほど前で、琉見火も三十代、和道も五十代だった。
琉見火は結婚していたわけではなく、相手の男は海外に行ってしまったらしい。
その一人の男性だけが琉見火の相手だったので、彼女はどうにかすると処女にも
見えるほどだったし既婚女性にはまず見えなかった。

意外な過去

だから和道は琉見火を見た時に、まさか彼女に娘がいるとは思わなかったのだ。
いよいよ和道が結婚を申し込む事になったその日、和道は居酒屋の個室で、
「琉見火。おれは五十代だけど、まだまだ男として溌剌としている。
君が三十代だと年齢を明らかにしてくれた時は、とても嬉しかったよ。」
そういうと個室座敷みたいな狭い空間に、二人の間にある木製テーブルを
はさんで和道は笑顔を浮かべたものだ。
琉見火は恥じらいつつ、
「そんな、女として年齢を偽るなんて、わたしには出来ませんわ。和道さんこそ四十代の
男性だとばかり思っていましたもの。」
「ほっほー、そうかね。若作りはしていないけどさ。精力のつくドリンクなんかは
よく飲むからね。」
「まあ、そうなんですね。昨晩も、だからあんな風に・・・。」
「ふふっ。君を満足させるためなら何でもするさ。琉見火、結婚してくれ。」
「まあ、嬉しいわ、和道さん。わたし、男の人からまだ一度もその言葉を云われたことが
なくって。」
 
それから二人で琉見火のマンションに行ったときに和道は娘の恵美代を見た。
恵美代は和道を見ると、
「こんばんわ。ママから話に聞いています。財高さんでしょう。」
と礼儀正しく挨拶した。
「ああ、そうだよ。これから、おじさんと君のママは結婚することになった。」
「本当ですか、財高さん。」
「本当だとも。おじさんはね、子供がいないから最初から君みたいな子供がいるのは
嬉しいんだよ。」
「よかった。いじめないでね、財高さん。」
「何を言うんだい。その逆に可愛がってあげるよ、出来る限りね。」
三人は居間のクッションに座って、琉見火はオレンジジュースを持ってくると、
娘に、
「よかったね。恵美代、財高さんは、お父さん。娘として親孝行しなさいね。」
「はーい。がんばるわよ。」
和道は、
「まあ硬くならないで。恵美代。」
 
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魔法で性交したら 体験版・

 普通の場合、男性は、太った女性には、関心を持たないものだろう。それで、ダイエット関連の商品は飛ぶように売れるのだろうか。関心を持たない、と控えめに表現したが、性欲を、持たない、という表現の方が、もっと的確なのだろう。
 日本の有名画家、田宮真一郎の妻、可奈は、かなり肥満気味であるが、彼女は、ついに、妊娠したのだった。だが・・・しかし、
「それは、おれの子供では、ないだろう。これは・・・。」
と妻を激しく難詰する事は、彼には、とても、できなかった。何故なら、彼は、肥満した妻と夜の生活を送ろうとせずにいて、すでに他の女と夜の関係を持って、いたからだ。
(だから、といって、こんな事に、なるなんて、思っては、いなかった。)そう真一郎は、とても苦悩した。それに、生まれてくる子が女の子なら、名前は、ユナとつけたい、と可奈は、ズバッと宣言するように言った。(それは、それでいいとして、それでも、ユナって、なんか全く、変な名前だな。)生まれてくる子供が、自分の子では、ない、と知りながら、どうする事も、できないとは、それが当たり前とはいえ・・・これから、おれは、はたして、どういう気持ちで、生きていくのだろう。いっそ・・・、と真一郎は、思うと妻を、ちらり、と見て、殺そうか?と、思ったりも、したのだが、では、どうするのか?という具体的な案になると、なかなか、彼には思い浮かばない。
(今は、思いつかなくても、そのうち、きっと、きっと、思いつくかもしれない・・・)そう真剣に思う著名画家、真一郎は、自分の右手を固く、固く、握りしめていった。
 
 美青年の浜野貴三郎は、透明のテーブルを、はさんで向き合っている、美少女ユナに、こう問いかけた。
「君のお父さんって、とても有名な画家なんだって?」
「ええ、とても有名で、とても、お金持ちなの。あなたも、きっと、知っているはずよ、わたしの父の名前は。」
「一体、それは、なんていうのかな。」
「その名は、田宮真一郎、うふ。」
「ああ、あの怪奇な主題の絵の作品が多い人だね。インターネットでも、とても話題になっているし、某巨大掲示板にはスレッドが沢山、立っているよ。」
「うふ、じゃあ、知っているのね、浜野さん。とっても、わたし、嬉しいなー。」
ユナは、細い首を、少しかしげて、浜野に魅惑的にウインクした。
「そうだったんだね。何か君は裕福な家庭のお嬢さんだと、思っていたけど・・・。ぼくが、田宮さんを知っているのは、ごく、ごく、当たり前だよ。だって、ぼくはね、これでも絵描きの、はしくれなんだから、だよ。」
ユナは、丸い大きな眼をピカリと、輝かせた。
「そうなのね。わたし、あなたが、なんだか芸術家じゃないか、って思っていたのよ。だから、こうして、こんなに素敵なデートがデートできて、とても、わたし、幸せな一日、だわ。」
ユナは黄色のコーヒーカップを、ゆっくり手に取ると、口びるを柔らかく、つけた。彼女の赤いくちびるは、浜野の眼にガッシと、焼きついた。
「浜野さん、どうしたの、わたしの顔に、何か、何か、ついてる?」
「いやあ、あまりにもね、君のくちびるが、ただ、ただ美しくて。」
「まあ。とても、とても、お上手ね。でも、あなたも、とっても美青年よ。そう言われない?」
「まあ、時々はね、なんて。それよりさ、一度、ぼく、有名な田宮画伯に本当に会えないかな。」
「それは、簡単、パッと、すぐに会えるわよ。だって、田宮は、なんといっても、わたしの父ですもの、父です。」
 浜野の両方の眼は、夜明けの太陽のように希望でキラキラと輝いた。
 
 浜野貴三郎は熊本県、熊本市の出身である。
美術に才能を秘めた血は、彼の一族の中に流れているようで、叔父に東京都町田市で美術大学に通っていた男がいた。
 彼の名前は、小島政治という。叔父さんのようには、なりたくない、と浜野は常々思うのだったが、やはり、東京都町田市の美術大学の学生となり、それで田宮ユナと知り合ったのだった。
 叔父の小島政治が失敗したのは、女性問題であったという。だから、浜野は気をつけなくちゃと思っているのだ。
 熊本のバスセンターから高速バスに乗り、福岡市の博多駅のすぐ隣のバスセンターへ行き、そこから新幹線で上京したのは、一年前だった。水島マリという浜野の友人の姉が、町田のキャバクラ、「愛の花束」というところで働いているという。
叔父の小島政治とも、かつて、その店で、話をした事がある、とか、いうらしい。
「いっぺん、遊びに行ってみよう。おれが話しを、しておくから。」
彼の友人は、熊本のバスセンターに見送りにきた時、に、そう話した。
「おー、そーしよー。東京から、おれ、携帯で電話するよ。」
 浜野は、笑顔で答えながら、高速バスに乗り込んだ。(マリさんか。でもな、女には、気をつけないと、いかんなー)
 
 浜野はJR町田駅で降りた時、今は亡き歌手の坂井泉水を思い出した。
浜野は坂井のファンだったのである。インターネットでも坂井の画像を探しているうち、ヌード画像を見つけて、すぐにパソコンに保存しておいた。
 その位のファンであるために、当然坂井泉水の住所はネットの情報から知っていた。その情報では、東武線の一つの駅の近くとなっていた。
 浜野はもちろん、坂井の家に花束を持って訪ねるつもりだったのだが、彼が町田に着いたときには坂井泉水は入院中だったのである。
 浜野がアパートに入った翌日、ネットのニュースで坂井泉水の事故死を知った。彼は悄然と、うなだれた。できれば、坂井泉水と結婚したかったのだ。彼女が四十歳でも、構わないと思っていたのに。
 
 真一郎は娘のユナが連れてきた彼氏を見ると、昔、どこかで見たことのある顔に似ていると思った。世の中、似た人なんて、山ほど、いるものだ。が、
「僕は、熊本出身です。」
と、その青年が自己紹介するのを聞いて、ハッ、とした。思い出した、思い出した、あの男だ。そう、小島政治、という、あの自分の生徒だった青年に、実によく似ている。ならば、もしかすると、親戚なのではないか。が、そうだとすると、ユナは多分・・・この関係は、しかし・・・。
「そうかね。ぼくは長野の出身でね。東京なんて、地方出身者の集まりみたいなもんだよ。熊本といえば、古くは柔道の木村政彦さんなど、いっぱい有名な人がいるよねー。うーん、では、君の絵には、とても、期待して、いいんだろう。」
「いえ、そんなに、期待されるほどでは、ないかも、しれませんよ。」
浜野はユナの母、可奈が置いていった高級そうなコーヒーカップを手にして
「これは、どうも、いただきます。」
可奈は魅惑的な笑顔で、
「ああ、どうぞ。たくさん、飲んでね。」
ユナは、
「お父さん、浜野さんには、よく指導してあげてね。お願いっ。」
「ああ、もしかしたら、来年当たり、彼に授業をするかもしれんなあ。」
真一郎は心の中で、(浜野か。この男に妻を殺させては、どうだろう、なんて安易な考えだな。それは。)と思っていたのだ。
 現在の、この邸宅は町田市、高ヶ坂にある六百坪の中古住宅を買い取ったものだ。時価、一億六千万円だったので、都内二十三区の六億だの何だのの家よりは、ずっと安い。
 前の持ち主は田園調布に移りたいという事で、その資金の一部に真一郎が、支払った代金は使われたらしい。この高ヶ坂近辺では、仲むつまじい親子関係である、と真一郎達、親子は思われていた。高ヶ坂というところは、文字通り、坂になっているところで、原町田という鉄道の町田駅がある場所に向かって上っていくようになっている。さて、町田市は、町田駅近辺以外の土地では、あまりマンションのない住宅地なのである。
 農地もあり、農民も住んでいる。遺跡も発見されたところで、古くから人は、住んでいた場所なのだ。
 
 日本には魔術というものが、中々、根付かないものだ。
そもそも日本は、仏教に、おおわれている。それは京都のみに限らないのだ。新興宗教も、仏教系が多いのである。
 そんな宗教の中で、東京都町田市には、西洋の神秘団体と関係のある団体もある。町田の賢者、と呼ばれる人物もいるらしいが、この人物は人間ではなく、物質化している霊体だといわれている。
 それとは全く関係なく、シャンメルという若い外国人女性が作った魔術結社、「薔薇の星」も、その本部を町田に、ついに移したのだ。
 絵山という男が、その団体の副首領格だが、彼は画材商でもある。「薔薇の星」は、インターネットを通して布教していったので、ウェブサイトから申し込めるようになっている。
 中でも開運という魔術が、大人気だ。もちろん恋愛系魔術を、おこなってくれてもいる。こういう団体も収益が上がると必然的に同じ道へ行く、つまりは、宗教法人化である。
 薔薇の星は、町田市役所に宗教法人の申請をして、見事、すぐに認可された。宗教法人というものは、ご本尊が、何かないといけないのだが、薔薇の星では、主宰神はホルスとなっている。ホルスとは、エジプトの神であるのだが、これはアレイスター・クロウリーの影響もあるというのだ。
 よって、薔薇の星では、合法ドラッグの吸引も行う事がある。これも人気の一つで、町田にある大学の学生も、かなり入信したのだった。
 なんといっても、ホルスの永劫と呼ばれる時代を、これから迎えるということで、教団では、ホルス賛歌も、歌われる事となった。
 外国人女性シャンメルは、OTOというクロウリー系の魔術結社に入っていた事も、あるのだ。OTOはクロウリーが入る事によって、クロウリー色が強くなった魔術団体である。
 
 さて、日本に西洋魔術が根付かない理由を考えてみると、できる日本人がいなかった。
 ということに、つきる。魔術修行のために、アメリカやイギリスに渡って学ぶほど暇な人は、いないわけだ。それで、大抵は書籍や、よくて、通信教育という事になるのだが、その程度のものでは本物とはいえないだろう。ひるがえって、仏教などは、昔の中国に渡って学ぶ事を日本国が奨励していた。二十五歳の若き美女、シャンメルは絵山に、こう語るのだ。
「日本で、ホルス神を祭るためには、いくつかの、霊的ラインを破壊する必要が、あるようですネ。」
「と、いいますと、やはり、それは京都なのですか。」
「いえ、京都というより、むしろ関西でしょう。ここに強い、日本の霊的結界が張られています。弘法大師が意図して造った、と思われるものも、ありますしね。」
「なるほど、それでエジプト魔術も、日本では、はやらなかった、というわけですね。」
「そうだわ。ホサム・モハメド・サディーク・イブラヒムも、ついに、あきらめたようですね。」
「あの絶版になった、エジプト赤魔術の秘法、の著者ですね。」
「ええ、そう。でもね、今の東京の霊的結界も、なかなかの、ものですよ。何せ、マッカーサーが何もできなかった、のですから。彼は、フリーメーソンの大幹部だったのにも、かかわらずにね。」
「それは、霊的結界は、ホルス様も、お嫌いなのでしょうか。」
「もともと、エジプトを拠点とされる神様なのですが、そこは、これからの時代の神様ですから、本当の神様がいない日本なんて、ホルス様にとって、何のことはない、ですけどね。ただ、最低限の破壊工作は、われわれが、する必要があるようです。」
「神社が、とても邪魔である、ということなのでしょうか。」
「いえ、むしろ寺でしょう。日本は意外にも仏教の国なのですよ、絵山君。知りませんでした?」
「知りませんでしたね。何故でしょう。」
「活動している霊は、仏教系の霊の方が多いんです。神社の霊は、いないか、いても、弱いものだからね。」
「なるほど、思い当たりますよ。明治以来、日本は国家神道などといって、国で推し進めてきたものの、見事に第二次大戦で無意味、だと立証されたようなものですから。」
「神風も、ふん、吹かなかったそうでは、ありませんか。」
そこでシャンメルは、にやりと軽蔑的に笑った。それから、
「けどもね、わたしは、そうでもないと思います。日本こそ世界一に、なりえた国なのです。だから、ホルス様の使者、エイワスは、私に日本で布教を始めよ、と宣告したのでした。」
「まさに、日本からホルスの永劫が、ついに始まる、ということですね。」
「そう。我々の教団名は、そうだわ、ホルス・ジャパンに、変えようか、と思っています。」
教団の部屋の外の太陽が、一段と輝いたように、絵山には感じられた。
 
 町田で貿易商を営む白山吾郎は、田宮の妻、可奈の父親である。
 妻を、とうになくした彼の最近の趣味は、パソコンインターネットからの出会い系で、若い娘と出会うことだった。出会い系で、会える会えないは、本人の運によるものである。
 可奈の娘、ユナも大きくなったし、おじいさん、とユナに呼ばれて久しいが、吾郎は効率よく女子大生やOLと出会っては、幾人もの愛人を作っていた。
 町田駅前のデパートの一区画に店を持っているが、そこは店長にやらせて、通販で全国に販売していた。それもインターネットの普及により、ホームページでの販売を開始してからは、以前の通販より注文が殺到していた。それもネットの店長に任せて、会社には昼の十二時ごろ来て、午後三時には退社していたのだ。
 出会い系の待ち合わせの場所としては、JR町田駅前から出て、右に曲がって数分のところである。そこは大変、大きな陸橋となっている。そこから小田急の町田駅へ向かう人の数は、まるで小さな新宿のようだ。通り過ぎていく人達は、立って誰かを待っている人など、気にしないのだ。
 吾郎は何故、女に出会えるのだろう。それはプロフィールに、社長業としていて、年齢も誤魔化さないためだ。就職難の今日、吾郎は出会い系で出会った女子大生が卒業してからは、自社に入社させてやった事もある。
 
 浜野貴三郎も、上京して大学に通えるという、それなりの家柄であったが、折からリーマンショックなどの不景気で、実家からは小遣いの分の金は、ほとんど送られて、こなくなっていた。そこで浜野はアパートの部屋で、ノートパソコンから様々な情報を探しているうちに、女から小遣いをもらえるという逆援助の方法を出会い系サイトで行える事が、分かった。
(売春男(ばいしゅんだん)なのか・・・)と浜野は思ったが、すでにネットの掲示板には、成功した男性の体験談なども載っていた。
 裕福な女性の男買い、というものも、密かにおこなわれていたのだが、逆援助サイトなどで一気に幕開けとは、なったのだ。
 それで、浜野も逆援助を謳っているサイトに登録したのだが、すでに競争率は、高いものとなっていた。女が少ないのだ。それもそのはず、そのサイトでは、女性の入会には二万円、という、きまりを作っていた。おまけに一回の交際の報酬としては、十万円を最低でも払える人、という条件があったのだ。これでは不景気になると富裕な女性とても、そこには厳しいものがある。そこで、浜野は一般の無料サイトに登録して、金持ちの女性を狙った。まだユナと出会う前の話である。
 
 そうすると、やはり金持ちの女性といえども、入会金なしの出会い系サイトを選ぶ人は多いというもので、浜野も、お誘いを受ける事とはなった。相手は世田谷の独身女性で、会社の経営者、三十八歳だ。結婚歴は、なし。町田には輸入雑貨を安く売っている店があるというので時々、来る事があるという。
件名 そのうちお会いしましょう
 わたしは日曜日は、ひまなのですよ。お食事をしてから、映画でも、と、いきたいところですけれど、町田には映画館は、なかったのでしたわね。お食事代も、わたしが持ちますから、気になさらなくていいのですわ。小田急デパートの上で、よく食事をしますし、あなたのお好きなところでも、よろしいわよ。
 というメールを金曜の夜に受け取った浜野は、興奮した。三十八では、それほど歳でもないし、第一、お小遣いをもらえるのだから、しかもそれは並みのAV男優よりは、もっと多いはず。
件名 了解しました
 もちろん、あなた様の、お選びになるところなら、何処へでも、お供します。
返信メールは割りと、すぐに来た。それは、二十分以内だった。
件名 待ち合わせ場所
 それでは、日曜の朝、十一時にJR町田駅前の陸橋の出口のあたりで。わたしは、小田急線で来ますけど、小田急の出口って、人が、ごちゃごちゃ、していますから、歩いていきますわ。
 浜野も、それには、すぐに返信した。
件名 了解です
 お待ちしています。
 さて、ポイントだが、浜野は最初のメールで、自分の携帯番号を載せて送信している。
 白山社長の出会い系の女性も、彼が自分の携帯番号を載せて送信する、返信が来た。これが、ひとつのコツなのだ。熊本出身の浜野は、とても純朴である。何の用心もなしにやったのだが、これが、出会い系で、うまくいった原因である。
 昨今、出会い系で会えないと嘆く人は、随分多いのだが、直メールを知らずに会うのは難しいし、直メールの後は電話番号を知らないと、すんなりと、会いにくくなる。
 男性が自分の直メールを教えずに、相手から聞き出すのは困難だ。できれば、これはと思う相手には先に自分から携帯番号を教えれば、うまくいくという方法がある。都会の人間は用心しやすい。そうすれば、相手も用心して、ずるずると、メールのやり取りで時間も、お金も消費していくのだ。そこが、出会い系業者が儲かる要因の一つ、となっているのだが。最低でも自分の直メールは教えよう。そこに返信してこない女、か何か知らないが、その相手は、決して貴方には会う気などないよ。といっても、これを読んでいる人が出会い系を使う人、かどうかは、こちらには分かりませんが。
 
 日曜の朝十時ごろは、町田駅近辺の人通りは、すでにかなりなものとなっている。
 JR町田駅から小田急線の町田駅までは、屋根つきの歩道となっている。地上二階という感じだ。幅も広いのに両駅に向かう人達は、左側通行で歩いていく。浜野が指定された場所に行くと、そこには周りの人間とは違った、中肉中背の女性が帽子をかぶって立っていた。浜野は、その女性に、
「もしかして、緑山さんですか?」
「ええ、お待ちして、いましたわよ。」
「えっ、そんなに早くからですか。」
「五分ほど前に来ていたのですわ。気になさらないでね。」
ハンドルネーム緑山、であった、その女性はニッコリ微笑むと、
「小田急デパートの上へ、行きません事?」
「ええ、参ります。喜んで。」
 二人はそれから、小田急の駅の方へ歩き出した。
 小田急駅に入ると、デパートへ行くエスカレーターがある。そこから、最上階のレストラン街へと着いた。緑山は高価な香水の匂いを漂わせていた。時間としては店内には、どの店も人は、まだあまり入っていない。ガラス張りに町田の景色が見えるレストランへ、緑山の後を浜野は店に入った。席に着くと、
「浜野さんですね。」
「はい。ぼく、町田の美術大学に通っています。」
「わたしね、本当の名前は、緑川っていうの。まあ、美術って、すばらしいわね、うん。わたしの叔母が銀座で画廊を、していたわ。わたしも、将来やりたいなっ、て思っているのよ。」
「それは、素晴らしい。でも、ぼくは、イラストレーターにでも、なろうかって思っているんです。画廊に出展できるものを、描けるようになれるなんて、ぼくは、思っては、いないんです。」
「そうかしら、そう?才能っていうのは、磨けば光るものでしょ。叔母はね、一人の画家を有名にしたことが、あったわよ。最初は、でもね無名の青年だったけども。」
「え、誰なんですか、その人の名前は?」
「うん、名前は言わなかったなぁ。画廊の名は銀月だったと思うけど、ね。」
 
 町田にも、やはり親のいない子供たちが入る施設がある。
 義務教育は受けられるけど、それが終わると就職するしかないのだ。折からの不景気で、引き取って養おうとする人も、今は中々いないのだ。
 そんな孤児たちの一人、佐山牙は、その名前も少し変っているが、そもそも、母親と思われる人物が、ある雪の日に施設を訪れ、赤子同然の、その子を預けていった時に、書類に、その名前を書いたというのだ。
 受付の中年の男性事務員は、
「牙だけで、いいのですか。」
「はい。」
「牙男とかでは、ないのですね。」
「いえ、一文字です。」
何か、ゆらりと、その若い女性は揺れた。
「わかりました。それで、そちらの、ご住所も書いてもらわないと、いけないんですがね。」
「住所は霊界です。」
事務員は、それを聞いて失笑した。
「漫才を、あなたと、やっているほど、ひまでは、ないんですよ。書きたくない気持ちは、わかりますけど、いずれこの子も働ける歳になりますしね。そうしたら、もう養育どころか逆に、あなたに、お金をあげるように、なるかもしれないのですから。」
ホホホ、と、その女性は笑った。
「冗談では、ないのですよ。今から、わたしは、帰らなければ、いけないので、これで失礼します。」
と言うが早く、その場で、その女性の姿は、いきなり、消滅した。
「ひえっ!」
 事務員は、その場でドスンと腰を抜かした。
 後からこの話は、現代の怪談としてネット上にも広まったが、事務員の精神状態の方が疑われて、精神分析を受ける事となった。
 彼は定年も近かったので早期退職してからは、しばらく精神病院に通院しているという。その事務員の話では、その女性の顔は、少し有名だった歌手の顔に似ていた、と話したので、ますます怪しまれる事とは、なったのだが、とにかくも連れてこられた赤ちゃんは幽霊ではなく、普通に育っていった。
 
 町田駅近くのシティホテルに向かって、浜野と緑川は歩いて行った。日曜だけに、人通りは普段の二倍は、ある。商店街の外れにあるホテル「町田ストップ」へ二人は入った。受付でダブルの部屋を借りる。エレベーターで六階の部屋へ行く途中、彼らは誰の姿も見なかった。昼の休憩に使う客は少ないためだ。ドアを開けると消毒剤の匂いが、かすかにした。
「わたしの本名は、緑川鈴代っていうのよ。」
「ぼくは、浜野貴三郎といいます。」
「さっそくだけど、いいかな?」
「え、何を・・・。」
「決まってるじゃない。セックス。」
「あ、ああ、そうですね。」
 浜野は緑川鈴代が服を脱ぐのを手伝い、自分も素早く下着姿になった。鈴代は脱ぐと意外と豊満な体だった。浜野は、それを見るだけで彼の下半身は、とても充実した。
「ま、元気いいわね、あなたの息子さん。」
「あ、ほめてくださって、ありがとう。さっそく、いきますけど、いいですか。」
「もちろんよ。さあ、来て。」
 浜野は鈴代を抱きかかえるとベッドへ下ろした。
 レースのカーテンの外の光は眩しいくらいだ。二人は全裸になると、素早くキスをした。それから浜野は鈴代に突入したのだ。(おっ、いい・・・)浜野は、鈴代のものが、なめくじのように感じられた。(こんな事して、おれの方が、お金を出さないと、いけないんじゃないのかな)
 浜野の方が先にいきそうになるのを、我慢して、こらえたのは何回もあった。その都度、歯を食いしばり、天井を見るなどして耐えられない射精を防いだのだ。だが、三十分後、艶かしく悶える鈴代の姿態を見ると
「もうっ、我慢できない。あっ。」
 浜野は一物に装着した薄型のコンドームの中に出した。何度も出してしまったのだ。
『すみません。こんなに早く。』
「いえ、とてもよかったわよ。」
 鈴代は裸のまま、ベッドの近くのテーブルに置いたハンドバッグの中から、シャネルの財布を取り出すと、
「はい、これ。少ないけどね。」
と無造作に一万円札を束にして渡した。浜野は、それを受け取ると指で数えてみた。
「うわあ、十万円も、あります。いいんですか、緑川さん、こーんなに。」
「いいのよ、もちろん。これからは、私の事を鈴代、と呼んでね。」
 
 小田急町田駅の改札口前で緑川鈴代と別れてから浜野は、近くにある版画美術館へ行こうと思った。十万円も身につけて、うろうろするのも何だが、日曜日なのでATMで入金もできないため、何か成金にでもなった気持ちで町田駅前商店街を歩いていると、若い女性の声がして、
「ねえ、遊ばない?おにいさーん。」
と茶髪の二十代の女が彼に言い寄ってきた。(さっき遊んだばかりだ。射精もしたよ、何回も。)とは言えないので、
「今度にしようよ。ねー。」
 と言い捨てて、早足にその場を通り過ぎた。 
 西の歌舞伎町ともいわれる町田駅周辺では、援助交際目当ての女子高生も少なからずいるわけだが、東京都の条例違反などしては人生の破滅である。
 町田駅を東の方に歩いていくと、やがて下り坂になるのだが、そこを少し降りて行ったところに町田市の版画美術館がある。芹が谷公園という広い公園の中にあるのだが、日曜は、やはり人が多かった。
「なんだー、これは!これは、女の下半身じゃないかっ。」
 版画美術館の入り口の近くのベンチの前に、多くの人が雲のように集まりつつあった。
 そのベンチには、胴から下の下半身が両足を揃えて座っていたのである。ふくよかな腰といい、黒々としたアンダーヘアといい、何か若い女性のものを思わせる。
 足も裸足である。切断された箇所から血は流れていない。よく見ると、薄いビニール袋が腰に縫い付けられていた。それが止血していたのだろう。
 浜野はそれを見て気味が悪くなると同時に、美術学生として、この構図は役に立つかもしれないと思って、携帯電話で写真撮影すると、その場を立ち去った。
 
 小田急町田駅の改札口から構内に入った緑川鈴代は、エスカレーターから降りた女性を見てハッとした。
 (叔母さん!)肥満はしているが、行方不明になった叔母の緑川鈴華に、そっくりの体つきだった。近づいてきた、その女性を見ると、顔は、しかし全くの別人なのだった。ただ、歩き方まで叔母にそっくりだ。もしかして整形手術をしたのかもしれない。鈴代は、その女性に近づいて、
「叔母さんでしょう?鈴代ですよ。」
「え?人違いですよ。わたしは、全然、貴女を知りませんし、」
「どうも大変、すみませんでした。」
 にこりともせずに、その女性は行き過ぎた。
その女性は、田宮可奈である。可奈は(緑川鈴華に似てるわね。親戚か何かなのかしら。)と思っていたのだ。そうなら少しまずい、いや大いに、まずいとはいえ、あれが、ばれる事など、
ある訳が、ないのだ。でも事実を言ってみた所で、それは誰も信じはしないだろう。又、そんな事を言えば、自分は狂人かと思われるに決まっているし・・・。実際の話、あの女性は今日始めて見たのだ。もうかなり前の出来事、ユナが生まれる前の話なのだ。
 緑川鈴華の行方を可奈は知っているわけだが、それは誰にも、いう必要など、ないのだ。
 
 浜野貴三郎は、原町田のアパートで独り暮らしをしているのだが、洗濯物が、なかなか乾かないため、コインランドリーの乾燥機に入れる事にした。(町田って、なんで、こんなに洗濯もんが乾かんのだろうか。熊本なら、すぐ乾くのに。)
 東京都町田市は、まるで盆地のようなところである。
 北に多摩川が東西に流れているため、というのもあるかもしれない。そこで何となく、陰鬱な感じが、しないでもないのだ。
 東には神奈川県の、こどもの国があり、西側には相模原市がある。
 JR町田駅を西側に下りて少し行くと小さな川があり、それを渡ると相模原市だが、かなりな勾配の坂道が上へ登っていく形だ。それでJR町田駅には神奈川県相模原市からも人は、電車に乗りに来るし、町田駅近辺でショッピングもしていく。
 浜野は緑川鈴代というセレブと会えたわけだが、鈴代は世田谷の女性で、町田にはセレブな女性は、あまりいないというのが実情だ。
(今度、世田谷に行って鈴代さんと会いたいなー。)
 と浜野は、乾燥機から洗濯物を取り出しながら思った。
(でも、会ってくれん、のじゃなかろうか。)
 町田は独身女性は小中高生ぐらいで、女子大生もいるとはいえ、浜野には、もっと大人の女性が魅力的だったが、町田は既婚者が多いのである。町田の人妻といえば、知る人には有名で、つまりデリヘルの事なのである。デートクラブ的なところの人妻なども、待ち合わせに町田駅前を使っているようだ。
 
 死んで又、この世に生まれ変わる。
 それは人によって時間は、違うのだろう。死んで、いくらも経たないうちに生まれ変わる例もあるのだろう。田宮真一郎は妻とは、ユナが生まれて以来、セックスレスとなっていた。今、ユナは十九歳なのだから、それは、かなり長い期間となる。
 専門学校の帰りにユナは、制服姿の女子高生に呼び止められた。暗い小道で一人歩いていたので、物陰からその少女が飛び出してきたのには彼女は、ハッとした。
「あなた、田宮ユナさんでしょ?」
「ええ、はい、そうですよ。」
「あなたのお父さんは、てとも有名な画家ですね。」
そう問いかける少女、といっても豊満な体に発育している彼女が、にこりとした。
「ええ、あなたは父のファンの方?」
「それは違うのよねー。だって田宮真一郎とは、私の父なのです。」
「ええっ?ほんとうに!」
「でもねー、あなたはですね、私の姉では、ないのです。」
「それは、どういう事ですか?」
「え?どういう事って、あなたには、もうおわかりの、お歳ではありませんか。」
ユナは頭の中に、何か人の手を入れられたような感覚がした。
「だから、だから何なの?あなたは、何が言いたいのよ。」
「あなたも真実を知った方が、いいのでは、ないかしら、うふふ。」
腐女子、という言葉が、ユナの頭の中にポカンと浮かんだ。
「何だか、面白い冗談ね。でも、私、忙しいのよ。そこをどいて、くださらない。」
「いいえ、どかないわ。あなたが、私を認めるまでは、ね。」
「え、認めるって何を?」
「私が真実の田宮真一郎の娘で、あなたは、そうでは、ない事をよ。」
「一体、あなたは、何を言っているのかしら。わたしは、わたしの父の家で育てられたのよ。あなたこそ、何よ、一体。」
「それでは、あなたには、まだ何も知らされて、いなかったって事ですね。」
「何を知るも何も、あるもんですか。そういう遊びが今、あんたたち、女子高生で流行っているのね。」
「いいえ。わたしの母は、キャバクラに勤めていたの。その時、お客さんとして父が来て、それで深い関係になり、母は私生児として、わたしを産んだのよ。ふん。」
 ドーンと、銀河系の最も近くのところの恒星が、突如として、爆発したような衝撃をユナは受けた。
「だ、だからといって、ね。それじゃあ、あなたの苗字は、なんなのよ。」
「わたし、剣上(けんじょう)エリ、っていいます。以後、お見知りおきを。なーんてね。」
「わかったわ。本当は、よくわからないけど、でも父は、わたしを娘として育ててくれたわ。」
「そうですね。でも、もういい加減、うんざりしているのかも、しれないですね。わたしを認知しようか、って話も、あるくらいですから。」
「そうするかどうかは、それは父の問題だわ。」
「ええ、ええ。ただ、わたしは、これを伝えたくって、ここで待っていたのです。」
「わかりました。ええ。」
「あなた、認める?」
「ええ、認めるわ。それで、いい?」
「そう、いいわ。よかったわ、義理のお姉さん。」
 剣上エリは道路の端に寄ると、にこりとした。
 その容貌は、よく見ると何処か父に似ているところがある。大体、娘というのは父に似るものなのである。ユナは呆然としながら歩き始めた。
 
 高ヶ坂の六百坪の自宅に帰る坂道の中で、ユナの頭の中は、かつてないほど目まぐるしく回転していった。
 わたしが父の子じゃないとしたら、わたしは誰の子なのかしら、母は、わたしの本当の母なのかしら、わたし父には似てない気もしてたし、母には似てる気もしたことがあったけど、今まで一度も、そんな事、考えた事なかったから、わたし、こんなに不幸せな気持ちになった事なかったわ
 あの女が言ってる事は、やっぱり嘘なのかな、
 でも、やっぱり父とは母は仲が、よさそうに見えた事は、なかったし、そういえば、父が、わたしを本当に可愛がってくれた事も、ないような気がして、なにか、わたしが間違った時も母の方が、わたしをかばってくれたよう気がしてたし、父親って、あまり愛情を示してくれないのかなと思って、納得していた事もあったんだけど、うちには、お手伝いさんもいたりするから、他の普通の家庭のように孤独になる事はないし、お手伝いさんも、わたしを可愛いって言ってくれて、母と同じように可愛がってくれたから、父親なんて、あんなものと思っていたのだけど
 もしかして?そう、なんとか父に聞いてみよう。って、本当の父って誰なのかしら。今までの自分は、あれが世の中の父親の姿だと思っていた。ユナは気がつくと自宅の門の中に入っていた。右手にある大きな樹木が、何か彼女を蔑むように見つめている気がした。
 
 娘というものは、母親と同じ運命を辿る場合が実に多いものだ。剣上エリも十八歳なのに母と同じ業界で働きたいと思っている。
 母は今はキャバクラの経営者だけど、昔はキャバクラでナンバーワンを取っていたらしい。静岡から東京に出てきて、赤坂や銀座で働いて、今は町田で店を開いている。
「お母さん、月収って、いくらなの?」
「うん、多い時で、そう、三百万円かな。」
「すごーい。それ、それ、年収じゃないのねっ?」
「もちろんよ、でもね、少ない時は、二百万円だけど。」
「だって今、いまー、年収、三百万時代とか、日本では、言われているのでしょ?」
「そうみたいね。でもね、エリ。お母さんは大丈夫よ、あなた、アメリカに留学したって、いいわ。いいお客様が、たくさん付いてくれているし、町田って既婚者が多いから、うちは結構繁盛してるのよ。」
「うん、アメリカか。エリね、インターネットの勉強したいな、アメリカに行って。」
「それは、とっても、いいわね。お母さんにも、ぜひ、教えてね、エリは、でも他に、絵を描くのが、うまいんだから、それでネットで、有名になれるかもしれないわね。」
「お母さん、わたしの絵の才能って、お父さん譲り?」
「そうなのだわ、きっとね。エリは、すごい天才かも、しれないのよ。」
「お父さん、ねえ、次は、いつ来てくれるの?」
「来月よー、きっと。きっと、そうなのよ。」
「エリのところに、いつも帰ってきて、ほしいな。」
「無理を言っちゃ、駄目よ。お父さんには、お父さんの、事情があるの。」
「うん。それ、わかるー。」
 居間の大きな窓からは、小田急とJRの町田駅近辺の風景が見える。人影は小さく動いている。
 
 夜遅く、浜野は版画美術館の近くのベンチに置かれていた、女の下半身の写真を携帯で見てみた。すると何と、そこには上半身も裸の女性が、右手を頬に当てて微笑んでいるではないか。若い二十代の女性でOL風の感じがする。ぞっ、と浜野は背筋が寒くなった。
(これはー、なんなー、写っとる、上も。幽霊かいな、これ。)
 そう思って、目の錯覚か、どうか確かめるために、あちこちに手で携帯電話を持っていって見たが、やはり消えないで写っている。
(こげなことがー、やっぱ、ある、とたい。)
 あの事件は、ネットでも有名になったが、何と動画に撮って動画共有サイトにアップロードした、つわものもいた。
 その動画は最近の一番人気とは、なっていたのだが、しかし、浜野も見たその動画では上半身は写っていなかった。
(おれの携帯にだけ、写っとるのだろか。)
 警察も捜査中だが犯人の目星もつかず、女性の上半身も発見されていなかった。(警察に持っていってやろーか。でも、取り合って、もらえんかもしれん。いや、それより、おれが疑われる。かもしれん。だけん、持っていくのは、やめとこー。)
 浜野も純朴ではあるが、過去に財布の落し物を警察に届けた時に、変に思われた過去を持っていたのだ。(うん、上半身は、おれが撮影したと、思われるけんなー。)
 それにしても、その女性の胸は、キレイな巨乳なのだ。見ていると浜野は、少し勃起しそうになった。(よか、おなご(標準語・訳 おんな)、たい。)
 
 浜野は隔週日曜日に緑川鈴代と会って、いつも十万円は貰っていたので、月二十万円の収入になった。
 最近は大手企業でも副業を認めているところもあり、こういう出会いを利用している社員も、いるかもしれない。相手の女性は三十代後半から四十代が多いだろう。浜野には美食の趣味があったので都内の高級レストランへ行っては鈴代からの報酬を使っていた。
 それから、ネット通販で、ペニス増大法やサプリメントを買ってみた。やってみると、(やっぱり太くなったなー)と部屋の鏡にも写っている自分の硬直したものを見て、物差しでも計ってみた。三センチ伸びたし、直径も大きくなった。それも、顧客と言うべき鈴代を喜ばせるためで、やはり鈴代は喜んだ。
(やっぱ、AV男優より、よかぼう。男優になったら、みんなの前で、ちんこ出さな、いかんし恥ずかしか、もんなー)AV男優は、一本の仕事につき出演料は一万円とも言われている。浜野は一回で十本のAVに出た男優と同じ額を受け取るのだ。
 そんな浜野だが、隔週一回では、物足りなくなっても当然だ。彼は出会い系で、別の女性を探したりもしている。すると、
ユナという女性が、プロフィールに
 ある有名画家の妻なんですけど、お金はあっても、あちらは主人と、ないから遊びませんか?もちろん、お礼は、タップリ、しますよ。
と書いていた。(こりゃ、よかぼう。おれのためにも、なるしたい。)浜野は好奇心と金への欲望にわくわくしていた。
 
 夫の浮気には、妻は敏感だが、妻の浮気には夫は鈍感だといえるのかもしれない。
 が、そもそも妻の浮気は夫の浮気が原因なので、浮気相手に夢中な夫は、そもそも妻の事など気にしていないからとも、いえるのではないか。
 画家の田宮真一郎は、妻が性的にも魅力をなくしていたので、憂さ晴らしに画商の絵山とキャバクラへ行ったのだ。そこで昔、関係していたキャバクラ嬢に、とてもよく似た女性に夢中になった。
 妻の可奈は、育児にいそしんでいたので、何となく夫は外で女を作ったらしいと気が付いても、口に出して言わなかった。特に娘のユナが、昔の自分と同じく、右足をよく動かせない事に愛情を感じていたからかもしれない。
 妻子ある男は、自分と同じような境遇の女、つまり人妻に興味を持ちやすいものだが、田宮はそうではなく、手軽につきあえる水商売系の女性に興味を持つ方だったのだ。
 キャバクラ嬢も仕事として接しているので、お客さんとして来るのを捨てるには、それなりの相手で、自分と本当につきあってくれる男性を選ぶのだ。
 それは、もともと長野県出身の田宮には都会の人間の冷たさはなく、女を軽く捨てる事は、できないたちなので、それで妻も捨てられないのだが、キャバ嬢にも同じようになる。それを目ざとく見抜けるのもキャバ嬢の眼力なのだ。高級グラスに一杯、ドンペリを注いでもらった田宮は、
「へえ、剣上さんっていうのか。変った名前だね。」
「みなさん、そうおっしゃいますわ。わたし、静岡の出身なんです。」
「静岡に多い名前ですか?」
「いえ、うちぐらいかな、と思いますわ。実は、わたしのご先祖さんは、徳川幕府のお侍さんだったので、それで、こういう名前なのでは、と思うのです。」
「ははーん。それは、それは。剣上なにさん、ですか。」
「由梨(ゆり)と申します。」
「明治になってから静岡へ移動されたんですね。」
「そうなのです。勝海舟に命じられて。」
「そういう時代だったんですね。ぼくも長野から来たんですよ。」
「まあ、そういえば、何か、東京の人ではないと感じたりしましたもの。」
「結構、ぼくも東京は長いんですけど、やあ、生まれは隠せないね。」
絵画商の絵山は、
「さっそく、意気投合ですね。真一郎さん、代償なんてあったとしても、こんなに美しい女性が現れるようになっている。というのが、魔術の意気なところ、ではありませんか?」
「ああ、そうかもしれないね。いや、もうあの事は・・・。」
由梨は眼を少し大きく開いて、
「魔術って、それは手品の事ですの?」
絵山は、
「あ、いえ違いますよ。西洋魔術です。オカルトですよ。真一郎さんは、成功と引き換えに代償を払ったんですが、あなたのような方に巡り会えるとは、我々の神も、なかなか、親切なものです。」
「えっ、そういうものは、わたくし、全くわからないのですけど。」
「大抵の人は知らないし、気にする事はないですよ。でも、もし興味が沸いたら、ぜひ、連絡をもらえませんか。」
絵山は、上着のポケットから名刺を出して由梨に渡した。
「ホルス・ジャパン・・・アシスタント・ディレクター・・・ですのね。」
「ええ、わたしは北海道出身なんですけど、元々は千葉の方からの開拓民でしてね。」
「そうなのですね。お名刺は、ありがたく、いただいておきます。」
 絵山は、これで、真一郎も本当の愛を知る事になるだろうと思った。
真一郎の妻は、本当は彼には、ふさわしくないのではないか、と前から思っていたのだ。
 
 由梨と会ったその夜、真一郎はオークションに昔、妻になる前の、可奈の裸を描いた絵を出品した。翌日、五千万円で落札されていた。
(うん、やっぱり、おれには才能があったんだ。あれは魔法の筆なんて使ってないぞ。)
 真一郎は、あまりインターネットには興味がなかった。が、オークションだけはやっていたのだ。彼の絵は昔ながらに画商が取り扱っているが、不景気もあって、売れなくは、なっているため絵の値段は、どんどん下げて売っていた。それが五千万円なんて、ああ、久々の快挙だったのだ。
 オークションでは様々な長者が生まれていて、パワーセラーなる人達もいる。
 彼の絵も画商は、ネットオークションなどで売りさばく事もあるのだ。今回もちろん、真一郎はデジタルカメラで絵を撮影してから、出品したのだが、落札したのは、ある画商で、それをインド人の富豪に転売したらしい。
 それで真一郎の妻のエロい絵は、もう、すでに、なくなってしまった。
(由梨。そう、由梨の絵を描こう。それが、これからのおれの生き甲斐だ。)
 彼は隣の部屋で、妻が出会い系サイトを見ているのにも気づかずに、絵筆を取ると、キャンバスに向かい、やる気を見せた顔をした。
 
 浜野は絵を描くための、女性モデルには不自由しなかった。学校から帰ってすぐにネットサーフィンを始める。そのうちにライブチャットなるものに出会ったのである。
 最初に見たのは、ノンアダルトのライブチャットだったが、そのうちアダルトライブチャットを見るようになった。浜野はタイピングが遅い方だったが、そこは緑川鈴代から貰った金を注ぎ込んで何とかヌードになってもらう事に成功してからというもの、日々、その裸身をスケッチする毎日だったのだ。
 チャットでは、浜野は女性に、キーボードを打つ指で、こう問う。
浜野 よかったら脱いでくれないかな
相手の女性 えっ、今すぐ?
浜野 うん、いますぐ、脱いで
 と、いった感じでチャットすると、相手の女性は快く、脱いでくれる。
 町田にはストリップ劇場もないので、浜野には有難かったのだ。結局、逆援助で得た収入の半分はアダルトチャットで費やしたりしている。
 学校では、浜野のヌードデッサンが上達した、と教師に誉められる事となった。最近ではアダルトライブチャットでも、地域別にパフォーマーが、わかるので関東というより東京に絞り込んでチャットしている。
 美術としては、女性器そのものを描く事は、発表もできないので単なるヘアヌードでも満足だ。様々なヘアを眺めては、インターネットの恩恵を感じる浜野なのである。
(よか時代たいなー、ほんと。)
 
 浜野の実家は、浜野電器という家電の店をやっていたため、東京に来る前からパソコンには親しんでいたのだ。
 
 浜野は、高校時代すでに自分の部屋にパソコンを持たせてもらっていた。ネット接続もしていたので一年生頃から見ていたのだが、三年にもなると、
「おい、貴三郎。おまえ、アダルトば見ているだろうが。」
と居間で父に厳しく、問われた。
「あ、うん。でも、金は、払っとらんよ。」
「ああ、でも、危ないサイトの、あるそうや、ないか。」
「今の所は大丈夫ばい、ばい。」
「そうか、ほう。。よかとの(よいものが)あったら、おれにも教えい。」
「あー、そうすったい(そうするよ)。父さん。」
 その時は、すでに志望する大学も町田の美術大学と決めて、推薦も通っていたので、父親もあまり何も言わなかった。それで、続けて貴三郎は、
「美術の勉強のために見るとだけん(見るのだから)、ためになると。」
「ほう。そりゃ、よかたい。」
・・・、と最近電話で、父がアメリカからの日本の無修正サイトに入った、というのを聞いて浜野は思い出したのだ。熊本には風俗らしきものも少なく、火の国の女は行動も早いので、やらせてくれる女性は結構いたりする。それで、浜野は浜野電器に買い物に来た、二十歳くらいの女性に誘われて、公園の立ち木のかげで、初挿入したが、十秒でイッてしまったので、その女性に笑われた。
「すまんです。」浜野は頭を下げて、謝った。
「よかと(いいわ)。初めては、そんなもんたい(そんなものよ)。よく、せんずりして、鍛えんね(きたえてね)。」
「はあ。はい・・・。」
 その女性は笑いながら、白いパンティを上に上げた。(東京に行ったら、何人とやれると、だろうか。)
浜野は背中を向けた、その女性の尻を見ながら、ぼんやりと思っていた。
 
  浜野は小田急線で箱根の方へ旅をした。
 神奈川県は北西の方は、山ばかりである。箱根は西南の方になるのであるが、常に観光バスが行き来している。
 観光目的ではなく、某神社でお祓いをしてもらうためだ。携帯電話に撮った下半身の女性の画像は上半身が写ったり、消えたりしていたのだ。
 そして、なによりも、その画像を消そうとしても、消えないのだった。携帯ショップに持ち込んで消してもらうように頼んだのだが、その店員にはできなかったし、店長に来てもらったが、やはり無理だったのだ。店長は、
「これ、あの殺人事件の被害者の写真でしょう。町田の版画美術館の。」
「ああ、そう、そうですよ。その時、ぼく、居合わせたものですから。」
「でもねー、画像を消せない、なんて依頼は、今までうちの店で、一度もなかったので、よろしければ、携帯電話会社の方に送ってみますけど。」
「いえ、こわれたとしても、これだけだし、この携帯電話は今でも、使っていますんで。」
「それでは、このままで、いいんですか?」
「ええ、今日はこれで、いいですよ、それでは、さようなら。」
 浜野は脱兎のように店を出て行った。それからネット検索で、お祓いをする神社を見つけ出したのだ。急いで携帯電話すると、
「ああ、いいですよ。持ってきてください。何でも、うちは、お祓いしていますから。」
と、ノリノリの答えだった。
 
 小田急線の電車内でカタカタと揺られていると浜野の耳に、
「次は南輪姦、南輪姦。」
という車内アナウンスが聞こえた。駅に着くと、そこの駅名は南林間だったわけだが。
 
「中央輪姦。中央輪姦。」
というアナウンスも聞こえたのだが、それはすぐに中央林間であると認識した。
 下車する目的の駅に着いたので、浜野は、ひらり、とホームへ降りた。
 改札口を降りて、広がる神奈川の、のんびりした風景は時間が、まるで止まっているかのようだ。今日は、のんびりとした日曜日だが、その神社に向かう人は少ない。朝早い、というせいもある。やがて林に囲まれた、その神社が見えてきた。受付に辿りつくと、そこにいた巫女の顔を見て浜野は、
 あっと思った。この前、いつもの出会い系サイトで見たことのある顔だ。神奈川は昔、相州といい、相州女は藁とも寝るといわれていたらしいのだが、AV女優にも神奈川県出身の女性や、普通の女優にも男好きの神奈川出身者がいるのだ。巫女といえどもただの女性、今時、処女は、いないのかもしれない。その巫女は、プロフィールに自分の写メを堂々と載せていた。驚いた浜野の顔を見て、その巫女は、
「何かお探し物でも、ございますか、え?」
と、尋ねてきた。その巫女は、どうも二十代前半に見える。
「あ、いえ。今日は、ですね、お祓いの予約をしていたのですが。ぼく、浜野といいます。」
「それでは、お待ちくださいませ。」
と答えると和服姿の、その女性は背中を向けて立ち上がった。着物の上からでも尻の辺りがなまめかしい。浜野はゴクリと生唾を飲んだ。
 すぐに烏帽子姿の中年の神主が来ると、
「さあ、祭殿の方へ行きましょうか。」
浜野は神主の後をついていった。普通の神社より、そこは、きらびやかに飾ってある感じだった。
「どれを、あなたは、お祓いしたいのですか。」
 神主は、おもむろに聞いた。浜野はポケットを、がさごそ、とやって、あの携帯電話を出した。それはガラパゴス携帯と今では呼ばれるものである。スマートフォンは、まだ出ていなかったのだ。
「ほう、携帯電話ですね。これに何かあるのですか。」
「はい。心霊写真が写っていまして。」
「ふむ、どれ、見せてもらえますか。」
浜野は、携帯電話の中で、その怪奇写真を出して見せた。神主は、それを見て、
「ふむ、何も写っていないようですが、ま、一応お祓いしておきましょう。」
 それから太鼓をどんどんどんどんと叩き始めた。おーーーーーーーーーー。と声を上げたのは降神の掛け声である。
「かけまくもかしこき・・・・・。」
と大祓の祝詞が朗々と、そこで読み上げられる。
 
 神主は浜野の携帯電話を左手で受け取ると、幣帛(へいはく)を右手で二、三度左右に振り
「いえーいっ!」
と気合を込めた。それから浜野に携帯電話を返すと、
「もう、お祓いは、これですみました。以降は、これで何の問題もないと思います。」
 浜野は封筒に入れてきた初穂料五千円を神主に渡した。祭殿を出て帰る時に受付を見ると、まだ、あの女はいた。今度、あの出会い系サイトで、あの巫女にメールを出してみようか、と浜野は思った。その時、携帯電話が突然、鳴った。
「はい、もしもし。」
「ありがとう。」
「は?どちらさま、ですか。」
「いえね、わざわざ、わたしのために,お祓いまでしてくれるとは、思っていなかったわ。」
「えっ。だれ、あんた。」
それは、若い女性の声である。浜野の歯は、かちかちと鳴った。
「お礼に何か、しようと思うのだけど、何がいいかしら。」
「な、なにもいりませんよ、べ、別に。」
 浜野は、その携帯電話を急いで切った。少し小便が出そうになるのを、こらえつつ彼は駅へと向かった。受付の女は不審な面持ちで彼を見ているのが感じられた。(そんな馬鹿な話が・・・あったわけだが、でもお祓いは、されたって事だろうし・・・)
 小田急電車に乗ると日曜の東京方面に向かう人達は明るく感じられたが、浜野は冷たいものを背中に感じていた。満員に近かったので立っていたら、隣の男の若者が、
「町田の版画美術館に行った帰りでも、近くの公園のベンチで記念撮影しようじゃん。」
と連れの男性に言う。
「あー。何か写るかもしんねえぜ。楽しみだなー。」
「写ったらネットに公開しよう。」
「ああ。DAYLYMOTIONかYOUTUBEで。」
「ニコニコ動画でもいい。」
「ユーストリームでも。」
(なんでもいいけど、やめとけよ。)浜野は思っても口には出さなかった。
 原町田のアパートに帰った浜野は、ネットサーフィンをしているうちに夜になったので、近くのローソンに行って弁当を買ってきた。ローソンカードを使ってポイントを貯めているのだ。
 食事をし終わると携帯電話が又、鳴った。
「はい。もしもし。」
「あ、さっきの、わたしよ。電話を勝手に切らないでね。」
「一体何の用、というか、あなたは本当は誰ですか。」
「もちろん、あなたの携帯に写った幽霊ですよ。」
「そんな。では、どこから電話してるんです。」
「霊界だけど、あなたの世界にわたし、未練が、まだあるの。それで特別に霊界から電話をかけていいって、許しをもらったのよ。こっちには、やはり携帯電話みたいのが、あるんだけど、そっちに電話するには特別の許可が、いるわけ。」
「ばかばか、しいなー。そんな話を、ぼくが信じるとでも思っているんですか。」
「霊界にも携帯電話会社みたいなものが、あるのね。で、そちらの世界にかけるのは、特別な場合だけよ。未練が残っている場合とかね。よく、あの世から電話が、かかってきたなんていう怪談話があるけど、みんな、そうやって電話しているのよ。こっちにも最近、スマートフォンみたいなものが、できたんだけどね。」
浜野は番号通知を見たが、非通知だった。
「お祓いしてもらったから、もうあなたは、出てこなくていいんです。」
「それがね、別にあなたを呪うとか、そういうのじゃなくて、別の楽しみでもあげようかなっ、てわけだから。いいんじゃないの。」
「特に、お礼はいりませんけど。」
「そんなに遠慮しなくって、いいわよ。あなたさー、あの緑川鈴代って女の人だけじゃ、あなたのちんぽは、物足りないんでしょ。」
「なんて事を。そ、それは、そうかもしれませんが。しかし・・・。」
「だったら、わたしがオマンコの相手に、なってあげる。」
そこで、いきなり、ソノ電話はプツーと切れた。
 
 恐怖もあったが、浜野には、あの女性への期待もあった。(あのヌードで、でてきたら、よかなー。情けは人のためならず、っていうけど、この場合、おれのためにも、なっとったしなー。)
 そこで浜野はガラケー(今までの普通の携帯電話)の写真を見てみた。すると、今度は、あの写真の女性が服を着て写っているではないか。
(なんな、服ば着とるよ。)夜は更けていったが、あの女性が出てくるわけではなかった。ガラケー片手に浜野は寝入ってしまった。夢も見ずに浜野は、次の朝、起きてから昨夜の事は幻想だったのかと思ってみるのだった。自分自身の期待が幻でも見させたのかもしれない。白昼夢というものがある。あれがそうだったのか、と考えながらアパートを出た。百メートルほど歩くと、
「よっ、浜野。元気そうだね、息子ともども。」
と同級生の早手三五郎が、突然、現れた。彼は細身で長身、甘いマスクで、とても女に、もてるやつだ。
「おう、お早う、早手。」
「今日は、おまえ、何か冴えない顔をしているね。どうしたんだあ?」
「いや、別にな。そんな、なんでもないよ。」
「またー、嘘を、いうなっ。それは女の事じゃないのかい。女なら、おれにまかせろよ。」
「ああ、任せたい。聞くけど、早手は逆援助交際とか、したことあるのか。」
「逆援助?ああ。おれはね、いつも逆援さ。女が、とっても、おれに貢いでくれるし。」
「それは、おばさん、ばかりだろ。」
「なーに違うよ、女子大生でバイトにキャバクラ、行ってるやつからね、万札をおれ、相当もらったよ。」
「それで、そういうのって、どのくらいになる?」
「月、八十から百万だね。」
「へえええっ、そんなにぃっ、なるのかああ。」
交差点の信号が赤になったので、二人は立ち止まった。
 
出会い系を使って
 「別に、それは驚く事じゃないんだよ。それは、そんなにね。」
早手は、ニヤニヤしながら言う。
「でも、それは君が、いい男だから、そんなに成功するんだよな。」
浜野は横目で早手を見た。
「あ、それは違うんだ。まず、おれは出会い系しか使わない。それで、自分の写真も載せないんだ。」
「では、メールだけで?」
「ああ、そうさ。男と違って女は言葉に弱いんだ。男は女を外見だけで、ほとんど判断するし、女が何を言うかはあまり気にしない。この逆が女なんだよ。」
「なーるほど、ね。」
「ある香港だったと思うが、そこの女優がだね。ベッドシーンは絶対に嫌だということだったんだけど、監督に四時間位、説得されてオーケーしたっていう話がある。これなんかも、女が言葉に弱い事を示しているだろう?」
「ああ、そうだね。」
「だから出会い系を使えない人達っていうのは、そこのところがわかっていないんだ。メールだけで会い、ホテルへ誘導する。これもすべて言葉なんだよ。」
「そういえば、そんな気もするなー。」
「出会い系を使えなかった人達は、女を言葉で攻めるやり方をしらない。ネットでよく出会い系は会えないなんて書いてあるけども、口説き方を覚えればいい。又、女が使う言葉も知っておかないとネカマにやられる、っていうか浜野は、出会い系は、やってんの?」
「ああ、少しね。少しだけど。」
「うまくいった?」
「ちょっとはな、でも、今の話、参考にするよ。」
信号が青になった。歩きながら早手は、
「おれのおじさんも出会い系を使っている。町田のおれたちの美術大学を出たんだよ。今、ウェブデザイナーに、なっているけど給料は安いらしい。唯一の楽しみは、出会い系だそうだぜ。」
「そうか。おれたちも、なろうか、ウェブデザイナーに。」
「考えておこうよ。叔父さんの名前は、早手三四郎って、いうんだけどね。」
蔦が絡まった大学の校舎が、二人の視界には見えてきた。
 
魔術なんでも屋
 最近はネットで呪い代行、などというものもあるわけだが、その女性は外国から町田に来た二十五歳の魔女で、原町田のビルの一室で注文を受けていた。
 といっても大抵は、インターネットからのメールでの依頼になる。呪い、略奪愛など黒い魔術を得意としているようなのだ。
 キャンメルという名前なのだが、本国では彼女の親戚の女性も、やはり黒魔術で生計を立てていた。悪魔を呼び出し依頼するという、その方法で、もう百人ばかり呪殺しているのだ。
 キャンメルも同じやり方だが、日本では、まだ呪殺の依頼はなく、略奪愛の依頼が多いという。特にOLの上司との不倫の関係を成功させたい、というのがよくあるらしい。
キャンメル様、わたしは二十三歳になる大手企業の事務員ですが、もう一年も上司の課長との不倫が続いています。課長はもちろん結婚していてお子さんもいるのですが、育児に専念する奥さんには魅力がなくなったと話しています。
 セックスは、もっぱら昼休みに会社の会議室の物置でしていますが、わたしも声をあげないように我慢はしてます。
 一度、おもいっきり大声で叫びたいんです。そのためには、この不倫を成功させて、課長が奥さんと離婚するようにして欲しいと願います。
 略奪愛の魔術を、お願いします。東京の丸の内のオフィスで勤務しています。
 キャンメルは返信した。
 その課長の名前と、できれば住所をおくってください。
 
送られてきたものを、もとにして魔術をかけるのだ、というより悪魔に依頼するのである。
 
依頼したい
 
 そんなキャンメルをユナは知る事になった。
 自分の部屋にあるパソコンでネットサーフィン中に見つけたのだ。あの剣上エリとかいう女子高生は週に一度位、待ち伏せしているのか、高ヶ坂でよく会う。
 いつも絡んでくるが、何とか振り切っていたのだ。(縁切りっていうのもできるのね。あの腐女子、うるさいものね。頼んでみようかな。え、町田じゃない。直接行ってみようかな。)
 思い立った次の日の学校帰りに、原町田の魔女のいる部屋へユナは行って見た。
 十階位のオフィスビルの最上階にある。一階が花屋で、近くに飲食店が多い。この花というものも魔術では、よく使われるため選んだ場所なのだろうと思われる。
 十階にエレベーターで昇ったユナは、目の前すぐに大きな銀色の五角形の星が描いてある部屋を眼にした。近づいてインターフォンを押すと、
「どうぞ。お客さん。」
という外国語訛りの声がした。
 扉を開けると、そこは紫煙のたちこめる十畳ほどの部屋で、デスクの上には人間の頭蓋骨の形の水晶があった。
「いらっしゃいませ。さあ、そこに尻を、かけてください。」
勧められる通りにユナは、そこの黒いクッションの椅子に座った。
「それで、あなたは、どんな悩みですか。」
そう問いかけると、キャンメルは自信のある笑みを浮かべた。
「はい。それが今、わたし、ストーカーに会っていまして。」
「は・あ・そう。それで、どういう人なのですか。」
「はい、相手は女子高生ですけど、あいつ、わたしが私生児だと言うんです。その子が、わたしの父の本当の娘だと言うんですけど。」
「それは、そうかも、しれないではありませんか。真実では、とも。」
「そんな事、ありませんよ、だって、わたし、父に、ちゃんと育てられてきたんですよ。」
 
真実は
 
キャンメルは左手の祭壇らしきものにスイ、と向き直った。
「それでは、このことを、尋ねてみましょう。精霊は、すぐに、お答えくださいます。」
 彼女は両手を組み、首を少し傾けて静かに瞑目する。それから、しばらくして眼を開くと、
「やはり、あなたは、あなたの父親の実の子供ではありません。」
「そうですか。そんな事、わたし、信じていいものか・・・。」
「で、そのストーカーという高校生が、本当の子供である、とも精霊は、お答えくださいました。」
「えええ。では、その子を、わたしから追い払う事は、お願いできないのですか。」
「できません。悪魔、と日本では呼ばれていますが、キリスト教で勝手に悪魔にした古代の神々なのです。理にかなわない事は、神々には、お願いできません。」
「わかりましたわ。料金は、いくらですか。」
「ああ、何も、わたしが、できない場合は、お金は、お金はねー、いりませんよ。え?」
キャンメルは、大きく眼を見開いてユナを見た。そして、
「あなたの母親は、もしかして、田宮可奈さんではありませんか。」
「ええ、でも、何故それを、あなたは知っているのですか。」
「それはね、あなたが、あなたの母親に、よく、よく似ているからですよ。実は、あなたは私の・・・。」
キャンメルは、ピタリと口を閉じた。そして優しく微笑むと、
「精霊には頼めないが、何かしてあげよう。そのうち思いついたら電話するから、携帯電話の番号でも教えておくれ。」
と、とても優しい口調で問いかけたのだ。
「はい。ガラパゴスですけど090・・・。」
 
銀行員
 人は自分の名前には、当然興味を持つ。自分の名前から進路を決めてしまった人もいるほどだ。それで町田市の地方銀行に勤めるその男は、ある衝動にとりつかれる事があった。彼は、いたって銀行員らしく温厚で物腰も柔らかいのだが、その名前故に営業の方には回されなかった経歴で、今年三十歳になるのだが、未だに独身である。
 知人には、
「郷さん。もう結婚してもいいんじゃない?」
と度々のように言われるのだが、
「いや、まだまだ、ですね。」
と、はにかんだように受け答える。五時で勤めを終えると、すぐ近くの鉄筋のマンションに帰宅してはアダルトDVDを見る毎日である。
 大抵の銀行員は、お堅いといってもいいのだが、昔、アダルトDVDに出た元銀行員の女性もいるので、彼の場合も不思議とはいえない。大手電機メーカーに勤めていた人が、風俗店に転職した例もあるのだ。その大手電機メーカーは今、大赤字となっているのだが。
 さて、彼の名前は郷冠太という。そのまま読んで、ごうかんた、である。小中学校の時は何も言われなかったが高校、大学と、からかいのタネにされた。何か強姦事件があると、
「郷、おまえじゃないのか?犯人は。」
などと、からかわれたりしていたものだ。
 
銀行員2
 
 そもそも町田市役所に母親が名前を届出に行った時にも、受付の係員は苦笑を抑えた顔になったが、受理はした。
 大学を卒業して今の地方銀行に就職した時も問題はなかったのだ。だが、名前による影響は、着実に彼の頭の中を掻き回し始めていたのである。
 一定期間の研修を経て窓口に座った時、若い女性が来て用件が終わり、くるりと背中を向けた時に、郷は、その女性の尻のところを見るのを常としていた。
 そして、(あの女を強姦できれば・・・)などと思ったりしているのだが、表情は努めて、にこやかな笑顔を見せている。
 これは夜に鏡の前で、自分の顔の表情を見て、自分でコントロールできるようにしてきた、からできるのだ。銀行員という手前、レンタルショップに行ってアダルトDVDを借りるわけにもいかず、便利な時代なのでネット通販でアダルトDVDを購入している。やはり最近は強姦もののAVが多くなるのである。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴ると、
「郷さん、日本郵便です。」
 受け取った郵便物には、宛名は郷冠太、とあるわけなのは当たり前だが、中にあるのは強姦もののDVDだから少し笑みが浮かぶのだ。
 それをパソコンで鑑賞しながら、実行したくなるのだが、彼は銀行に採用される位の人物ではあるので、衝動的に動く事は考えはしない。
(何か見つからない方法ってないものか)
と思っている。町田市は繁華街は駅周辺だけなので、少し行くと人通りも少ないところが多くある。夜は街灯も暗いものだ。そして公園が多い。樹木が植えられていて、物陰になるところも多いのである。最大の問題は、人に自分の顔を見られる事だ。
 
引き寄せの法則
  最近何かと話題の、この引き寄せの法則が郷冠太の願望を実現するのに力を貸してくれたのだ。
 毎日毎日強姦への願望、しかも、ばれずにという思いはそれなりの人物を引き寄せる。彼はネットでキャンメルのサイトを見た。(なんでも望みをかなえます、ってか。)
 郷は結婚する前に、強姦の楽しみを味わいたいと願っている。独身の今だからこそ、できるのであって、奥さんがいると難しいのはいうまでもない。
 無論、彼は一日おきには勃起しているのだが、銀行員は風俗にも行きにくいのである。行っては行けないという事はないのだが、やはり風俗嬢とて銀行の口座を持つわけだし、先輩にはデリヘル嬢に絡まれた人もいたため警戒しているのだ。
 その先輩は窓口で、昨晩シティホテルに呼んだデリヘル嬢と顔を合わせた。用件が終わると、そのデリヘル嬢は何かメモを書いてその先輩に渡したのだ。それには、
 昨日の晩のことで、お話したいな。電話してね。しないなら・・・それなりに考えます
と書いてあり、その女性の携帯電話の電話番号が書いてあった。
 
引き寄せの法則2
 
という事で、その先輩行員は夜になってデリヘル嬢に電話した。
「もしもし。電話したけど、あの銀行員です。」
「あ。あの銀行員さんね。わたし、口止め料が欲しいな。」
「いくら、いるんですか。」
「そうね。二百万円ほど、かな。」
「それは、それ、ちょっと高くないかな。」
「あら、あなた、銀行員の職を失いたいの?今時、職って、ないわよね。それで、よければ、そうしましょ。」
「ああ、もちろん、すぐ工面しますよ。でも、これで、この事は終わりに、してもらわないとね。」
「しますよ、多分ね。わたしの口座番号はね、・・・・。」
 それは、郷の勤める支店の口座だった。翌日の昼休みに、郷の先輩は、即、振り込んだという。
「という事で、郷。おまえには、そうなって欲しくないわけだ。」
町田のスナックで飲みながら先輩は、その話を話してくれた。
「ええ、気をつけますよ、ご心配なく。」
「まあ、お前の場合はね、強姦じゃないか、と思うんだけど、いや、これは冗談だよ。」
 郷冠太は冗談でもないんだけど、と思っていた。彼は頭の中で、(林間学校で輪姦したい)などという冗談を思いつくのだが誰にも言えず悩む事もあった。
 彼は銀行員らしく、せっせと貯金に励んでいたので先輩の話は身につまされた。それでデリヘルも呼ばない事に決めていたし、出会い系サイトも入らないようにしたため、性欲の発散の場が見つからない。
 職場は、というとその支店では若い女性を採用するのを見送ってかなりになるため、三十代後半のしかも既婚の女子行員がいるだけだ。
 その女性達は当然お堅くて隙など見せず、余計な話も、した事はない。郷の風采は、といえば中肉中背で眼は細くて平凡そのもの、三枚目というのがぴったりくる。それもあってか、周りの女性からは好意的な目で見られた事はないのだ。そんなある日、ネットでバシャールの事を知った。
あなたがワクワクする事をしなさい
 そうその宇宙的存在は言う。郷冠太は思った。自分にとってワクワクする事は、それは強姦だ、と。
 四次元へ
 ワクワクする事をする事が人間には一番必要であり、それは人間を四次元の存在へと高めていく事になるらしい。
(なんと素晴らしい教えではないか。自分は今まで強姦という行為にためらいを持っていた。が、バシャールの教えによって吹っ切れた。)
 郷は、そう思うとハラハラと涙を流した。イエス・キリストよりも救い主だ。バシャールという宇宙的存在は、日本人でもチャネリングできる人がいる。
(四次元に移行した自分は、地球上の存在とは違うものになる。例えばそう、銀行の金庫の中にも入れるかも。)
 何事にも愛が必要なのです、だから強姦も愛だ、と郷冠太は思った。愛さえあれば、この世は強姦し放題、かなと思いつつ、でも、方法を確立する必要はある、と銀行マンらしく考えてみる。どうすれば?思いついても自分では、どうしようもないので町田の魔女のところに行かなければならない。
 愛こそ人の動機のすべてになれば、戦争もなくなるけど強姦はなくならないさ、と郷冠太は思いつつ、倹約のために変えないガラケーでキャンメルに電話で予約した。
♪愛がすべてだ、もちろん、だから強姦は愛♪と勝手に節をつけて歌いながら郷冠太は踊っている。
 西洋人は愛が好き、だから、きっと強姦も好きに決まっているとも踊りながら考えた。キャンメルも強姦されたい願望が昔はあったのかもよー・・・なるべく多くの女を強姦できれば五次元に行けるかもしれない、と希望を持つ郷冠太であった、なんて古い表現はもう時代遅れのもの、ゴーゴー、ゴウカンタ!
魔女の教え
「・・・というわけで、なんとしても女をものにしたいんです。」
原町田の魔女の部屋で、銀行員、郷冠太は語った。
「ほほほ、あなた、強姦したいのね。」
「え、何故、おわかりになりますか?」
「いえ、精霊が、あなたが入ってきた時に、わたしに教えてくれたからよ。」
「ううん、オカルト的で神秘的ですね。ただ、わたしも、社会的な責任のある職業ですから、ばれたら、まずいし、抑圧できる方法が、あればとも思っているんですが。」
「そんなに深刻に考える必要は、ないわよ。あなたが強姦したいと思っているように、強姦されたいと思っている女性を探し出せば、いいじゃないの。」
「ああ、なるほど。それは素晴らしいと思います。でも、わたし、どうしたら、いいんでしょう。」
「それは、わたしが精霊に頼んでみるわ。うまくいったら、あなたに報酬を要求します。」
「金額としては、いくらですか。」
「まあ最低、五十万円ね。」
「へ、意外と安いですね。そのために、っていうか、ぼく、貯金もしてますし、銀行員だから。その支払いは、大丈夫ですよ。それで四次元に行けたら・・・。」
「は?四次元に?」
「いえ、なんでも、ありません。今日は、引き寄せの法則ですかね。」
「そうね、そうだわ。それは、精霊である神様が引き寄せますよ。」
「それなら、M女かな・・・。」
「え?なにが。」
「いえ、強姦できれば誰でもいい、それならM女・・・なんてところです。」
「よろしい。しばらく、待って。」
若い魔女は、白い両手を組み、頭を少し下げて瞑目した。
 
精霊のお告げ
 「あなたに強姦される女性は、現れます。」
眼を開けると、美人魔女は、そう宣告した。嬉しい限りです、と郷は思ったが、
「では、やってもいい、と。」
「そうです。そのために精霊は、あなたを導くのです。安心して。それから、もう一度、ここに、きてください。その時、ある人と引き合わせますから。」
「はい。それなら、次の日曜日では、どうでしょうか。」
「そうしましょう、それで、よし。」
 部屋を辞してエレベーターで一階に降り、原町田の商店街に出た郷冠太は、あの先輩と、ばったり出くわした。
「西城先輩、これは、どうも。」
「やあ、郷じゃないか。よかったら喫茶店にでも行こう。おごるぜ。」
「ええ、喜んで、お供します。」
すぐ近くの喫茶店に入ると、銀行の先輩、西城秀一は、
「ここがいいな、座ろうよ。」
「ええ。突然だけど、先輩はバシャールって、どう思いますか。」
「ああ、あのニューエイジのやつね。アメリカ人らしい冗談だろう。」
「でも、ワクワクする事を、やる事が大事だっていうのには共感しますけど。」
「そんなー、おれなら・・・あ、コーヒーね。二つ。郷、いいだろう?」
「ええ、いただきます。」
「あ、向こうへ行ったな。おれなら近くの独身女性の下着を見るとワクワクするし、それも手が届きそうなところにあるから、もらったらワクワクするだろう。そんな事、できないじゃないか。」
「西城先輩は女性にもてそうだし、そんな事しなくても、いいんじゃないですか。」
「いや、もてる男ってのは、案外、一人になってしまうんだよ、なんて、そうもてないけどさ。だからデリヘル呼んでみたんだけど、原宿屋っていうビジネスホテルでね。」
「銀行員って、結局お見合いですかね。」
「そうだな。おれは支店長の野口さんから、そのうち見合い話、持ってくるって、いわれていてね。」
「野口二郎さん、ですねえ。ぼくも、かなり勤めれば西城先輩みたいになれますか。」
「なれるよ。銀行員は、まじめだけが取り柄だ。なんか腹が減ったな、カレーでも取るか。」
「どうぞ、ぼくは、いいですよ。」
 入金
 浜野は逆援助交際で得たお金を、アパートの部屋の押入れの中に入れていたが、大分溜まってきたので銀行に預ける事にした。
 近くの地方銀行に口座を作りに行くと、
「いらっしゃいませ。」
窓口で郷、と名札の付いた男に接した。
「口座を作りたいんですけど、普通預金のね。」
「かしこまりました。それでは、こちらの方に記入をお願いします。」
差し出された用紙に、浜野は必要な所を書いて
「これだけですけど、ね。」
と言うと、一万円札を八十枚、添えた。
「こんなにも、たくさんお預けいただき、誠に、ありがとうございます。」
「いえ、何、こんなの、それほどの事では、ないでしょう。」
「職業は学生さんでも、起業か何かされているのでしょうか。ネット関連とか。」
「いえ、そういう事は別に、してませんけど。」
「もし、これから起業などされて、資金がお入用でしたら、ぜひ、当行の融資をお受けください。」
「そうですね。考えてみます。」
 浜野は、くるりと背中を向けて銀行の玄関へ向かう途中、西城、と名札の付いた男から、
「どうも、ありがとうございました。」
と深々と礼を言われた。(逆援助以外でも、金を稼ぎたいのになー。ネット起業か、あ。)
 情報で起業
  郷という銀行員に言われた事が、気になって浜野はネットで起業なるものを調べてみたが、情報起業という言葉もあるという事を知った。だが、自分には大した情報などない。犬のしつけ方をDVD化して億単位の金を稼いだという人の話もあったが、自分にはそのような技術はなかった。人は誰でも情報は持っている、とはいえ実は大した情報を持っているわけではない。会社勤めなら社外秘の情報を知りえる立場にある人もいるとはいえ、それは公開不可能である。
(ネットで起業なんかできんなー。・・・そうたい、逆援助交際の実績が・・・でも、特にテクニックが、あるわけやないし。それに、よく考えたら、あんまり逆援助に挑戦する男が、おらんから、うまくいくと、だもね。それを、ばらせんたい(公開できない)。みんなが、知ったら困る。)
 
若い夢
 
 次の日の学校帰りに、浜野は早手三五郎に出会った。早手は、
「よっ、浜野。浮かない顔しているけど。」
「ああ、なんか、ネットで起業しようと思ったけど、考えつかないから。」
「ふーん。おれたちには、美術があるじゃないか。それを捨てるのか。」
「いや、ちょっと、考えてみてた、だけだよ。」 
 校内の大木の陰に立ち止まった浜野は続けて、
「何か情報起業って、長続きしないようにも思うね。」
早手は、うなずくと、
「もって数年だろう。そのうち他の誰かが、自分はネットでこう稼いだ、なんて現れて、みんな、そっちに行ってしまったりする。そういうものより、美術も電子書籍化されつつあるし、それでもやろうよ。」
そこへ一人の若い女子学生が、ふいに通りかかった。早手は右手を軽く挙げると、
「よう、丘。」
「あら、早手君、お友達と一緒ね。」
「ああ、浜野っていうんだ。」
「あ、浜野です。よろしく。」
「丘サレナっていいます。よろしくね。」
早手は、にやにやしながら、
「ああ、浜野。いいネット起業がある。丘さんのヌードでもDVDに撮ってみたらいいかな。」
「まあ、いやね。そんなの、わたしに、できるわけが、ないじゃない。」
「でも、考えておいてくれよ。」
「さよなら。」
 丘は足早に立ち去った。黒のロングスカートが浜野の眼に残った。痩せていながら彼女の尻の肉は、おおいにある。胸は見忘れたが、やはりあるのだろう。
浜野は、
「今度、もう一度頼んでみるか。」
早手は胸を張って、
「そうしようぜ。なんせ、丘サレナだ。そのまま読んで、犯されな、とも読めるよ。」
「ああ犯すの意味のね。ハーフかな彼女。」
「父親が北欧の人らしいよ。」
 
その時、 
「やあ、お二人さん。お久しぶりー。」
と声を、かけてきたのは同級生の岡だ。早手は、
「なんだ、岡。今日は学校に来てたのか、珍しいね。」
「ああ、なんかAV男優のアルバイトにも、飽きてきたしね。」
浜野は眼を見張って、口にする言葉は、
「なにー、おれにも紹介してくれないか。」
「いいよ。でも、一本で一万円だけど。」
「安いなー、考えておく。」
「あのなー、最近は、ゲイのDVDの方が出演料が高くて一本、五万円らしいよ。」
「岡は出たのか、ゲイDVDに。」
「いや、まだ出てない。それに、それほど金に困った生活でもないし。趣味でやってたんだ。それで、この前、あるAV女優から真剣味が足りないと言われてね。」
早手は、ふむふむ、という顔をしていたが、
「なあ、岡。今度、丘サレナとのDVDを、おれたちで作ってみようか、なんて今、考えていたんだけどね。」
「ああ、あのハーフの女の子だろ。やってみたいねー。」
「だろ?だって君の名前は岡志大(おかしたい)だし、彼女は丘サレナだものね。」
岡志大は大声を出して笑って、
「そりゃそうだな。おれも親が何で、こんな名前をつけたのかって随分悩んだし、名づけてくれた父親に聞いたら、
『志を大きく持つ人間になって欲しかった。』
って言うんだ。でも音読みの影響のせいか、高校在学中に十八歳でアダルトDVDに顔を隠して出れたんだよ。体は大きいしね。」
なるほど、岡志大の体格はプロレスラーみたいだ。浜野は聞く、
「AVって勃起するまで待つ、勃ち待ちってあるんだろう。」
「ああ、でも、おれの場合、それは、なくって、いつもすぐにという意味でのたちまち、でさ。勃起も早いんだよ。」
早手はニヤついて、
「それじゃあ、期待しよう。考えてくれ。」
「ああ、でも君たちに、ちんこを見せるのは少し恥ずかしいな。」
早手は右手の親指と人差し指で丸を作り、
「これに、なればいいだろ。」
「うん、そうだな。君たちも、ちんこ出せば、いいのに。」
早手と浜野は顔を見合わせて拒否の表情をした。岡は、
「ああ、おれだけ出せば、いいもの、できるかもね。それじゃ、課題の裸婦デッサンを家でするから、今日はさよなら。」
岡志大は、ひょこひょこと歩き去った。浜野と早手も、ゆっくりと、その場から歩き始めたのである。
外国と共に
 美魔女・シャンメルに結社のビルの部屋の中で、アシスタント・ディレクターの絵山は疑問を口にした。絵山は東京・練馬区の画材商だったが、今は田宮真一郎の絵の画商もやっている男である。
「ホルス神を日本にお招きするのは、福岡の方が、いいのですね。」
「ああ、日本の魔術本の翻訳なども、福岡在住の人達が多かったですね。今度の金環日食も、福岡では部分ですし、ホルス様は太陽の神ですから、太陽が隠れるところはお嫌いなのです。又、」
そこで、シャンメルは青い眼を輝かせて、
「占星術でも日食は、それまでの権威者、昔なら王の失墜を意味します。2009年の皆既日食の後ですが、リビアの指導者が、あっけなく殺されましたね。」
「ねずみと呼んだ民兵に、でしたね。革命軍はカダフィを捕まえた時に、尻の穴にズボンの上から棒を突き刺したらしいです。」
「それも日食というものが、そういう事を巻き起こせるものね。日本でも、与党は終わったり、しています。で、東京電力もガタガタの現在でしょう。金環日食の後にも、様々な現象は起こりますよ。今まで権威があったものの失墜、と覚えておくんです。」
「はい。では、福岡に行ってみるほうが、いいのでしょうか。」
「行ってみますよ、近い内に。ドイツも当の昔に東西が一つになったのですが、日本の場合は首都を移動させない限り又、ポツダム宣言になりかねませんね。今度は経済の方でかな。すでに中国の家電メーカーの勢いは強いしね。」
絵山も、さすがに、それには暗い顔になった。
 
ひとつのサイクル
 
 シャンメルはラピスラズリを嵌めた左手の人差し指を、自分の鼻の頭にもっていった。ラピスラズリというパワーストーンには、精神の安定、その他の効用が、あるとされている。絵山は、うつむいた顔をあげると、
「確かに江戸という地名では二百六十年にも及ぶ安泰があったんですが、明治元年の1868年から終戦の1945年までは、77年しかありません。1945年から77年経つと2022年ですが、この時にも又、何かの終わりがあるとも、予想できなくは、ないですね。」
「歴史は繰り返す、とヴィーコは言っていますね。」
「では、経済大国としての、一つの終わりが来る、といえるのかもしれませんが、私のような単なる画商には、考えられない問題では、と。」
「東京を中心のサイクルは、いずれ又、破綻するのでしょうね。だから、東京に向かう日本の気の流れを、他のところに移すべきではあるのですよ。とはいっても、すでに世界最大の自動車メーカーは愛知県に本社を置いて変えないし、製薬会社の首位は大阪が本社です。食肉も大阪に首位の会社があるのですから、経済一流と呼ばれた日本の会社は、東京にない事が多いものでしょう?これも第二次大戦に東京で一手に力を握っていた図式とは、異なるために第二のポツダム受諾にはなりにくいとは思いますが。」
絵山は感嘆の表情で、
「グランドマスターは日本語がお上手ですね。それに、その知識は・・・」
「あ、いえ。わたしは母が、日本人だったのですよ。だから、幼い頃から日本語を聞いて、話していたのですよ。日本語の本も読めますしね。」
そういえば、シャンメルの脚は、そんなに長くない気が絵山にはしていたので、これには納得させられたのである。
 
中心の分散
 
 黒髪をポンと左で掻き分けると、シャンメルは、
「そう、福岡に新たなパワーポイントを作るのも、日本の経済発展のためにもなるし、わたしの母は、まだ外国にいますが、とても喜ぶと思います。」
絵山は窓の外を見た。彼には、町田の風景も力なく見えた。自分も先祖の土地に帰った方が、いいのかもしれない、と思ったりした。
あの女
 学校帰りに浜野と岡志大は町田の芹が谷公園に、いた。あまり人はいないし、ベンチに座って、近くの樹木を眺めながら話をするのが楽しかったのだ。岡は白の携帯電話を取り出すと、
「まだスマートフォンじゃないけどさ、いい出会い系を見つけたんだ。で、教えたいと思って。」
浜野は興味で、にやつきながら、
「どんなものなんだ。教えてもらうよ。」
「これだ。写メでOKっていうんだけどね。とにかく登録している女性のすべてが、自分の写メを、のせているという事で話題なんだ。」
「顔を載せない方が、出会い系は多いのが普通だなー。それに変な奴も多いし。」
「うん。大抵の出会い系って、女性登録は甘いだろ。それに無料だしな。ここは、女性もクレジットカードで認証しないと登録できない事になっているから、おかしなやつは、いないみたいだよ。」
浜野は、急に、生き生きとした表情になり、
「そこに、おれも登録するよ。これは、面白そうだな。」
「ああ、そうしろよ。それに、ここはね、自前のメールアドレスが持てるんだ。男性には自慰メール、というものをくれる。10ギガの容量を使えるんだ。もちろんフリーアドレスだし、その自慰メールの画面にはヌードの女性の画像が、ついていて、それを見ながら送信できるよ。」
「自慰を、しながらメールしても、いいって事か。」
「そうかもな、おれは少し、しごいてから送信するし、その画像は毎回変る、という楽しみが、あってね。」
「なんか、イクシーという、セックスでイキたい女性のSNSも、とうとう、できたらしいけど。」
「SNSじゃ、出会うのは難しいよ。おれは、使ってないし、そこは女性だけの、たまり場みたいだってさ。」
 浜野は岡に、その出会い系サイトを教えてもらって、その場で登録してみた。彼らの目の前に、突然、若い男性二人が通り過ぎて、近くのベンチに座った。 
 そのベンチに座った若い男性二人は、やはり大学生らしかったが、座ると、いきなりあろうことか、抱き合ってキスをし始めたのだ。  浜野と岡が唖然として、それを見ていると、顔を離した一人が、
「おまえら、何見てんだよ。おまえらだって、ゲイなんだろ。おれたちと同じ事しろよ。見たいなら、もっと見せてやる。」
抗議すると今度は、ディープキスをして、二人が舌を絡めあうのが見えた。浜野と岡は、すぐにベンチを立ち上がって、その場を早足で駆け抜けて行った。
 最近のゲイの人口は急増中、であるという。なにせ結婚しない男性が昔に比べて、ものすごく増えている。三十年くらい前の八倍、ともいうらしい。これらの男性の中には、もう女性には関与しないと決めてしまった人達もいるらしく、ゲイのブームは2012/05/01現在でも、ひそかに進行中なのである。なにせ、大手アダルトDVDメーカーでも、男子社員をゲイもの、に出させつつあるようなので、少し前にも体育大学関係の学生のゲイDVD出演問題、よりもっと進みつつある感じだ。また、レンタルなどでも、ゲイものが、はやりつつあるのかもしれない。AV関係者も、これからは両刀使いであらねば、ならないのだろう。ただ、浜野と岡は、そういう気は毛頭なかった。
 アパートに帰った浜野は、先ほど登録した出会い系にログインし、自分の住んでいる地域を検索した。すると、やはり登録した女性の写メが、ずらりと並んでいる。その中の一人の顔を見て、浜野はアッと声を上げた。 
 それは、あの心霊写真として写っていたOL風の女だったのだ。(もしかしたら、死ぬ前に、このサイトに登録していたのかもしれない。)そう思った浜野は、取得した自慰メールでメール送信画面を呼び出した。すると、若い女性の上半身のヌード画像がメールを書くところの下の方に現れていた。
件名 お久し振り
 何か、この前、電話をくれましたね。死ぬ前に、ここに入っていたのですか。
 すると、一分以内にメールが返信されてきた。
件名 死んでも生きてます
 死ぬ前に入っていたけど、こうやってメールの返信は、できるのよ。よかったら、お会いしないですか。
 浜野は返信されたメールを見て、ぞっとした。やっぱり、あの女は、おれに電話してきたんだ。そう思うと、ピクピク震える手で返信した。
件名 お会いしましょう
 でも、ぼくに霊眼なんてないから、あなたが見えるかなー、と思いますけど。
 今度は二十分くらいして返信が来た。
件名 ご心配なく
 もちろん、霊眼がないと心霊は見えないんですけど、わたし、なんとかするし、今度の日曜日に町田駅前で会いましょう。時間は午前十一時が、いいな。
(なんとかするって、どうするのかな)そう思いながら、浜野は返信した。
件名 了解です
 それでは、待ってます。
 実際に幽霊は来るのかと、浜野はいぶかしく思いつつも、携帯電話のネット画面を終了させた。
 
福岡へ行く
 魔術結社の「薔薇の星」福岡支部は、博多駅近くのビルの一室であったが、シャンメルと絵山は本部の移転を計画して福岡に向かう事にした。福岡は、いろいろと知られているところだが、何と強姦の発生率が日本一、という年が連続していた事も、あるところである。犯されたいという願望のある女性は、福岡にくればいいという冗談のような本当の話というか、実際のところ、福岡といっても東京より面積も広いので、何処で行われているのかは発表もないようだ。筑豊地方に多いのかもしれないし、犯されるために福岡県を周遊したいというのであれば、それも一興だろう。ただ、そういう女性が、いるのかは、わからないところ、ではある。
 旅行代理店のツアーに福岡強姦体験ツアーなるものが、あるわけもないのである。こういう強姦発生率は、福岡の女性が誘発している事かもしれない、というより、そういう願望の女性が多いといえない事もない。不謹慎だと思われるかもしれないが、引き寄せの法則だの、ワクワクする事を実践しなさいだのという最近のスピリチュアル・ムーブメントに忠実な人間が、実は福岡には多かったりするのかもしれない。閑話九大、いや閑話休題、それはさておき、である。その九大、国立大学の九州大学が移転中なのである。それでシャンメルと絵山は福岡支部を博多駅近くよりも、九大の移転先の近くに移してはどうか、と思っている。2012年現在、残っている九州大学のある箱崎の土地は、かなり近くの飛行機の離着陸でうるさい、というのも移転の一つの理由らしい。
 
福岡支部
 福岡に着いたシャンメルと絵山は、博多駅を降りると筑紫口、すなわち南側の方から出た。
 出てすぐに大型画面の映像が流れているのは、信号を渡ったところのビルにある。人と車の流れは、いつもぎっしりという感じだ。 
 こちら側から出てもあまり、福岡市の観光には役立たない。観光目的なら博多口という北の方から出ると、いいのである。だが、二人の目的は観光にはないので、南から出て歩いて二百メートルほどの場所にある、雑居ビルの一室へ向かった。このあたりは、博多スターレーンというボウリング場以外、遊びの場所はない。
 すべて、会社のビルかマンションで、分譲マンションもあるのだが、小さな木造アパートというものは、すでに消えていて、東京にもまだある銭湯などは一切ないのだ。福岡市内からも銭湯は姿を消しつつある。ほんの数箇所にとどまるほど、銭湯は消えている2012年現在である。
二人の前に一人の若者が現れた。やせて長身の二十代前半、白いカッターシャツに黒のズボンという服装は、その辺のビジネスマンと変らない。右手を挙げると、
「お待ちしていました。福岡支部の文です。」
絵山は「こんにちは。」シャンメルは「元気そうね。」と、それぞれに話した。「こんにちは。ええ、元気そうに見えて、なによりです。」と笑顔を見せて、「支部に、ご案内します。」と言うとトコトコと歩き始めた。
 大宰府へ
 絵山は、「ちょっと、待ちたまえよ。ぼくがタクシーを拾うから、大宰府へ行こうよ。いいですね、グランドマスター?」
「ええ、もちろんですよ。わたしも、興味あります。」
文という青年は振り返ると、二人の近くにすぐ来た。近くを通ってきた個人タクシーを、手をあげて絵山は止めた。絵山が助手席で、シャンメルと文は後部座席に乗った。絵山は快活な声で、
「運転手さん、大宰府まで。」
「はい、わかりました。」
博多駅から大宰府まで車で、そんなに遠くはない。ずっと南に行くとシャープの福岡の大きなビルが見えてくる。それを過ぎて、大野城市に入り、さらに南に行くと大宰府だ。赤い橋が見えたら、そちらには行かずに、左折すると大宰府政庁跡、という緑地帯に出るのだ。大宰府は古い歴史を持ち、太宰府天満宮が有名だ。日曜日は特に太宰府天満宮の方は人が多いが、政庁跡の方は緑地帯だけなので人通りも少ない。その通りの一つの地点で、絵山は車を停めた。
観世音寺
という寺の前だった。大きな木が、いくつも並び、小さな道は寺へと続いている。そこには、人も、ほとんどいなかった。又、その寺の建物の古さは、異様なほど古いのだ。何せ、千二百年以上も前に出来た寺なのだ。国宝の鐘も、ぼろぼろという感じである。
ここは真言宗の開祖、空海が、しばらく滞在しなければならなかったところである。三人は本堂に行った。やはり人は少なかった。それから絵山が先頭に立って、そこを出て右折して、少し歩くともう少し小さな寺が右手にあった。ここも見た感じは、相当に古いものである。
戒壇院
という寺で、三人は中に入った。ここには、誰もいなかった。本堂の前には、お守りなどが置いてある。一つ三百円程度のものだ。絵山は、
「ここは鑑真が最初に来たところだそうですよ。」
 日本史上最大の
 シャンメルは戸惑った顔で、
「仏教の僧ですか。」
「そうです。」
文は、
「そうですか。」
「ああ、ここで戒律を彼は、授けたのだけどね。まだ最澄や空海以前の話だろう。この鑑真という人だけど、盲目になったという話があるけど、実際は、そうではなかったらしい。それは、ある実話からわかるんだ。」
文は、
「何の実話ですか?」
絵山は星の瞬きのように微笑むと、
「この鑑真に人相を見てもらった姫がいるんだ。その姫の名は東子(あずまこ)というんだけど、藤原仲麻呂の娘でね。大変な美人で、水鏡という歴史書には、彼女は世の中に比較するものは、いないという意味の事が書いてあるらしい。鑑真も、ここから当時の都である京都に行った。その時に当代一の美人を彼は観ることになった。鑑真は彼女を見て、
「千人の男と、やる人相だ。」
という意味の事を予言した。その事が、きっかけとなって鑑真は、めくらだ、という噂が広まったのかもしれない。盲目になった事にすれば、この姫の人相など見れないからね。しかし、鑑真は目は悪くなっていたかもしれないけど、人相は見れたんだ。藤原仲麻呂はこれから後に、反乱を起こして捕らえられ、彼も家族も死刑になる。その時に、この東子は・・・今で言えばAKB総選挙なんてやっているようだけど、その当時の京都では一番の美人、と投票されたに違いないこの東子だが・・・官軍側の兵士千人に犯されたんだ。何日か、かけてね。」
文は眼を、ゆで卵のように丸くして、
「へえ、韓国も強姦は多いけど、これは又、すごいですね。」
「そうだね。日本史上にも類例は、ないみたいだ。しかも公開の輪姦だったらしい。東子は次から次へと勃起した官軍の兵士を多分、正常位で受け入れたんだと思う。当然、中出しだったんだろうね。兵士は列を作って待っていたんだろう。前の男が果てると、次に入れ替わる。そして又、果てて、次へ。そこには観衆も、いたわけだし。」
文は苦笑いして、
「よくやれましたね。群衆の見守る中だったら、アダルトDVDどころじゃないですよ。」 
絵山は全くね、という顔をして、
「今のアダルトDVDでも、というか2012年5月5日現在でもさ、いっぺんに千人の男性とやったAV女優って、いないものね。いるのかな、文君。」
「いや、よく知りませんけど。」
「とにかく今のAV女優でも、この藤原東子には、かなわないんだよ。760年頃の話だからね。当時は公開処刑も、あったらしいんだが。正確には764年10月の話らしいけどね。まあ、秋だし兵士も元気いっぱいだったんだろう。それに、かねてからお相手したかった東子と、できるなんて夢のような気分だったんだろうね。」
シャンメルは、「・・・。」文も「・・・。」
「人相って、あたるらしくて、うん、美人って、そんなものなのかな。やっぱり男性なら美人とお相手願いたい、と思うわけだもんね。それで美人も複数の男性と関係を持つ、なんてよくある話だけど、この東子こそ、最強の美人なのかもしれないね、日本史上。またさ、いや脚の間の股じゃなくて、千人の兵士を群衆の見守る中で勃起させる力、っていうのもすごいな。」
文は素直に、
「ええ、すごいです。」
「次から次へと、中出ししていくから、凄い事なんだ。当時はコンドームもないだろうし、AVみたいに顔に、かけたりする事もないはずだからね。東子は超絶的美人だから、みんな三分も、持たなかったのでは、なかろうかと。」
「・・・・。」「・・・・。」
「今のAV女優にせよ、美人タレントにせよ女優にせよ、こんな女性は全く、一人もいない。」
文は感嘆した顔で、
「世界の何処にも、いないでしょうね。数日で、というのは、いるのかな、どこかの国では。しかし、知りませんでしたよ、そんな話。まず学校教育では、教えないでしょうし。」
「ああ、教えないね。八世紀の話だけど、ほとんど知らない人も多いだろうな、日本人でも。あー、それから東子が絶頂を迎えるより前に、どんどん早漏みたいにイってしまってた、みたいな気もするね。美人の方が、すぐ出るらしいし。」
文は疑問を顔にして、
「何が出るんですか。」
「いやー、射精の事さ。だから美人って性的には不満なのかなー。とにかく東子は、それだけの男性を拒否は、しなかった。優しい超美人だな。」
文は、もっとも、という顔をして、
「今のAVなんて、比較になりませんね。」
 偽りの日本史
 絵山は少し考えていたが、やがて
「誰もが知っている日本の美女は、小野小町だね。ただ小町は歌を詠んでいるため、有名なだけで才女とはいえても、美人とはいえるかどうか。第一、絵にも正面から顔が描かれていなかったし、東子のように世の中に比較する者がいない、と言われていたわけでもない。小町は9世紀の女性だから、東子より四十数年後だけど、東子の千人を相手にした話を打ち消すために、小町を大いにもてはやした、という事も考えられなくはない。それに、今、小野小町の方が藤原東子より、はるかに知られているのは、今までの日本の歴史家の努力の賜物ではないか、と思うんだ。日本一の絶世の美女が最後に千人斬りをしたなんて事実は、お子様には教えたくないだろうし、一般向けにも、まずいんじゃないか、と思ってきたんだろう。」
 文はニヤリっと笑うと、
「日本の歴史家って、きんたまが小さいんですね。いや、睾丸が矮小と言ったほうが、いいんでしょうか。」
「そうだね、真の日本一の美女を隠したいがための、小町先生の噂作りに、いそしんだのだろう。だが、小町には穴なし小町、という言葉まであって、有名だけど、つまりは、知的美しさというものだっただけだろう、と思うよ。でもそんなのじゃ、日本一の美女なんて大嘘で、やっぱり藤原東子を、消し去りたい歴史家の意図もみえてくるな。」
文は深く納得した顔で、
「では、やはり藤原東子が、日本一の美女だということですね。」
「そうだな、世界に誇れるくらい、かもしれない。」
その間も寺の境内には誰も来なかった。黄色い蝶が三人の近くを飛び過ぎていった。シャンメルは、
「あら、てふてふが、とんでいくやうですわ。」
絵山は感心して、
「グランドマスターも教養ありますね、大変に。」
「そろそろ、でませうか、ここを。」
絵山も、
「そうしませう。」
 文の話
 境内を出た三人は、絵山を先頭にして歩いていたが、文は、
「この辺は、何もないじゃないですか。」
「ああ、大宰府は、都市としての発展には、取り残されているね。」
 絵山がいうとおり、大宰府政庁跡の近くには特に高いビルもマンションもなく、店も小さなものが、ぽつんぽつんとある程度だ。
 福岡市のベッドタウンのような市が、大宰府である。太宰府天満宮で、もってきたようなところもある。こういう場所に左遷されて、菅原道真が悲嘆にくれた、という史実も本当かと疑いたくなるような、のんきな田舎的な市ではある。太宰府天満宮の近くに、店も、ぎっしりと立ち並んでいる。パワーストーンの店まで、あったりもする。文は、
「今度は、ぼくがおごりますから、喫茶店にでも入りましょう。福岡市の方が、落ち着けますよ。広い店も、ありますし。」
絵山は軽くうなずいて、
「天満宮は、今日は人も多いし、帰ろうか。」
近くを通ってきたタクシーを、文が呼び止めた。今度は、助手席に文が乗って、二人は後ろへ乗ると、文は景気よく
「福岡市の博多駅近くまで。」
「はい。どの辺ですか。」
「近づいたら言うから、スタートしてよ。」
帰りは早く感じるもので、えっ、という間に博多駅の南側に着いた。 博多駅近くは、駅ビルと、その近くをのぞけば、遊べるところは少ないので、日曜は天神と、その周辺に大勢の人は集まる。だから、博多駅の南側なら、のんびりとできるというわけである。
 
文の文学論
 人通りもそんなに多くないビルの地下の喫茶店に、文に導かれて、二人は入った。客は、いなかったのだが、奥の方へ三人は進んだ。腰掛けて絵山は、
「なるほど、静かなものだね。君の名前は、文学男(ぶんまなお)という字だけ見ると、あまりにも、出来すぎた名前のように思うんだけど。」
文は、店主が置いていった水を一口飲むと、
「そう思われます。でも、僕の名前は近末学男だったんです。親父は日本人で、母は韓国人なんですね。ぼくが小さい頃、親父は他に女を作って、家を出て行った。それで、母の姓である文を戸籍名にしました。そのせいか、それから、ぼくは文学に興味を持ったんですよ。」
「ではオカルトには、あまり興味がないのかな。」
「そんな事ないです。薔薇の星の福岡支部長に、させてもらってますから。三十歳ですけど。」
「うん、熱心なので昇格させたんだ。」
「そう。ノーベル賞の詩人、イェイツも魔術団体「黄金の暁」のロンドン支部長だったと思います。ぼくはイェイツのような有名人ではないけど、ぽつぽつと電子書籍で小説を書いたりしてるんです。薔薇の星も宣伝したいし。」
「それには期待したいね。」
「それで、ぼくは日本文学の暗さというか、そういうのを感じるんですけど、なんか自殺した人が多いし、そういう人達の書いたものこそ日本文学だなんて、それは、いやになるんです。で、最近自殺した日本の文学者の死因を考えていたんですけど、わかった気がして。自殺した人、本当に多くて名前あげたら芥川龍之介、有島武郎、太宰治、川端康成と、いますが、川端をのぞけば、自殺した理由は才能のなさを苦にしてのものだったと思うです。」
「そっかー、そうだね。それは、そうだろう。」
「でしょう?才能のある人が、自殺はしないと思います。先に作品を書くものが頭の中にあったら、どうしても、それを書きたいと思うはずだし、そのためにも、より生きて文章にするはずだ、と思うんね。三島由紀夫も同じだと思いますよ、彼は、それを派手にやった、それも日本人として、すべきでない行動をとって。」 
 その時、店の主人が注文を聞きに来た。他に人は、いないらしい。文は、
「キリマンジャロ・コーヒー三つ、にしてください。」
「かしこまりました。」
文は笑顔で、
「ぼくのおごりです。それで三島由紀夫って国賊なのに、今でも本は出てますね。あれ、よくないですよ。反社会的行動をとる人が出たらいけないんじゃないかと、ぼくも文だけど国籍は母もぼくも日本だし、愛国者とはいえないかもしれないけど、文学って、そんなものじゃないと思うんね。芥川は長編書いてないから、そう、長編を書く才能が、ないのを苦にしての自殺とも考えられます。それは太宰も同じで、やはり長編といえるものは、ないみたいですよ。」
「最近、映画監督が、よく自殺するのとは違っていたわけだ。映画監督は仕事が、なくなる事を苦にしてだと思えるね。」
「ああ、当時の日本て、文学おおはやりで活字読む人いっぱいいたのに、書けなくて自殺した人の作品を、ぼくたちの教科書にまでのせてたですよ。ぼく日本人の学校ですから。川端康成も老人になってからだけど、死んだのは書けないというのが原因だと思います。」
絵山は少し考える顔をしたが、
「そういえば東京は自殺する人が多いね。最近でもタレント、女子アナウンサー、映画監督、いくらでもいる。これは東京の暗さもあるのでは、と思っているんだけど。」
「ああ、東京って暗いですね。ぼくは母と、はとバスに乗って見物したくらいだけど、母は福岡の方が、いいって言って。それで福岡に母と二人暮らしです。で、だもんですから、ぼくは明るいものが読みたいんですよ。日本の文学には暗いものが多くあって、それが正統みたいな。いやだなーと思います。それもこれも作者には自分には才能ない、と思いながらも書いているって感じ。私小説なんて想像力がないから、自分の体験談に色つけて出してるだけ。全く、こんなもの読みたくもないの多いです。それで薔薇の星の教団の文書は明るかったし、母も幸せにしてあげたいから、今も続けてます。」
 母子家庭
  絵山はコーヒーを一口啜ると、
「君は日本の教育を受けた割には、韓国訛りが強いね。」
「いえー、ぼくは正しく日本語を話せますよ。ただ、親しい人には母のような韓国訛りで話してみるんです。そしたら日本人は、どう反応するかと見てるんです。そしてぼくを韓国人として扱うかという、その感じを味わいたいんです。ぼくは母と同じ気持ちを味わいたくて。」
「まあ、ぼくらは君が韓国人でも別にかまわないよ、そうですね、グランドマスター?」
「ええ、気にしないのですよ、文君。」
文は、ほっとしたような、がっかりしたような気がした。文もコーヒーに口をつけて、
「今、韓流ってネットで嫌っている人もいるけども、実は電機メーカーはテレビをアメリカで売るのは韓国に負けているんですよ。何故、韓国ドラマとかが勢いがあるかというと、韓国企業が資本をテレビとかに、入れてるからと思います。逆に日本のテレビは今、電機メーカーは大半は赤字だから広告費も出せないでしょう。それで日本のテレビドラマなんて面白くなくなるんでは、とね。ぼくはテレビは見ませんけど。」
「そうだね。テレビでは韓国に負け、電子レンジとか、なんとかでは中国に押され、ってとこだよなあ。」
シャンメルが、いきなり割り込んで、
「今のままでは、日本の電機メーカーは赤字を続けるでしょう。これら日本の状況を一変させるためにも、ホルス神の力が必要です。」
文は納得して、
「あ、ぼくも日本国籍だから、日本には勢いを取り戻してほしいです。母も日本国籍は、とってます。」
日本の現状
 絵山は遠くを見たり近くを見たりして、
「それはそうだけど、日本人でもハイアールとか買うんだから。それで国も別に何もするわけでもないよ。安ければいいんだろうな。で、日本が家電を撤退する日は遠くないとか、ハイアールの方では言ってるらしい。日本人は、あぐらをかきすぎたんじゃないのかな。自分たちが、いつまでも世界一だなんて、特に電機メーカーの人間は思ってたんじゃないかと思うね。やれ、韓国ドラマが、どうとかいうより日本の産業の一面が斜陽なのに気づくべきだと思う。やっぱり金がかかっているものが面白いし、俳優にしたってギャラが高い方が元気も出る。今の韓国は電機メーカーだけでも少し前の日本みたいに沸いているんだ。ぼくも大宰府では古い日本の歴史を話したけど、現代から眼を背けてはいけないと思う。で、少し明るい話も出てきてるんだ。それは、アメリカが中国の工場をやめるという話だ。それでアメリカ国内で数百万人の人を雇う計画らしい。中国人の人件費が高くなったらしくて、手をひくそうだけど、日本も、すでに、いくつかの会社は中国を引き払っているらしい。アメリカの失業問題は実は中国にあったわけなんだ。」
文は微笑んで明るくなると、
「日本の景気が、よくならないと母の仕事もよくなりません。中洲で韓国女性のキャバクラを、やってるんです。最近は日本の家電メーカーの人達が来なくなったよ、と言ってましたしね。」
「ふーん。結構いるんだね、福岡市に韓国の女性が。」
「ええ、みんな若いんです。もちろん、韓国生まれ育ちの美人が来ます。そして福岡の男性と、よく結婚しますよ。」
 襲われて
 町田の美術大学の日本画学科二年生の丘サレナは、北欧人の父、日本人の母との結婚で日本に帰化したという家庭を持っている。
 彼女は小学校三年生までスエーデンで育ったが、以後は日本の学校だった。それで自分の名前を続けて読むのが苦痛に感じる年頃になったのが、高校三年の頃で、でも、その事を親に言うのは何となく気まずい思いがした。彼女は父親譲りの白い肌と彫りの深い顔立ちで、背は170センチはあったが、豊満な胸と尻を持つように育ってきた。それでJRで調布の私立高校に通っている時によく、満員電車で痴漢された。ひどく込み合ってくると誰も他人の動作など見ていないために、彼女のスカート前面の上からパンティの部分を指で強く、さすられたり、後ろから豊満な両胸を思いっきりつかまれたりした。その時、サレナは驚きと共に快美感を覚えたため、痴漢ですと言う事もできないまま、それらの男性の手は引っ込んだのである。又、後ろのスカートの上から硬いものを、こすりつけられている感覚をよく感じていたが、それが男性の硬直したものであると知ったのは、高校三年の夏に同級生の男性に、男子トイレの前で会った時に、自分の手を無理やりその男子生徒の股間に当てられた時に感じたもの、と同じだと思ってからだった。その生徒はラグビー部のキャプテンをしていた。サレナが自分の手を振り切って戻すとその生徒は、
「丘、おれとどうだ?芹が谷公園のあるところなら誰にも見られないから。」
と言うとにやっとした。彼女は何も答えずに自分の教室にミサイルのようなスピードで走って帰った。
 放課後
 その日の学校が終わって、丘サレナが原町田から芹が谷公園の近くを歩いていると、
「おい、丘。おれひとりじゃあ、物足りなかったんだろ。」
という声がして、目の前にあのラグビー部のキャプテンを真ん中に、その両脇には、おそらくラグビー部の男子生徒二人が、ぬわっと現れた。サレナは何か処女の危険を感じて駆け出したが、
「待てよ。」
とラグビー部のキャプテンに軽くディフェンスを体ごとされた。彼女はキャプテンに、ぶつかると、彼にがっしりと両肩を抑えられて、
「公園内に行こう。」
と耳元で言われた。抵抗しようにも強い力でサレナは公園内に連れ込まれた。奥の森のようなところには、誰もいなかった。サレナは又右手をラグビー部キャプテンの股間に当てられた。それは学校のトイレの前の時よりも大きくなっているという感じがした。キャプテンは他の二人に目配せして、
「おまえらも触ってもらえ。」
と告げた。二人はサレナの両隣で彼女の右手と左手をそれぞれ自分の股間にあてがった。(あっ)彼女は自分が、ちくわの大きなものを両手で感じていると思った。少し手を動かすと、それはシイタケか松茸のような気もした。
「おっ、手を動かしてくれたよ。いいぜー。」
「おれのも、いじってくれ、あっ、いきそー。」
二人は首を、少し傾けていた。
 月夜
 
「おい、おれの続きが、あるんだ。それが終わったら、おまえらも一人ずつ、この女を味わえよ。まずは、おれが味見するからよー。」
キャプテンはサレナの両手を、二人の股間から引き離すと思い切り彼女を抱きしめた。
「おー、たまんねえ。この前行った吉原のソープの姉ちゃんより成熟してんなー。」
と上ずった声を出しながら、ふくれあがった自分のものを、サレナのスカートの上から彼女のVゾーンに押し当てた。
「おい、おまえら、向こう向いて誰か来ないか見張っててくれ。」
「はい、キャプテン。」「わかりました。」
二人は背を向けて、公園の噴水の方を見ている。が、誰も居なかった。もう夕陽は消えかかっていたので、黒炭のような闇が来るかとおもいきや、雲の間から満月が見えた。しかし、すぐ雲が覆うと公園のいくつかの街灯以外灯りはなかった。キャプテンは学生服のサレナの胸を揉みほぐした。彼女はいくらかの快感を感じたが、このままではいけないと思いもした。逃げようと思いつつも、キャプテンの荒々しい指は彼女の脚の間に触れた。その時、サレナは少し脚を開いてしまったのだ。彼は彼女を草の上に寝かせると覆いかぶさって、彼女のスカートを下に下げ始めた。すぐに純白のパンティが露わとなった、その時、
「おいおい、坊や、こっちに来たら駄目だよ。」
と見張りの一人が声を上げていた。サレナが横目で見ると、そこには中学生くらいの少年が立って見ていた。少年と眼が合ったサレナは、
「助けて!警察を呼んで!」
と叫んだ。キャプテンは、かまわず彼女のパンティをずり下ろしたので、サレナの濃い目のアンダーヘアが現われた。
 丸い月
 少年は冷静な顔で、
「やめろよ、まるたんぼうの脳なし野郎。」
と今はサレナのセーラー服の上を脱がせたキャプテンに言った。彼女のふっくらとした大きなブラジャーに口をもっていきかけたキャプテンは、少年を振り返った。そして、
「馬鹿野郎、何ぼんやりしてるんだ、このがきを殴って外へ放り投げてこい!!」
二人は慌てて少年に詰め寄った。その時、雲は消えた。明るい満月が、その場を照らすと、少年は、
「がるるるる。」
と獣の叫びをあげた。そして、詰め寄った二人を飛び越えて、今は立ち上がっていたキャプテンに飛びかかった。
「うあっ、。」
少年に飛びつかれたキャプテンは、どしんとその場に尻餅をついた。そして少年の顔を見ると、信じられない表情になって、
「狼だっ、こいつ!」
少年の顔は全くの狼に変貌していた。キャプテンに回していた両手も狼の毛むくじゃらな前足になっていた。その前足の爪を、キャプテンの喉に当てた。ぐっ、と狼になった少年が爪を立てると、たらたらたらと赤い血が流れ始めた。
「わおおおおおん。」
少年は吼えると、キャプテンの両眼を二つとも両手で抉り取り出した。
「うわああああああ。」
絶叫のような悲鳴をキャプテンは、あげた。その両眼は、ころころと草の上を転がった。
 闇夜に
 見張りの二人は眼を見交わすと、一目散にダッシュをかけて、その場から逃げ出して行った。サレナはパンティを降ろされたままの姿で少年に、
「ありがとう。こっちに来て。」
と誘った。もちろん彼女の眼には、驚きは隠せない。何故なら、その少年の顔は、まだ狼だからだ。両手も狼の前足である。
その頭部で人の言葉が、わかるのだろうか、が、狼の少年は、キャプテンから離れて二メートルほどのところに座っているサレナに近づいてきて、彼女の前に立った。キャプテンは、うううと呻きながら、
「眼が見えない。闇夜なのか、痛いいいいい。」
と口走っている。少年は振り返って飛びかかろうとした時、サレナは、
「待って。あなたにお礼をしたいの。その男はほっておいて、もっと近くに、来てちょうだい。」
その時、満月に黒い大きな雲がかかった。すると、みるみるうちに狼の顔と両手は、少年の顔と両手のあり様に戻っていった。
「まあ、不思議ね。わたし、夢を見ているのかしら。」
彼女は口にしたが、ごそごそと苦痛にうごめく二メートル離れたところの男の気配で、
「夢じゃないわね。よかった。ねえ、あなた、歳はいくつなの?」
「十八になったばかり。今日が誕生日だ。」
照れ臭そうに少年は答えて、彼女の半裸身をまぶしそうに見つめた。サレナは微笑むと、
「それなら大丈夫ね。わたしの方が、少し早生まれ。ね、抱いて。」
と、両手を少年に差し出した。
「あ、いいの?こんなところで。」
「もちろん、一番感じそうだわ。わたし処女だけど。」
「ぼくも実は童貞だけど、抱いていいのかな。」
 初めて
  サレナは黙ってブラジャーを外した。下着と同じ色の白い巨乳がゆらゆらと揺れた。少年はひざまずくと、彼女の西洋人の両胸の谷間に顔をうずめた。そして右から左へと乳首を吸うと、それは尖って、ふくらんだ。サレナは長い真っ直ぐな白い両足を大きく広げたので、大きな陰唇が、ぱくりと開いた。少年は、ぎこちなくズボンを脱ぎパンツをおろすと、もう闇夜の薄い月に向かって、ペニスは伸びていた。右手で、それを握りつつ、彼女の迎える入り口へ挿しこんでいった。サレナは経験した事のない快感に、頭の中も肌と同じく白くなった。少年も、ぎこちなく、心地よくペニスを出し入れし始めた。少し離れたところで、キャプテンは寝転がって身をよじっている。草が、かさかさと音を立てた。サレナも快感で身をくねらせ、腰を少し動かしているので、ガサガサ、と草がこすれる音を出した。やがて、少年の腰の動きが早くなり、あっ、と小さく叫んだ。少年の射精を自分の中で感じたサレナも、
「ああーん。は、あああんっ。」
と美声で、尻を浮かせて身悶えた。その時、月が、ますます、まん丸くなったように現われると、少年の顔は次第に狼の顔に変っていった。
 サレナは、子宮の快感と目の前にある狼の顔を、見ている頭の中の混乱とで、気は変になりそうだったが、狼少年は、
「大丈夫。今、顔を元に戻すから。」
と、サレナの膣の中で小さくなっていく、彼のペニスと同じスピードで、自分の顔を狼の顔から少年の顔に戻した。それから彼は、サレナから出た。
 紅潮した顔で彼女は、
「よかったわ。初めてだったけど痛くもなくて、とても気持ちいい。」
「ぼくも、そうだったな。あ、ぼく佐山牙っていいます。孤児だから中学出て働いてるけど、君は学生みたいだね。」
「ええ、もうすぐ卒業だわ。」
と色っぽく言いながら、足首から外れた白いパンティを引き上げた。佐山もパンツを履いて、ズボンを履く。彼は、セーラー服を身につけたサレナに、
「又、危ないかもしれないから家まで送っていこうか。」
「ええ、そうして。あなたの携帯番号を、それまでに教えてね。」
「教えるよ。行こう。」
「そうね。行きましょう。まんこ、感じたわ。」
二人は、近くに転がったまま、両眼に手を当てて、ずるずる動いているキャプテンの横を冷たく通り過ぎた。
 西の海岸で
  シャンメルと絵山と文は、福岡市の西の方の海岸にいた。まだ海水浴客の来る季節、ではないため閑散としている。その浜辺の向こうには島が見えるし、半島も見える。絵山は、
「日本の海底には、大変な資源が眠っているらしいですね。国連に申請した日本の海底の領土が認められたそうです。」
シャンメルはうなずいて、
「数十年先には、世界一の海底の資源国になるし、今の劣勢の経済も、再び取り戻せると思います。そのためにも、ホルス神をお迎えし、特に、その守護を仰がなければなりません。」
絵山は、
「ホルスの永劫は日本から始まる、という事ですか?」
「そう、もともとエジプトを守っておられましたが、エジプトの民の不信仰さに呆れられて、太陽にお戻りになったのです。」
「アレイスター・クロウリーのところへ、使者を送ったのは何故ですか。」
「それは、当時、イギリスは太陽の沈まない国、といわれるほど広大な領土を持っていたからです。今は、ありませんけどね。現在は日本にホルスの栄光を、現そうとされているのですよ。何故なら日章旗の赤丸は太陽を表し、日の本、つまり太陽の国である、と宣言しているからです。ホルス様は、地球を整備された時、日本の海底に資源を集められたのです。それで、その資源に気づかない時は懸命に働いてきたし、中近東のように石油だけで生活するようにもならないできました。」
「勤労してきた癖は抜けない、という時になって、豊かな資源が現われたわけですね。これを実用化するためには労働力もいるし、国策として、やってほしいものですが、又、外国人労働者でも使ったりするのか、どうか。」
「さあ、とにかく、ここから見える海の底にも資源があるし、かつてのエジプトのように何でもある国となるでしょう。エジプトにはないとクレオパトラが嘆いた雪も、日本には降りますしね。」
 天啓
 シャンメルは博多湾を指差した。すると、その海面からぬう、と人の顔に体はイルカのような生き物が跳ね上がった。絵山と文には一瞬で、よく見えなかったらしい。文は、
「今の、半魚人ですか。」
シャンメルは首を横に振ると、
「河童なのですよ。実は博多にも、カッパ伝説は、ありますが、岡に上がると、いじめられるので、海の中に潜んでいるうちに体はイルカみたいになった、とテレパシーでわたしに交信してきたんですよ。」
二人は半信半疑の顔つきだが、絵山は、
「もう、出てきませんね。イルカもテレパシーを出しているとは、いいますけど。」
「そう。あのカッパは、最近の日本の出来事は天啓だと、言ってます。」
絵山と文は、考えこむ顔になった。白い雲が、するすると流れていく。
「それは中国からの人間を、雇う事の愚。あるいは観光目当てで、古都に行く事の愚かさみたいなものを、天の戒めだとカッパは言いたいのですね。」
シャンメルは右手を高く上げて左右に振ると、
「あのカッパは能古島に帰るそうです。時々、宝当神社まで遊びに行くそうですよ。あ、それから自分はイルカのコスプレをしているし、体は、もちろんカッパのままだと言ってました。」
絵山は楽しそうな顔をして、
「では、伝説は本当だったんですね。時々、若い女性を、さらっては、自分たちのすみかに連れて行ったセックスしまくった、とかいうのも。」
 画廊
 緑川鈴代は二十代に、叔母の銀座の画廊、「銀月」で働いた事があった。
 アシスタントとして仕事を覚えた後、急に伸びてきたインターネットの美術ショップに社員として入社した。業績は右肩上がりだったので、法外な報酬を貰えた。ネットショップ、とはいっても彼女は都内のあちこちに営業に回っていた。主に学校、特に大学や医院それも、大きな病院を回って、絵画の注文を受けるというものだった。
 叔母の緑川鈴華は、行方不明となってしまったが、鈴代は叔母と同じく、自分の画廊を銀座に持ちたいと思っていた。最近の彼女は、そのネットショップでは店長みたいな感じで責任者として、管理を任されていて、それで高収入なのだが、動く事は、なくなっていた。
 そんな時、町田の美術大学生、浜野貴三郎との性的交遊は、彼女にとって、何よりのストレス解消ではあった。仕事人間の鈴代は、叔母の鈴華と同じように独身を長く続けている。
 さて、その銀座であるが、昔の銀座と何が違うかといって2010年あたりには、中国人を多く見かけるようになった、という事だろう。数十人位の中国人が固まって、銀座の歩道のわきのところに座り込んでいる姿も見られる。現に鈴代も、金を持った中国人に絵を売った事もあった。そんな彼女も、ついに銀座に画廊、「金月」を開店させた。
 彼女は、ネットショップの営業の頃に知り合った得意先に、案内状を送った。電子メールなどというものでは、やはり、誠意が伝わらないと考えたからだが、何でもネットで売れる、と思ったら大間違いなのである。特に美術関係は、あまり売れないものなのだ。
 一つは高額であるという事もあるし、画像では、絵のよさが伝えきれない、というのもあるだろう。 
 金月を開店させる前に、鈴代は浜野に絵の制作を依頼してみた。場所は、ホテルに行く前の、小田急デパートの最上階のレストランで、
「今度、銀座にね、画廊を出すから、何か絵を描いてみない?」
浜野は、パフェを口にする手の動きを止めて、
「それは、すごいですね。よかです、やってみますよ。」
と答えて、にこやかな顔をした。
「買い手が、つくまでは、お金を払えないけど、それでもいいかな。」
「もちろんです、ま、もしかして売れんのじゃないか、と思うですけど。」
「それは、やってみないと、わからないわよ。わたしも浜野君の絵って、まだ見た事なかったわね、そういえば。」
「ああ、学校で描く分しか、まだ描いてないですから、何とかしてみます、緑川さんの店のためにも、がんばりますよ。」
「そう、がんばってね。この後のホテルで頑張った分には、すぐにお礼を払うけど。」
 鈴代は二十代の女性のような眼をして、ウインクした。浜野は、ごくりと生唾を飲んだ。鈴代は浜野には、避妊具なしで終わりまで、セックスを、させているのだ。妊娠したら、という浜野の問いにも、
「その時は、その時だけど、わたしも三十も半ば過ぎだし、大丈夫だと思うけどね。」
と呆気羅漢とした表情で答えたものである。
 絵の制作
 それから浜野は、町田駅近くのビジネスホテルで、緑川鈴代と逆援助をして報酬を貰い、自分のアパートまで歩いて帰った。
 町田駅前の商店街には女子高生が、よくうろうろしているが、実際、いけない事を求めて、パパを探している場合もあるのだろう。さっきも浜野は、女子高の制服を着た茶髪の女の子に、物欲しげな視線で見られた。が、浜野の頭は頼まれた絵の製作で、ぐるぐると土星の輪のように回っていたのである。浜野は、なんとなく美術の道を選んだだけで、有名な画家になろうという気持ちもなかった。それが、振って沸いたようなこの話。
 部屋に帰って一時半の画面をパソコンで見た時、ハッと浜野は思った。そういえば、あの女と会う約束だった。でも、もう大分、時間もすぎているから、いいや、と思い絵筆を手にして、机の上の画用紙に描き始めようと構えると、スススススと細かい筆は、黒い線を描き始めた。
(なんだ、これは)
 それは、まさに、自動筆記みたいな感じで、絵が描かれていくのだ。浜野の右手は、自分の意思で動かしてはいない。手が勝手に動くという感じである。三十分にも渡って動いた右手は、最後の線をえがくとピッタリ、ピタッと止まり、上に絵筆を持ち上げて、右に動いて筆をおろした。
 さっきは緑川鈴代で、何回目かの筆おろしをしたのだが。できた絵を見て、浜野は天地がひっくり返るような感覚を感じた。
 
絵に現われたのは
  それは、あの女が裸体となって描かれていた。
 今日の午前十一時に、町田駅前で会う約束をしたあの女である。幽霊だと思っていたのに、その裸身は、あまりに、なまめかしい。 アンダーヘアも、濃い色で描かれている。
 浜野は即座に勃起したが、気を落ち着けて、眺めているうち自分も全裸になっていた。その時、携帯の着信音が鳴ったので、見てみると新着メールだった。それはあの写メでOK、という出会い系サイトからのメールで、あの女からのものだった。
件名 遅いわね。
 もう来ない、と思って帰ったけど、あなたの残留思念が町田駅の小田急デパートの近くにあったから、それを追っていくと、あなたのアパートの部屋が、わかったわけ。で、今あなたの頭の中をコントロールして、あの絵を描いてもらったのね。どう、そんなに驚かなくても、こんなのオカルト的な事の、ほんの初歩のものだわ。
浜野は全裸で、それを読むと急いで返信した。
件名 ごめん
 ちょっと大事な用が、できたもんだから、ぼくの将来にも関わるものでねえ、今からでも会いに行くよ。Iは会いに行く、なんて。
それを送って、五分もせずに返信が来た。
 現われた女
 件名 玄関前に
いるわ。ノックしても、いいかしら。
 浜野は蒼ざめていったが、少し震え始めた指で、
 件名 もちろん
できれば、ノックして。
  トントン、と木造の玄関扉が叩かれた。浜野は心臓がペタンコになりそうな感覚を覚えつつ、玄関へ駆け寄ると急いでドアを開けた。
(あっ)そこには、あの携帯電話に写っていた、そして出会い系サイトに載ってもいた、あのOL風の女性が立っていたのだ。その女は、
「はじめまして、ね。そんなに、こわがらなくても、いいのよ、だってわたし、幽霊じゃないのだから。」
「えっ?じゃあ、あの下半身だけの死体は・・・。」
「こんな場所では、そんなこと、話せないわよ。よかったら、あがってもいい?」
「あ、いいよ、あがれよ。」
浜野の六畳一間の部屋に、その女は上がってきた。浜野、今見ているのは夢かと思いつつ、
「まあ、狭いけど、座ってよ。幽霊じゃなければ、君は一体・・・。」
女は座ると、
「生身の人間よ。わたし、名前は与我那美子(よがなみこ)、っていうの。」
「ああ、ぼくは、浜野貴三郎(はまのきさぶろう)って、いうんだけど。」
「そう、覚えておくわ。でね、わたし、自分の名前の姓だと思うんだけど、あ、せいは、かばねの姓ね、それで姓のせい、なんてね。うまいと思わない、それ、どうでもいいけど、名前の影響だったのかな、ヨガを始めたのが六歳の頃で、場所は福岡市中央区のヨガスタジオに父に連れられていったのね。わたしの父はインド人なのよ。カレーの店を福岡市に、いくつも持ってて、今度、町田にも出すんだけどね。それでさ、名前は那美子、だから、ヨガ並み子、みたいで、いやなのね。だって、長い事、ヨガをやってきたから、与我最優子(もゆこ)、に改名したいって父に言ったら、いいよ、っていってくれて。今、改名中なんだけど。」
 あれは秘法
 与我那美子は、ほっと、そして、もう一回、ほっと息をつくと、
「父の店のために、町田を調べまわってたんだけど、わたしさー、いたずら心が湧いてきて、やったんだー。」
「なにを、したんだ、あ、ぼくは熊本出身だけど。」
「そう、熊本なら行った事あるわよ。それでね、上半身と下半身を切断して、下半身を芹が谷公園のベンチに置いたわけ。」
「いえええええ。そんな事、出来るのかあ。うそ、ついたら、いかんよ。」
「それがねー、ヨガの秘儀なのね、これは。もっと上達すれば、手とか、頭も切り離せるのよ。」
「そういえば、警察は、あれから下半身が行方不明になったと発表してたねー。」
「でしょ、わたしが引き寄せて、自分の上半身とくっつけて、元通りにしたんだから。これはインドっていうか、ヒマラヤで修行して身につけたのよ。幸いわたしの父の友人が、インドでヨギだから、そのつてで、行けたんだけど。」
「そうは聞いても、信じられないなー。本当に生身の女性ですか、あなたは。」
与我那美子は、にこっとすると、
「わたしの手に、触ってみてよ。」
と言いつつ、右手を浜野に差し出した。浜野は、それを右手で握ると生暖かった。離すと、名残惜しい気がした。
 出会えて
 与我那美子は明るい表情で、
「とにかく会えて、よかったわ。今日の待ち合わせには、すっぽかされるし、会えないかとも思ったんだけど、でも、あなたは町田駅の小田急に来てたわね。」
「そうだったなー。でも、あれから、ぼくの携帯に写した写真に起こった変化は、心霊現象だったのかな。」
「いえ、あれもね。わたしが念を送って、あなたの写した、わたしの画像を変化させたのよ。」
「それもヨガの秘儀か、何かなのかな。」
「それは、ヨガにはないけど、わたしがヨガの修行を通じて得た能力なのだわ、きっと。やれるとは、思ったのよ。自分の携帯に撮った写真の画像は、変化させられたから。」
「それは、超能力だなー、全く。」
 浜野は感心したように、右手を顎に当てた。与我那美子は結跏趺坐の姿勢を取ると、何やら印を結んだ。すると、彼女のシャツは、するり、と取れてしまい、赤いブラジャーと白い肌が、浜野の眼についた。
「ええー。とても、いいけど、これは、意図してやったのかい。」
美那子は又、印を結ぶと、服をつけた姿に戻った。
「そうよ。意図してね。あなたが版画美術館のところで、わたしの下半身を写真に撮ったのは、わたしが意識体を下半身に置いていたから、わかったわ。それで、その日は、わたしの意識体が、あなたの後を追っていったわけ。」
「それで、不思議な現象が起こったわけだ。」
「わかってみれば、不思議じゃないかもね。どう、あなたもヨガをやってみる気、あるかしら。」
「ぼくは、ちょっと・・・考えてみます。」
 身の上話
 浜野は、続けて聞いてみたい事を問いかけた。
「与我さんってOLなのかなーと思って、あの、顔が、なにか、そんな感じだから。」
美那子は、ふふふ、と小さく笑うと、
「いいえ、OLは、した事がないのよ。高校を出てインドに行って、ヨガの修行をしてから帰国して、それから父のカレーの店を手伝ったりしていたのが長くて、それは、お勤めって感じだったからOLみたいな顔に、なったんじゃないかとね。」
「ああ、それでね。インドで、できるようになった凄いことって、何かある?」
「それはね、多分実行しないけど、自分で死ねるようになったというか、そういう技法も身につけたのよ。これはヨガナンダという人が、自分が死ぬ時に、やったものなの。つまり、脳のある部分を意図的に停止させるのよ。途中までやったけど、だんだん意識が遠のいていくから、これ以上やると死ぬんだ、と思って、やめたの。これは、結構高いヨガのテクニックだわ。」
「なんか、色々できるんなら、動画でも撮って、動画共有サイトにアップロードした方がいいような・・・。」
「あれは、疑いの目で見る人も多く出そうね。でも、版画美術館のベンチで発見された死体の謎は、迷宮入りね。」
「ぼくが、話しても、誰も信じないだろうな。」
「わたしが話しても、同じと思う。ヨガって、美容と健康の体操みたいに思っている人も多いしね。」
 美那子は、そこでウーン、と背伸びした。ふっくらとした両胸が、形よく、シャツに浮かび上がる。
 
今は
 ふくらんだ、その胸に浜野の視線は流れたが、美那子が両手を下ろすと、すぐに丸みは消えた。彼女は浜野に顔を向けると、
「出会い系も、ただ入ってみただけだったし、浜野さんを追ってみたのも、ただ、自分の能力を試したかっただけなのよ。悪いけど、男女関係なんて、考えていないから、今日は、この辺でね。失礼。」
 すっ、と浮き上がるように立ち上がった美那子は、滑るように玄関まで歩いていくと、ドアを開けて出て行った。中から鍵をかけた浜野は虚脱感に襲われたが、
「あの絵、あれを緑川さんに持っていこう。いい加減だけど、何か面白いことに、なるかもしれないなー。」
と一人で話してみた。机に戻って、その絵を見ると、やはり人間離れのしたタッチがある。色も数種類でしかないが、カラフルだ。その絵の左に名刺が置いてあった。
カレーショップ ヨギ 東京都町田市原町田三丁目・・・
(042)623-xxxx 
与我那美子
 ざっと見たので細かなところは読まなかったが、住所も電話番号も載っている。(ちゃっかりしてるよ、あの女)
 
電話した女は
  ただ、と浜野は思い出した。あの携帯に写った幽霊ですよ、と電話してきた女の声とは、与我那美子の声は違う気がする。それに緑川鈴代のことまで話していたが、それに、わたしが相手にしてあげる、とも言ったのに、美那子は、さっさと帰ってしまった。何故・・・その時、携帯電話が鳴った。
「はい。浜野です。」
「あ、わたしよ。今さ、私の事を考えていたでしょ。」
あの女だ。声は、やはり美那子と違う。
「そうだけど、あんた一体、誰?」
「あはははは。わたしね、美那子の死んだ姉、なのよ。それで、あの事件で、美那子から通信してきたから、色々調べて電話してみたの。面白かった?」
「そ、そんなー。なんか、怖いです。本当に、あなた、幽霊なんですかあ。」
「それは、美那子に聞いたらわかるよ。でも、わたしこれで、いたずらは、やめるから。あんたと美那子が、どうなるか楽しみだわ。」
浜野の感覚は、ますます、混乱していた。
「でも、美那子さんは、ぼくとは、男女関係・・・。」
プチ、と携帯電話が切れた。ひゅーうううう、と窓の外に、つむじ風がした。浜野がレースのカーテンを開けて、外を見ると窓の外に与我那美子の姉らしき顔が、笑って映っている、と思った瞬間、それは、すでに消えていた。
 回春
  ひまな大金持ちの白山吾郎にとって、目下の趣味は若い女性だ。
 孫の田宮ユナも、いい年頃だが、まさか孫娘に手を出すわけにはいかない。ユナは母の可奈には、あまり似ていないためか、愛情もそれほど湧かないのも事実だ。そんな平日のある日、原町田の商店街を夕方、散歩していると、向こうからやってきたのは、セーラー服を着た女子高生だ。彼女と眼が合った吾郎は(いい顔しているな、キャバ嬢にでも、なれそうだ。)
「おじさん、わたしを遊びに連れていってよ。」
と女子高生の方から、声をかけてきた。
「ああ、ゲームセンターにでも、行くか。」
「そうねー。どこでも、いいけど。」
「それでは、行こうよ。もう目の前にあるよ、ほら。」
 吾郎が指差したところが、町田のゲームセンターだった。
 二人で入ると、中は老人ばかりが眼につく。ひまで金を持っているのは、年寄りばかりなのが今の日本だ。吾郎のように若い女性に興味を持つ老人など日本には、そんなにいない。これが中国ともなると事情は少し違う。香港でも、七十代の男性が二十代の女性と、つきあうなどという事もある。極めつけは、モンゴルの九十九の男性と十八歳の女性との結婚という話だ。おまけに、その女性は妊娠したというから驚きだろう。イギリスでも、百歳を越えて女性を強姦した罪に問われた男性もいる。かなり昔の話だが。
「UFOキャッチャーを、やりたい、わたし。」
と、その女子高生は言うと、ゲーム機の前に行った。透明なガラスの中に景品が入っている。吾郎は追いつくと、
「こんなもので、いいのかい。何回でもやりなさい。」
と話すと、ブランドらしい財布の中から、一万円を取り出して女子高生に渡した。
 満足
 一時間も、そのUFOキャッチャーで遊んだ二人は、かなりな景品を手にしていた。開けてみると、実用性のあるものばかりだった。カラーコンタクトレンズも、あった。吾郎は自分が当てたものを、
「あげようか、君に。」
「いいえ、いいんです。わたしのバッグには、もう入らないし。」
ふーん、感心な娘だ、と吾郎は思った。それに言葉遣いも、最近の若い女のような口調ではないのが又、吾郎の気に入った。近頃の若い女は、だよねー、だの、そうですよね、など、うっとうしいにもほどがある、と吾郎は思っていた。いつの頃から女言葉が日本で、なくなって、いっているのだろう。中には、ぼく、や、おれ、という、つわものの女もいる。
 これこそ学校教育の成果か、いや狂育だ、と吾郎は思っていた。草食系男子とは、いうけど、
「ぼくさー、近頃SNSに、はまってて。」
なんて言う女に性欲を感じるものか、どうか、と吾郎は思う。ゆとり狂育は男を女に、女を男にしたのか、と吾郎は考えていると、
「おじさん、外に出ましょうよ。もう、ゲームは飽きましたもの。」
と、その女子高生は言って、爽やかに微笑んだ。
「そうだね。では、喫茶店でも行こうか。」
「ええ、喜んで。お供します。」
 喫茶店で
 ゲームセンターを出た吾郎は、目の前を指差すと、
「そこに、喫茶店があるよ。アルマンっ、て書いてあるね。入ろうかな。」
 女子高生を見た吾郎に彼女は、こくり、と華奢な首を傾けて、うなずいた。店内は中世ヨーロッパ風だった。バロック音楽が流れている、落ち着いた雰囲気である。二人が向かい合って座って、黒の衣装に身を包んだ若い女性のウェイトレスが、コップの水を置きに来た。吾郎は気さくに、
「レモンティー二つ、頼むよ。」
「レモンティーを、おふたつですね。かしこまりまして、ございます。」
軽く会釈をして、ウェイトレスが立ち去ると吾郎は、
「名前を名乗らないと、お互い変な感じだな。私は白山吾郎といいますけど、君は。」
「わたし剣上エリ、といいます。覚えていて、くださいね。」
「ああー、覚えておくともさ。変った名前なら、特に覚えておける。高校三年生なのかな。」
「そうです。毎日、退屈しているんです。高校出たら、すぐに働こうかなっ、て思っています。大学なんて退屈で、行けそうもないし。」
「それは、いい。私ね、会社を経営してるんだよ。よかったら、うちにおいで。」
「ええっ。わたし、母と同じように、キャバクラで働きたいんですけど。」
吾郎は、両手で制止するような動きをすると、
「いや、それは、やめようよ。私の見たところでは、君には霊感というか、もしかしたら超能力みたいなものが、あるのかもしれないと思う。酒は、それを駄目にするしね。貿易の仕事だけど、難しいことは、しなくていい。少しすれば、私の秘書にしてあげても、いいかな。」
吾郎は、穏やかに微笑んだ。
 決意
  先ほどのウェイトレスが、
「失礼いたします。レモンティーで、ございます。ゆっくりと、おくつろぎ下さいませ。」
注文の品と、真っ黒な、おしぼりをガラスのテーブルに置いた。
剣上エリは、
「それは、うれしいな。母も喜ぶと思います。わたし、私生児なんです。」
「ほお、そうかね。ま、お茶を飲みなさい。おしぼりは、冷たくていいね。そんな身の上だから、うちに入れないなんて事は、ないから安心しなさい。自分を不幸だなんて、思ってはいけないよ。」
「ええ、時々、父は、うちに来てくれるので、本当に不幸とは、いえないんじゃないか、と思います。」
「なんだか、事情は、わからないけど、君のお父さんも、その相手と離婚して、君のお母さんと一緒になればいいのにな。」
「ええ、でも父は有名な画家ですから、そうは、いかないらしくって。」
「ふーん。画家なら、自由に生きたらいいのにな。」
「今度、父に会ったら、そう言っておきます。社長に、そう言われたって、言いますわ。」
吾郎は苦いコーヒーを飲みながら、笑いを浮かべているような表情になった。
「父はいつも、いないけど、わたし母に愛情を、いっぱい受けて育ったんです。高校を卒業したら自動車免許を取って、それから高級車を買ってくれる、って言われたんです、わたし。」
「あ、免許は、うちでも費用は出すつもりだ。そうか、それじゃ運転手も、やってもらおうかな、そうなったら、給料もすごく払えるね。」
吾郎は、いたわりの笑顔を浮かべていた。
 ヒモ稼業
 親戚の誰かに影響を受ける、という事は誰にでも、あることだろう。
 町田市在住の市川朱夫(いちかわあきお)は町田市役所に勤めていたが、叔父の市川明夫に感化されて、専業ヒモ職への道を歩んでいた。
 市川明夫は、町田市の隣の神奈川県相模原市に住んでいるが、新宿のキャバ嬢を、次から次に手玉にとっては自分に貢がせていた。この不景気でも金のある人間は、いなくなるわけではない。東日本大震災で、てんやわんやの電力会社の重役なども、遊びの一つはキャバクラだったりするのだ。市川明夫は町田のキャバ嬢、デリヘル嬢にも手を出していた。どうせ彼女達の職業は長続きしないのだ。そうなったら、次の女を物色する。
「おじさんは、すごいけど、ぼくはヒモは、できないと思うよ。」
原町田のパチンコ店で、となりの台に向かっている明夫に、おなじく朱夫は話しかけた。明夫はパチンコの台を見ながら笑うと、
「馬鹿だな。ヒモは真面目な人間の方が向いているんだ。考えても見ろ。不真面目な男に女が貢ぐか?」
ルルルルルルー♪と店内で音がしている。
「あっ、そうだね。大当たりは・・・ああ、逃した。じゃあ、ぼくも挑戦してみるかな。」
「やれよ。しけた公務員なんて、やってんじゃねー。ヒモなんて働く必要は、ないのさ。おれは、一日の半分はパチンコで、後は図書館に行ったりしてるよ。」
「へーえ。真面目なんだね、図書館って。」
「いや、仕事のうちさ。最近は活字離れの馬鹿どもばっかりだから、読書して知識をひけらかすと女は惚れ込むんだ。いい時代だろ?特に最近の若い奴は本も読まないから、そんなやつらには楽勝だよ。簡単に女なんて手に入る。朱夫も読書に励めよ。そうしないと、その辺の本を読まない若いのと同等に見られて、金なんか貢いでもらえないから。」
 ヒモ稼業2
 朱夫は、なるほどと思った。そういえば、おれも最近本を読んでいないな、パソコンばっかり見てるけど、ひとつ電子書籍でも買ってみようかな、と考えつつ、
「知性で女を縛る、ってわけだね、おじさん。」
「そうさ。空手や何か、やって強くなっても逆に女は逃げ出していく。だからというか、もちろん武道なんてやる人はヒモなんてしないけど、武道をやるのはヒモになるのにマイナスだね。恐怖じゃ女を縛れないんだ。後は、自分の、いちもつ、だね。」
「ああ、結局は、それが一番なのかなー。」
朱夫は、にやにや、した。公務員でも仕事中にアダルトサイトを見て処分された人達もいるのだ。
「一番かもしれないけど、最初に持ってくるものでもない。まあ自分のものを東京タワーからスカイツリーに変えたほうが、いいとは思うね。努力次第では、なんとでもなるけど、最近の草食系男子とやらは、むしろゲイに走りつつあるし、ハーレムも夢じゃないよ。」
「スカイツリーも開業したし、新たな人生は、自分のもの次第っていうことだね、おじさん。」
「そうだ。おお、出た、出た。パチンコも極めれば、女からの上がり以外にも収入があるし、恥にすることは何もないよ。ライオンなんて餌を持ってくるのは、メスライオンだそうじゃないか。なんで人間様の男が女とやらに、せっせと稼いで貢がなければいけないんだい。朱夫もパソコンやってるみたいだが、ネットビジネスよりヒモのほうがライバルは圧倒的に少ないし、金になるよ。ヒモなんてあんまり誰もやらないから、おれは成功しているのかもしれないし、チャンスを逃さないようにな、朱夫。」
 
主夫
  ドル箱を又、一つ下に置いた市川明夫は、右にいる甥に、
「それにお前の名前さ、音読みしたらシュフだ。今までシュフといえば、家庭の主婦って事だったけど、今の時代、主夫とは男の仕事だ。今は亡きビートルズのジョン・レノンも主夫をやっていた。つまりそれ相当な女なら、働いて収入も高いから、男が家事をやればいいんだ。財布のひもは、ヒモが握る、なんて、うまいだろう?洒落じゃなくて、うまい話だ。海外でも、結構、はやり始めたらしいし、日本でも、すでに主夫は出始めたようだな。」
「そのうち「主夫と生活」なんて雑誌が出たりなんかして。」
「ああ、昔ならな。でも、今は雑誌は、どんどん廃刊になっていっているから電子版で「主夫と生活」を朱夫、おまえが、やればいいのさ。」
「主夫と生活社の社長になるのも、悪くないな。それで風水の本、あっ!」
 朱夫は自分の右に座った中年の男を見て驚いたのだ。その男はテレビで風水師として有名になった過去があったが、今はすでに風水のインチキさを見抜かれて支持する人もいなくなり、そういえば「パチンコ風水」なるものを唱えだしたのは、インターネットのその男のサイトで見たことがあった。その男は弟子らしき若者を、そのとなりに座らせている。風水先生は口を切った。
「いや、ぼくは知らなかったんだよ。ただテレビ番組に出て下さいって言うから、出て風水指導をした。自分は風水の古本は、いっぱい持ってるし。その中から適当に選んで指示すると、大当たりした。けど。」
弟子は暗い顔をして、右手はパチンコのレバーを押さえたまま、
「それが、すべて番組制作会社のヤラセ、だったんだそうですね。はやらない店には、モニター募集と称して裏で人集めして、エキストラとして店に行かせて、あとで謝礼をする。もちろん飲食代も後から伝票を提出させて、その製作会社が経費で落としたらしいですよ。」
「ていうのが、ネットで、ばらされて。パチンコにも風水は効くかなと思って始めてるんだけど、郊外の町田じゃないと、ばれそうだし、マスコミに。」
その男はパチンコ店内が騒々しいので、声をひそめもせずに話していた。朱夫は耳がいいので、逐一聞きだすのに成功していたのだ。
 努力もせずに
 過去有名だった風水師は続けた。
「そもそも、おれもね、占いは、やってたけど風水なんて興味なかった。でも、世の中風水ブームとか、だったからやってみたら、風水の古本を集めているのは自分が一番だったんで、何かと権威のように振舞ったが、製作会社がヤラセをしてたなんて、ね。」
弟子は狡猾な笑みを浮かべると、
「でも、手はありますよ。特に主婦なんて何もせずにラッキーなことが起こる風水なんてやつに、すぐにひっかかりますからね。」
「ああ、馬鹿主婦だろ。おれたちのいいカモだよ。パチンコ風水は二人で作り出そう。」
「ええ、世界初のパチンコ風水です。どうせ最初に寄ってくるのは主婦とかですから、適当にやっても・・・。」
「いや、それなりの風格を出すためにも、少しは取材に時間を取ろう。番組制作会社のものには出られないから、こちらで作るんだ。そうしないと、今度はもう、終わりだろうな。」
「そもそも風水なんて・・・。」
「あるようでないみたいだけど、主婦の夢と希望を輝かせてあげるんだから、化粧品みたいなものだ、と思えばいい。」
「なるほど、占いなんて、そんなもんですね。ぼくたちは精神の化粧品を作り出す仕事をしてるんだ、と。」
「うまいこと言うじゃないか。おれの古本を今度たくさん貸すから、それで勉強しろよ。」
「はい、風水先生。」
二人はパチンコ機種を、じろじろ眺め回しながら打ち続けていた。
開店準備
 画廊を開店させるにあたって、緑川鈴代は画家の田宮真一郎に接触を図った。
 叔母の緑川鈴華の銀座の画廊、「銀月」は田宮の絵の力で有名になった。自分も、そうならないかな、と鈴代は考えてみたのだ。そううまくいく世の中でもない、と思いはするのだが、有名画家である田宮の絵なら売れるはず。
 しかし、このところ田宮は絵の制作をやめているらしい。叔母の銀月で会ったこともある田宮の電話番号は、メモに記録していたので、携帯電話で交渉してみた。
♪♪♪「もしもし、田宮です。」
「ご無沙汰、しております、わたし、以前、銀座の画廊「銀月」で働いておりました、緑川と申します。」
 田宮真一郎は蒼ざめたが、電話の向こうの鈴代に伝わるわけもない。緑川といえば真一郎が、ああいう関係で絵が売れて、しかし行方不明になって久しいし、もう死んだと思っていたから、もしかして霊界から電話を、かけてきてるのでは、と思ったりしたのだ。
「・・・・・。」
答えない田宮に、鈴代は、
「いえ、わたしは、叔母の緑川鈴華では、ありません。姪の緑川鈴代と申します。今度、叔母と同じように、銀座に画廊を開く予定ですので、なんとか、お力添えを、いただけないかと思いまして。」
真一郎の顔は、平常に戻った。ふ、と息をつくと、
「ああ、絵の依頼ですね。ここのところ、絵は描いていないんですよ。だから、いつになるか、わからないなあ。そういえば、あなたの声、銀月で社員にいた女性の声と同じですね。姪御さんとは知りませんでしたよ。」
 どうすれば
 やはり、田宮真一郎は絵の制作を、やめていた。鈴代は、どうしたらいいものか、と頭を悩ませたが、
「お話だけでも、させていただけませんか。今度の土曜など、いかがですか。」
「ああ、いいですよ。大学の授業は午前中までだし、最近の生活にも退屈していましてね。ぼくは金はあるから、そのために描くという必要もないんで、それで、やる気がないのかもしれませんね。」
「なにか、ご不満なことでも、ありますか、今の生活で。」
「ううん。プライベートな話を女性の貴女にするわけにもいかないし、不満はあるんだけど、それが妻の事だなんて、とても言えませんよ、って言ってしまったかな。」
「ははー、それは、あまり口外できるものでは、ありませんね。やはり、芸術の創作の源は女性にある、という事なのですね。」
「そうかも、しれません。ピカソでも、女が変るたびに作風も変ったとかいう話ですし、ぼくなんか、大したことない画家のはしくれでも、それは言えるかもしれませんけど。」
鈴代は内心、満面の笑顔を浮かべていた。(なんとか、するわ。ちょうどいい、なんとか、できそう。タイミングよく・・・)
「緑川さん?こんな話をして、引いてしまわれたのでは?どうしました?」
「いえいえ、少し考え事をしてしまいまして、申し訳ありませんでした。土曜の午後に、JR町田駅前の西側出口辺りで、待ち合わせませんか。」
「そうしましょう。あなたの叔母さんも、私に創作意欲を湧かせてくれることもあったし、不思議なことも、あるもんですね、世の中って、だから、生きていてよかったのかな。」
「叔母とわたしは、少しだけ似てますのよ。わたしも画廊を成功させたいんです。日本一の画家は田宮先生だと思いたいし。それでは土曜に詳しいお話を。♪」
 捌け口は
 田宮可奈は夫、真一郎が浮気を、している事は、わかっていたのだ。
が、歳も三十代後半ともなると、どうでもいい気もしていた。夫は結構な資産を絵で作ってくれたので、離婚となっても半分は請求できるし、娘は、もうすぐ社会人になる歳だ。
 あの時の遊び相手には、あの自殺した人には、悪い事をしたと思う気もするけど、男なら女ほど悩む必要もないのに。と今、考えても、そんな気がする。
 だけど、ずいぶん長い間、男と遊んでいない。もし、真一郎に気づかれても最悪の場合、離婚があるだけで、本当は夫だってわたしと離婚したいのではないか、と思えてくる事もある。行く先不明な外出などは、女のところに決まっているし、日曜と相場が決まっていたが。もしかして、隠し子でもいるのでは???そういえば、娘のユナは最近、何だか浮かない顔をしている。
「どうしたの、ユナ。なんか、暗い顔をしてるわよ。」
日曜日の夫のいない昼食時に娘に、たずねてみると、
「なんでもないけど、ストーカーみたいな女子高生が、いて。ちょっとね。」
「ええ?女子高生にストーカーされるなんて、あなた何か悪い事でも、したの?」
「い・い・え。嘘とは思うけど、わたしが、お父さんの本当の娘ではない、とか言うのよ。」
「まあ、・・・・・。」
「本当なの?お母さん。」
「それは・・・そうでないかどうか、市役所に行って調べたらいいわ。」
「そんな事しても、わかるわけ、ないじゃないのよ。」
「う、うん。あなたはね、でも、ちゃんと遺産も相続できるし、心配ないわよ。」
「お金の問題では、ないでしょう。愛情の問題だわ。」
「そう。ちゃんと育ててくれた事が、その証明なの。だからそんな変な話、忘れなさい。」
「うん。そうする(?)」 
銀の食器は、新しく来た、お手伝いさんが片付ける。可奈はリビングルームに行って、葉巻を吹かしながら、
(ふうん、そのストーカーの女子高生こそ、真一郎の隠し子なんだわ。なんか、吹っ切れたな。)
 ユナは昼食後、すぐに台所の外へ出て行った。リビングには、自分だけなので大胆にも携帯電話を出して、最近登録した出会い系サイト、写メでOKにアクセスしてログインした。すると、メールが来ていた。
件名 初めまして
 ぼくは町田市の美術大学に通う男子学生です。ルナさんは美術に興味が、おありのようだと思いましたのでメールしました。逆援助も、していただけるとなると、相当なセレブですね。ご住所は世田谷ですか。
可奈は、すぐ返信する。
件名 どうも
 わたしの住所は町田です。夫のある身ですけど心配要りません。夫とは長い事、夜の生活はありません。婚活なんて、はやっているようですけど、わたしは性活しないと、いけない状況です。よかったら、お会いしませんか。
 その日の夜には真一郎も帰ってきて、親子三人で晩餐とはなったが、寝室は、すでに別々の部屋に夫婦二人は寝ていたので、可奈は自分の寝室で、携帯電話を見てみると、あの大学生から返信が来ていた。
件名 お会いしたいです
 奥さんが町田なら、ぼくも駅の近くに住んでいるので、いつでも会えます。とはいっても、学生の身なので平日の昼間には会えません。その辺をお考えいただき、待ち合わせ場所なども、ご連絡下さい。
 ユナの思い
  夕食を終えて、十五畳の自分の部屋に戻ったユナは、先ほどの母の口ぶりからしても、自分の父は、やはり田宮真一郎ではない、という思いが確信となって、こみ上げてきた。
 父の自分に対する、よそよそしさは、今までは、どこの家庭でも娘に対する父親の態度だろうと思っていたのだ。
 何か自分にとって父とは雲をつかむような、時には氷を素手で掴んでいるような気持ちも、持ったことがある。でも、それは父が画家だからで、普通の人間ではないからだ、とユナは思って自分を納得させていた。
 本当の父は行方不明なのか、それとも、もう死んでいるのだろうか。母は身持ちの悪い女性には見えなかった。むしろ良家の子女で、お嬢様だった、と祖父から聞かされた。
 祖父は、かなりのお金持ちで貿易商をやっているけど、自分が遊びに行った時には、いつも優しく応じてくれて、祖父と父とでは同じ男性とは思えないくらいだった。
 孫は又、格別に思ってくれるのだろう、ともユナは考えていたのである。それが、もし、父が自分の本当の父でないとしたら、今までの父と祖父の違いも十分に理解できる。
では、あの女子高生、剣上エリは父の本当の子という事か。考えすぎたのか、ユナは空腹を感じて台所へスナック菓子でも食べようと思い、部屋を出て廊下を歩いていると、母が楽しそうな顔をして風呂に行っているのが見えた。
(男と会うんじゃないかしら?)そんな予感がユナにはした。
 廊下の窓から外を見ると、庭には薔薇が咲いていた。
(もしかして母は薔薇みたいな存在なのかしら。男が母を掴もうとすると、鋭いとげが突き刺さる。じゃあ、わたしも?)
庭には、ひまわりも成長している。
(わたしは、ひまわりになりたいな。複数の男性と付き合うのなんて、ごめんだわ。薔薇の花言葉、 愛と裏切りー ではないと思うけど、わたしの中では、そう思う。)
 
 白山吾郎は剣上エリが、まだ在学中ではあったけど、ちょっとした仕事をやらせてみると、よく働く真面目な娘である事に気づいた。
「うん、ありがとう。よく働いてくれた。孫娘にも、ちょっと仕事をやらせた事があったけど、君の方がよく働く位だよ。高校を卒業したら、すぐに入社して、やってもらいたい。」
「はい、そうします。社長にはお孫さんが、いらっしゃるのですね。わたし、お会いしたいとも、思います。」
「そうだな。いつか、会わせよう。ただ、孫はね、貿易の仕事はしないと言ってるし、写真の専門学校を出たら、そっち方面の仕事に、つきたいそうだ。」
吾郎は、砂糖を入れないコーヒーを飲んだような、苦い顔をした。剣上エリは、ふふ、と笑うと、
「わたしも写真は好きですけど、働かないとお金になりませんから。母にいつまでも世話をして欲しくないんです。逆に母に何か買ってあげたくって。」
「おお、感心な話だね。母子家庭なら、そうだと思うけど、君のお父さんが来た時に、お父さんにもプレゼントしてあげたらどうだろう。」
エリは、物思いに沈んだ顔をしてから、
「本当は、そうしたいんですけど、父は母には辛い思いをさせているんですから、今は、そんな事したくありません。」
 
歌手志望の少年
  孤児院育ちの佐山牙の夢は、歌手になる事だった。だが、それは甘い夢かもしれない。孤児院で用務のおばさんに、
「あんたの母親は有名な歌手だったんだよ。」
と言われたのが、志望の動機だったのだ。牙は、
「おばさん、ぼくの母は誰なの?」
「水川マキっていう、日本人離れのした顔の女性だよ。もう死んでるけどね。」
「死んだの?やっぱり、っていうか、ここ孤児院だから当たり前だね。ぼくも歌ってみようか?」
その時、佐山牙は十歳だった。マイクを持った振りをして歌い始めたが、なんとも調子外れで、声もいいとは言えない。
近くで聞いていた他の中年の女性事務員達は、
「あんたさー、狼少年の歌でも、歌ったらいいんじゃないかな。何か声が狼みたいだねー。とても人間の声とは、いえないような気がした。」
「そうねー。狼の遠吠えって感じがしたわよー。あ、そうだ。狼の声の真似、してみてよ。」
佐山牙は、とまどった。このときの彼は、まだ自分が狼男に変身するとは気が付いていなかったのだ。それで、
「ああ、でも、狼の声って、どんな感じなのかな。」
「ワオーン、って感じよ。」
牙は深呼吸して、
「ワオーン。」
その場の事務室の一同は、これに感心した。とても狼の吼え声に似ていたからだ。
「もう一度、やってみてー。」
牙は、うなずいた。今日は孤児院のクリスマス会で、先ほど六時過ぎに終わった。ここの町田の孤児院で、一番年少だった牙には特別に事務室に呼んで、クリスマスプレゼントを渡してあげたのだ。
 佐山牙は自分の声真似が褒められて、うれしかった。少年とは、そういうものだ。大人になったら、多少は疑うようになる。気分もよく、牙は、
「ワオーン。ワオーン。ウウウ、ワオーッ。」
と吼えている時、事務員の一人が、窓のカーテンを開けて外を見て、
「今日は満月だったわねー。」
と隣の同僚に話しかけた、その時!佐山牙の顔は、みるみるうちに狼の顔に変貌していった。それに気づいた人々は、
「きゃあああっ。」
と声を上げたが、年長の事務長は牙に近づくと、
「おい佐山君、とても、うまい手品だね。いつ、狼のマスクを、つけたんだい。」
と、にこにこしながら、少年の頬に手を当てた。
「おお、なんか本物の狼の頭みたいだね。どうすれば、はずれるのかな。」
「ががががが。」
「もういいよ。手で外せるだろう。手を出しなさい。」
少年の出した手、それは狼の両手だった。事務長は、にやにや笑って、
「念が入ってるね。でも、作り物だろうから、どんなかな。その手で、私の顔を引っ掻いてごらん。」
牙は右手を、さっ、と事務長の顔に当てた。うっ、と呻いた事務長は、顔に手を当てると、そこからタラリーと血が流れ落ちてきた。
窓際の事務員は(もしかして!)と思い、窓のカーテンを引いて外からの月光を遮断した。すると、みるみるうちに少年の顔と手は、元に戻ったのだった。
「こら、佐山君、こんな危ないものを、身につけたらだめだよ。」
怒る事務長に、窓際の女性事務員は、
「事務長、ちょっとお話が・・・あります。」
 
事務員と事務長は、窓の近くに寄っていくと、
「あの・・佐山君は、狼少年なのではないかと思います。笑わないで下さい。わたしが、カーテンを閉めると佐山君は元の状態に戻ったのですよ。満月の光が佐山君を狼に変身させたんだ、と思います。」
事務長は、きゅうり、のように苦い顔をすると、
「そうか。それなら私が実験しよう。」
くるり、と佐山牙の方を振り向くと、
「佐山君、ちょっと今から外へ出よう。」
佐山牙は、素直に、
「ええ、でも今日は、なんだか変な気分です。さっきぼく、何もわからなくなって、ぼんやりしていました。手も勝手に動いたんです。自分が狼になったっていう気持ちは覚えているけど、そんなこと、あると思えない。夢でも見ていたのかな。」
「そうだね。外へ行けば、はっきりするよ。」
事務長と佐山少年は、孤児院の庭に出た。外で満月は、白い光を送り出している。
少年の顔は、みるみるうちに狼の顔になり、カッと口を開くと、そこには鋭く光る牙が見えた。事務長は、その場に腰を抜かして、どしん、と座り込んだ。狼の顔になった少年が、不気味な顔で事務長をヌッと、覗き込んだ。
「あ、今度は、もう手は出さなくていいんだ。君は、やはり変身しているよ・・。」
そう言いながら、事務長のズボンの股間のあたりは、液体で、びしょびしょに湿り出した。少年は気味の悪い狼の顔で、事務長の股間に、その顔を近づけた。
「あ、のぞかなくていいよ。小便もらしてしまった。君は狼になったら、正義の味方になるんだ。私の股間に、手を伸ばさなくていい。触らなければ、君は私の性器の味方、となる。」
事務長は、相手が十歳の少年である事を忘れていた。少年がニコリともしないのを見ると、
「佐山君、眼を閉じてごらん。」
佐山は、言われたとおり不気味な狼の眼を閉じた。すると、みるみるうちに、少年の顔と手は元に戻っていった。
 事務長は立ち上がると、佐山少年の肩を抱いて、
「そのまま、眼を、つぶっていなさい。部屋に連れて行くからね。」
「しょんべん、くさいなあ。」
「少しの辛抱だよ。性器の、う、世紀の誕生日だったなあ。」
二人は孤児院の建物の中に、ゆっくりと戻った。
「もう眼を開けていいよ。牙君。自分の部屋に帰りなさい。」
そう言うと、急いで事務長は更衣室に行った。そこでズボンに消臭スプレーをかけてから、ベルトを外して脱ぐと、パンツは、ぐっしょりなので、ゴミ箱に捨てた。そこにも消臭スプレーをかけて、パンツの替えもないので、ノーパンでズボンを履くと又、スプレーをかけた。それから事務室へ戻って行く時は、パンツをはいていないので新鮮な気分だった。
 事務室に入ると、若い女子事務員が、
「お帰りなさい。佐山君は、どうなったんですか。」
「部屋に帰したよ。驚いたね。満月の光で彼は又、オオカミに変身した。そこで、私は狼になったら正義の味方になるように、言って置いたよ。まあ、私には、その場では性器の味方、いや、何でもないけど。それで眼を、つぶらせたら元に戻ったんだ。」
中年の女子事務員が、ほっとしたように、
「まあ。それなら、対策は、その方法ですね。佐山君が見えなければ、いいんですか、月の光を。」
事務長は、
「他にもあると思うけど、色々とやってみなければ、いけないようだねー。」
いっそ、サーカスが来たら交渉してみるか、とも事務長は考えていた。それ以上に、有名にもなれるとは思うが、とも考えてみていたのだった。
 
高祖山(たかすやま)
 シャンメル、絵山、文の一行は、福岡市の西区から糸島市の高祖山に来ていた。
小さな山だが、その周辺は見渡す限りの水田である。ここは、福岡市西区の周船寺から南へ行ったところで、人の姿は、ほとんど見られず、車も通ってない。少し登ると、一面の林になって、昼でも少し暗めだ。絵山は、
「全く福岡の東側にある、糟屋郡だったかなあ、の犬鳴峠あたりは、ひどいもんでしたね。心霊スポットなんて、行くもんじゃない。やっぱり、犬鳴峠付近は、浮かばれない霊が、うようよいる感じでした。」
シャンメルは、ッ、と肩をすくめると、
「あんな環境の悪いところは、日本でも少ないんじゃ、ないかな。犬鳴峠には、悪霊が住み着いていると思います。」
 犬鳴峠は、心霊スポットとして少し有名だが、行かない方がいいだろう。
ものすごい辺鄙な、ところの割には交番があって、パトカーが停まっている。駅前交番でも、パトカーのないところは多くあるのに。つまり、何らかの事件がある、というのは、現在でもそうなのだろう。文は、
「昔の話ですけど、違法で、日本に渡って死んだ韓国人を犬鳴峠に埋めに行った、という話を母から聞いた事があります。」
絵山は、
「携帯電話の電波も、届きにくいようだね。何かあった時、百十番も出来ないって事だ。」
シャンメルは、
「富士の樹海を思わせる感じも、あったね。あ、私の妹が、外国の悪霊は、日本観光で犬鳴峠に行くっていうのを、霊との交信で聞いたんだそうよ。」
文は、
「何故でしょうか。理由でもあるのですかねー。」
シャンメルは、
「そうねー。悪霊は、人の念を食べているのよ。というより、吸収するといった方がいいかな。で、犬鳴峠周辺にある悪の想念が、彼らの、ごちそうなんだって。」
絵山と文は、二人で、とても感心したように、彼らの眼を大きく開いていた。
 
 シャンメルは、二重瞼の青い眼を、チラチラ、まばたかせて、
「それで、そういうところは、ホルス神は、お嫌いなのですよ。神様にとっては、吐いたもののような匂いがするらしい。それでホルス神の使者エイワスは、わたしに福岡市の西に行くように言った。具体的には糸島市にある雷山(らいざん)こそ、ピラミッドを建てるにふさわしいのだ、とね。」
絵山と文は驚いた顔をした。涼しい風が吹いていく。
「ピラミッドといっても、エジプトにあるような巨大なものでなくても、いいのですよ。高さ三十センチぐらいでいい、というお話だった。エジプトのピラミッドは、世界の七不思議とか言われているけど、本当はイシス、オシリス、ホルスという神々をお祭りして、交信するためのもの、だったのですね。それを、いつのまにか、特にクレオパトラの時代に、エジプトの人達は怠けてしまった。それで神々は、エジプトに恩寵を与えなくなったので、ローマにやられたわけ。」
文は、なるほどという顔をして、
「日本では、風水ブームとかで、人々が、まじめに働かなくなって、しばらくして産業は衰退して、特に電機メーカーは、韓国に負けたのと似てるのかな。」
絵山は、苦りきった表情をすると、
「だから、我々の活動は、日本のためで、あるのだよ。勤労の美徳を忘れた日本人は、エジプト末期に似ているのかもしれない。日本人から勤労を取ったら、何が残るのか。不景気だけだね(笑)。風水で、いい思いをしようとした日本人は、君の母の国の人達に笑われているのかな。」
「さあ。ただ、韓国は風水とか、あまりやらないし、母も知らなかったですよ。どっちかというと、風水って詐欺のイメージが、ありますよ。だから日本人は、詐欺に引っかかったんじゃないか、って母は、あちこちで風水のものを見るたびに言ってました。」
絵山は、うんうん、とうなずくと、
「戦後がむしゃらに働いて、日本を復興させた人達に申し訳ない、と思わないのかね。楽していい思いできます風水なんて。腹が立つよ、堕落した世代には。」
絵山は、立ち木に、ぼんと手を当てた。
 金環日食その後
 シャンメルは、そういう絵山を、あやすように、
「今の日本のリーダーシップを取っている人に駄目な人間が多いのは、外国人のわたしでも、わかりますがね、絵山君、あなたは、もっと若いのだから、気にする事はないですね。ああ、そういえば日本の電機メーカーの、パナソニックが本社でのリストラをするという話ですが、これは金環日食後に出てきたものだと言えますよ。」
絵山は、
「それ以外にも、変革は必要だと思います。2012年6月1日に、ぼくたちは、どうすればいいのでしょう。」
シャンメルは、白い歯を見せると、
「ホルス神に祈りましょう。世界は勤勉な民族が変えていけば、いいのですよ。」
文は、にこやか、になると、
「最近東京の方で、世界拝金教なるものが、できたらしいですね。」
絵山は両手をポンと打つと、
「なんでも神社をやっていけなくなった神主が、神がかり状態になって、我は宇宙発生以来の神である、とか、のたまったやつだね。」
「ご神体は新品の一万円札だそうです。東京の、ぼくの友人、韓国人なのですが、教祖がその宇宙発生の神に祈ると、エネルギーを一万円札に、そそいでくれるらしいです。宇宙根本金(うちゅうこんぽんきん)の神というのが、正式な、ご神名だそうです。その友人は、そのうち入信するつもりだ、と言ってました。韓国支部長に、ならないか、とも言われているそうですから。」
「はあー、それは、いいね、って皮肉だよ。なんか政治家にも参拝者が出たとか、ネットで話題だね。なんでも二万円寄付すると、一万円をその宇宙根本金の神のエネルギーを入れて、返してくれるらしい。それをお札のように神棚に祭るのが、信者の勤めらしいよ。神棚が、よく売れているのは、そのせいだ、というけどね。」
「友人の話では、一人入会させたら五万円もらえるらしくて、ぼくも勧誘されましたが、薔薇の星の方が大事だ、と言って断りました。」
「ネットビジネスの大物達は、続々と入信しているらしいよ。勧誘も始めたらしい。東京都文京区に本部神殿を建立中だそうだ。」
 キーボード先
 シャンメルは笑いながら、
「わたしもネットで見たよ。教祖に憑いた神は、パソコンのキーボードに向かって教祖の指を操り、お筆先ならぬキーボード先、ともいう文書をワードにしてしまった。それをPDFファイルにして、有名アフィリエイターのいるところに出すと、よく売れたらしくて、それが教典だそうね。」
これがキーボード先の文書
 世も末と思えばこそ、天地発生以来より存在せし我が、汝に与えし教え、よく頭に入れるがよいぞ。世の貧乏人など相手にせず、ただひたすら金持ちへの道を歩むことこそ、神の望みしもの。今の日本人の切望せしものは、ただひたすら金、これなり。よって国家の休日、休まずに、ただひたすら金のために働けよ、さすれば汝、本懐をとげん。そもそも今の日本、世も終わらんかとの趣きある故、汝が日の本の民を救うべく立ち上がるのじゃ。
という一節から始まる、神界勅諭なるものが結構売れて、信者数も増えつつあるというが・・・絵山は、
「ま、我々はあくまで、ホルス神の使徒として働かなければいけないですね、グランドマスター。」
「そう、雷山の頂上にピラミッドを置く事です。このピラミッドに流れ込むエネルギーが日本再生ともなり、経済再生ともなるでしょう。太陽の神、ホルス様に比べる神など、どこにもいないのです。アレイスター・クロウリーは、ただホルス神に使われていただけの存在でした。」
 雷山から流れてくる風は六月とはいえ、涼しいものであった。又、そのあたりは、ヒートアイランドとは無縁の土地であるせいもある。
 雷山(らいざん)
 糸島市の南にある雷山は標高955メートルの山である。
 その麓は一面の田園地帯で農家の人は、一人で日曜日にも農作業をする姿も見られる。この雷山を少し登ったところに真言宗の大覚寺派、別格本山、千如寺、大悲王院がある。
 境内の中に入るのは、お金はかからないが、本殿に入るのには四百円の拝観料が必要だ。これは2012年6月現在の話。この寺の凄さは、その古さにあるだろう。
 なんと148年にインドの僧、清賀上人によって、つくられたというものだ。今をさかのぼる事、1864年前となるから、その古さは有数だろう。ここに福岡地方の誇る歴史のようなものを感じるのだが、どうだろうか。これに比べれば、京都も、それほど古くはないのだ。いわんや江戸に、おいておや。
 本殿では薄暗いので常時、電灯が灯りをもたらしているのだが、それでも少し薄暗い。僧侶に案内されないと、巨大な観音像のある部屋には入れないのである。
 そこを出て上に行くと又建物があり、その中に実物大のような大きさの清賀上人の坐像がある。左手の斜面には五百羅漢が並んでいたりする。いいしれぬ古さ、歴史を感じたい人には、おすすめだ。もちろん、シャンメルら一行もタクシーに乗ってこの寺を訪れた。拝観料を払って見物して回り、境内の外に出た時、文は、
「雷山には、こんな寺があるのに、ホルス神を祭るためのピラミッドなんか、おいてもいいんですかねー。」
と納得が、いかない顔で聞いた。
 
シャンメルは坂道を悠々と降りながら、
「もちろん、この密教寺院があるからこそ又、ホルス様の御心に叶うものなのです。何故なら密教の教主、大日如来とは実はホルス神の事なのです。」
「ぎょえっ。」
と、絵山は声をあげた。眼下に見えるのは田園地帯だ。山からの少し涼しすぎるような風が三人を包み、冷房感を与えた。絵山は額に右手を当てると、
「そうだったのですか。それでは日本にも古くからホルス様は信仰されていたのですね、形を変えて。」
「そう。もともと密教がインドを出て行く原因となったのも、インド人が崇拝するシヴァやヴィシュヌより大日如来を根本に持っていたからなのです。大日如来の原型はホルス神で、これはエジプトから持ち込まれたものだったのです。龍樹菩薩が密教を作る時に取り上げたということは、ホルス神の使者エイワスが、わたしに教えてくれました。」
絵山は胸を叩いて、
「それでは、密教信者は実はホルス神を崇めていたわけですね。密教に限らず、日本の仏教は大乗仏教だから、すべて大日如来を根本としていると思うのですが。」
「そう、その通りですね。」
 シャンメルは涼しげな顔をした。
付け加えるようにシャンメルは、
「インド人もカーストの最上位にいるのはインド・ゲルマンで、外国人なのですから。密教も外国人が作ったようなものですね。
 話しは変わりますが、今でも東日本大震災の復興支援の寄付金は、お寺でも集められているようですね。困った人達を助けるのは、もちろんよい事なのですが。絵山さん、海でもいいですけど水面に石を投げると、どうなりますか。」
「それは、しばらく水面を、跳ね返りながら飛んでいきます。」
「そう、ですね。実は人間の思念も何処かへ飛んでいるのですよ。それは、自分のところに、もどれば世話はないのだけど、海の中に潜ることもあるでしょう。一人ひとりの思念は、そう強くなくても何百万人、何千万人の人の思念が結集すると恐ろしい事になります。その巨大なエネルギーが海の底の地底に潜り込み、地殻を変動させたとしたら?」
絵山と文は、すぐに地震や津波を思い浮かべた。でも、まさかと二人は顔を見合わせていると、
「硬いようでいて、振動する地殻は、巨大な人々の思念で動かされるのです。問題は、その力になった元は何処かわからない、という事ですね。それは神のみぞ・・ホルス神のみぞ知る事だとは思うのですが、東北の人達の思念だけで、あれが起きたかどうか。関東は四千万人もの人がいますから、果たしてあの災害の原因は誰にもわからないとはいえ、地震学者などは地球のせいばかりにしていますが、そんなに地球は気まぐれなものかどうか。」
 雷山から降りた三人は、糸島の水田の稲の匂いを感じた。
 素朴なる風景の中、絵山は自分もそうだったが、東京では金儲けのことで頭がいっぱいだったのを思い起こした。それでも、又、東京に戻って画商と画材屋の仕事を、やらなければならない。みはるかす何万坪もの土地は水田だが、東京では百坪の家屋でも六億円のものもある。それを思うと絵山は、
「狂った思念というものは、消えてしまわないとすれば大変な事になりますね。金儲けキチガイの東京都民、まあ、すべてとは思いたくないですが、彼らの、といっても、ぼくも今はというか昔も東京都民ですけど、の発しているエネルギーは中には、ねじまがったものがあるとは思えます。それは、ブーメランのように自分たちに戻ってきたとしたら、いやもう、逃げ出したい気もしますね。魔術で、なんとかなりませんか。」
 とびが空を舞っている。白い蝶がひらひらと三人の近くを華やかに舞って行った。自然とは人間に残酷なものだろうか。人工的な不自然なエネルギーをただ、送り返しているだけなのではないのか。
「わたし達が東京にいる時は、ホルス様の守護があるから大丈夫だ、とエイワスは伝えました。巨大な人の思念の行き先は、わたし達少数の人の力では、どうしようもないものでしょう。」
文は悩んだ顔で、
「芥川龍之介は巨根だったそうですけど、自殺しましたね。女遊びは、もうどうでもよくなったのかなあ。それとも不能になってしまったせいかなー、とかも思ったんですけど。バイアグラがあったら自殺しなかったのか、というと下半身より頭の方の問題なら、そういう強精剤じゃ効かないし。巨根なら人生に自信がつくみたいな事が言われていますけど、芥川が、そうじゃなかったから、ペニス増大の通販を買うのは、やめようかな、と思ってます。」
と、絵山にだけ聞こえるように、ヒソヒソと話した。
「そうだね。太宰は女と心中だったのかな。下半身が活動的だったんで文学もいける、とか勘違いしたんじゃないの。」
「あはははは。昔の日本の作家なんて、そんなのばっかり、ですね。」
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 土曜日の町田は、いつもと違って休みの日を満喫する人達もいるため、駅周辺も違う雰囲気が漂っている。
 町田市の高所から見ると西に山が見えるが、それは神奈川県の大山だろう。標高1251.7メートル、この山には古くから大山神社というものがあって、勝海舟も父親と参拝に来たという話があるのだが、勝海舟の社も小さいながら建てられている。
 明治維新の荒波を乗り切ったのは、この大山神社参拝のためかどうかは誰にもわからないだろう。とにかく勝海舟は明治政府になっても旧幕臣としては、なかなかの出世をして伯爵の位まで、もらっているのである。
 古くから大山神社は参拝客が絶えないといえるのだが、今はケーブルカーは、あるとはいえ大山の山頂ちかくにある大山神社は登るのに大変な坂道がある。女坂と男坂に分かれていて、文字通り、男坂の方が険しい登り道とはなっているのだ。
 昔の人は豆腐を食べながら大山を登ったとも言われている。この大山に浜野貴三郎も、しばらくして登る事になるのだが、今は町田で友人の岡志大とともに町田駅前に来ていた。浜野は遠くに見える女性を見て、
「あの人じゃないのか、あの赤い帽子をかぶっている、少し太った女性。」
「みたいだな。君は、もうここまでで、いいよ。」
「もちろんさ。でも。」
「なんだ、浜野。」
「あの女性は3Pしたいのかもしれないぜ。」
「かもな、ってわからないけど。話ではノーマルそうだったからな。」
「何、冗談だよ。それじゃ、お楽しみに。」
浜野は、くるりと背中を向けた。
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 田宮可奈の眼は<町田駅前で夫の真一郎が<三十メートルほど先に立っているのを見つけていた。声をかけに行こうか、と思ったその時、夫に近づいてくる一人の女性を認めた。  その女性は、真一郎の前で深くお辞儀をすると、談笑して、それから二人は小田急デパートの方に仲良く並んで歩き始めた。 (あの女性、画商じゃないかしら。忘れもしないあの女性、と何かよく似ているわね。といっても、あの女性のわけはないもの。だって、あの女性は・・・。 そう、それは、わたししか知らない秘密だけど。 世の中、似た人は、いるものだから気にしない方がいいのかしら。何か絵の商談っていう感じだから、別に気にもならないけど。  それに比べて、わたしは浮気。何年目の浮気かしら。夫が先だから、わたしも負けないように、やろうっと。  出会い系サイトって便利ね。近所の岸山さんにも聞いてみようかな、出会い系、使った事ありますか、って。あの奥さんは真面目そうだし、そんな事、しないのかもしれないけど、 でも・・・この前、岸山さんに会った時、うちは今、幸せですわ、って言ったから、 もしかしたら、出会い系を、やっているかもしれないわね。 そうそう、深夜にタクシーで、岸山さんのご主人が帰ってくるのをわたし、部屋の窓から見てしまったから。  だいたいね、妻の浮気なんて、夫が先にするからいけないのよ。 妻の方が先に浮気する事ってあるのかしら。積極的な北海道の女性なら、するのかしらね。お向かいの家に越してきたのが、横村さんっていう北海道からのご夫婦で、どうもそんな感じがするし。  わたしの専門学校の同級生にも北海道から来た女性がいたけど、男の子五人位と遊んでいたなあ。冬でも薄着なんかして、スカートも超ミニだったわ。一日に一回は、パンティをお気に入りの男の子に見せてたもんね。)その時、目の前で 「ルナさん、ですね。お待たせしました。岡です。ぼく、本名なんですけど。」 と話しかけた男が立っている。   「ええ、ルナです。わたし、本名じゃなくて、ごめんなさい。夫子(ふし)ある身ですもの。」 可奈は赤い帽子を深々と、かぶり直した。 「あ、それは、そうでしょう。ぼくは独身だから、構わないのですよ。」 「そうね。ここでは何ですから、小田急デパートでも行きましょうか。」 「ええ、喜んで。もうすぐお昼だし、ぼくが何か・・・。」 「いいえ。わたしが、お金は出しますわよ。そんな事は、学生のあなたが気遣う事では、ないのよ。それじゃ、」 可奈は、一歩を踏み出した。その一歩は小さな一歩だが、田宮家にとっては大きな一歩となるだろう、なんて。  可奈は真一郎が多分、小田急デパートのレストラン街に行ったのでは、と思い、自分も行こうと思った。  もしかして同じ店で鉢合わせなんて事になったら、どうなるのかしら、と思ったりもした。 小田急デパートは小田急新宿線の町田駅の上にあり、駅の改札口前からエレベーターに乗れる。ともかく多い人の流れではあるが、左側通行のような形で人は歩いている。  何故右側ではないのか、ということを考えると、JR町田駅の西口を出て左折すると、小田急町田駅に向かう方向になるので、自然に左側を歩く事になるからだと思われる。 東京と神奈川のクロスロードみたいなところが町田駅だ。可奈の後ろをついていく岡志大に、立ってビラ配りをしていた若い女性が、 「古本のブックタフです。」 と言ってチラシを渡そうとしたが、岡は軽く手を振って受け取らなかった。  可奈は自分の横に並んで岡が歩かないので、ちらちらと振り返りつつ、小田急デパートのエスカレーターへと歩みを進めていった。 エレベーターに比べれば、のんびりとだが、途中のフロアも見れるし、何処の階も買い物客で賑わっていた。  ネットショッピングに、びくともしない町田のデパートは、やはり老人が多いせいもあるらしい。 ネットショッピングといっても、結局通販なのであるけど、老人はこの通販というもの、例えばカタログ通販などにも、なじめない場合が多い。  やはり眼で直接見て買うという昔ながらのやり方がいいのだろう。町田には老人ホームも多いし、一人暮らしの老人もそれなりにいる。 というわけで老人女性の買い物客を、かなり見かける。  最上階のレストラン街に着いた二人は、可奈の先導で、ゆっくりと通路を歩いていた。 両側に店が並ぶのだが、店によってはガラス張りで通路から見える店もある。  田宮真一郎は画廊の経営を始める緑川鈴代と、ラーメンの店にいたが、その店は、カウンターなどなく最低でも二人がけのテーブルと椅子だ。 真一郎は通路の方を何気なく見ると、妻の可奈と少し遅れて、自分の美術大学の学生が歩いているのを見た。どうも、可奈の後をその学生は歩いていたようだ。あの学生、何といったかな・・・ 「岡志大(おかしたい)。」 ぽつんと、真一郎は呟いた。 「えっ?」 と聞き返すと、緑川鈴代は、顔を真っ赤にした。真一郎は我に帰ると、 「いや、今、そこの通路を歩いていた学生が僕の生徒でして、名前を岡志大と言うんです。まぎらわしい名前で、ちょっとわいせつな感じなんだけど、あの男の本名なんですよ。」 真一郎は、頭をポリポリと掻いて説明した。 「まあ、そうなんですの。珍しいですわ。」 鈴代は、こほんと小さく咳払いした。    ガラス張りの店を右に見ながら通り過ぎた時、可奈は右目で真一郎と、あの女性が座っているのを見た。 女性は背中を向けているが、いかにもビジネスの話という姿勢である、と可奈は見て取っていた。真一郎は自分を見たようだが、可奈は立ち止まらなかったので、夫との間に人が通過したりもした。  それで、ほんの少しの間だったろう、真一郎が妻を見れたのは。 しかも、連れの男は後ろから、ついて来ている。後から聞かれても知らないと押し通す事もできるはずだ。 もっとも、認めてもいいのだろう。夫は、その時、どんな顔をするのだろうか。  そういえば、前の浮気相手も・・・だが、今は、それを思い出すまい。あの頃の快楽とは又、違った快楽を自分は求めているのだ。 男子学生の勢い、つまりはペニスの勢いを、可奈は考えつつレストラン街を歩いている。(夫のペニスは、あの何とかいう女性に訪問して、自分のとこには、もう長い間、来ないのだから。わたしは、空き家でいるのは、もう、うんざりよ。まだまだ、女盛りだと自覚してる。) 中華の店が眼についた。可奈は立ち止まると、 「ここに、しましょう。」 と、岡に振り向いて優しく誘うと、 「ええ、いいですよ、もちろん。」 と答えながら岡は、揉み手をするようにした。 その店の中に入ると、客人は、そう多くは、なかった。表のメニューのサンプルを見ても、値段が高そうなので、人は、あまり入らないのだろう。可奈は密かに男性の精力を、つけるのには中華料理がいい、と考えていた。  それで、真一郎にも作ってあげていたのだけど、結果は何処かの若い女に持っていかれたというわけだった。席に着くと、可奈は身を乗り出すようにして、 「岡君の本名って、フルネームで、なんて言うのかしら。」 「おかしたい、です。」 「えっ、何言ってるの。ここは、ホテルでは、ないのよ。今すぐ、そう言われたって、ここで、できるわけないじゃないの。」 可奈は、年甲斐もなく、顔が赤くなるのを感じていた。岡は笑うと、 「いえ。ぼくの本名は、おか。したい。と言います。岡が姓で、志大が名前です。」 可奈は、納得してうなづくと、 「そうだったのね。わたし、何か、勘違いしてしまったみたいだわ。ふふふ、でも。二人きりになったら、あなたの本名、フルネームで言ってくれると楽しいわね。」    岡は可奈が、そういうのを聞くと、どぎまぎした。太っているとはいえ、魅力的な女性だ。特に胸のふくらみと、尻の大きさには悩殺されそうになる。口紅を赤くつけているのが、岡の座った距離からでも見えた。 「そう、ですね。それは。言ってみますか。ルナさんのご希望なら。」 「とても楽しみだわ。あ、ご馳走が、きたわよ。たくさん食べて頂戴ね。」  春巻き、えびのチリソース、ふかひれのスープ、ホイコーロー、餃子、シュウマイ、八宝菜、スーラータンメン、中華丼。岡は、なるべく食べてみたが、可奈の方が倍くらい食べた。デザートに杏仁豆腐とプリンとメロン。  可奈は赤い帽子を、かぶったまま食事をした。  真一郎のいる店では、緑川鈴代が携帯電話で話をしていた。 「今、小田急デパートのレストラン街にいるわ。ラーメンのお店よ。ガラス張りだから、後姿のわたしが見えるし。今は、まだ人も少ないから、早くいらっしゃいよ。」 携帯電話を切ると、鈴代は、にこりとした。そして、 「うちの画廊の、社員で雇うつもりの人物と、話をしたんです。今、ここに来ますから、田宮さん、よろしくお願いします。」 「え。えー、まあーね。」 「あら、田宮先生、ラーメンが、のびてますわ。」 「あ、そうだ。ラーメンが五倍くらい伸びたら、ラーメン五麺、ラーメンごめん、なんて謝ろうか、なって。」 「そうですわね。ウフ。謝るよりも、そのラーメンを絵に描いてくだされば、いいのに。」  真一郎は鈴代の言葉を聞いて、シュールレアリズムのようなラーメンの絵を描こうかと思ってみた。  結局、日本人画家に大した人間は、いないし、葛飾北斎のような古い時代の人の絵の方がヨーロッパでも注目されている。 当時の江戸は、のどかなものだったのだろう。家賃も現代と比べると、はるかに安かったといわれている。  画狂人北斎のように転々と引っ越しても、絵に専念できる環境があったわけだ。都心の、どえらい家賃では、もう北斎のような人は出ない事は確実だろう。真一郎も町田だから、ある程度のゆとりをもてるのだ。 ネット時代のいいところで、真一郎の絵はアメリカ人にも、なかなかの評判だった。それで、緑川鈴代はアメリカ人の顧客のために、英語に堪能な女性をインターネットから募集したところ、ひとりの若い女性が採用された。  彼女の名前は本役英子という。鈴代も、電子メールで添付されてきた履歴書の名前を見て、 「本役英子(ほんやくえいこ)だって。こに濁点があれば、ほんやくえいご、じゃないの。ふざけているのかな。」 と呟いたが、面接して、後日、住民票を持ってきてもらって、やはり本名だとわかった。ラーメンを食べ始めた真一郎に 「田宮先生に、担当の女性を、つけようと思いまして、さっき電話したのは、その女性ですよ。」 「ええ、それは。どうも。」ズルズルズル。 「ああ、どうぞ、ラーメンをお食べください、先生。今は、わたくし、返答は求めておりませんので、聞いていてくださるだけで、よろしいんですのよ。それでですね、先生、やはり田宮先生が国際的になれば、もっと顧客も増えて、大いに売れるといいますか、そのためにも、英語の得意な女性を見つけましたの。きっと、先生の気に入るはずだと思いましたから。」 ズルズル、ゴクゴク、ふーっ、 「ああ、おいしかった。と、その話も、おいしいですね。ぼくも、そうだな、海外の人に認められてこそ、本望というかですね。アメリカの方から、ちょくちょく、直にメールが来るんですけど、読めないから削除してます。」 緑川鈴代は勿体無い、という顔をして、 「その中には、商談も、あったかもしれませんのに。でも、今度の新人に、それを送ってもらえば、先生に読んでいただけますし。」 「ええ、そうしますよ、楽しみだ。私の絵は、海外の方が受けるのかもしれません。明治以降、文明開化とかで洋画も取り入れられましたが、浮世絵よりも認められていない、みたいですね。それは不思議だと思います。  江戸時代は身分制のような窮屈なところもあった時代なのに、浮世絵という西洋人も注目するものが生まれたんです。 江戸幕府はそういう文化の誕生に貢献したんですね。それに比べれば、明治以降、新政府とやらは富国強兵の一点張りだったのでしょう。  それはポツダム宣言受諾で終わったのだけども、今に至るも地価狂乱とか、その他にも理由はあると思うけど、住みにくいところでは文化も生まれないと思いますよ。 それで、せわしなく通勤電車に乗っている人達以外も芸術を理解、鑑賞する、ゆとりのある人達は今の日本では、もう、稀だと思います。  ヒルズ族という人達も芸術の理解者であるかというと、ただ資産が多いのを自慢するだけの嫌味な人間が多いのではないでしょうか。  彼らは芸術より高級車とか別荘とかにしか興味がないようだし、より自分が金を人より持っている事を見せびらかす事しか考えていないように思えます。それで、北斎、歌麿のような人達は、もう東京の中心辺りからは、出る事はないだろうと思います。」 「そうですね。わたしが、ネットで絵の売買をしていた頃にも、確かヒルズ族の人達からの注文はありませんでしたわ。意外にも東京都の顧客は少なかったのです。それは、今からも続くと思っていますわ。」 真一郎は、デザートのアイスクリームを食べながら、 「ヒルズもそうだけど、明治というのも大した時代では、なかったというか、絵の世界に限っての話ですが。 元禄文化のようなものも、なかったわけだし。かね、にしか眼が行ってない人間というのは札束の奴隷だと思うんです。  今の東京には、そういうのが多いんでしょうね。世界拝金教が膨れていっているのも、それもネットの企業家を中心にして、という事らしいですが、東京ならでは、という気がします。この前、長野に帰ってみたんですが、自然を感じましたね。やはり、懐かしいのは故郷だな、と思いました。」   真一郎は、通路の方を、ちら、と見た。すると、オレンジ色のセーターに、青のスカートを身につけた二十代の女性が、彼らがいる店内に入って来た。 「いらっしゃいませ。」 「あら、本役英子さん、ここよ!!」  緑川鈴代は座席に座ったまま、華奢な右手を、大きく挙げた。本役英子という女性の顔は、彫りが深いわけでは、ないけれど西洋人的な容貌だった。眼は大きな栗色の瞳。 「お待たせしました、社長。」 二人の近くに来た英子に、鈴代は、 「席を移りましょう。窓際のあそこは、町田市の駅近くの景色が見えるから。田宮先生、もう一度何か注文しますから、あちらに移動を、お願いします。」  真一郎は、うなずいた。  自分の近くに立っていた本役英子は、いい匂いがした。  身長は百六十センチ位で、真一郎より少し背が低い。髪は長く、肩に垂らしている。 三人で窓際の席に移ると、大きなガラス張りの窓から、町田駅周辺の建物や道路が見えた。 真一郎からすれば左の方から、緑川と本役の二人からは、右の方から、店の窓の外の景色は見える。鈴代は本役に、真一郎の前に座らせた。右に景色が見える方の座席に。鈴代は、おしるこを、三人前注文して、 「本役さん。この方が、あの画家の田宮真一郎さんです。」 「初めまして。わたくし、本役英子と申します。」 その声は、英語的なアクセントを持っているようにも、真一郎には聞こえた。 「初めまして。田宮真一郎です。」 本役は、疑問があるような顔をして、 「いきなり、こんな事を、お聞きしていいのか、とは思いますが、田宮先生の画風は、怪奇的ともいえる、といわれますね。四谷怪談のお岩さんの姓が、田宮だったと思うのですけど、何か関係が、あるのでしょうか。」 真一郎は、少し驚きの表情をした。そして、 「今まで東京に来てから、誰もそういう質問をした人はいませんでしたよ、実はね。あのお岩さんの家と、うちは親類でもあるんです。 今まで誰にも話さなかったんですけどね。ぼくも東京に来て四谷にも行きましたが。四谷の近くに親戚がいるもんですから。  子供の頃、夏の怪談話のついでに、あのお岩さんと親戚だって父に教えられましたよ。そのせいか、怪奇とか神秘とか幽霊、心霊ものが気になって、色々と、のめり込んだりしていると、画風も、そんな感じになるんでしょうかな。」 「まあ本役さん、よく気が付いたわね。わたしも、今まで、その事は考えた事が、なかったわ。」 感心したように、緑川鈴代は本役英子の顔をジッと見る。 「わたしも、ここに着いて、田宮先生のお顔を拝見して、初めて、そういう考えが湧いたものですから、不思議な感じです。そう、わたし今日、田宮神社にお参りして来ましたの。それで、なのかもしれません。」 ふと鈴代が、田宮の隣の席を見ると、水を入れたコップが置いてある。近くを通ったウェイトレスに鈴代は聞いて、 「ここには、三人しかいないのに、何故コップを四つ、持ってきたの?」 「え?こちらのお方と一緒に、着物を来た品のいいおばあさんが、いらっしゃって、席につかれたから、おしるこ三人前なら、あと何か注文されるかな、と思ったんですけど。あのおばあさんは、今、いらっしゃいませんね???」 その四つ目のコップの水を真一郎が見てみると、それは、三分の一くらいの量になっていた。それでウェイトレスに、 「ねえ、君は、このコップだけ少なめに、注いだのかな。」 「いいえ、四つとも、同じくらいですよ。あのおばあさんが、この水を飲んだんじゃないですか。!!!???」   三人はゾっとした寒気を覚えた。ただ、真一郎は、お岩さんも自分の血縁者だと知っているので、そんなに恐怖感は、起こらなかった。本役英子は、四つめのコップを手に取ると、生暖かいものをそのコップに感じた。少し、べっとりと湿っているのを感じると、 「何か少し、濡れている感じです。やはり、これは。」 緑川鈴代は、落ち着いた表情を無理に作って、 「やはり、田宮先生の血のつながりのある人だから、来たのかもしれないですね。」 真一郎は、軽くうなずくと、 「本役さんが参拝した時に、彼女の心の中というか、これからの行動というか、僕の名前を、お岩さんは読んだのかも知れませんね。」 本役はアッと驚くと、 「田宮真一郎画伯に、会いに行きます、よろしくお願いします、と、その時、わたし、思ったんです。」 鈴代は、 「それでは、田宮先生の守護霊は、もしかしたら、お岩様かも、しれませんわね。それで、もう、とうの昔に、怨霊では、なくなられたのではないか、と思います。」 真一郎と英子は二人とも、黙って、うなずいた。鈴代は、明るい顔をして、 「田宮先生、本役さんの出身は、長野なんですのよ。」 真一郎は大きく、その眼を見開くと、 「それは、それは。ぼくも出身は、長野なんですよ。」 本役は、とても嬉しそうに、 「同郷という事は、心強いですね。東京って、色々なところから来た人達の集まりですから、わたし時々、アスファルトの砂漠にいるような気がしていました。この前も、わたしのマンションで殺人事件が、あったりしたもんですから、東京って何があるか、わかりません。」 魔法で性交したら

推理小説・体験版・不可思議な男

「不可思議な男」

 おれは、この秘法を身につけるまで二十年の歳月を費やした。そう、おれが二十歳の時からだから今のおれは四十になる。まともな定職に就いたことは一度もない。だから収入は少なくて結婚もした事がない。それでもよかったのだ。
 自分が望めるものになれるのなら。
おれの名前は桂木啓志(かつらぎけいし)という。福岡県福岡市の生まれだ。両親は平凡な人間で、それがおれにはいやでしょうがなかった。父親は全国に支店を持つ東京本社の食品メーカーに勤めている。だが、東京本社に呼ばれる事もなく福岡支店の物流部の課長で定年退職した。年金をもらうまで福岡市内の警備会社で働いている。
 そんな父親の子供のおれは、やはり学校の成績もよくないから私立の高校を出てから就職した。福岡市の南にある大野城市のプロパンガスの会社に勤めたが二年でやめて、それから自己変革のためにおれは生きる事にした。
 フリーターとなったおれは、家を追い出された。平凡な父親だが福岡市のはずれの油山という標高六百メートルの山の近くの建売住宅をローンで手に入れてはいたのだ。父は言った。
「出て行け、啓志。自己変革とかは自分でやれ。」
とこれまた平凡な口調で怒りもせずに告げた。それでも木造アパートの部屋を借りる時には保証人にはなってくれたけれど。母は熊本出身だから、夫の言う事に異を唱えない。何も言わずに、おれを見送った。

 東京都から福岡市に移動した警視庁の今井警部は、さっそくというように殺人事件に遭遇した。今は博多署で勤務している。殺人事件の時効がなくなった今、迷宮入りした事件も担当していたのだが、中年の彼は呟く。
「これは又、まったくわからない。密室殺人なんて推理小説の世界じゃないか。」
福岡市博多区のマンションで若い女性が死んでいた。全裸でベッドにうつぶせになって、尻のところに二つの蜜柑が置いてあった。豊かな尻のそれぞれのふくらみの上に愛媛蜜柑がひとつづつ乗っていたのだ。
ベッドのシーツは真っ赤に染まっていた。それは錐のようなもので一突きされたその女性の喉から、流れ出した血の色だった。
部屋は内側から鍵が掛かっていた。そのマンションは玄関もオートロックのもので、管理人もいる。女性の死亡推定時刻は深夜二時頃と判明した。当然、管理人は帰宅している。二十四時間で警備しているわけでもない。
怪しい人物の目撃者もいなかった。警視庁から今井警部と共に博多署に転勤してきた平田刑事の地道な聞き込み捜査では、そのマンションの住民が殺人のあった日に帰宅した時刻は午前一時が最も遅いものだった。平田は痩せて筋張った二十代半ばの長身の男だ。そのマンションは五十世帯もあるので、五十の玄関を開けてもらわなければならない。十日ほどの日数で聞き込みは完了した。今井警部は平田の報告に、
「誰かがウソをついているはずだ。猟奇的な殺人だぞ。変質者みたいな男を探せばいい。そいつがきっと、犯人なんだ。そのマンションの住民以外には犯人は考えられない。」
と説明する。平田は思うところを、
「住民以外にも考えられます。」
と主張する。今井は眉をしかめると、
「誰だ、住民以外には。」
「新聞配達です。このマンションは暗証番号か鍵がないとマンションの最初の玄関が開きませんが、新聞は各家庭の玄関ポストに入れているそうです。」
今井はポンと右手で左手を叩くと、
「そうか。そういう人間もいるんだな。新聞配達は暗証番号を知っているというのだな。」
「そうです。郵便配達は、集合ポストに入れているようです。それは外から入れられますから。」
「ううむ。じゃ、新聞配達も洗うとするか。」
今井は顔をニンマリとさせた。

 私立探偵といっても、公立の探偵はいないわけだから探偵の春川智明は東京から福岡市に活動の場を移転させた。というのも東京の探偵の数が多くなり、所属していた位坂探偵事務所では望むような仕事がなくなったからだ。この現象は東京の歯科医と同じ現象だといえるだろう。
誰もが東京に仕事があると思って、集まってくるけれども昔と違って今は人手不足ではない。東京への一極集中は昔と違って、仕事の不足を呼んでいる。
けれども春川智明は、インターネットを駆使する事で福岡市で顧客の開拓に成功した。
無料ブログを開設して、自分は探偵であると自己紹介しながら日記らしきものをつけているとアクセスが集まってきた。
浮気調査その他、なんでも調査します
探偵 春川智明 福岡市南区井尻駅のすぐ近く
と、そのブログに載せるとさっそく調査の依頼があった。
福岡市内のパチンコチェーンの経営者で、愛人の素行調査だ。でっぷりと太ったその六十代の小柄な人物は、紳士然としてこう頼む。
「博多区のマンションでサンシュール博多というところだ。そこに私の愛人がいるわけだが、どうも最近、男を作ったらしい。いや、普通なら彼女は二十歳だからそれは当たり前だがね。私から月に六十万円も手当てをもらっているのだから、他の男は許せないよ。君には依頼費としてまず、四百万円を渡すから男との証拠写真を撮ってきてくれ。」
「はい、かしこまりました。できれば、その女性の写真などあれば助かります。」
「写真ね。そう言うだろうと思って持ってきたよ。」
その経営者は背広のポケットから写真を取り出すと、春川智明に手渡す。春川が見ると、清楚な感じだが肉体的に発育のいい若い女性がその経営者とプリクラで撮ったようなツーショット写真だった。

平田刑事は、捜査報告を今井警部にしていた。
「そのマンションは、サンシュール博多といって若い女性が居住者の半分です。ワンルームタイプで独身ばかりでした。殺害された女性は若木ひとみ、という名前で市内の英会話教室で事務員をしていたそうです。この若木ひとみの部屋は角部屋で五階にあります。つまり一番はしの部屋ですから隣人は一人です。その隣の部屋の住民が独身男性で野見大介という奴で、実はこの男は少々変人らしいのですが。」
今井は眼を輝かせた。椅子から立ち上がると、
「そいつだ。その野見という奴が犯人に違いない。いや、待てよ。新聞配達もいたんだろ?」
平田刑事は苦笑いすると、
「それが・・・そのマンションはインターネットが無料で見れるというの売りだそうで、新聞購読者は一人もいませんでした。」

おれ、桂木啓志は修行のために人生を捨てた。会社で働いていた時に貯めた金でヨガ教室に通った。が、健康になるためなんて別に面白いもんじゃない。
それでも、一通りはやったがおれはもっと超人になりたかった。ヨガナンダという人の自伝には色々と不思議な事が書いてある。
ヨガをマスターすれば、自殺も可能だ。脳のある部分を自分の意志で停止させれば、死ぬという。そういうものをおれは習いたい。だが、日本の教師はどれもだめな奴ぞろいだった。
そんなある日、おれはインド人が料理人のカレー屋に入った。顔の色は黒い、そう真っ黒とはいえなくとも黒っぽい感じのインド人がカレーやインド料理を作っているのだ。
インドのパンはナンという白いもので、砂糖の香りがするおいしいものだ。ラッシーという飲み物はヨーグルトを薄くしたような、やはり白い液体のもので独特な味わいだった。
世界の工場は中国からインドに移るといわれているが、彼等インド人の献身的な姿勢はそれを実現するだろう。まだ日本にそんなに来ていないインド人を見るのも珍しいものだが、数回その店に行くうちにおれは彼等と親しくなった。
料理人のインド人が自分で料理も持ってくる。注文も自分で聞きに来る。日本人の給仕人もいるけれど。今日も聞きに来たインド人は、
「ナマステ。」
と挨拶した。多分、こんにちはという意味だろう。それから、
「お客様、カレー好きですか?」
「そうだね。ぼくはヨガもやってるよ。」
「それは、すばらしい。」
「でも、日本のヨガってつまらないねー。インドのヨガって、すごいんでしょ。」
その料理人の表情が神秘的なものに変わった。威厳を持った口調で、
「その通りです。釈迦もヨガの修行で色々な能力を身につけたね。でも、あれも一部の成果。わたしも少しやりますが、今、インドから私のおじさん来てるよ。彼はヒマラヤにも行って修行した有名なヨギね。釈迦みたいに見せびらかさないから、あまり知られないけど秘密の何か教えてくれるかもよ。」
「ぜひ、会いたいな、その人に。」
「いいよー。日曜に会えるようにする。この店始まる前に会わせるよ。」
という事で、そのヨガ行者と日曜日に大橋駅近くの喫茶店で会う事になった。

大橋駅は福岡の一大ショッピング街、天神から南にある、そこそこに大きな駅だ。おれの住む井尻の井尻駅から北に一つ行った駅だ。駅近くはビル、マンションの建物ばかりで、それはかなりの円となって広がっている。個人の家が建っているのは見当たらない、という繁華街だ。
薄暗い喫茶店の中にカレー店のインド人とその横に青年が座っていた。その青年の顔はインド人だが、肌の色が白いのだ。まるで、そう白人のようだ。しかもその肌はきめ細かく、すべすべして見える。紅顔の美青年というおもむきである。年齢は二十代前半だろう。おじさん?横のカレー屋のインド人は四十代に見えるが・・・?その四十づらのカレー屋はオレを見つけると、
「おーい。ここ、ここ。」
と大声を出した。おれは二人の前の席に着く。カレー屋は、
「おじさんのカミナンダです。こちら桂木さん。」
紅顔の青年は、
「あなた、ね。私ね、インドにいて、ここに来る前にあなたが見えましたよ。それで日本のこの人は私にヨガを習うことになると思った。」
うさんくさい、という思いがおれの頭の中に走った。まるでテレビのやらせ、だ。もっとも俺はテレビなど見ることはADSLに接続してからは、してないけどね。テレビのインチキ番組じゃあるまいし、ということだ。カレー屋は何かたくらんでいるのか、それとも笑いを取りたいのか。そういうオレの思いを読み取ったかのように、そのカミナンダはテーブルにあるコップを指差すと、
「水が入っているだろう。これを減らしていく。」
そう宣告すると、じっといっぱいのコップを見つめた。すると、どういうことだ!コップの水はどんどん減って、しまいにはなくなってしまったのだ!!!
「????」
おれは、モノが言えなかった。カミナンダは静かな微笑を浮かべると、
「私の弟子になりますか?」
「はい、先生。教えてください。」
とおれは深く頭を下げてしまった。

サンシュール博多はビルの外壁が緑色という変わった外観をしている、そこに春川智明は張り込みをしなければならなくなった。ターゲットは、あの女。夜、帰ってくるところをではなく朝から張り込んでいる。
ここで探偵というものについて、特に名探偵というものについて一言しなければならないだろう。

推理小説・不可思議な男

体験版・男の娘を助け出せ派面ライダー

男の娘を助け出せ 派面ライダー

通勤からの、それもOLではない、ある職業からの帰り道で美乃(みの)は後ろから誰か、つけてきているのを感じた。
(誰?誰なのよ?)
だが、振り返ってみると襲われそうな気がして、歩く速度を、もっちり、とした太ももの移動時間を短くして、速めてみた。
すると、後ろの誰かも足音が高く、早くなる。
美乃は155センチの体で、胸は88もあり、尻は88の、肉欲をそそる体、色白で脚は細い。
美乃は近くの広い公園に駆け込んだ。後ろからの追跡者も美乃を追い駆けてくる足音だ。
公園には誰も、いなかった。ああ、と美乃は足を停めて、後ろを振り返った。なんと、そこには大きな男が黒いパンティストッキングをかぶり、右手でズボンの世界の中心点のファスナーを降ろし、
「ピー!男の世界の中心点のチンコの雄たけびを聞け、ピー!」
と喚(わめ)く様に言葉を口から吐くと、
立ったままの美乃を、がっし、と抱きしめ、彼女の赤い唇に自分の分厚い男の唇を重ねた。
そのまま三分も唇を重ね合い、その間、美乃は尻と乳房を揉まれていた。やがて男の手は美乃の股間の間、スカートの中に男の手が伸び、男の右手の中指が、マンコの辺りを探った。
「おい、クリトリスしか、ないのか、おまえ。」
と唇を外した、黒いパンティーストッキングで顔を覆った男が聞くと、美乃はスカートのポケットから無線機のようなものを取り出すと、
「助けて!派面ライダー!」
と大声を上げた。
その美乃の唇をパンスト男は、美乃の背後に回り、左手で塞ぎ、右手で彼女の豊満な乳房を薄い上着の上から、入念に揉み解(ほぐ)し始める。
美乃の乳首を探り当てた男は、ズボンから飛び出して既に勃起したモノを美乃の尻に彼女のスカートの上から、ぐん、と押し付けた。
パンスト男は膝をかがめて、伸ばすと、美乃の尻の割れ目の下の方から、上の部分まで、男の張り切った亀頭で強くなぞる。
「おお、いい気持だぜ。男の中心点でチンコを雄たけび、させる。なんて、な。姉ちゃん、おまえも感じているんじゃ、ないのか。」
美乃は右手に無線機を持ったままだ。
その時、バイクの爆音が公園の外に聞こえた。そのバイクは、公園の入り口前で停められ、黒いサングラスをかけた、白バイの警官の制服に似たものを着た男が、バイクから降りると、
「派面ライダー、チン参(ざん)!」
と名乗りを上げ、二人に駆け寄ってくる。白バイの警官の服装との違いは、白の部分が赤になっている事だ。
パンスト男は、
「ピー!又しても、我々、モッカーを邪魔しに来たな。この娘はな・・。」
美乃を自分の前に抱き留めながら話すと、派面ライダーは飛び上がり、
「とぅーっ。」
と叫び、飛び蹴りで、モッカーの黒いパンストに隠れた左耳の辺りを攻撃した。
パンストのモッカーは、
「あわっ、ピー!」
と声を出し、美乃を乱暴に自分の横に押しやると、
「まだまだ、こんなものでは、な。おれのモノを見ろ、派面ライダー。」
とモッカーは勃起チンコ、それはパンツの切れ目から突き出ていた、を見せた。
派面ライダーは、
「ふん。おれと勝負するのか。変チンするから、見ていろよ。」
と答え、両手を、手のひらの方を、十センチほど離して向かい合わせて、自分の頭の上に空高く突き出し、そこで止めると、
「変チン!」
と声をかけると同時に、両手のひらを向かい合わせて離したまま、自分の股間に向けて振り下ろす。
「おおっ!」
両手は股間のあたりで停まっている。すると、派面ライダーの股間が膨れ上がってきたではないか!
派面ライダーは両手でガッツポーズを取ると、
「ぼっきーキック!」
と叫んで再び飛び上がり、今度はモッカーの顎(あご)を蹴った。
「ピー!」
と叫ぶと、パンストモッカーは、その場に倒れて意識を失った。

 嬉しそうな美乃は、派面ライダーに駆け寄ってきて、抱きつき、
「ありがとう、派面ライダー。」
と言葉をかけると、派面ライダーの胸に顔をうずめる。
その時、美乃は自分の下腹のあたりに何か肉の塊のようなものを感じた。それは、派面ライダーの勃起した実在だった。
美乃は顔を赤くしたが、公園内では暗くて、その色は見えない。
派面ライダーも美乃の肩を軽く抱きながら、
「ごっつあん、してしまおうかな。いただきます、してしまおうかな。」
と声をかけると、美乃は、
「いいわよ、してっ。」
と自分から背伸びして、派面ライダーにキスをした。
 美乃の、背中の真ん中まである黒髪がユサユサと揺れる。
派面ライダーも、美味な、もののように美乃の唇を味わい、舌を入れて絡める。
唇を離した派面ライダーの右手は、美乃の股間に触れると、
「おや?君は、もしかして・・・。」
と呟くように聞くと、
「そう、わたし、男の娘、よ。」
と美乃は、にっこりとして答えた。
派面ライダーは、美乃の肩に回した両手を外すと、
「ま、今日は、この辺で。明日、仕事が朝早くあるから。」
と語ると、公園の入り口に止めたバイクに向かって走って行った。

波山飛苧(なみやま・とぶお)は、四十歳になる福岡市の不動産会社の社員だ。昨日の夜、公園で男の娘を派面ライダーとなって救出した。
実は美乃は、キャバクラで働いていたのだ。「キャバクラ女子校生」の新人として、飛苧は彼女と出会い、
「何か困った時には、これで呼ぶといい。ただ、不動産会社の休日と、平日は営業時間外に、してほしいけどね。」
とキャバクラで無線機を渡した。
美乃は信じていない顔をして、
「またー、そんな。波山さんみたいな人、冗談が、こみいってますね。」
と答えると、近くにいたキャバ嬢が、
「それ、ほんとなのよ。わたし達もね。危ない時に、波山さんに助けてもらったんだから。」
すると美乃は、
「えええっ、そうなんですかー。」
と半ば、信じた顔で無線機をスカートのポケットに入れた。

 そんな経緯で美乃は、派面ライダーに助けられたのだ。

 現実に帰れば、飛苧は福岡市にある不動産会社の社員だ。2016年は、日本経済は年末辺りまでダメで、だから不動産を買う人も売る人も少なく、飛苧の会社も支店の一つを閉店した。
不動産会社といっても色色な業容で、飛苧の会社は賃貸物件の仲介も、やっている。これも2016年は不調。
2017年になってから、少し、不動産の仕事も増えてきて、中洲のキャバクラにも時々、行けるようになった。
その行きつけのキャバクラ「女子校生」で知り合ったのが、さっき助けた美乃だった。
飛苧(とぶお)は美乃を女性だと思っていたのだ。
男の娘、美乃。でも、さっき軽く抱いた感じは女のものだった。

美乃、本名は飛切美乃(とびきり・びの)という。実家は福岡市郊外にある六百坪の豪華なる邸宅を所有する。父はゲームセンターとパチンコ店を、いくつも経営している。年収は五億円で全国的に見れば、それほどの資産家でもないが、福岡市では、いい暮らしが充分できる。
現実的な話としては、福岡市内には千坪の邸宅は、ほぼ、ないので六百坪は広さは上位の方だ。
邸宅内では若い女性の女中つき、女中は死語みたいなものだからメイド、と表現しよう。実際にメイド喫茶にいるメイドの恰好をした若い女性が、飛切家には仕えている。
美乃の父親は、飛切辰蔵(とびきり・たつぞう)という。
名前と関係あるか分からないが、自分専用のメイドに、
「おれのモノはね、とびきり、よく立つんだ。」
と話す。
自分の書斎で、そのメイドと二人きりの時に語ったのだ。
メイドは顔をリンゴの色にして、
「そうなんですかあ。すっごーい。」
と褒めてみる。
時刻は昼の一時、妻は四十代で演劇鑑賞に出かけている。書斎は狭くて四畳半だからメイドとの距離も近い。
飛切辰蔵はズボンを脱いでパンツも取ると、メイドに向けて自分の雄々しい筒先をドビーンと見せた。
メイドは両手を自分の両頬に当てると、
「きゃっ、旦那様。見て、いいのですか。」
と可愛らしく聞く。
「ああ、見ているだけで、いいのかな。」
「いえ、それだけでは、我慢、出来ませーん。」
辰蔵は椅子に座ると、
「では、好きにしていいぞ。」
と男のキノコを直立に近くさせたまま、メイドを促す。
メイドは躊躇して、
「でも、奥様が旦那様には、いらっしゃるのですから・・・。」
「なに、あれはな、今日は演劇鑑賞会だ。男の俳優の股間でも眺めて、満足しておるのだろう。夜は遅くなる。楽屋に入れる、らしいからな。そこで気に入った若い男優の、なるべくチンポの太い奴を選ぶんだ。それで徹夜もあるよ。
だから、今日は君と徹夜で楽しめるかも、な。」
巨乳メイドは主人の辰蔵の巨大化したキノコに、武者(むしゃ)ぶりついた。口いっぱいに大きくなった肉竿を入れて、フルートを吹くように辰蔵の肉竿に両手の指を当てて動かす。
辰蔵は目を瞑(つむ)るが如(ごと)くにして、
「ああ、秋葉原のメイドでも、これは、しないから東京のメイド喫茶には、行かなくていい。うおっ、うおっ。」
とメイドに指で演奏されているような感覚を、チンポに辰蔵は覚える。よしっ!
と辰蔵は考えたのだ。この若い可愛い娘にだけ奉仕させては、いけない、おれも、する。
「よしっ、しゃぶりながらでも、いいから、服を脱いで股間にあるショーツと君の大きな胸に被(かぶ)せてあるものも、外しなさい。」
メイドは、
「まい、もふひんはま。(はい、ご主人様、と発音したが、肉棒を咥えたままなので、そういう発音になる。) 」
椅子に座った辰蔵は、ゆっくりと立って、もちろんチンコも立てたまま、メイドが服と下着を脱ぎやすくする。
メイドの名前は満津実(まつみ)という。満津実は辰蔵のモノを咥えたまま、中腰でスカートと白いショーツを降ろして両足を外した。
満津実の豊かな下腹部と、びっしり密生した黒い陰毛が辰蔵の下に下げた視線の中に入る。
ピンクの彼女の割れた線も、クッキリと見え、陰唇は肉厚だ。
ぴしゃ、と音を立てて満津実は主人の肉棒を口から離し、素早く上着と下着、それにブラジャーも外して床に落とす。
全裸になったメイドの満津実は、腰のくびれも見事でAVに出れば人気女優になれるだろう。
辰蔵は満津実に屈(かが)んで、彼女の左りの白い巨乳のピンクの乳首を口に含む。辰蔵から見て右の乳房の乳首だが、咥えているうちに満津実の乳首は硬くなり、彼女は黒髪を揺らせて、
「あはん、いいです、ご主人様。」
と乱れた姿勢になる。
辰蔵は激しく満津実の左乳首を舐め回し、右乳首は左手で摘(つ)まんで強弱を咥える。満津実は少し白い両脚を開いて、マンコも少し開いた。
辰蔵は満津実の細い狭い両肩を優しく下に両手で押すと、満津実は膝を曲げていって四畳半の床の絨毯(じゅうたん)に膝まづいた。

男の娘を助け出せ 派面ライダー

体験版・女探偵・夏海静花の管理ファイル2

女探偵・夏海静花の管理ファイル2

 親子丼ください

 探偵とは浮気調査が主な仕事である。女探偵の
夏海静花は魅惑的な巨乳を持っている。年齢は
二十七歳、独身だ。
妻の浮気を調べて欲しい、と依頼する男性は少なく
ない。が、多くもないのだが、夏海静花はウェブサイト
を開設していて、そのプロフィールに自分の胸を写して
載せている。もちろん、服を着ているが薄い夏物の上着
だけなので、うっすらとブラジャーの形が見えている。
首から上は写していない。探偵である以上、当たり前の
話だろう。
そのプロフィール画像が男性の依頼客の関心を引き、調査を
頼まれる事もある。今回の依頼者もウェブサイトからの申し込み
であった。事務所に現われた男性は年齢五十いくつか、の
やせ細っている背広姿だった。背は高いほうだろう。
事務所内の個室の部屋で夏海静花は、依頼の相談を
受けた。
「妻はこの頃、どうも様子が変です。それで浮気しているのではないか
と思いまして。」
静花は大きな瞳を真っ直ぐに依頼者に向けると、
「奥様は、おいくつの方ですか。」
と丁寧に尋ねた。
「妻は、三十八ですね。中洲でキャバクラ嬢として働いていた
のが二十年前。その時、家内は十六だったんですが、二十歳
という事で働いていたんですよ。高校を中退してね。見かけは
二十歳でした。胸は大きいし、お尻も出ている。顔も大人びて
いましたよ。そういう妻だから、仕方ないとは思います。浮気が
確定しても、大目に見てやるつもりですけどね。」
静花は静かに微笑むと、
「奥様の携帯電話は、ご覧になりますか、ご主人さん。」
と尋ねてくる。
「え?携帯ですか。それが、見せてくれないのですよ。ロックが、
かかってましてね。」
これだけで静花は、その男性の妻が浮気しているのを確信
した。だから、
「奥様は浮気されていますわ。」
と判決を下すように静花は話した。依頼客は、
「ああ、やはりね。でも、相手は誰なんだろうな。それを知りたいの
ですよ。やはり調査をお願いします。」
「わかりました。さっそく、調査に入ります。」
静花は、依頼客に夫人の顔写真を持ってくるように指示する。
「パソコンを、お持ちでしたら、ここにメールで添付して送ってください。
それにはデジタルカメラで撮影したものが必要ですけど。」
「デジカメですな。ああ、それで撮影したものがあります。
それを送りましょう。」
「奥様の御歳は三十八歳ですか?」
「ええ、そうですね。でも、色っぽいし、若々しいです。男が
寄ってくるのも仕方ないけど。」
静花は声に出さない含み笑いをした。

依頼者は霧村商一、妻の名前は、菫子(すみれこ)だった。霧村商一
は福岡市西区で地ビールを製造している会社の社長だ。なんでも
江戸時代末頃からの老舗で、福岡の地元ビールとして知られる
メーカーなのだが、少量生産しか出来ないため、価格は高く
全国流通は今のところ無理ではある。購入客は福岡市内の
料亭、バー、なのである。最近では北九州や熊本にも販路を
広げている。
実は商一は妻の菫子が働いていたキャバクラにも地ビール
を届けていたので、その関係で知り合い意気投合、結婚
までしたのだ。
余談としては福岡市西区には即席ラーメンの製造工場もある。
福岡市西区の西側は今だ田園風景が続くところで、それよりも
東側のところに霧村商一は住んでいる。
地ビールの製造工場と地続きの家だ。霧村商一の両親は他界
したらしく、広い邸宅に商一と妻の菫子、娘の茜子が三人で
住んでいる。全国ブランドのビールの工場を小さくした感じの
工場で、煙突型の塔もある。

霧村が帰って一時間もすると、夏海静花のノートパソコンに
メールが届いた。そこには霧村商一の妻の菫子の写真画像
が添付されていた。
髪をカールさせた菫子は目が大きく、三十八には見えない
若さだ。三十代前半に見える。
(これでは、浮気しそうね。)静花は思わず、そう思った。

 福岡市南区井尻の静花の探偵事務所から霧村商一の家まで
車で一時間二十分ほど、かかる。その近くにJRの九大学研都市
という駅があるのだが、この駅は新しい駅で、東区箱崎にある九州大学
が西区に移転する事に合わせて作られた駅だというが、そこまで
霧村の家から歩いて二十分くらいで行ける駅なのだ。
駅の近くにはマンションや企業のビルなどが建つものだが、こういう
新しい駅は最初から計画的にマンションやビルが建てられていった。

というのも、この九大学研都市駅のあたりは農地帯だったので、農家
から広い土地を買い上げて駅とその周辺を作る事が、できたのだ。
その駅のすぐそばにイオンモールがあり、飲食店なども複数入っている。
九大学研都市駅が、出来る前はただの田舎の農地だったけど、
マンションやビルが林立しているのは都会の風景だ。ただ、南側
には小さな山が並ぶために、田舎という印象は幾分残る。

 そこから歩いて二十分の霧村商一の家の近くに、夏海静花は運転してきた
国産車を停めた。九大学研都市駅周辺とは違って、その辺はまだ、田舎の
風景とも言えて田んぼのあぜ道さえ見られる。ただ、ぽつぽつとマンションも
建設されて車も時々、通るため怪しまれて見られる事はない場所だ。
見通しの広い場所であるので、午後一時に霧村商一の家から赤い車が
出てくるのに静花は簡単に気づいた。彼女は車中でサンドイッチなどを
食べて待っていた。充分な距離をとって、菫子の赤い車を追尾する。

 赤の普通自動車はスピードを出して、九大学研都市駅の方向を走っていく。
鈴華は黒の国産車で余裕たっぷりに追跡している。普通は助手を助手席に
乗せているのだが、最近は仕事の依頼が増えたため、一人で今日は運転してい
るのだ。
やがて、林立しているビルが見えてきた。それは南の方向なので、霧村商一の
地ビールの家は九大学研都市駅の北にあるわけだ。
霧村菫子はイオンモールの駐車場に赤い車を停めると、中から出てきた。手には
ハンドバッグを持っている。静花も距離を置いて車を停めて、外に出る。菫子との距離を縮めるために速歩で静花は歩いて行くと、トン、と菫子にぶつかった。
はっと振り向く菫子に、
「ごめんなさい。つい、うっかりしていました。」
と静花は謝った。深く頭を下げる静花に、
「いいのよ、そんなに謝らなくても。気にしてないからね。」
と菫子は優しく声をかけると、イオンモールに歩き出した。

 それからまた、静花は菫子を距離を置いて尾行した。菫子
は、それに気づく様子もない。イオン地下の食品売り場で買い物を
するのにつきあうために、静花も買い物かごを手にして食品を見ながらも
菫子を見失わないようにした。
レジでは菫子との間に一人置いて並んだ。彼女の買い物籠には、少ない
食品が入っていた。
(三人家族のはず、だけど・・・)
静花は、さりげなく、そう思った。レジの係りは、その時間には珍しく男性
で若かった。ぎこちなくレジを打ちながらも、菫子をチラチラと見ているのだ。
どうやら菫子に関心があるようだった。もっとも、静花が買い物かごを出したら
静花の巨乳にも眼を走らせたのだが。

外に出て赤い車に菫子は戻ると、すぐに車を発車させた。静花も、ちょっと間を置いて
車をスタートさせると菫子を追跡する。田園風景の中を走る赤い車は、まっすぐに
古い日本家屋の霧村商一の家に戻ったのだった。(おや、まあ空振りだったけど、
収穫はあったから、まあ、いいか。)静花はハンドルを握ったまま、そう思った。

事務所に戻った静花は、ハンドバックの中から携帯電話を取り出した。それは、
霧村菫子のものだ。イオンモールの駐車場の近くで、ぶつかった時に素早く
手に入れている。それをUSBケーブルでノートパソコンにつなげて、携帯電話
のパスワード解析ソフトを起動させる。
すると、すぐにパスワードが分かったので、静花は霧村菫子の携帯電話の
メールを見てみる。すると、

こんにちは 親子丼が食べたいな

という件名のメールが来ている。着信は、今日の十二時半だ。本文は、

ぼくは、あなたの娘さんの茜子さんと、つきあってます。大学生なのに、
キャバクラに出てますよね。それで、そこのナンバーワンですから。
もう、茜子とはイイ仲なんです、ぼくは。茜子の体は、いただきました。
ベッドで聞いたんだけど、お母さんも昔、キャバクラでナンバーワン
だったそうですね。娘と母の二人をいただくことを親子丼というのですよ。

親子丼、ください。

という何か衝撃的な内容だった。その男からのメールは、それよりも前から
来ているのだ。ただ、それは出会い系サイトを通してのものではない。
何通かあるメールの一つに、

娘さんの茜子から、お母さんのメールアドレスが分かりましたよ。こっそり
ですが、メールさせてもらいます。

というのが、あった。

それらに対して返信したあとが、菫子の携帯電話にはなかったのだ。ということは
・・・・・。
浮気しているとも、していないとも言える。ただ、すでに男は菫子の娘の茜子と
肉体関係を持っているらしい。それに飽き足らずに母親の菫子とも関係を
持ちたい、と迫っているのだ。それならまだ、菫子との肉体関係はないことに
なる。これを浮気というべきか・・・。

霧村商一への報告書では、
奥様の浮気については、いまのところ肉体関係はないようです。
と静花は書いて報告した。

 翌日、静花の事務所の固定電話が音をたてた。事務所の中は静花、一人
なので、
「はい、夏海探偵事務所です。」
「あー、夏海さんですか。霧村ですけど。探偵事務所、とは結構、古いね。
今はカタカナの会社名が、はやっていますよ。ヤルエージェンシー、とか、
どうかな。うちの会社も福岡地ビール株式会社からフクオカビールに社名
を変更したんですけどね。」
「面白いですわね、検討してみます。奥様の浮気の件は、報告書に書いたとおり
ですが。」
「ええ、読みましたよ。なにか、納得がいきませんね。今時はメールとかでも、わかる
そうだけど、昔はそんなのなくても浮気してましたよ。」
「はい。それは、あのメールから見ても、メールの男性と浮気する可能性
は、あると思いますわ。」
「でしょう?だったら、そのメールの男を調べてもらえませんか。それから、
妻の普段の行動を尾行するという、やり方も続けて欲しいんです。」
「上増し料金が、かかりますけど。」
「いくらでも、かまいません。まさか、一億ってことは、ないんでしょう。」
「ええ、それは、そんなにはかかりませんけど。」
「だったら、やってくださいよ。」
「はい、それでは続けさせてもらいます。」
という事で、夏海静花の霧村菫子への調査は続行する事になった。

 霧村菫子の娘、茜子を調べてみる方が良さそうだ、と夏海静花は思った。
この茜子に男がいる事は、メールからでも分かる。静花は霧村商一に電話
した。
「はい、もしもし、霧村です。」
「夏海です。茜子さんについて調べたいのですが、ご住所など、お伺いしても
いいですか。」
「あ、娘の茜子ですね。大学は聖花女子大学の一年で、それは南区にあるもの
ですから、井尻駅の近くにマンションを借りてやっています。その部屋はですね、
南区井尻五丁目・・・。」
と、静花は霧村茜子の住所を聞き出したのだった。福岡市西区から南区は、少し遠いとはいえ、通学する女子大生もいるはずだ。茜子は裕福な家なのでマンションを借りてもらっているのだろう。
南区井尻なら夏海静花の探偵事務所もそうであるので、調査は近くで楽になるものだ。茜子の顔写真は、画像でメールに添付して霧村に送ってもらった。
なるほど、母に似て可愛い顔だ。すでに、あのメールの男とは肉体関係を持っているようだが、何か清純というより天真爛漫な感じのする娘である。目が大きく、顔は、ぽっちゃりとした感じだ。

そこで早速、夏海静花は霧村茜子の調査を開始した。聖花女子大学は井尻駅から徒歩で二十分のところにあり、したがって井尻駅は女子大生の通行で賑わう。
夏海静花は聖花女子大学の校門で、茜子の下校を気長に待っていた。午後四時になると、茜子は一人で校門から出てきた。それほど目立たない服装で、スカートは短めだった。母親に似て派手な容貌といえる。西鉄バスの停留所が聖花女子大学の正門前にあるという便利なものだ。
茜子は、バス停のベンチに腰かけてバスを待っている。自宅は井尻のマンションだから、帰宅するのにバスはいらないはずだ。どこへ行くのだろうか。その行き先は、静花には予想がついた。
車体に赤い線が入った西鉄バスが到着する。茜子の後ろから静花は続いてバスに乗り込んだ。天神経由博多駅行きだ。茜子はバスの真ん中の右側に座った。静花も、その後ろに座る。茜子の長い髪が、静花の目の前に見える。西鉄バスは前の乗客との間隔が狭い。茜子は化粧品の匂いがしなかったが、若い女性のいい匂いが静花の鼻腔に入り込んだ。
北上するバスには段々と乗客が増えてくる。二十分ほどで、三越のある天神の停留所では大量に人は降りていく。次にバスは右折して、直進する。三菱東京UFJ銀行のビルの前を通って、東に進む。さて、この天神というところは全国に支店がある会社の福岡支店が集中している。
五十メートル程度の川幅の橋を渡れば、中洲という九州最大の歓楽街に着く。といっても、ほとんど飲み屋、映画館が少し、キャバクラ、ヘルス、ソープなどがある。
ここで、会社員で福岡市に出張する場合、中洲のソープを利用する場合には、近くのホテルを選ぶとよいだろう。ソープの前には、やり手ババアが座っていて、声をかけてくれる。ソープは一角に集中していて、とびとびに点在はしていない。

女探偵・夏海静花の管理ファイル2

体験版・熟女の近未来の性生活

近未来の不動産会社OL

 美山響子(よしやま・きょうこ)は、三十歳、不動産会社勤務、独身、身長百五十八センチ、88>59>89のサイズで、通勤はフェラーリで通勤している。
満員電車では必ず、痴漢された。美山響子は男性の好みは限定されていたので、多くの男に触られるなど気分のいいものではない。もちろん、大抵の女性なら痴漢は気分が悪いものだが。それで、二千万円クラスの黒のフェラーリを現金で購入した。
インターネット検索で、フェラーリの販売店を探し出したのだ。フェラーリの公式ホームページから探せる。響子は福岡市なので、福岡の販売店を探すと、一つしかなかった。
2013年も一つだったが、2033年の今もフェラーリの販売店は福岡市にしかない。なにせ、トヨタがレクサスなどの高級車の販売に力を入れたため、高級外車は昔ほど売れなくなっていた。

響子は帰宅すると高級マンションの最上階で、宅配ピザを注文する。
「春吉の美山です。」
「毎度ありがとうございます。」
名乗った後に、間を置くのはピザの店の人間がパソコンから美山の情報を呼び出すためで、これはもう随分昔から行われている。
Sサイズのピザを二枚、注文した響子はフカフカのソファに座った。それから向こうの部屋にいる彼の体を思い出す。彼は料理、洗濯なんてやってはくれないばかりか、自分で歩行するのもままならない体だ。
それでも一昔前の彼のタイプの・・・
ピンポーンと、何十年と変化のないチャイムが鳴った。携帯電話の着信音なんて様々なものがあるのに、ドアのチャイムは何処も同じ、およそ建築関係の人間は発展性がないのだ。それが証拠とはいえるかどうか、日本の大手建設会社の起源は江戸時代の頃で、保守一点張りといえるのかもしれない。
玄関ドアを開けると、男子大学生アルバイトらしい青年が顔を出した。背も高く百八十センチはあり、フットボールでもやっていそうだ。響子は(ピザよりも、この青年の方がおいしそうだわ。)と思ったが、学生では面倒な事も多い。
「お待たせしました、ピザビッグです。」
ズボンと上着が繋がっている、いわゆるツナギの白い制服を着た大学生は
ピザビッグ!おいしさ二万倍。
と文字が印刷された白い箱を響子に手渡した。受け取って玄関脇の棚のところに置くと響子は、代金を払った。その宅配員の視線を胸に感じながら響子は、その男の股間を見ると白い制服に大きく張り出した格好になっている。(勃起しているのかしら)
「丁度、いただきました。ありがとうございます。」
深々と頭を下げた青年の股間を響子は注視していたが、ドアが閉まるまで張り出したものは、引っ込まなかった。

ピザビッグはSサイズも他の宅配ピザより、大きかった。響子の好きなメニューの一つがウインナーピザで、長さ二十センチのウインナーを先に手にとって、男性のペニスを頬張るように口に入れる。
このウインナーピザの注文は独身女性からが最も多かったので、ピザビッグの経営者は、含み笑いをしながら、
「裏メニューを開発しよう。簡単だ。ウインナーを男性器の形にするんだ。それをバイブ版、という形でメニューに載せる。メニューには、未成年のお客様は、このバイブ版は御注文できません、と但し書きは入れるようにする。さっそく、取り掛かってくれ。」
という発案に、開発スタッフが取り組み、できたものはバイブというより食べられるだけに松茸という感じの黒い大きなウインナーだった。
今、響子が口に入れたのは、この裏メニューのバイブ版だった。
(まるで、男の大きなアレみたい・・・。)
響子の舌は、その男性器と同じ形に作られた、というより勃起時の男性器と同じに作られたウインナーの亀頭の部分を舐め回していた。亀頭のカリも舐め回していく。
TANNERの第五段階、の男性器をモデルにしている。すなわち、最終的に成熟した男の性器である。
響子は上着を脱ぎ、シャツも脱いでブラジャーを外すと、TANNERの第五段階である自分の乳房を揉みながら、ウインナーをまるで男性の勃起したペニスにするように舌を這わせていった。
広い食卓に一人で座って、響子はウインナーにかぶりつく、のではなく、しゃぶりついている。
響子の白い大きな乳房はTANNERの第五段階のため、乳輪は後退して見えない。
世間的に見られるAVなどでの乳輪の大きな女性は、TANNERの第四段階であり、完全成熟とはなっていないのである。
空腹は、響子の想像を打ち破った。カリカリとウインナーは、響子の口の中で噛み裂かれる。胃袋から伝達される感覚が、彼女を現実に戻したのだ。
(彼は、寝室にいたわね。ダブルベッドで寝てるけど。わたしがピザのウインナーで、こんな事をしているのは知らないでしょう。)
そもそも、その彼との性生活に不満があるから、ウインナーもビッグサイズのものを求めるようになる。でも、それは彼のモノのサイズが小さいからではない。
ウインナーを食べ終わると、ベッドに寝ている彼のビッグなモノを想像して響子は笑顔を浮かべた。

ピザが入っていた紙の容器をゴミ箱に捨てると、響子は寝室に向った。ドアを開けると、ダブルベッドの片隅で全裸の彼が寝そべっている。響子は彼の股間に真っ先に、眼をやる。ビッグ!ただ、それはまだ固くなっていない。
その彼は、同じ不動産会社の同僚だった。年齢も同じで、三年前に結婚した。半年ほどは薔薇色の結婚生活だった。何が楽しいといって、仕事から帰って夕食を食べ、そのあとにすぐするセックス以外にあるだろうか。彼は大学時代、ラグビーをしていたのでタフだった。
響子を手早く全裸にしてくれて、先に全裸になっていた彼は、すでに怒髪天を衝くという言葉を変えて、怒棒天を向くという趣の姿態だ。
お互い立ったままの彼らは、響子が尻を向けて彼に寄り添う。彼は高く突き出した彼女の尻の間に見える大きな割れ目に、太く長いイチモツを突き入れると、響子の両脚を膝の後ろから両手で抱えて、空中に浮かせた。
駅弁体位の女性が、逆を向いた姿勢になる。駅弁体位の場合、女は男の肩に掴まったりするが、響子の今の体位は背中が彼の胸に密着して両手は空いている。
彼が響子の体を高く持ち上げるようにして、おろすという動作は騎上位を空中で行っている気になり、
「あっ、あっ、あっ。」
という悶え声を響子は止められなかった。空中に座ったまま、彼の雄大なペニ棒が出入りしている。それが、新婚生活で響子が最も好きな時間だった。
響子のマンコは締め付けが強く、セックスを終わった後、彼のペニスを観察するとその皮膚が締め付けられて赤くなっていた。
それ位の締め付けだから、彼も五分と持たないことが多かった。
不動産会社も多種あるのだが、響子の勤めているところは主に賃貸物件の仲介だ。福岡市の中心に近いところにあるので、家賃の高い部屋が多く、したがって仲介を頼みに来る人達も少ない。
平日の昼間など、午前中もだが、客は一人も来ないことが多い。高い家賃を払ってまで福岡市の中心に引っ越したい人達は、東は神戸まで見当たらない巨大商業地の天神でビジネスとか店を考えている人達なのだ。
響子は一人で店にいる事も、しばしばだったので、逆駅弁の夫とのセックスを思いながら指はスカートの中に入れて、パンティの上からマンスジを強くなぞって楽しむ事もある。
不動産の仲介店に行けば、どこでも座っている女性の下半身は見えないようになっている。だから、万一、客が入ってきても響子は指を素早くパンティから離せばよい。
大手建設会社の受付も暇なことが多いし、人も通らない時間が多いと受付の女性はオナニーに耽る事もあるらしいが、響子は店のドアが開く瞬間に手を離して来客用笑顔を向けるので、気づかれた事はない。
響子の夫は営業に回されていたので、部屋も違い、顔を会社で合わせる事もなかった。
それでも、二人が付き合っている事は社内では知れ渡っていた。それは狭い世間というところだろう。響子と彼が、会社の休日にラブホテルに入ったのを見た社員がいたらしい。
休みの少ない不動産会社の休日に、二人はホテルで朝から晩までセックスした。
昼の食事も、そこそこのホテルに泊まるようになってからは、部屋に持って来てもらうようにした。その昼食を受け取る時だけ、彼が衣服を身につけた。大抵は若いホテルマンが、台車で昼食の上に布をかけて持ってきた。その時には、一発は響子の尻の中に射精していたし、入り口から見えないベッドで響子は全裸で寝そべっていた。
不動産会社の休日だから、水曜日、響子の会社も水曜日が休みだ。昼食を食べ終わった二人は、再び全裸で抱き合う。窓のカーテンも締め切っているけど、その外の下の空間では忙しそうに白いカッターシャツを着たサラリーマンが、歩き回っていた。
正常位で挿入しようとした彼に響子は、
「昨日のお客さん、案内した部屋の中で、さりげなくだけど、わたしのお尻をむにゅーと掴んだのよ。」
と告白する。彼の勃起したイチモツは、響子の膣口の前で停止した。
「ええーっ、それだけか。」
「うん、それだけ。」
「よーし。おれがもっと、おまえの尻を愛してやる。」
彼は響子を、うつ伏せにした。大きな二つの乳房が、プルンと揺れる。尻を高く上げた響子の股間には、大きな淫裂の線が彼の眼にイヤラシく映った。潤んだその長い割れ目に、彼は長大なモノを根元まで突き入れた。響子は尻を震わせて、顔を横向けにすると、
「あああ、すっごく、いい。マンコ、気持ちいい。こすって!」
と淫らに悶えた。頬が紅色に染まっていた。不動産会社で働いている時の顔とは、別人のようだ。恐らく、AVに出ても分からないのではないかと、思われる。
この頃のAVはマンネリ化して売り上げも落ちてきていたのだが、テレビに出た、もしくは出ていた芸能人を出演させるという企画で、どうにか持ちこたえていた。狙い目は昔、大人数で歌っていたあの数十人単位のメンバーをどれか一人でもAVに出せば、昔のファンが必ず買うという現象がある。メンバーの二人を同時に出演させて、男優四人と絡ませる。そういう企画ものは、四十万枚もの大ヒットとなった。AVは昔からレンタルされるのが普通で、十万枚も売れれば大ヒットだった。
昔のファンには、たまらないシリーズだった。握手をしたファンは、一人で二枚は買った人もいる。
傑作なのが、この元アイドルグループのシリーズものを三十枚買うと、誰か好きなメンバーとホテルで、しかも高級ホテルで一泊できるというものだった。そのシリーズのDVDに付いている応募券を集めて郵送すれば、東京のホテルまでの往復の旅費まで旅行券がついて好きなアイドルとの夜が過ごせた。大抵は三十過ぎになっていたメンバーが多いけど、その高級ホテルの従業員の話では、そのアイドルと泊まっている客の部屋では一晩中、灯りがついていて、その元アイドルの悶え狂う下品な悶え声が四、五時間続いて聞こえた、とか、朝、その元アイドルが蟹股でヨタヨタとホテルの通路を歩く姿が見られるという。
やはり一晩中、大股開きにさせられて、熱くなったファンのモノを受け入れていると股ずれが起きる事もあるらしい。
元メンバーの中には、結婚しているものもいたけど、旦那公認でそのAVに出ている場合もある。その場合も、応募できるのでシリーズ累計二百万枚の売り上げを記録しつつあるAVのミリオンダラー箱である。
オンデマンドという言葉があるけれども、これ以上に客の要求に応えたシリーズは過去には、なかったろう。
これらのシリーズものの売り上げは、低迷しているCD業界などには垂涎の的ではあったが、彼女等の悶え声だけを収録したCDも大した売り上げには、ならなかった。
彼女達が出るAVをAVB24と称していた。アダルトビデオ部隊24の略だった。

結婚が決まるまで部屋に入れてくれなかった響子の彼、だったが、結婚が決まって、
「おれも包み隠さず、部屋を見せる。」
と男らしく公言するように話すと、薬院という福岡市の中心に近い場所の二十階立ての十五階に住む、彼の部屋に響子は連れて行ってもらった。
神戸の人口を抜いて、名古屋に迫ろうという福岡市でも高層マンションの建築はボツボツだ。それは郊外にまだ、土地があるからである。神戸の人口より少ない頃も、高層マンションを多く作るという発想は福岡市内では、あまりなかった。東京のように完売できるかという心配もあったと思われるが、新築のマンションはすぐに満室になったり、分譲マンションは建築中でも完売御礼が出るのが福岡市である。

熟女の近未来の性生活